自由になりたい時の神は少女たちを救いまくる

シュガー好き

入学準備

第1話 私と契約して、時の神様になってください

 なぜ詐欺師に騙されてしまうのか。

 それは、詐欺師がとても詐欺師には見えないからである。


 僕も数十年前、取り返しのつかない詐欺被害に遭ってしまい、死ぬ方がマシな思いをさせられてきた。

 悲しいかなそれは未だに続いている。


 「はじめまして。神田かんだえいと言います。好きなものは善行、趣味も善行、座右の銘はとりあえず善行です。もし困ったことがあったら何でも相談してください。皆さんに感謝されるためなら何でもします。

 でも感謝しない人に用はありません。ちゃんと感謝できる、それは、人間にとって一番大事なことだと思います。ではよろしくお願いします!」


 三度目の小学一年の自己紹介を見事に終え、僕は時の神様と名乗った詐欺師に騙されたその日のことを思い出した。


***


 「大変申し訳ないが、神田さんの契約の更新は厳しいと思う」


 それは契約期限間近のある日のこと。

 中小企業で契約社員として働いていた僕は、次年度の契約更新がないことを告げられてしまった。

 目立つ実績もないし、まあ多分そろそろ首になるんじゃないかなと薄々感づいてはいたのだが、実際に告げられるとなかなかショックなものだった。

 

 もしこれが追放系ラノベだったら僕がいなくなったことで会社は潰れ、僕を首にしたことを後々散々後悔する流れになるだろうが、現実はラノベではない。

 僕という社会の歯車が一つ消えたところで、すぐ交換されるだけ。

 会社には何の影響も及ぼさない。


 これからどうすれば良いだろうか。

 年齢は三十路。安月給を趣味のため使ってきたせいで貯金は殆ど無し。

 生きていくためにはまた転職して働かなければならない。

 しかし、転職しようとしても今までの学歴と履歴で志望できそうな企業は殆どない。


 暗い気分で夜遅くまで求職情報を探していると、偶々『人気MeTuber・ときがみ、児童福祉へ500万円寄付』とのニュース記事が目に入った。


「あの人、また寄付かよ。凄いな……」


 「大聖女」「大天使」「女神」「歩く善行」など様々なあだ名で呼ばれる彼女は、幼い頃から多様な分野で活躍し、天文学的に稼いでいるらしい。

 その殆どを常に善行のために使っているので尊敬の念を抱く一方、今の自分の境遇と違い過ぎてどうしても羨ましくなってしまう。


 学生時代頑張ってたら何か変わっていたのだろうか。

 振り返ってみれば、僕の人生は失敗と過ちの連続だった。


 過去に戻ることができれば……。

 昔から事ある度に何度も考えていたこと。

 考えても仕方のないことだと分かっていても、考えずにはいられなかった。

 

 ダメだ……憂鬱ゆううつになってきた。


 「…酒でも飲もうか」


 僕は気分転換がてらコンビニに行くことにした。


***


 「ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 安ワインとビーフジャーキーを買って帰宅している途中。

 誰もいない夜の公園で一人の女性が大はしゃぎしていた。


 「やったー!!! ついに…ついに貯まったよぉ!!! うっ、うぅっ……!」


 0時過ぎという真夜中なのに帽子にサングラス、マスクという胡散臭い姿。

 あまり関わりたくなくて見て見ぬ振りして通り過ぎようとすると、急に声をかけられた。


 「ああっ! そこのお兄さんっ!! 過去に戻って人生やり直してみたくないですかっ!?」

 「いや、結構です」


 何だ、宗教の勧誘かよ。

 何処か聞き覚えのある声に若干戸惑いながらもさらっと断って立ち去ろうとすると、怪しい女性は慌てて帽子とサングラスを外した。


 「ちょっと! 怪しい人なんかじゃないです! 私MeTuberの時神ですよ!」


 そしてマスクを外すと、そこにあったのは涙に滲んでいるが確かにあの時神さんの顔だった。

 そういえば声も彼女の声そのものだった。


 「えっ、時神さん!? 何でこんなところに……」

 「そんなことは今どうでも良いです! それよりお兄さん、過去に戻って人生やり直してみたくないですかっ!?」


 何この質問。新しい動画の企画か何かか?

 それなら素直に答えるべきだろう。

 彼女のことは尊敬しているし、応援もしているから。

 チャンネル登録はしてないけど。


 そもそも、常に善行を行っている彼女のことだ。

 時神さんの動画や彼女が今までやってきたことを考えてみると、悪質な悪戯などではないはず。


 「まあ正直戻れることなら戻りたいですね」

 「ですよね!? 人間なら当然誰でもそう思いますよね!? そんなお兄さんにビックチャンス! その機会を与えます!」

 「はい? その機会と言いますと……?」

 「なんと、私はお兄さんを過去に戻せることができるんです! 正確には、何度でも過去に戻れる能力をお兄さんに与えることができますよ! 私、実は人間じゃなくて神――時の神様ですので!」

 「へぇすごいですね……?」


 今回の企画の意図が全く読めない。

 センス良い奴だったらここで上手いこと言えたんだろうが、悲しいかな僕にそんなコミュ力はない。

 とりあえず適当に相槌を打ってみた。


 「もう、全く信じてもらえてないみたいですね! それなら証明してみせます。ええと、そうですね! その袋の中のワインを借りても良いですか?」

 「どうぞ」


 快く瓶を渡すと、時神さんは今回の企画を説明した。


 「これからこのワイン瓶を地面に叩いて割ってから時間を巻き戻して修復してみせます! 一瞬で終わりますので、絶対目を離したり瞬きしたりしないでしっかり見ててくださいね? 絶対ですよ!?」


 何だ、そういうことか。彼女にしては珍しいコンテンツだった。

 動画はあまり見てないけど。


 約束すると、時神さんは震える手で瓶を地面に勢いよく叩きつけた。


 割れる瓶と飛散するワイン。

 ところで、時神さんが「じゃ戻しますよっ!」と切迫した声で叫ぶと、ワインは割れる前の状態に戻っていた。


 「なっ!?」


 何だ今のは!? 幻!?

 いや、でも瓶は確かに割れていたぞ!


 流石は時神さん。とんでもない手品だ。

 時神さんを見ると、彼女は「セ…セーフ、セーフだわ!」と涙を流しながら喜んでいた。


 優しすぎて女神とまで呼ばれている彼女のことだ。

 手品が成功しワインが無駄にならずに済んで安心しているに違いない。


 披露する前に凄い緊張していたし、成功させたことが余程嬉しいのだろう。

 微笑ましく見守っていると、時神さんがはっと我に返った。


 「はっ、す、すいません。安心しちゃってつい……それより、見ましたよね!? 割れた瓶が元に戻ったこと!」

 「はい、見ましたよ。すごい手品ですね! どんなトリックだったんですか?」

 「だから、トリックとかじゃないんですってば! 本当に時間を巻き戻したんですよ!」

 「えっ、本当ですか……?」

 「時の神の名に誓って本当です。嘘ならチャンネル消してMeTuber引退します」


 真顔でこちらを見つめる時神さん。充血した目がとても怖い。

 僕は何となく、彼女が語っていることが全て事実だと分かった。


 考えてみれば、時神さんが自分のチャンネルを懸けてまで僕にこんな嘘をつく理由がない。

 最初は動画の撮影かと思っていたが、撮影をしている様子もない。

 どうやら女神と呼ばれている超絶人気美人MeTuberは、本当に女神だったらしい。


 「あの……女神様と呼ぶべきでしょうか?」

 「今まで通りで大丈夫です。それにしても、ようやく信じていただけたようですね。さて、本題に戻りましょうか」

 「本題、ですか」

 「はい。お兄さん、過去に戻れることなら戻りたいと言いましたね? お兄さんが同意すれば、私の神の力をお兄さんに譲渡じょうとします。お兄さんは好きな時点から――最小6歳の誕生日からになりますが、何度でも人生をやり直せるようになります。

 時の神の権能を使えば、先程みたいに壊れたものや病人などの時間を巻き戻すこともできます。だからお兄さん――」


 女神は潤んだ目で言った。


 「私と契約して、次代の時の神様になってください」


 ……何故だろう。無性に断りたくなってしまった。

 まあアレだ。今まで不幸だった僕にこんなうまい話があるはずがないのだ。


 両親は母親の不倫が原因で離婚し、父親には実子ではないのではと疑われてDVされていた幼児期。

 父親が亡くなってから僕を迎え入れてくれた優しかった叔母さんは、僕が小学生の頃癌で亡くなり、僕に懐いてくれた従妹とも離れ離れになってしまった。


 その後も色々とあって常に生きるだけで精一杯で、彼女なんてできたこともない。

 満身創痍の心を誰かに癒されたかったが、社会人になっても契約社員という不安定な立場と安月給と低いコミュ力のせいで婚活も全くうまくいかなかった。


 全て諦めて趣味にお金を使いながら適当に日々を送っていたら、貯金無しの状態で首になることが確定してしまう始末。

 もう夢も希望もない。ガチで異世界転生したい。


 そんな僕に、こんなうまい話があっていいのだろうか。

 どうしても裏があると思えてしまう。


 僕の迷いが伝わったのか、時神さんは悲しげに言った。

 

 「不安になってしまうことも分かります。やり直したいと強く思うほど辛かった日々もあったのでしょう」

 「!!」

 「こんなうまい話があるのだろうかとつい疑ってしまいたくなる気持ちも理解できます。でも、違うんです。そんなお兄さんだからこそ、報われるべきなんです!」

 「…っ、僕のこと、分かってくれるんですか」

 「それぐらい分かりますよ。女神やってますもん」


 何ということだ。流石は女神様……!

 今まで世の中神なんていないと思っていたが、まさにここにいたのだ!


 ……後で振り返ってみれば、この時の僕は見事にコールド・リーディングにやられていた。


 「ところで、時の神様って何すれば良いんです? 果たさなければならない使命とかあったり……」

 「特に使命などはありません。強いて言えば、存在すること自体が使命ですかね」


 兎に角、と女神様は続く。


 「やりたい放題で自由に生きても良し、救いたい人を救っても良し、未来の情報を使って当選宝くじや株を買っても良し、仮想通貨を買っても良し、未来のベストセラーを執筆しちゃっても良し、何でもアリです。神様なんですから。

 そしてもし辞めたくなったら、お兄さんのように資格のある人に譲渡すれば良いです。どの人が資格あるかは神になれば自然に分かります」

 「なるほど……因みに譲渡した側はどうなるんですか?」

 「勿論ただの人間に戻りますよ。もう神ではなくなりますから」

 

 そんなっ!?


 「時神さんは人間に戻っても大丈夫ですか? 能力がなくなったら困るんじゃ……」


 僕が心配すると、女神様は感極まって震えながら優しく微笑んだ。


 「こんな力と機会を前にして私の心配をしてくださるなんて……お兄さんは優しいんですね。でも安心してください。私はもう十分すぎるぐらい神やってきましたので。この能力はお兄さんのように必要とされている方のために譲るべきです。でも要らないならもちろん断っても良いですよ? その時は他の方に譲渡しますので」

 「譲渡するのはもう確定ですか?」

 「はい、確定です」


 それならこんなチャンスを逃すわけにはいかない。

 僕は彼女と契約し、時の神になることにした。


 「お兄さんが受け入れてくれて安心しました。ここでお兄さんに一つアドバイス。過去に戻りましたら、できるだけ沢山善行を行ってください。それはいずれお兄さんのためにもなります」


 なんと……神の力を譲りながらも他人の心配ばかりとは……時神さんマジ女神。

 いや、実際に女神だけど。

 

 「分かりました。過去に戻ったら、できるだけ沢山善行を行うと誓います」

 「任せました。さて、それでは私の後任となる契約の儀式を行いますので、スタートしたい時点を決めてください。一番早いのは6歳の誕生日からです」

 

 6歳の誕生日なら、まだ健康だった叔母さんと従妹と一緒に暮らし始めた頃だ。

 良かった……それならあの優しかった叔母さんを助けられる。


 「6歳の誕生日でお願いします」

 「設定しました。では最後に、お兄さんの名前を教えてください。時の神になる契約において名前は非常に大事ですので。因みに私の本命はご存じの通り、神谷かみや時雨しぐれです」

 「僕は神田永時と言います。『永時』と書いて『えいじ』と読みます」

 「間違いないようですね。それにしても『神田永時』さんですか。なんて時の神にぴったりな名前……今ここでお兄さんと出会ったのは決まっていた運命だったのかもしれません。では、早速儀式を始めますね」

 

 その瞬間、時が止まった。

 停止した世界で女神様は、震える声で僕に問いかけた。


 『現・時の神、神谷時雨は神田永時を次代の時の神に任命し、時の神としての全ての権能を譲渡します。開始時点は神田永時の6歳の誕生日となります。神田永時はこの契約に同意しますか?』

 『はい、同意します』

 

 すると時間は再び流れ始め、何か不思議な力が体中――いや、魂に流れ込んできた。

 

 「ああ…神の力が消えていってる……お兄さんはどうですか? 能力の内容や使い方などの詳細は自然に分かるようになってくるはずですけど」

 「確かに、何となく分かってきましたね」

 「やったー!!! ありがとうお兄さん!!! 本当にありがと――!!!」

 

 人間に戻り始めた女神は何故か狂喜しながら僕に抱きついてきた。

 いや、ありがとうって、それはこっちの台詞なんじゃ……?

 今までの人生で感じたことのない柔らかい感触と良い香りと意味不明の感謝の言葉に当惑している間も、権能の内容や使い方は凄まじい速度で次々と勝手に魂に刻印されていく。


 ええと、神Pというポイントを払って個体や世界の時間を自在に操作可能。

 個体単体の時間を巻き戻すのに必要な神Pは1秒毎に1000P。

 世界の時間を巻き戻すのに必要な神Pは1秒毎に…ちょっとこれ何桁あるんだ?


 神Pは時間の自然経過によって獲得可能。

 1P獲得に必要な時間は1年――は? 1年?

 これって使い物にならないんじゃ……。


 あれ、でも時神さんは実際に巻き戻してたよな? ……たった1秒だったけど。

 その後「セーフだわ!」と涙流しながら凄い喜んでたけど。


 ……。


 「あの…時神さん……?」


 物凄く嫌な予感がして声をかけるも、僕の声は彼女には届かないらしく、


 「これでやっと解放される! 自由になれるう―――ッ!!!」


と滂沱の涙を流しながらはしゃぐ一方。


 あまりにも物騒なワードに問いただそうとした瞬間。

 力の流入が終わり、世界が崩れ始めた。

 6歳の頃に巻き戻されるんだと本能的に気づく。


 ちょっ、まだ宝くじの当選番号とか全然調べてないんですけど――!?


 慌ててスマホを取り出す僕の耳に、か細い声が届いた。


 『やっと、本当に死ねる』


 遠ざかる意識の中。

 最後に僕の目に映ったのは、光の粒になって散っていく時神さんの姿だった。

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