第5話 おかしな井戸

 新たな出会いを経て、数日。私は今日も商業エリアへと足を運んでいた。積極的に思われるかもしれないが、あのあきらとかいう少年が私を家から引っ張り出したのだ。どうして私の家を知っている。

 少しずつ人影が見え始め、ようやく着いたエリアの入り口のところには昨日出会った少年が立っていた。

 両手をポケットに突っ込んで空をぼーっと眺めている。度々寝不足なのか目を擦るような動作をした後、パッと互いの目があった。


「おはよう。なんですぐ声をかけてくれなかった」


「私を待ってるとは思わなかったの。特に何も約束してないし、何してるのか不思議だったから少し観察してただけ」


「まあいいや、今日も聞き込みでしょ。早く移動しよう」


「そうだね。ああ、ポケットに手を入れないほうがいいよ。こけたときに手をつけられないから」


「そんなへましない」


 半ば彼のペースに巻き込まれながら、昨日とは違う人々に声をかけてまわった。


—————



「んー特に他に気になったことはないけど。

そうだ、あの人にも聞いてみたら、あまみやさん家」


 聞き込みを始めてから30分ほどした時、知り合いのおばさまに話を聞いていたらそう勧められた。すっかり彼らの存在を失念していた私は早速、大農家あまみや家の所有地に向かっていた。


 大農家あまみや家は、農家ならば知らぬ者はいないほど有名で、大農園を所有している。ほとんどの食料を他の農家と同じように輸出しているが、一部は貧困家庭に無料で分配しているらしい。

 食料争奪戦が始まるかと思いきや、その危惧を凌駕するほどの食料を育てているので、平和的な分配だそうだ。

 また、貧困家庭に職も提供しているらしく、世にも珍しい真っ白な財閥といった印象だ。

無論、まだ明るみになっていないだけかもしれないが。


 山道をあきらと共に歩いていくと、突如不可解なほどに整備された平野に出た。正面には階段が、両端を見ると囲いを作るように壁が作られていた。まるで軍人の拠点のような外観をしている。


「あまみや家なんて初めて来た。こんな要塞みたいな家なんだ」


「そんなこと言わないの。失礼でしょ!」


「要塞が好きな人もいるんじゃないの」


 あきらと無駄口を叩きながら階段を登っていくと、開けた農園が広がっていた。辺りを見渡していると、何かの作業をしているおばあさんを発見する。


「突然すみません。あまみや家の方にお聞きしたいことがあって参りました。りさと申します。こちらはあきらです」


 おばあさんに軽く事情を説明した後、私たちは彼女に連れられて、真正面の建物にある談話室へと案内された。

 話を聞くと彼女はあまみや家の血筋のようで、てるこさんと言うらしい。数人のメイドには家事を任せており、全ての作物はあまみや家の人間が手入れしているそう。私は今までの聞き取り調査で聞いたことを話した。


「私たちの家も不作だわ。もちろん新種のものは除いてね。こんなこと今まで一度もなかったんだけど」


「他に何か気になったことはありませんか。どんな小さなことでも構いません」


彼女は少し考え込んだ後、話し始めた。


「そうね。気になったことといえば、関係ないかもしれないけど、この家の一番大きな井戸の水温が下がり続けていることかしら」


 新緑の国の下層には水が湧き出ている。その水を各家庭の井戸から入手し、田畑に使用している。その水には不純物が一切混入しておらず、年がら年中、清水を入手できる。


「毎日温度を測って、一定に保っているのだけど、ここ最近は右肩下がりでね。なんとか温度を平常時まであげようにも、中々上手くいかなくて」


 低温の水はその井戸からのみ感知できるそうで、他の井戸は特に変化はないそうだ。


「たまたまかもしれないけど、この状態がずっと続くのは少し大変だわ。一気に大量の水を使えなくなるなんて」


「井戸の水の急激な温度低下……。何かの予兆かもしれませんね。教えて頂きありがとうございます」


 この大農家にも何か変化があるということはただごとでは済まないのかもしれない。ひとまず今日はこれでお暇するべきか。


「ちょうどよかったわ!私が作ったクッキーが残ってるの。小腹を満たすのにちょうどいいから食べてくださるかしら」


 てるこさんは掌を合わせて、名案とばかりに立ち上がった。





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