第11話 決断


 アルマさんに時間をもらい、本屋の個室で頭の中を整理していた。

 情報量の多さにオーバーヒートしそうになるが、のんびりしているほどの時間はない。


 要点をまとめると、イプシロンという組織が各国のロードを吸収し始め、この世界全体が危機に直面している。ロードは世界で生活する上で、欠かせないものだからだ。

 新緑の国の不作はその影響が既に出始めているということ。

 そしてその侵攻を食い止めるため、各国の守護者に協力を要請する。


 考えてみたら、うかうかしていられない状況であることに改めて気づく。一刻も早く動くべきなのだろう。

 しかし、それを突然私に任せられても困る。こういうことは普通、ある一定の能力のある人間がするべきなのだ。例えば、先生のような、頭脳明晰で、人柄も良くて、人望もある、そんな人が。

 私はもう夢を諦めて、この世界では一般人として悠々自適に暮らすと決めた。私にはそんな能力は無いと、特別な力は無いと知ってしまったのだ。


 それなのに。なぜこんなに心臓が脈打っているのだろう。心拍数が上がっているのを感じる。冷静さを保っているが、心の内では何かを期待している。

 君にしかできないだなんて、狡いだろう。求められることが嬉しくてたまらない。自分を必要としてくれていることに喜んでいる。


 諦めていたのに、諦められない。まだ自分にはチャンスがあるのでは無いかと考えてしまう。


 もう少しだけ、自分に期待してもいいのだろうか


 ——君には君しかできないことがある


 いつか、先生が言ってくれた言葉。


 上手くいかず自分に打ちひしがれている時、いつもこの言葉を思い出していた。先生からしか言われたことが無かったが、今は違う。自分を求めている人がいる。


 なら、もう少しだけ期待させてくれ。


 まだ私に出来るかもと希望を持たせてくれ。このチャンスを棒にしたく無い。

 抑えていた感情が溢れ出す。自分に正直になれば、次から次へとまた調査できることにワクワクしている。まだまだ未練が残っていたらしい。


 テーブルを、パンっと叩いて勢いよく立ち上がった。



—————



「どうしてあの人に任せようと思ったの」


 マリアは夕飯の準備のためあまみや家へと帰宅し、あきらとアルマだけがその場に残っていた。雑談で時間を潰していた最中、あきらは抱いていた疑問を呈する。


「ずっと思ってたんだ。堂々と意気込むわりには甘いところがあるし、情報を処理する速さが遅い。俺は正直、あの人はこの問題解決には向いてないと思う」


 あきらは手元にあるオレンジジュースを飲み干した後、続けて言い放った。


「もっと他にも頼りになりそうな人いないの?後ろを追いかけるだけでいいような人」


「でも、着いていきたくないとは思わなかっただろう」


 アルマが意地悪そうに微笑む。

 あきらは不貞腐れながら同意した。


「まあね。変にお姉さんぶってるところもあるからだと思うけど」


「彼女には人に訴えかける力がある。それは誰でも持てるわけじゃない」

 

アルマは、力強くさらに言い放つ。


「あの子なら私にはできなかったことを、きっと成し遂げてみせるよ」


 言いながら僅かに目を伏せる。


一寸の静寂を抱えた後、先に声を出したのはあきらだった。


「まあいいよ。乗りかかった船だし、最後まで付き合う。どうせあの人もあーだこーだ悩みながら結局引き受けるんだろうし」


 あきらは椅子から腰をあげ、背伸びをして凝り固まった体をほぐす。


「そろそろだろうね」


その言葉通り、個室からドタバタという足音と共に勢いよく扉が開いた。


「お待たせしました!」


 あきらはやっぱり、という風にりさを見やって軽く微笑んだ。








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