第3講義:エンジェル・アット・マイ・テーブル(1990、ジェーン・カンピオン、オースチオラリア、2時間38分)

 えー、前回観てもらったのは『モンティパイソン ライフオブブライアン』でした。『モンティパイソン』TVシリーズは知ってましたが,映画は知りませんでした。それに、この映画をお勧めしたのはブレイディみかこさんです。わたし速攻買って観ました。彼女のセンスはわたしに合ってると思います。友だちのように見えますがみかこさんに会ったことがありません。でも彼女のエッセイやネットニュース、小説も舐めるように読みました。彼女はパンクバンドの追っかけでイギリスに住み、中年になったらぶっちゃけアナーキスト(無政府主義者)でになりました。ちょうど彼女の息子さんが、あなたたち学生さんと同い年のようです。その息子さんが“Always Look on the Bright Side of Life”を気に入って歌っていました(翻訳は勝手にAI通訳してくださいたぶん内容ありませんから)。この曲は映画のエンディングに流れるんですが、実際には葬儀でもサッカーの試合、公共イベントにもよく使われるポピュラーソングのようです。日本では考えられませんねマジで。

 モンティパイソンとは、イギリスを代表するコメディグループで、喜劇俳優のジョン・グリーズ、『バンデットQ』『未来世紀ブラジル』などの映画監督テリー・ギリアム、コメディアンでミュージシャンのエリック・アイドル、コメディアンで映画監督のテリー・ジョーンズ、コメディアンで俳優、作家のマイケル・ペイリンの6人、あ、あとグレアム・チャップマンもいました。チャップマンは映画のブライアン役でしたが、わたしにはあまり印象がなかったんです。それもそのはず、チャップマンは重度のアルコール依存症で、48歳で亡くなりました。他のメンバーは70~80歳と長寿になっているのにねえ。1970年代はカムアウトする芸能人は皆無でしたが、彼はゲイであることを番組でカムアウトして、当時としてはセンセーショナルでした。彼はずっと苦しい状況を背負っていたようです。


 さて話は変わりますが、小説の書きかた指南です。小説家になりたいのに平日は会社員でいて週末だけ小説を書いているセコい生きかたはいますぐ辞めなさい。あなたの書くものはすべて平凡で、誰かの何かに似てて、クソ面白くないしクソつまんないです。決して読みたくありません。新人賞に送られても絶対読みたくありません。編集者もいい加減うんざりしてると思います。河出書房新社にいた某ジャーナリスト(マジで名前失念)が、新人文学賞の下読みやってました。投稿者は、退職したド中年男性がほんとんどです。まるで地獄のようでした。彼らが送ってくる小説は必ずといっていいほど渡辺淳一の超劣化バージョンばかりで読むのもうんざりする、と言ってました。自分がそんなにモテるはずないのに“普通の”男は女の幻想だけ夢見てAVも男のファンタジーだと思っているんでしょうねだから現実の女を見ようともしないし理解できないし小説書いても時間の無駄。いくら書いてもあなたは絶対受賞しません。

 あなたたちはどうして「小説家になろう」と思うのでしょうか。わたしにはさっぱりわかりません。「印税で不労所得がガッポガッポ入る」のはとっくの昔の話です。いまはさっぱり儲かりません。出版不況ともいわれています。現在の芥川賞作家も直木賞作家も、一度デビューしたらさっぱりヒットしなくて十年二十年苦渋のスランプ生活を送るのが現実です(W文学賞は年二回になりました。販促イベントご苦労さまですでも売れませんなぜでしょうご自分でお考えくださいね)。漫画家もそうです。編集者に操作されっぱなしです。『毀滅の刃』ってありましたよね。原作漫画家さんは当時二〇代だったと思いますが、いきなり年収二〇億が転がり込んできました。ぶっちゃけ働きたくないですよねー。一生働かずに済む財産ですもん。若いし遊んでいたいと思いますけど、フランソワーズ・サガンのように『悲しみよこんにちは』で花々しくデビューして芸能人や有名な著作家たちが集まって毎晩パーティーやったりで莫大な財産を持った者にはありがちなことでしょうけど、質の悪い取り巻き連中に囲まれて生活しコカイン、モルヒネ、鎮痛剤などの薬物やアルコール依存症になったりコカイン所持で逮捕されたり浪費癖で破産して、晩年はもう悲惨でした。預金は差し押さえられて生活に困り、心身ともに薬物後遺症に苦しんで、心臓発作で死にました。享年六九。金があればいいってもんじゃありません。手軽に入ってきた金は、手軽に出ていくのが道理です。彼女はあまりにも若すぎて人生に無知でした。無邪気といえばいいんですがね。

 デビューしたらそれきり、今度は「消えた作家」「忘れられた作家」になるのがオチです。ヒット作なんかそうそう出ません。苦しいんですよ経済的にも精神的にも想像的もどん詰まりで行き場がなくて。

 そこそこヒットするにしても編集者の言いなりになるのがオチです。「自分はこんな頭カラッポな小説を書きたくて小説家になったんじゃない、でも売れるから仕方ないし、編集者にかまってもらいたいお座敷芸者のように呼ばれたらすぐ何でもする!」。脱サラしてまで生まれ変わったはずなのに、会社員人生のDNAは記憶していたんですね、びっくり呆れます。それが水飲み百姓のDNAでも「サムライ」とイメージして逃避してるんでしょうね。侍って家来のことですよ? 殿様のほうがよくありません?

 いまじゃ自殺する作家はそうそういないと思いますが、わたしが記憶しているのは鷺沢萌です。彼女は新人賞を受賞したとき、実は漫画の盗作をしてて、それがバレてしまいました。何度か芥川賞候補になりましたが、それも彼女が有名になったからです。彼女の父親も作家でした。「盗作作家」という冠は一生つきまといます。それらが彼女のプレッシャーだったんだろうなと思うことがあります。離婚して、あまりいい人生じゃなかったと感じます。その後、自宅で縊死しました。

 賞ほどいい加減な販促イベントはないと思います。日本の出版社はどれも家族経営で世襲制だし保守的だし、日本の政治家とそっくりです。森永卓郎さんが言ってましたが、どこの出版社に原稿を送ってもボツになり「出版できません」と断られる。トータル100社に断られた。そこで最後にOKを出して日の目を見たのが世紀のメガヒットになった『書いてはいけない』です。こんなんじゃ日本の出版社はダメだろうなと、わたしは幻滅しました。出版も投資と同じギャンブルです。こんなことなら英語で小説書こうかなー。日本はオワコンですよ。

 自殺した日本作家のツー・トップは芥川龍之介と太宰治でしょう。太宰の『人間失格』は中学のころに読んで深刻になり、二〇代半ばで読んで、今度は落語のように軽く読めました。太宰って道化師なのかー。いっぽう芥川はシャーマン的なヘタレ作家です。書いても書いても不安でしかたなく、関東大震災と朝鮮人大虐殺とがあり、金子文子や大杉栄、幸徳秋水の大逆事件があって、自分もまた捕まって殺されるのではないかと精神が不安定でした。胃潰瘍、精神衰弱、不眠症。それでも子作りはちゃっかりしてました。斎藤茂吉からもらった致死量の睡眠薬を飲んで死にました。昭和二年、三六歳のときです。不穏な時代でなければ芥川ももう少し生きたかもしれません。『楢山節考』の深沢七郎も、一九六〇年、『中央公論』に『風流無譚』を発表し、ついうっかり皇室の描写をして中央公論社社長宅が右翼に襲撃する嶋中事件(風流夢譚事件)が起こり、そのため三年間筆を折る生活をしました。ごわいでずよねー(稲川淳二風)。

 劇作家で演出家の上田久美子さんのケースはレアで、彼女は新卒で会社の会計の仕事を2年して、いきなり宝塚に演出助手として就職し、独立して自分の劇団を旗揚げしました。彼女は日本の演劇業界について嘆いています。演劇はこんなに時間と労力と費用がかかっているのにトータルでいえば時給800円以下だ、日本の文化助成は歌舞伎と能と落語ばかりで全然足りない、演劇文化では日本で食べてゆけない。いっぽう、駒場アゴラ劇場を中心に「青年団」という演劇集団を率いていた二〇年選手の平田オリザさんも、各種演劇賞は獲ったものの劇場はいずれ潰れることが決まっており、自転車経営の赤字経営が判明しました。これはゆゆしきことです。文学も演劇も終わりに近づいています。日本はオワコンです。大事なことですから二度言いました。

 わたしがライバルだと思う作家は、韓国で初のブッカー国際賞を受賞したハン・ガンです。彼女は作家である前に詩人でした。彼女の作品を翻訳した斉藤真理子さんときむふなさんが書いていましたが、韓国人作家はルーツを大事にするし、そういう作品がヒットする、と。

 韓国の近現代史をざっと説明すると、一九五〇年に朝鮮戦争、一九六〇年に四月革命、一九七九年朴正煕大統領暗殺、一九八〇年光州事件。この光州事件が、韓国の作家のルーツだと思います。知らんけど、なんか直観するんです。

 いっぽう、日本のルーツはなんでしょうか。はい、太平洋戦争ですね。キーワードはふたつ、「天皇」と「原爆(敗戦)」です。太平洋戦争が原因で、日本は分裂症(統合失調症)になりました。「天皇」は加害者側、「原爆」は被害者側と、ふたつに分裂しました。分裂したまま朝鮮戦争となりベトナム戦争となり、戦争特需となって日本経済は好景気になります。敗戦時に裸一貫でGDP世界一位になったわけではありません。そりゃ日本の技術や料理は最高だとは思いますが、IT産業にはすっかり出遅れて携帯電話はガラケーになるし、スマートフォンなどの半導体はデザインが超ダサくて持ち歩けません。おっさん臭がします。白物家電は中国アジア系に押されています。iPhoneはクソ高すぎるし、手ごろで機能が同じなら中国製のシャオミーでいいや。ついでに楽天モバイルにします。

 話は戻ってバブル景気の時代です。バブルは1985年「プラザ合意」で先進5か国(G5:米・仏・英・独・日)の財務大臣、中央銀行総裁会議により発表されました。先進国間には、自由貿易を維持するために協調して為替操作に介入することへの抵抗感はありませんでした。しかしとりわけ、アメリカの対日貿易赤字が大きな問題として扱われていたため、先進5か国間で結ばれたプラザ合意とは、実質的に円高ドル安へ誘導する合意でありました。そういうわけで、バブル景気が到来したのです。

 景気は自国の努力の賜物ではなく、国際的に調整できるものだと判明したのです。

その間、日本人はどうしたのでしょうか。金が余って余って、使いすぎてもまだ金が余ってしまう。海外旅行に高級車、高級腕時計、毎晩ディスコで踊り狂い、首に太い金の鎖をつけセカンドバックを抱える「昔のヤクザスタイル」が流行ったのも奇跡的なことです。大学デビューした田舎者がごろごろいましたしね。一本十万円もするドン・ペリニヨンを五本十本飲まずに捨てていましたし、今年の流行はティラミスで、翌年の流行はナタ・デ・ココ、毎年秋になるとボジョレー・ヌーボーが解禁されます。バブルの習慣化されたものですから、よほどワイン好きな人がいない限り、日本人はほぼ飲みません。コギャル文化もエンコー(援助交際)もバブルの名残りだと思います。セックス産業だけ残るんですから。

 これが日本のルーツです。ほんま、しょーもないですよね。何も考えていません。値段が高いか安いか、判断できるのはそれだけです。判断できないのもしかたありません。日本は分裂症ですから。いつも誰かに頼っています。信号もちゃんと青になって歩きます。たとえ車一台通ってなくても。これは世界に通用するものだとか、先見の明を感じるとか、絶対ありません。無名な天才たちは無名のまま埋もれてゆくのが運命です。

 イギリスは皮肉と風刺の笑いの国だと、前回言いました。イギリスは王室が存在する国です。その王室でさえ、国民はこき下ろしてバカにして笑います。これがもし「天皇」なら「不敬罪」で逮捕されるでしょうが、それは戦前の話で、敗戦後に公布した「日本国憲法」は「不敬罪」は存在しません。がしかし「天皇」をこき下ろせば笑いが起こるどころかドン引きします。原一男『ゆきゆきて、神軍(1987)』のアナーキスト奥崎謙三は昭和天皇にパチコ玉を発射して暴行罪で懲役一年半、「皇室ポルノビラ事件」を起こして全国指名手配となり逮捕、懲役一年二ヶ月の刑となります(奥崎健三は過激なことをやりましたが、そのぶん太平洋戦争では天皇の犠牲者になっています)。「不敬罪」とはいったい何なのか、わたしたちにもわかりません。でも戦後も「不敬罪」は存在します。憲法には存在しませんが、日本人の精神のなかに必ず存在します(断罪するのは右翼→自民党のやつらが大金払って動かしています)。

 最近の例では『表現の不自由展』。「あいちトリエンナーレ2019」の企画展のひとつです。内容は具体的にはわかりませんが、韓国彫刻家による「平和の少女像」。またの名を「慰安婦像」です。次に、天皇の肖像を燃やすような動画です。このような闇の一面が、太平洋戦争には確実に存在します。そこを掘り下げて展覧会をしよう、と思ったのかどうかわかりませんが、この企画展が実行委員会会長でもある愛知県の大村秀章知事は当然批判的になります。右翼が暴力的抗議に来たら大変です。展覧会の前に、事務局に「ガソリン持っていく」との脅迫ファックスが届き、急遽警察に被害届を出して中止します。

 で・も、ですよ? ネットの殺害予告などの書き込みはIPアドレスをたどって犯人確定して逮捕するんですけど、脅迫ファックスの出どころはなぜか不明なんです。おかしいですよね? 警察も自民党とグルだと思います。

 

 唐突ですが、映画紹介の時間です。これはジャネット・フレイムの自伝的映画です。彼女は母国ニュージーランドを代表する女流作家で、モジャモジャ赤毛で太っており、詩を書き、彼女のあまりにもシャイで繊細な感性は周りの人々には理解されず、教師になるために生徒たちの授業をしようとしたら突然無口になり、誤解から精神病院に送られてしまいました。診断名は統合失調症です。彼女が密かに惚れてる大学教授も「友人がきみの作品を推している。ヴァイネルもヴァンゴッホも狂気の人だったから大丈夫だ」と勇気づけてくれますが、入院は8年続き、200回以上の電気ショック療法を受けました。ロボトミー手術を受けさせる前に、小説で文学賞をとり、手術は免除されました。入院中も彼女は小説を書き続け『エンジェル・アット・マイ・テーブル』という全3巻の長編自伝小説を発表しました。監督のジェーン・カンピオンのおかげもあってか、彼女の後半の人生はとても幸福だったと思います。

 みなさんは、精神病院に入れられても書き続けることはできますか? わたしはできます、ノートとペンがあれば。実際、大学ノートで三〇冊、短編小説と詩を綴ってきました。いま読み返しても「いいね!」と思います。つまり、わたしの思考と言語的選択は、あまり変わってないのです。寺山修司と中島みゆきの影響だと自分でも思います。


 そこで、おふたりのオマージュとして、わたしの詩を朗読します。


花も嵐のたとえもあるさ

さよならだけが人生だ


まわる まわる四時台はまわる

別れと出会いを繰り返し


トカトントン トカトントン

どですかでん どですかでん

…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。


 お粗末さまでございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る