第2話 善行モンスター爆誕
縮んだ身長と、身体の所々から感じられる耐え難い痛み。
鏡には
僕は思い出した。
確かにこの時期は、父親によく殴られていた。
父親は今より数時間前に死んでしまったが、出来立ての痣は治らず。
父親の死と痛みを伴った6歳の誕生日は、記憶に刻まれていつまでも忘れることができなかった。
「本当に戻った……」
この時点に戻ることは分かっていたが、実際に戻ってみたら感慨深いものだ、
と感極まっていたのも束の間。
崩れてゆく世界で
僕の頭の回転は決して速い方ではない。
そのはずなのに、魂に刻印された故か、一瞬で詳細を把握できた。
先ず、神Pを稼ぐ方法についてだが、幸いに時間経過による獲得の他にも方法はあった。
それは、他人から感謝されること。
誰かが僕に感謝の念を抱くと、それは自動に僕に贈られて神Pとして換算される仕組みだ。
だが、これで得られる神Pもかなりしょぼいものである。
一人からの感謝一回で1P。
感謝の気持ちが大きいほど得られるPは増えるが、一回の感謝で得られる神Pの上限は100Pという。
千人に感謝されるか、十人から上限まで感謝を受けないと、ワイン瓶の時間を1秒前に巻き戻すことすらできない。
それに、時神さんの話通り辞めたくなったら他の資格ある誰かに
確認した時は目を疑ったよ。時神さんはよくもそこまで貯めたものだ。
100回ループしても貯められそうにない。彼女は一体どんだけループしたんだろう?
というわけで、これで人生を楽しむだけ楽しんで飽きたら他の誰かに譲ってさよなら、ということはできなくなった。
他にも
絶対使わせる気ないだろこれ。
因みにループの条件についてだが、あろうことか寿命に達した時という。
一回のリセマラにかかる時間が寿命と同じだなんて、そんなクソゲーあるかよ。
それがあるんですよね、ここに。信じられない。
更に許せないのは、好きな時点から何度でも人生をやり直せると言ったのに、一度スタート時点が決まったらもう変更はできないということだった。
これじゃ全く話が違う。
さてはあの女、善良な顔して嘘ついて僕を騙したな!
僕は時神さんからの話を想起した。
『お兄さんは好きな時点から――最小6歳の誕生日からになりますが、何度でも人生をやり直せるようになります。
時の神の権能を使えば先程みたいに壊れたものや病人などの時間を巻き戻すこともできます』
……あれ? 嘘なんて何一つついてなくね?
確かにループ回数に制限はないから何度でも人生をやり直せるんだけど!
時の神の権能を使えば時間を巻き戻すこともできるんだけどさ!
でも思ってたのと全然違う! 日本語って不思議だよね!
時の神になった途端に過去に戻ってしまったから当選宝くじの番号とか全然知らないし、これから何が起こるか
ベストセラーのあらすじは把握しているが、コピーを持っているわけでもないので執筆なんて無理。
専門知識を持ってないから将来登場する最先端電子製品の発明もできない。
こうなると頼れるのは株式投資と仮想通貨くらいだが……。
何がいつ上がっていつ下がったのか曖昧なため、バンバン稼いでいくことはできない。
大分時間はかかるだろうが、予め買っといて上がるのを持つしかないだろう。
これでは二度目の人生は情報収集と次回の人生の下準備だけで精一杯になりそうだ。
事あるごとに死んで6歳から再スタートするわけにもいかないし。
この時、僕は死ねばリセットできると思い込んでいた。
しかし、僕の認識はまだ甘かった。
『死亡=寿命に達する』という意味ではないことを、僕は十数年後に身をもって知ることになる。
あ、因みに『時の神になれる資格のある人』の条件とは、優しさとか不幸な人生とかは全く関係なく、ただ名前に『時』と『神』が含まれていることだった。
マジでふざけるな。
***
こうして始まった二度目の人生だったが、今回の人生も後悔の連続だった。
時神さんの存在が消えたせいで、世界線が変わってしまったからだ。
一般常識や世界的に大きな事件は変わっていないものの、僕の周りでは前生にはなかった様々な悲劇が起きた。
最初の悲劇は小学一年の時。
隣の席の女の子と仲良く過ごしていたら、突然その子のお母さんが難病で倒れてしまった。
手術費用がなくて治療を受けられなかったお母さんは死亡。
女の子は学校に来なくなり、そのまま転校してしまった。
十分な神Pがあったら彼女のお母さんの時間を巻き戻して治せたのだろうが、僕がその時まで稼いだPはたかが600P程度。
難病の治療どころか1秒前に割れたワイン瓶すら修復できない。
僕はガチで悩んだ。
ここで宝くじの番号を覚えて死んでリスタートすれば救えるのではないかと。
実際に当選宝くじの番号も完璧に暗記しておいた。
しかし、なぜか自分の認識が決定的に間違っているような気がして、僕は死ねなかった。
不思議なことだ。僕の記憶力は決して良い方ではない。
それなのに、この時覚えた宝くじの番号は、二度目の生が終わるまで忘れられなかった。
二年生になってはクラスメイトの子が攫われて行方不明となった。
数年後彼女は見つかったが、その子は既に遺骸となっていた。
クラスメイトの空席を見ながらも、僕は死ねなかった。
その子の遺骸が発見された場所も、人生が終わるまで忘れられなかった。
三年生になってはクラスメイトの一人が失踪した。
後で知ったことだが、長らく親からDVを受けていたらしい。
僕も昔DV被害に遭っていたから、出来れば何とかしたかった。
しかし、僕は相変わらず何もできなかった。
寿命に達するまで、クラスメイトの顔を忘れることはできなかった。
他にも、様々な事件や参事があった。
全てやり直せる力があるのにリセットできない自分に罪悪感を抱く日々。
そんな日々の中、叔母さんと従妹――妹の存在だけが僕の救いだった。
父親の妹、
前生で訊いた話では、相手は海外の優秀な科学者だという。
誰なのかは知らない。奴は一度も姿を見せなかったからだ。
恋花さんが亡くなり、僕が妹と離れ離れになったその時までも。
前生と同じく、二度目の生でも恋花さんの皮膚がんは発症したが、幸い早期に発見して治療できた。
恋花さんの執筆した本がベストセラーになったこともあり、生活面においてもかなり余裕ができた。
それでもまだ全然足りない。
恋花さんはもっと幸せになるべきだ。不幸だった前生の分まで。
僕は全力を尽くして恋花さんを喜ばせ、多忙な恋花さんの代わりに妹を大切に育てた。
僕の最愛の妹、
僕への呼称は「永時」となり、僕が妹を愛称で呼ぶと、真っ赤な顔で「子供扱いしないで!」と怒られるようになった。
それで要望に応じて「神田愛花さん」と呼びながら礼儀正しく接したら今度はめちゃくちゃ泣かれてしまった。一体何が問題だったのだろう。
昔はあんなに仲良かったのに……。思春期の女の子って難しい。
因みに恋花さんは何故かため息をついていた。
そうやって妹と冷戦状態の間。僕は中学を卒業し、高校生になった。
高校の授業はめちゃくちゃ難しかった。
前生とは違って理系を選んだせいで、二度目の人生というアドバンテージが完全になくなってしまったからだ。
それに加えて、次の周回に向けた情報収集も怠るわけにはいかない。
ただ収集するだけでは意味がなく、次の周回で活用するためには自分の頭で覚えておかなければならない。
時間はどれだけあっても足りなかった。
僕は死ぬ気で頑張った。
毎日エナドリを3本キメ、平均睡眠時間は4時間。
中学では色々とやっていたが、高校では部活にも入らず、勉強と情報収集ばかりした。
ここでしっかり勉強しておくと、次回の人生では少し楽になるはずだ。
そういえば過去に戻ったら脳も6歳児のそれに戻るはずなのに、僕のこの記憶と知識は何処に蓄積されるのだろうか。
疑問に思っても仕方のないことだが、時々気になった。
***
努力した甲斐があり、僕は無事に第一志望大学に受かった。
彼女? いなかったね。そんな暇なんてなかったし。
え? ラブコメ? なにそれ? おいしいの?
そういえば妹も凄い可愛いのに未だに彼氏ができたことはない。
一度だけ、クズで有名な奴に告白されたから付き合うことを検討してみようとしているとか言い出したので、全力で止めたことはあったけど。
因みにその時も恋花さんは何故かため息をついていた。
大学に入って一人暮らしを始めてからも、僕は勉強ばかりした。
僕にとっては死ぬ気で頑張って入った第一志望大学だったのだが、大学の同期たちは僕と同等かそれ以上に勉強できるわけで。
株価の変動や最新技術の原理などの情報収集をしながら大学の専攻授業についていくためには、更に死ぬ気で頑張らなければならなかった。
毎日エナドリを5本キメ、平均睡眠時間は3時間。テストの期間中は机に突っ伏して寝た。
そうしているうちに固形物を食べることが難しくなり、食事はエネルギーゼリーとサプリメントで済ませるようになった。
身体が悲鳴を上げていたが、それを無視して頑張り続けてなんとか大学4年生に進級。
就活をやって、大手の企業から内定をもらい、ついに人生の勝ち組に入れると思ったその瞬間――。
これまで身体に蓄積されていた無理がついに限界を迎え、僕は死んだ。
僕の二度目の人生は、こうして終わった。
しかし、僕の意識は消えなかった。
死んだのに死んでいない状態になって、僕はようやく気付いた。
昔、死んで過去に戻ろうとする度に覚えた違和感の正体に。
『死亡=寿命に達する』ということではなかった。
寿命というのは、全ての可能性を尽くして無病長寿を達成した時の最大寿命のことを指していたのだ。
その後のことは、まさに生き地獄だった。
家族の嗚咽の中で、僕の遺体は火葬された。
神経細胞も脳も全部死んでいるはずなのに、何故か感覚はあって。
全身を燃やし尽くされた時に感じた凄まじい痛みは、永遠に忘れられないトラウマとなった。
粉骨になってようやく劫火から解放された僕を待っていたのは、魂が凍り付くような極限の寒さと、心が押し潰されるような孤独感だった。
一縷の光も届かない暗闇の中。僕は寒さと孤独感に苛まれながら、寿命に達する時をただただ待ち続けた。
こんな状態になってからも、己の能力や持っている神Pは問題なく把握できた。
時計も何も持ってなかったが、ごく稀に神Pが1P増えることで、一年が経ったと分かる。
ところがその1年は、何もできずに待っているだけの僕には、終わりなき永遠のように感じられた。
あまりの寒さに、時々思わず火葬された時のことを思い出す。
記憶は時間が経つにつれて徐々に忘れられていくもののはずなのに、全身を燃やし尽くされた時の激痛は、つい先感じたかのように鮮明に蘇った。
能力を確認している時と同じ感覚。
その時の記憶と感覚は僕の魂に刻印され、最早魂の一部になってしまったのだ。
熱いっ!! 痛い…! 苦しい…! 寒い……。
終わり無き無間地獄。こんなことが待ってるんだったら、時の神になんてならなければ良かった。
寿命に達するのは一体いつなんだろう。
そして、寿命に達して過去に戻れたとしても。
その後、何かあって寿命より早く死ぬ度にこんな苦痛を味わわなければならないのだろうか。
溺死したら、窒息感と魚に全身を食われる苦痛に苦しんで。
圧死したら、内臓と骨が砕けて圧し潰される激痛に苦しんで。
火葬されると、全身を燃やし尽くされる痛みを再び味わって。
埋葬されると、全身を虫に食われる感覚を味わって。
(そんなの、耐えられるはずがない!)
…脱出してやる……。
どんな手を使ってでも神Pを稼ぎまくって、80億Pを貯めて、一刻でも早く自由になってやる!!
そのため、できるだけ沢山善行を行って――は……?
『過去に戻りましたら、できるだけ沢山善行を行ってください。それはいずれお兄さんのためにもなります』
なるほど……いずれ僕のためになるって、精神的な満足感とか、社会からの評価とか、そんなもんじゃなくて、そういう意味だったんかよ!
あの女に完全に嵌められた! 真の詐欺師は、事実だけを伝えても人を嵌めることができるんだね。
怒りを通り越して感心しちまったよ、ちくしょう!
いや、感心してる場合じゃない。
こうしている今この瞬間も、死ぬほど寒いのだ。既に死んでるけどね!
考えろ。善行を行うにしても、単なる手助け程度で得られる神Pは精々1P。
酷い場合だと、善行を施されても感謝しない奴すらいる。
じゃ、神Pを稼ぐためにはどうすれば良い?
そんなの、決まってる。善行を並行しながら、危機に陥った人たちを救うのだ。
自分が陥った危機が大きければ大きいほど、僕に救われた時に抱く感謝の念も大きいはず!
悲劇に遭った子とか、助けを必要としていた子など、僕は山ほど見てきた。
彼女たちを救いまくって、めっちゃめっちゃ感謝されて、もりもり神Pを稼いでいこう!
最初のターゲットは、お母さんを亡くしたあの子だ!
宝くじ一等の番号は今も鮮明に覚えている。その賞金を使えば――。
……待てよ? 今の僕には脳がないのに、なぜそれを覚えてるんだ?
まさか、その番号も僕の魂に刻印されているということか?
自分の能力に関する情報やあの凄まじい痛みと同様に?
魂に刻まれた記憶は、決して忘れることなく、思い出そうとすれば瞬時に把握できる。
ということは、これまで積み上げてきた知識を魂に刻んでおけば、専攻を変えない限り、二度と勉強で苦しまなくなるのでは……?
それなら、勉強に使う時間まで善行に振り向けられるじゃないか!
なんて素敵なことだ! もうやるしかない!
二度目の生で得られた情報と知識を、僕は必死に思い出した。
忘れかけていた記憶は、思い出す度に鮮明になっていった。
その行為は、言わば刻印。永遠に忘れられることのない、魂への刻印だった。
そうやってこれまでの知識と情報を全て魂に刻み込み、永遠とも感じられる時が流れた際には、自分自身のことを忘れてしまいそうになっていて。
僕は自分のことも魂に刻印した。
僕は神田永時。
優しい恋花さんのことが大好きで、妹の愛花を溺愛する、神田永時だ!
好きなものは善行、趣味も善行、座右の銘はとりあえず善行!
誰かに感謝されるためなら何でもする!
でも感謝しない人間に用はない。
助けてもらったのにちゃんと感謝もできない人間なんて、そんなの、助ける価値なんてないんだ。
そのように自分を定義し、何度も何度も魂に刻み込んでいく。
二度と忘れられないように。
寿命に達して、世界が再構築されるその瞬間まで。
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