墓守と手毬寿司

藤泉都理

墓守と手毬寿司




 かつての日本人の生活では、「ハレの日」と「ケの日」の区別が明確であった。

 稲作の作業の折り目に行われる神事の日が「はれ」、それ以外は「」であった。

 人生では、成人、結婚の祝い事などが「ハレ」になる。

 「ハレの日」には、晴れ着を着て、御馳走を食べ、酒を飲む事も許された。

 また、日常生活である「ケ」は「気」によって継続しており、生活がマンネリに陥ると「気」が涸れて元気がなくなると考えられていた。

 「気涸れ」の状態は「穢れ」にも通じるので、「ハレの日」には穢れを取り除くお祓いが行われていた。

 この穢れの排除が冠婚葬祭の一つの目的だったとも言われている。




『家族で楽しむ歳時記・にほんの行事(池田書店)』より参照。











 一族代々墓守を生業にしている人間が居た。

 数多くの墓をお守りしているわけではない。

 たったの一基だけ。

 一基だけをずっと、ずっと、長い間、お守りし続けているのだ。

 たった一基の墓から生涯を懸けて離れる事もせずに。

 ずっと、ずっと、




「はい。手毬寿司をお届けに上がりました」

「………注文したか?」

「はいご注文いただいたので、こちらに配達させていただきました。こちら、注文票です」

「………確かに。そうか」


 一基の墓の前で胡坐をかいていた墓守は前払いが記載されている注文票にサインすると、ウーバーイーツの配達人が背負う長方形の黒いリュックサックから出された木の寿司桶を見て、なんとまあ立派なもんに入れられてんなあと言った。


「はい。立派な木の寿司桶に、なんとまあ、愛らしい手毬寿司が飾られていますよね」


 甘海老、カニカマ、サーモン、ローストビーフ、生ハム大葉チーズ、大根の浅漬け、キュウリの漬物、イクラのたまご軍艦、いか、二十日大根と桜、酢蓮根と卵、八重椿、鮪、鯛、帆立とキュウリ、穴子、鰤、海老、タコなどなど。

 飾り切りしたものや、乗せ方や包み方を工夫したものなど、彩り豊かな愛らしい手毬寿司が数え切れないほどあった。


「小さいとはいえこんなにたくさん果たして食べきれるだろうか?」

「今日は涼しいとはいえ、まだ夏ですし外なので早く食べないと腐れちゃいますよ」

「ははっ。そうだな。こんな季節に、傷むものをどうして注文したのやら」

「食べたかったからでしょう?」

「ああ。まったくその通りだな」

「では。ありがとうございました」

「ああ。感謝する………すまない。貴殿に前にも届けてもらった事があったか?顔に見覚えがある気がするのだが」

「………お客様」

「ん。何だ?」


 立ち上がっていた配達人はしゃがみ込むと、グッと墓守に顔を近づけては、満面の笑みを向けた。


「生活がマンネリに陥ると「気」が涸れて元気がなくなりますよ。こんな日ぐらい、好物を食べて楽しみましょうよ」

「………墓場で。か?」

「ええ。そちらの墓に眠られておられるお方もきっと、ずっと辛気臭いあなたの顔など見たくないと思いますよ」

「………」

「墓守なんて辞めたいと思いませんか?」

「さあ。考えた事などないな」

「そうですか。申し訳ありません。どうぞ、お食べ下さい。あ。これも。寿司店からのサービスだそうです」

「………まあ。今日くらいは。いいか」


 配達人が自転車に乗って颯爽と居なくなってのち、墓守は配達人から手渡された小瓶の日本酒の蓋を開けては、墓に静かにかけ流して、深く頭を下げて、いただきますと手毬寿司に手を伸ばしたのであった。




























「あ~あ~。もう辞めたいって言ったんなら、すぐにあの墓をぶっ壊したんだけど。もう。転生も果たして、無用の長物だってのに。どうしたもんかねえ」


 配達人は下唇で上唇を覆ってのち、とりあえずもう一回会いに行って諸々説明しようかと考えたところで、スマホが鳴ったので、次なる配達をすべく店へと急いだのであった。











(2024.8.29)



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墓守と手毬寿司 藤泉都理 @fujitori

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