第8話 恋と愛の違いはまだ分かってないけれど
神々には、決して犯してはいけない二つの禁忌がある。
一つは、『世界最大の災厄、『時の神』と関わるな。もし関わってしまったら、決して敵に回してはいけない』。
もう一つは、『神は自分以外の存在を愛してはいけない』。
これらの禁忌を犯してしまった神々は、ごく一部を除いて全て消滅した。
かつて
そして、ある時代。ある場所に、二つ目の禁忌を犯した神がいた。
彼は人間の
しかし、神である彼とは異なり、神子の寿命は有限であった。
神子を哀れに思った神は、己の全てを尽くし、とある概念を創り出した。
それは、『神子』に永遠の命を与える力。
『神になれないこの哀れな有限の存在が、せめて神の影にでも触れられるように』との願いを込めて、神はその力を『
その身に神影を宿した神子は、永遠の若さと命を得て、後に『
だが、それは世界の
その代償は大きく、神は神子の代わりに消滅する結末を迎えた。
常世の巫女は失われた最愛の神を偲び、彼がこの世に残した『神影』を途絶えさせたくないと願った。
その念願から誕生したのが、神子の因子を覚醒させた女性に神影を宿らせる『
それから時は流れ、現代。
今より十数年前、死ぬ場所を求めて彷徨っていた常世の巫女は、とある少女と出会った。
目に映るものの本質を見通すかのように澄んだ黒眼。
常世の巫女の神子としての能力――超感覚的な直感が語る。
この娘は、自分と同じ因子を持っているのだと。
(この娘なら、もしかしたら――)
自分に死ぬ場所をくれるかもしれない。
そう感じた彼女は、『超直感』の因子に目覚めていた
「お主、中々良い物を持っておるな。どうだい、極神影流に入門してみないかい?」と。
***
神田
愛するお兄ちゃんとともに多様な分野の本を読んで、数々の問題を解いて、ネットで数多の情報を探る毎日。
知識は驚異的な速度で蓄積され、世界への理解がどんどん深まっていく。
その感覚は、限りなき窮屈さを感じていた神田愛花に、まるで飛び立つために翼を広げる
その過程で、神田愛花は、あの時のママとお兄ちゃんの会話を完全に理解した。
二人の会話は、彼女にとって非常に重要な事実を示唆していた。
それは、自分とお兄ちゃんが従兄妹同士であること。
従って、法律上結婚出来るということであった。
因みに、神田愛花の思考は、神田恋花が小声で囁いたため彼女の耳には届かなかった内容も推定してしまったのだが、
自分に実質的な父親は存在しないこととか、自分が体外受精と代理出産によって生まれたことなど、彼女にとってはどうでも良いことだった。
結婚。愛する男女が結ばれて夫婦になる儀式。
物語で描かれる結婚は、何れも永遠なる愛と幸せの象徴であって。
純真であって無垢ではない女児は、愛しいお兄ちゃんとの結婚を夢見た。
実は、お兄ちゃんと結ばれるための方法は既に見つかっている。
少女の超感覚的な直感が告げているのだ。
お兄ちゃんは、一度約束したことは絶対に守ってくれると。
だから、お兄ちゃんから結婚の確約を取っておけば、その未来は必ず実現されるはず。
しかし、それを実現するためには、先に考慮しなければならないことがある。
それは、自分のママとお兄ちゃんの関係だ。
まだ幼い神田愛花は、『恋』と『愛』の違いを完全には理解していない。
それでも、知識としては知っていたので、何となく分かった。
お兄ちゃんは今、
それを考えると、なぜか少し切ない気持ちにもなるが、
まだ思春期を迎えていない純真な少女は、別に良いと思った。
恋は時間が経てばいつか愛に変わるものだと聴いたから。
それなら、別に恋から始まらなくても、最初から愛されている方が、より強い絆で結ばれているのだと。
そう判断出来たのは、自分に対するお兄ちゃんの愛が、一般的な家族愛の範囲を遥かに超えていると分かっていたからだった。
もし神田愛花が神子の因子に目覚めることなく、普通に成長したら。
その過程で友達に兄妹同士は結婚できないと指摘されて絶望して、自分の想いを諦めたまま思春期を迎え、ある日突然、実は神田永時と結婚できると知ったなら。
二人は空回りばかりして、決して結ばれることはなかったのだろう。
前世で二人がそうしていたように。
だが、現世の神田愛花は、前世とは違う。
神田恋花から引き継いだ『超直感』と、ユリ・ゴダジェントから引き継いだ『無意識の観照』を兼ね備えており、神田永時への愛情をしっかりと自覚している上で、彼と結婚出来ることも知っている。
こうなると、後は、
(う~ん、お兄ちゃんはあの時、生涯ママの幸せを守り続けるって誓ったんだよね。それなら――)
『私とあいつの幸せな結婚生活』というタイトルのクソつまらない本を広げて読むふりをしながら、株式取引を行っている神田永時の姿をこっそり眺める。
敬愛するお兄ちゃんは、今日も普通に人間離れしていた。
モニターをじっと見つめ、ふと「A社の株価は今日、ストップ高になる」と呟くと、それは必ず実現される。
ストップ高になる予定の株を買って、取引が一時停止される直前に売る。
それを何度も繰り返してきた結果、取引による収益率は、たった三日間でとんでもないことになっていた。
お兄ちゃんの異常性はそれだけじゃない。
どれだけ天才であっても、バックデータとなる知識と情報がないと、何もできない。
天才性を発揮するためには、知識と情報の取得が不可欠である。
それなのに、お兄ちゃんは、取得する前から
彼にとって『本を読む』という行為は、知識や情報の取得のためではない。
単なる再確認にすぎないということを、神田愛花は神田永時の表情や抑揚、仕草から直感的に読み取った。
何をどうすればそれが出来るのか、天才である彼女自身にすらさっぱり分からない。
他にも、6歳にはあり得ない身体能力と、同じく6歳とは思えないほどの思慮深さ。それでいて、年相応の無邪気さも持ち合わせている。
更には、神々しささえ感じさせる容姿に、時折漂う何処か影のあるミステリアスな雰囲気まで。
この世にこんな完璧な人間がいるはずがない。
だから、お兄ちゃんはきっと人間ではない。だとしたら、考えられるのは――。
神田愛花は思わずボソッと呟いた。
「神様……?」
その言葉にビクッ、と反応する神田永時。
それは、超直感の持ち主である神田愛花に確信をもたらすには十分すぎた。
(そっか、お兄ちゃんは、神様だったんだ)
ふと、この前神田永時に『いや、僕は愛ちゃんのこと考えてたよ?』と言われた際に感じた感覚の不一致を思い出す。
お兄ちゃんの言葉は事実だったのに、なぜ自分の直感は違うと告げたのか。
それらの情報を基に逆算することで、神田愛花は真相に触れた。
様々な媒体は語る。天才は孤独であり、誰にも理解されない存在だと。
しかし、神に比べれば、天才など所詮はただの人間。
それに、お兄ちゃんはいつも自分に無償の愛を注いでくれる。
神田永時がいてくれるおかげで、神田愛花が孤独を感じることはなかった。
お兄ちゃんがいなければ、自分もいない。
何処の馬の骨とも知れない女にお兄ちゃんを取られて、お兄ちゃんのいない世界に自分だけ一人残されるんだったら――。
『それなら、その前にお兄ちゃんと一緒に死にたい』と、少女は本気で思った。
(それもある意味、『永遠』なのかも)
お兄ちゃんの記憶に永遠に刻印されるだろうし。『前の自分』がそうであるように。
それに、『次の自分』に期待できる。
もちろん、それはあくまで最悪のケースである。
一緒に死ぬより、一緒に生きて結ばれて幸せになる方が良いに決まっているのだ。
だから、何をしてでも絶対にお兄ちゃんと結婚する。
たとえ、そのために、愛するお兄ちゃんをママと共有する必要があるとしても。
幸いに、ママのことは嫌いではない。むしろ、大好きだ。
それに、ママは絶対に敵に回したくない。
ママを不幸にしたり泣かせたりしてしまったら、お兄ちゃんは自分のことを許さないだろうし、そもそもママに勝てる気がしない。
勝てない相手なら、味方につけるのが賢明だ。
考えをまとめた後。
神田愛花は本を抱えると、偶然を装って神田永時にそのタイトルを見せてから、庭へと出た。
「あら、あいちゃん? どうしたの?」
「ママ、愛ね、お願いがあるの」
「まあ、何かしら?」
ママに嘘は通じない。
それが本能的に分かっていたので、神田愛花は単刀直入に言った。
「愛はお兄ちゃんを愛してるの。でもね、ママのことも大好きだよ。
だからね、愛はお兄ちゃんと結婚して、ママと一緒にお兄ちゃんを愛して、ママとお兄ちゃんと三人で幸せに暮らしたいと思ってるんだけど……ダメ、かな?」
無論、ダメなわけない。
娘のその願いは、神田恋花の願いそのものでもあったため、
「ありがとうね、あいちゃん、ママのこと思ってくれて。ママ、全力でサポートするわ!」
彼女は即座に部屋に戻って、予め用意しておいた娘と甥の印鑑と、婚姻届を取り出したのだった。
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