第12話 世界最大の災厄
その後。
幾度か質問を繰り返して、彼女のことが少し分かってきた。
先ず、彼女が元人間であること。
人間だった時は、『
名前を奪われ、村が崇める神様への供物として育てられた幼い少女は、神の神罰から村人を守るべく、生贄として捧げられたという。
だが、『村が崇める神様』というものは最初から存在しておらず。
「犬死。私の人生には、何の意味もなかった」と、彼女は淡々とした声で言った。
……胸糞悪い話だった。
彼女自身もよく分からない理由で『人神』とやらになった時。
僕があの虚無の空間で自分を定義したように、彼女もまた自分のことを定義したらしい。
『私は神様に捧げられた生贄』と。
だから彼女は、『神様』を求めている。
自分をもらって――すなわち、彼女の主神になって――存在意義を満たしてくれる神を。
それが、彼女が僕に「ご主神様になって」とお願いした理由。
……。
ことの顛末が分かって、僕はしばらく黙り込んだ。
やはり彼女は、前前生の僕に似ている。
彼女の虚ろな瞳に、『僕』は映っていない。映っているのは、あくまでも『神』。
かつての僕にとって、お互いの傷を舐め合える相手であれば誰でも良かったように。
彼女もまた、神でさえあれば誰でも良かったのだ。
彼女が僕を求めているのも、
ただ、丁度目の前に現れた神が偶々僕だったというだけの話だ。
別に、それを責めるつもりはない。
むしろ、僕は彼女に共感している。
まさかメンヘラ女神に共感出来るとは。
今になって気づいたが、どうやら前前生の僕はメンヘラ男だったらしい。
とはいえ、彼女の気持ちを理解することと、彼女の願いに応えることは、全然別の話である。
なぜなら、彼女は望んでいるからだ。僕と彼女、二人だけの永遠を。
それはつまり、僕にこの世界に残って、一生二人っきりで過ごしてほしいってことで――。
「……二人だけじゃなきゃ嫌か?」
「嫌。私には貴方、貴方には私だけいれば十分。二人だけで私たちの世界は完結する」
それなら、ダメだ。
僕はこの女神の願いに応えられない。
僕は80億Pの神Pを稼いで、一刻も早く自由になりたい。
でも、80億Pってのは、地球上の全人類から感謝されてようやく稼げる値である。
現在の世界人口が約80億人だからだ。
彼女と二人っきりだと、彼女にどれだけ感謝されても、そして幾度ループを繰り返しても、到底達成出来ない。
僕の神生なんか、たかが100P程度の価値しかないんだから。
それに、ここで彼女に縛られて、そのまま神生を終わらせると、
僕を待っているのは、あの呪われた世界から与えられる試練だ。
恋花さんの温もりのおかげであの魂が凍り付くような寒さは克服出来るはずだが、容易に克服出来るものは試練とは呼ばない。
きっと世界は、新たな試練を僕に与えることだろう。
それを何千万回も受け続けるなんて、そんなんじゃ、正気にはいられない。
正気を保てるはずがないんだ。
それで、僕はある計画を立てておいたのだった。
全世界から神Pをかき集めるための計画を。
でも――それでも、今回の神生だけじゃ全然足りない。
自由になるためには、この呪われた神生を、何度も繰り返さなければならない。
全人類を対象にしても足りないというのに、ましてや二人っきりでなんて。
話にならない。論外だ。
「なら、僕はその願いに応えられない。主神のことは他の神に頼んでくれ」
「…何故……? 何故、私を拒絶する? 私には貴方しかいない。神様、お願い、私を、見捨てないで……!」
みるみるうちに女神の目に涙が溜まっていく。
少女の姿をした女神から初めて聴く切実な声が、チクっと胸に刺さった。
それを無視して、心の中で自分に言い聞かせる。
『これで正しいんだ』と。
寿命のある僕と、寿命のない彼女。
消滅を望む僕と、永遠を望む彼女。
僕と彼女の神生は何処までも平行線で、永久に交差することはない。
僕のためにも、彼女自身のためにも、ここは観念してもらおう――そう思った瞬間、
「――、私は望む、『貴方を私の神域から逃したくない』と」
「なっ!?」
舞い散る花びらが一気に空へと舞い上がり、僕と彼女の周りに巨大な桜の竜巻を形成した。
花びら一枚一枚が千年の
「待て、一体何のつもりだ!?」
「貴方は誕生して百年弱の、弱き神様。貴方の神格と神威では、私の結界から抜け出せない。
従って、私は貴方に要求する。貴方の神の名にかけて、私と貴方、二人だけの永遠を誓って。そして、私のご主神様になって」
はあ―――!? 何そのヤンデレ監禁バッドエンド!?
つい先まで何のフラグも立ってなかったのにいきなりバッドエンドだとか、クソゲー過ぎません!?
「いや、先も言ったが、僕はお前の願いには――」
「これはお願いではない。これは、宣告。貴方は従うべき」
いやいや、いくらメンヘラ女神だって、それは流石に傲慢で自分勝手すぎるだろう――、
そんな呑気なことを考えていた僕は、続いた
「貴方が私を拒絶している理由。それは、私の世界に入る直前に貴方の傍にいた、二人の人間――、のせい――、でもある……? それなら――」
思考が凍り付き、頭の中が真っ白になる。
全身に鳥肌が立ち、背筋に強烈な悪寒が走る。
しかし、その冷たい感覚は、次の瞬間――奴から放たれた言葉によって、血が煮えたぎるような怒りへと変わった。
「私がその人間たちを、は――」
「『黙れ!!!』」
お前、二人をどうするつもりだ!? 排除する!? そんなん許せるか!!
頭が沸騰し、目の前が真っ赤に染まる。
怒りに呼応するかのように解き放たれる神威。
それを右手と両眼に集中させて、発作的に叫んだ。
「ふざけんな!! 彼女たちは関係ないだろ!! そんなことしたら、僕はお前を絶対に許さない!!」
「……? 疑問。貴方の神格は、たかが百年弱。今の貴方に抗う術はない」
その言葉に、僕はようやく理解した。
なぜ時の神が『世界最大の災厄』と呼ばれているのか。
確かに、
神格の低すぎる今の僕じゃ、このメンヘラ女神から恋花さんと妹を守ることが出来ない。
『だから、僕は
神威を凝縮させた右手を手刀にして、自分の首に宛がう。
僕にこんな真似をさせたメンヘラ女神を睨みつけながら、恋花さんの姿を思い出す。
あの日、手刀に
マジで凄すぎると思った。
でも、その力が怖いとは微塵も思わなかった。
神影が何なのかは分からないが、神威に比べると、大した力ではないから。
当然だ。神威とは、神の威光。
神の威光のない神影で出来たことが、神威で出来ないわけないだろう。
人間の首の筋肉と骨がいくら強靭で堅固であろうと、神威の纏った手刀の前ではバターと同然だ。
死を前にして、僕はメンヘラ女神に宣告した。
「たかが千年しか生きてない人神ごときが偉そうな口を叩くな。お前の前にいるのは、永遠の刹那を生きる『世界最大の災厄』だ」
「……!?」
千年の神格? それがどうした?
たった10回。それくらい死ねば、そんなもん簡単に超えられる。
神威が強化されれば最大寿命が延びるから、もしかしたら9回だけで良いかもしれない。
「僕――時の神、
「時の神!? でも、■■■■■■――」
何かを煩く喋るメンヘラ女神を無視して、言霊を紡ぐ。
「もし神田恋花と神田
神だろうが何だろうが関係ない。
二人を傷つける存在は、全て排除すべき敵だ。
どれだけ敵の格が高くても、どれだけ敵の数が多くても、例え世界を敵に回したとしても。
刹那を永遠に変えて、無限のループを重ね、必ず全て駆逐してやる。
その結果、『世界最大の災厄』と呼ばれ、世界から恐れ慄かれることになろうとも。
「■■■■■■――」
これから僕は、また底知れぬ苦痛に苛まれることになるだろう。
でも、構わない。
どんな地獄に突き落とされようと、僕は耐えて見せる。
そうやって、二人を守れる力を手に入れて、リスタートする。
そう覚悟を決め、右手に力を込めた瞬間――。
「ごめんなさいッ!!!」
メンヘラ女神が土下座し、桜の竜巻が霧散した。
それと同時に、空間の一部が引き裂かれ、恋花さんと妹が神域に入ってきた。
彼女たちは自害寸前の僕を見ると、
「「えいちゃん(お兄ちゃん)、やめてッ!!!」」
と、血相を変えて駆け付けて来た。
「二人には、一切害を及ぼさない。誓うから、許して。やっと、貴方に出会えたのに、私は、ぅっ、消滅したく、ない……」
「あ、ああっ、えいちゃん、血、血が……ッ!!」
「お兄ちゃん、いなくなっちゃヤダァァッ!!!」
(何でこうなってしまったんだ……)
恋花さんと妹のおかげでやっと冷静を取り戻した僕は、空を見上げて深くため息をついた。
不運な人生を送って女神になってしまった少女を脅して、怯えさせて。
大切な家族には、忘れられないトラウマを植えつけてしまった。
結局、何もかもうまくいかなかった。
土下座して怯えながら泣きじゃくる女神と、僕に抱きついて泣きじゃくる恋花さんと妹に囲まれて。
僕もまた、泣きたい気持ちになってしまった。
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