第18話 エリオットの真意

 盛大に始まった夜会は、徐々に雰囲気も落ち着き、曲は賑やかなものからゆったりとしたバラードへと変わってゆく。ステージにて紹介がされなかったリオは、カナトと共に投資家貴族達へ挨拶に回りながら、ジンやキリヤナギとも再会して談笑を楽しんでいた。


「リオ、待ってたよ」

「まっ……お、恐れ多く思います、殿下……」

「悪いな。少々トラブルに巻き込まれていた」

「機械の管理って大変だね。二人ともお疲れ様……」

「と、と、とんでもないです」

「大変なんすか?」

「多分?」


 ジンの疑問に、キリヤナギも返答ができておらず、リオとカナトは何も言えなかった。


「カナトの紹介って聞いてたから、会っておかないと思って残ってたかな」

「そうなんです?」

「セオ」


 キリヤナギは、後ろへと控える若いバトラーの名を呼んだ。彼は小さな子箱をキリヤナギの元へと持ってくる。キリヤナギによって開けられたそれは、桜の紋章が形どられた小さなバッチのようなものだった。


「僕の友達の証。リオにあげるよ」

「い、い、いい、いいんですか!?」

「カナトも持ってるし、これがあれば何かあっても助けてもらえるだろうしね」


 リオはハッとして、スカートを上げて深く礼をする。キリヤナギはその礼を待った後、リオのドレスへそれをつけてくれた。


「これで動きやすくなるだろう。助かる」

「動きやすく?」

「これからの領地周りで、何の称号もないガーデニア人を連れてゆくのは信頼にも関わるからな。何かしらの後ろ盾がなければならない」

「本当は一緒に行ければいいんだけど、無理だからね。それがあれば僕が居なくても僕の友達だと堂々と言える」

「ありがとうございます。よ、よろしくお願いします……!」

「こちらこそ」


 ライトに当たるとキラキラと輝くそれは、まるで宝石のように美しく形どられていて、リオは心が踊るような気分だった。そんな彼女を、王子の傍にいるジンは少し羨ましそうに見ている。


「ジン君も持ってる?」

「持ってないです」

「ジンは『タチバナ』だから、あってもなくても良いんだよね」

「騎士貴族だからな。必要なら私からどうにかしよう」

「ガーデニアは別に興味ないんだけど……」

「ジン……」


 後ろのバトラー・セオに睨まれ、ジンはギョッとしていた。キリヤナギはそれに小さく笑う。


「ごめん。ここ幼馴染なんだよね、僕も含めて」

「そうなんですか!?」

「殿下、バラさないで下さい」

「だって、ジンの反応が珍しくてつい……」


 よく見るとジンは黙り込んで照れている。反応が珍しいと言う言葉の意味が読み取れず、リオはカナトと共に首を傾げてしまった。


「ジンも領地周りいくんだよね?」

「はい」

「僕の代わりに、カナトとリオをよろしく」

「分かりました」


 セオが度し難い表情を見せ、キリヤナギは更にツボに入っているようにも見えた。その後、ひと通り夜会を楽しんだと言う王子は、迎えと共にホールから去ってゆく。

 貴族達の姿が徐々に少なくなってゆく会場でその日の勤務を終えた職員達も姿を見せ始めた。

 問い合わせの対応を終えたエリオット・エーデルワイスも表情へ過労を見せながら談笑を楽しんでいる。


「リオ、エーデルワイス卿と話したいことがあるのなら、こちらは気にしなくて構わない」

「カナトさん……ありがとうございます。じゃあ少しだけ……」


 リオは、カナトとジンを残し一人ベランダで月を見るエリオットの元へと向かった。

彼は、ワイングラスを片手に夜風にあたり考えごとをしているようにも見える。


「お疲れ様です。エリオットさん……」


 彼は、後ろへと現れたリオへと振り返り胸に手を当てて礼をしてくれた。


「リオ・スズキ嬢。先程は酷い無礼をすまない。故意でないとはいえ閉じ込めてしまったことは、元社長の身分として心から謝罪する」

「え、エリオットさん。それはもう大丈夫です。と言うか、その話をしに来た訳じゃなくて……」

「……そうか。でも僕は、まだ君に謝らなければならない事がある」

「……えっ」


 意表を突かれ、リオは再び背を向けるエリオットの横へと並んだ。春先の夜はまだひんやりとした冷気を感じ、長袖のドレスを選んでくれた使用人たちへリオは心から感謝する。


「改めて名乗ろう、僕はエリオット・エーデルワイス。オウカ人だ」

「え……?」


 当たり前の自己紹介に聞こえるそれに、リオは訳がわからなかったが、初めて顔を合わせた時との相違に思わず聞き返してしまう。

 彼はリオと初めて会った日、「日本人」だと話していたからだ。


「僕は、日本人じゃない。この国で生まれ、この国で育ったオウカ人の貴族だ……」

「え? でも、ヨネザワさんは、東京を知ってて……」

「はは、アツシ・ヨネザワは、僕の初めての『親友』だった。子供の頃、僕は彼と出会い、趣味を語らい、このオウカに新たな通信技術を普及させる為に試行錯誤していたんだ。ちょうど今の新社長ぐらいの年齢か。手探りで投資を募り、国営業務を賜った時は本当に嬉しかった」

「……!」

「アツシは、僕にこの技術の素晴らしさを説き、各土地へ中継施設の設置に尽力しながら当時の日本で最先端だと言う『ダイヤルアップ通信』の為に『花霞』を設計したんだ」


 衝撃すぎて、リオは言葉が出ない。

 日本人だと言っていたエリオットの言葉は嘘で、もう一人本物の日本人が居たと言われているのだ。エリオットの親友だったと言う『彼』こそ『花霞』を設計し、組み上げたと話している。


「桜花通信公社の業務は、アツシがいる限りは順調だった。トラブルもあったが何年もサービスも安定し、アツシは高度な技術者として国から称号も賜ったが……彼は、次第にその役目に疑問を持っていたようだった」

「疑問……ですか?」

「この国で自身がやるべき事は全て終えたのではないかと、アツシが日本について語ったのはその頃だったか。思えば違和感だらけだったよ。身分証も何も持たず変な言葉を話しては、飢えかけていて助けて欲しいと縋っても来た。当時、ただの地主の子供でしかなかった私は、戸惑いだらけだったが、彼のと出会いは間違いなく私の運命を変えたのだろう」

「へ、変な言葉……?」


 リオが思わず口にした時、エリオットは微笑んでみせる。そして気づいた。


「アツシは東京から来たとは言ったが、育ちは大阪だと言っていた」


 思わず顔が熱くなる。つまりエリオットがリオを日本人だと気づいたのは、ジンと同じく言葉のイントネーションの違いからだったのだ。リオは奈良県出身だが、大阪になると、まさに方言とも言えるほど言葉遣いは「濃く」なり、敬語であっても誤魔化しきれない。


「話を戻すが、異世界から来たと言うアツシに僕は半信半疑だったが、ある日、彼は日本へ帰ると言って僕の前から姿を消した……」

「……!」

「『花霞』の仕様書や、アップデートの方法などを記録へ残し、忽然と……いなくなった。これまでも何度か何も言わずに旅行に行く事はあって、今回もそのうち帰るだろうと思っていたのに、もう10年以上アツシは戻って来ない。それどころか、いつの間にか彼の功績が僕の功績へと変わり、古い社員達は皆、アツシの組んだ『花霞』を僕が組んだと話している。王すらも思い出したように僕に称号を与え直した」

「……忘れた?」

「わからない。でもスズキ嬢、どうか君と出会えた時の僕の感情をわかって欲しい。あの時、アツシに別れすらも言えなかった僕が、君の話し方を聞いた時、どれほど救われたか……。君と共に再びこの国を救えると、僕は期待を持ちすぎてしまったのだろう。すまない……」

「エリオットさん。私は、アツシさんではないです。でも、アツシさんの生まれた場所で働いていました……! もし、日本に帰れたら、必ずあなたと事を、伝えます……!」

「……ありがとう。君は僕の救いだ。彼と最後の絆だった『花霞』はもう壊れたが、それは、運命が僕を前に進ませる試練であったのだと今は思うよ」


 エリオットは清々しい表情で、涙を堪えているようにも見えた。

 それはずっと抱えていた荷物だったのだろう。

 アツシと言う大切な友を失ったエリオットは、それを受け入れられず『花霞』に拠り所を作っていた。いつか戻るという友を信じ待ち続けていた最中、近い言葉を話すリオに出会ったなら、もう一度ともに歩みたいと願うのは自然な事だからだ。


「改めて、嘘をついてすまなかった……」

「いえ、大丈夫です。あの、アツシさんは結局日本に帰れたのでしょうか?」

「それはわからない。彼の記録は数ヶ月後には掠れ、気がつけば消えていた。名を語れば、みな私のことだと言い出し、気味が悪かったな……」

「アツシさんを探しましたか? 手がかりは……」

「メンテナンスを兼ねて各地へ行く際に聞いて回ったが、その頃には殆ど覚えている者はいなかった。でも唯一ウィスタリア領には、私が行った覚えがないにも関わらず行った事になっていた」

「え?」

「アツシが居なくなった数週間後、ウィスタリア領の支部のサーバーが不具合を起こしていたんだ。私は首都で勤務していたが、なぜかメンテナンスに赴いたことになっていて、おそらくこれはアツシだろうと思う。ウィスタリア領は、属国東国に隣接していて、私は東国へ入った可能性を見ているが……それ以上の手がかりは掴めなかった」

「……東国!」

「アツシは、ずっと東国へ行きたがっていたからな。日本人は惹かれるのか? 私は文化が古く何がいいのか分からないが……」


 カナトの言葉を照らし合わせれば、日本に戻るためのヒントは間違いなく東国にある。家族との今生の別れではないことがわかり、リオは希望が持てたようだった。


「興味があるのなら連れて行けるが……」

「ありがとうございます。でも私は、カナトさんともう約束してしますから」

「……そうだった。全く一度振られているのになんてことだ」

「えっ……」


 エリオットは照れ隠しのように笑っていた。どう返事をして良いがわからず困惑しているとエリオットの目線が後ろへ向いていることに気づく。


「本命のお出ましか……」


 振り返るとカナトがそこへ立っている。まるで迎えに来たかのようなカナトは、胸へ手を当ててリオへ手を差し出した。


「リオ殿、どうか私と共に一曲のひと時を……」


 邸宅で見ていた雰囲気とはまるで違うカナトへ、リオは吸い込まれるように手を取った。目を離せず引き込まれてゆくリオをエリオットは苦笑しながら見送ってくれる。


 優しく流れてくるバラードは、想像していたよりも現代風で聞いているうちに鼻歌が溢れるほど覚えやすい。

 リオはそんな音楽に合わせ、カナトと手を合わせながらダンスの中へ混ざっていった。


「エーデルワイス卿とは、何を?」

「え、……その、色々です」

「色々……そうか。卿は女性を口説くのが上手いようだ」

「え? そ、そういうのじゃ、なくて」


 カナトの笑みが綺麗で直視できない。ダンスは普段話せないことを話せると聞いていたが、その意味をよく理解した。


「私は、このオウカ国がとても好きだ。リオは気に入ってくれただろうか」

「私も好きです。日本と同じぐらい……!」

「そうか。……ガーデニア人にならせたようで、すまない……」


 息が詰まり、リオはすぐに言葉が出てこなかった。オウカ国が好きな事へ嘘はない。しかし、だからと言ってガーデニア人となった事を後悔はしていないからだ。


「カナトさん。私は、ガーデニア人になった事、後悔はしていません」

「……!」

「私は、自分で選んだんです。カナトさんと一緒にこのプロジェクトをやりたいって。だから、私をガーデニア人にしてくれて、ありがとうございます……!」

「……リオ、そうか。よかった」


 心からの幸いの笑みを見せたカナトは、次は真っ直ぐにリオの目を見る。


「ならリオ、共に行こう」

「はい……!」


 人々見守る、優しい音楽が流れるホールにて、二人の男女が一曲のひと時を楽しんでいた。




 夜会が終った後、帰りの自動車でリオ興奮が覚めないまま顔を赤くしていた。

 間も無く日付が変わる首都だが、建物には未だの灯りが残る。


「お疲れ様です、リオ様」


 横にいたサクラの労いにようやく我に帰った。帰り際に『アストライア』の様子を見に行ったが、稼働状況は安定しており夜勤社員へ任せて帰路へついていた。


「オウカの通信を救ってくださり、ありがとうございます」

「い、いえ、救ったというか、皆さんが協力したから、なんとかなっただけで……私は必要な所を組んだだけです……」

「それでも、うまく行っていなかった関係性が修復されたのは、リオ様と言うきっかけがあってこそでしょう。是非もっと自信を持たれて下さい」


 返す言葉が見当たらず、さらに真っ赤になってしまう。しかし、今日は始まりなのだ。これから何日もかけて土地を回り、新たな回線を引き直すことが、当面の目標となる。

 本当にやれるだろうかと、少し不安に感じていると、サクラがそれを察したのか優しく声をかけてくれた。


「エーデルワイス卿は、とても柔軟な方ですが各土地の領主様は気難しい方が多くおられます。一筋縄では行かないと思われますが、私も付き添いますのでご安心ください」

「サクラさんも?」

「はい。とても楽しみです」


 楽しそうな彼女をみると、リオも少しだけ好奇心がそそられる。日本にいた時もそうだが、行ったことの無い土地へゆく事はとても冒険心も掻き立てられるからだ。


「私も……!」

「観光もできると思うので、何かやりたいことがあれば是非お話下さいね」


 ここ数日間の不安などは一気に吹き飛び、リオの頬が思わず緩んでしまう。サクラは、そのリオの自然な笑みに同じく笑みで返していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る