第4話 ざくろちゃんと厨二少年
店主にお願いされてから早数日。私は早朝から、この国の中心部に位置する商業エリアに繰り出していた。
店主は年中無休の本屋の仕事があるらしく、調査は私一人で行うこととなった。たまに狩猟たちが休憩場として訪れるらしい。それでいいのか、店主。
中心部に向かうと、人の流れが見えた。
店ごとに服や雑貨、もちろん野菜が果物が陳列されており、人で溢れてごった返している。
呼び込みの声があちこちから聞こえて、在りし日の高校の文化祭を思い出した。一致しているのは大声で叫んでいることだけだ。
新緑の国の住民なら九割は農家であるので、知り合いを中心に手当たり次第聞き込みを開始した。調査とはいえ、いつも通り話すだけでいいだろう。
人の波を避けながら、歩いていると前方に見知った顔を見つける。ショートヘアを軽く編み込みにしており、お客と笑顔で話している。
すると彼女はこちらを振り向き、目が合った。
「りさちゃん久しぶり!元気にしてた?」
手を振って、少しリラックスしたような可愛らしいにこやかな笑顔で話しかけられた。
「元気にしてたよ。そっちも調子良さそうだね」
彼女はざくろちゃん。彼女の両親がザクロが好きで、ザクロの中身のように魅力がたくさん詰まっている女の子に育ってほしいという思いで命名されたらしい。
本人は中々気に入っているようで初対面の人に度々名前に驚かれることを嬉しそうに語っていた。
彼女に会えるとは幸先がいい。早速、不作の件について聞いてみることにした。
「聞きたいことがあるんだけど、ざくろちゃん家の野菜たちの調子はどう?今年はどの家も不作らしいね」
「私のところもそうだよ。毎年、家族でたくさん愛情込めて大切に育ててるんだけど、今年は伝わってないのかな。それとも愛情不足なのかな」
愛情を込めるのは大切だが、彼女の家ほど激しく愛情を注いでいる者はいないのでそれが原因ではないだろう。なにせ育てている種一つ一つに名前をつけていて、しかも今まで育てた彼らの名前を全て覚えているらしい。
宙を見ながら考えていた彼女だったが、そういえばと何かを思い出したように呟いた。
「無事な品種もあったかな。最近他国から輸入した品種なんだけどね。その子たちは全部元気に育ってたと思う」
「どの子?今ここに並んでる?」
ざくろちゃんに元気な品種を教えてもらうと、彼女の言うとおりそれらは全て、最近農家の間で少し話題なっていた新種の品種だった。
他国だと風土と食材の相性により栽培できる食材、できない食材が存在するが、新緑の国だけはほとんどの食材が栽培できる。
種を絶やさないためにも新種の食材が発見されるとすぐに新緑の国に輸送され、土地に余裕のある家庭に分配されるのだ。
「この子たちがいるから私の家はそこまで不作の影響は大きくないけど、やっぱりいつもの品種が調子悪いと不安になるよね」
眉を八の字にしながら困ったように彼女は言う。
「その不安を取り除くために今、不作の謎を解決しようとしてるの。他にも何か気になることはなかった?」
その後は彼女に幾つかの質問をした後、他のお店の人たちにも声をかけた。
どの出店の人も同じように新種の食材は総じて順調に育っており、特に影響はないらしい。果樹園を営んでいる人たちも同様であった。生き物の介入や気象の変化も見受けられないようで、これといった情報は他に出てこなかった。
気がつくと手当たり次第に声をかけていたことに驚く。乗り気ではないと思っていたが、実際に始めてみるとどんどん前のめりになってしまった。すぐさま頭を冷やそうと人混みの中を抜ける。
そろそろ今日の活動は終わりにしようかと踏んでいた時、背後から少年に声をかけられた。
「ねえ」
少年は私の目線を少し上げたくらいの身長をしており、十代半ばに見えた。
「あんたはこの不作の原因を突き止めようとしてるの」
若干の猫背にぴくりとも笑わない姿に少し警戒してしまったが、その声色は気怠げだった。
「そうだよ。君も何か気になることや気づいたことがある?」
「気になることでも気づいたことでもないけど、情報提供できることがある。この国について」
彼は淡々と話し始めた。彼の言葉をまとめるとこうだ。
この世界の食材は食材の特徴に関係なく、新緑の国ならば全て育てることができる。その原因は未だに解明されていないが、一つ判明していることがある。
それは新緑の国の土地には不思議な力があるということだ。その力がこの国の土地で育てているうちに食材にも移り、同化してどの食材でも育てられるようになる。
「それは本当なの?そんな話、本で読んだことないけど」
「本に書いてあることしか信じないのか。別に全ての情報が本に記されるわけでもないだろう。その情報が悪用されるかもしれないし」
「じゃああなたはどうしてそんなこと知ってるの?」
少年は目を軽く逸らす。
長い沈黙の後、彼は言った。
「俺はすごいから」
予想していなかった言葉に、しばしフリーズしてしまった。
思春期の子供ならよくあることだろう。自分のことを特別だと錯覚してしまう。人間として生きるには必要な自己啓示欲だ。この子がしっかり人間の成長過程を歩んでいることに安堵した。
私は少し声色を柔らかくして言った。
「そうなんだ。貴重な情報をありがとう。必ず原因を突き止めるから、待っててね」
「待て、俺も着いていく。俺もその原因を見届ける責務があるから」
中身のない問答を終えてから、結局彼は私に同行する運びとなった。思春期を拗らせた子供を従える気はないが、これも良い経験になるだろう。
とにかく今日は私の体力が底を尽きたので各々家に帰ることになった。また明日、町へと繰り出そう。
「そういえば少年、君の名前は?」
「あきら。忘れるなよ」
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