第16話 アークヴィーチェとの確執
シャンパンを開け豪快に酒を飲む二人に、周りの貴族達は困惑しながら遠目で眺めていた。
最も豪華なソファへ座る、煌びやかな衣服の男は、肘掛けに腕を乗せまるで項垂れるようにぐったりしている。またその隣に座る白と黒の正装の大男は、そんな彼に頬杖をついて呆れていた。
「そんな仲悪いのになんで別れねぇんだよ……」
「私は、ヒイラギを愛している。キリヤナギも……。これほどできた息子に育ててくれた妻へ頭が上がらん」
「そんな事いってるから、大事な儀式全部廃止されたんだよ。堂々としたらいいじゃねーか」
「廃止はキリヤナギの心身の為でもあったが……」
シダレ・オウカは、この国の国王であり、ウォーレスハイムとは子供の頃からの親友でもあった。この二人は時々何か理由をつけては顔を合わせ、こうして酒を飲みながら語り合う。
「だがこの前、趣味で集めていたギターやベースが知らぬうちに音楽家達へ寄付されていた。気づいた時のショックが未だ癒えん」
「普通じゃねーだろ、何をしたんだよ……」
「覚えはないが、数年前のカレンデュラの事で何もできんかったから根に持っとるんかもな……寄付先が知り合いの所だった」
「ぁー、カレンデュラ公爵と仲良いんだったか」
「私は二人の間に割って入ったような物でだからな……」
「なんで別れないんだよ……」
「愛しておるんだ……」
シダレは、国民からは思慮深くこれまでの王の中では最も暖かいと評価はされている。が、その反面ひどく臆病で弱気な一面があり、我が強く規律を重んじる妻、王妃ヒイラギといつもこうして揉めていた。
シダレ王の話したカレンデュラ領での一件は、数年前に多くの難民達が土地へ傾れ込んできた事件にある。
その土地を収めるカレンデュラ公爵家は、数ヶ月間宮殿の判断をまったが、シダレは結論が出せないまま、公爵家は難民を受け入れる姿勢を示し治安を保っていた。
「カレンデュラ卿には2、3年前に会ったが、普通だったぜ?」
「実はその後か、久しぶりにクリスと会って喧嘩してもうた」
「は??」
「もしや、その事がバレたか? わからん。はぁ……」
シダレ王のため息は深刻で、ウォーレスハイムは返す言葉もない。思わず周辺の貴族の聞き耳を気にしつつ、呆れたため息をついた。
クリストファー・カレンデュラは、このオウカ国の北東領、現カレンデュラ領を収める七人の公爵の一人で、彼はシダレ王とは学生時代からの親友であり、その絆は王家と繋がるものならば知らぬものはいない程確固たるものでもあった。
そんな仲のいい2人のおかげか、エーデル社のブロードバンド回線の引直しについてもスムーズに進み、すでに都市部はほぼ完了、残りは離れた土地と支部の建設のみとなっているが、このタイミングで仲違いが起こったとも言われれば、工事が進められなくなる可能性もよぎってしまう。
「それうちの契約にも支障でるか?」
「クリスは頑固者だが、約束は必ず守る奴だ。私と喧嘩したぐらいでは、何もいってこんだろう」
「なら、いいが……しっかりしてくれよ」
「これでもやっておるんだがな……」
再びげっそりするシダレ王を眺めている最中、ウォーレスハイムの元へサクラが現れ、『花霞』のことを伝えられた。
彼は驚き、カナトの『アストライア』への移行の提案について、笑みを見せる。
「つまり俺にやって欲しいって事かい?」
「い、いえ、その、『アストライア』は、『電話交換機』として運用できるのかと……」
「電話交換? 『アストライア』にその機能はまだ積んでないが……」
「リオ様が、実装する? と仰られていて……」
「ほぅ?」
ウォーレスハイムの目つきが変わり、サクラは少し身じろいだ。普段から仕事のこと以外殆ど興味を示さないウォーレスハイムが、何か言いたげな態度を示したからだ。
「可能なのでしょうか?」
「可能も何も、『アストライア』は元々、この国の通信を一新するために開発されたデバイスだ。システムを積んでないのは、ガーデニアの通信の規格とオウカの規格の違いがあって、現場に合わせたシステムを組む為に敢えて空けたんだよ」
「空けた?」
「ケーブルは刺さるだろ? ファームウェアのアップデートも確か俺がやったな……」
「あの……」
ウォーレスハイムは、手元の鞄から黒のノート型端末を取り出し、膝掛けにおいて何かを確認していた。
『アストライア』上で動くソフトウェア開発のアプリケーションを立ち上げ、その一部のデータを新たに差し込んだ記録デバイスへコピーしてゆく。
「ウォレス様?」
「これを持っていけ」
それは差し込みタイプの記録デバイスだ。何も説明もなく渡されたそれをサクラは両手で受け取る。
「これは、なんですか?」
「お前に話しても埒があかねぇ。パスワードばArkな。リオに渡せば分かるさ」
「『花霞』に何かあったか?」
シダレ王の目線が注がれ、サクラは膝をついて深く頭を下げる。ウォーレスハイムは、何ごともないようにシダレへ笑みで答えた。
「ちょっと不具合みたいだ。シダレ陛下、この機会に『アストライア』へ乗り換えていいかい? ぼろぼろだし」
「エーデルワイス卿には、ブロードバンド通信に開通に合わせて運用すると聞いているぞ?」
「それが、もう復旧は無理みたいなんだよ。うちから新しい技術者呼び込んだし、やらせてくれませんかね」
「できるなら、構わんが……私としては未成年が通信社の運営をやるのは些か不安がのこる」
「気に入らないことがあれば、いつでも取り上げてくれて構わんさ。こちらとしては所詮は預かり物だからな」
「ふむ。わかった、お手並み拝見と行こう」
「許可がおりたぜ。サクラ、行け」
「は、」
サクラは礼をし、その場から立ち去ってゆく。この場にいる貴族達はオウカの電話が通じななくなっていることに気づいてはおらず、みな平穏に夜会を楽しんでいた。
*
『花霞』の電源がおちたサーバー室は、ファンの回転音が一切止み、静けさに包まれていた。
並ぶように配置されていたサーバー、『アストライア』は、『花霞』とは比べ物にならないほど静音で聞こえるのは記憶媒体のカタカタと言う書き込み音ぐらいでもある。
『花霞』と同期されていたらしい『アストライア』は、設定されていた更新時間にデータが送られてこないことへお知らせを表示させている。
時刻のログもあり、最後のバックアップはおよそ数時間前であることを確認し、リオは新たな機能の開発の為に専用のプラットフォームとなるアプリケーションを立ち上げ、仕様書を読み直しながら、コピー紙にどういったシステムを作るか考えていた。
電話通信とは、受話器から伝わる空気振動をデジタル信号に変換し、受け取った通信工社が指定の電話番号を持つ相手へ繋ぐことで通信が行われる。
『花霞』によって自動で行われていたこの機能を『アストライア』は持って居ないと聞いたが、その証言はおおよその事実であり、違ってもいた。
『アストライア』は、ブロードバンド通信によるデジタル信号のやりとりを得意とするのは間違いはないが、発信されてきたアナログ信号をデジタル信号へ変換する機能も搭載されており、『花霞』とほぼ同じ事ができるように設計されていたのだ。またファームウェアに至っても既に搭載済みで、OS上で電話交換を行うソフトウェアのみがなく「非対応」と書かれている。
この事実から、リオはそもそもこの『アストライア』が、『花霞』から完全に乗り換える為に設計されたものであると把握し、居た堪れない気持ちにもなってしまった。
それは『花霞』を大切にする旧桜花通信公社の彼らにとって、この『アストライア』は、まさにオウカが積み上げてきた技術を切り捨てようとしていたとも言え、これまでの努力を否定されたような思いになったのだろうと思えたからだ。
「私がやらんと……」
しかし『花霞』は、もう壊れてしまった。機械を運用し、国の通信を担う組織として余計な感情論は挟むべきではないとリオは結論づける。
『花霞』がまだ動くなら話は違っただろう。永遠に動くなら、電話は『花霞』、インターネットは『アストライア』と役割分担はできたはずなのだ。社員達は、おそらくそれを想定していたが、叶わず最悪のタイミングで破損した。
「ごめんなさい……」
心で思おうとして居たことが口に出てしまう。しかし、今はやるしか無いとリオはひたすら自分に言い聞かせていた。
「あの、大丈夫ですか?」
声が聞こえて居たのか、扉の向こうの社員の彼が声をかけてくる。
「だ、大丈夫です。なんとか、なりそうです!! 一応、ここに書いてある通りの設定は終わったので、あとは開発を始めるだけで……」
「本当ですか……! すごいですね……」
「あの、いつから発火していたか。わかりましたか?」
「はい。監視カメラによると、つい30分ほど前ですね。スズキさんが即座に気づいて下さって幸いでした」
「それなら、よかったです……!」
「カメラのお陰で、我々はリオさんを疑わずに済んだのも大きい。ありがとうございます」
「いえ、そんな私はむしろ『花霞』が壊れてしまったのがショックで……エーデルワイスさんもショックかなって……」
「……そうですね。社長は、誰よりも『花霞』を大切にされています。毎日動作をチェックされて、掃除もされていましたから……そんな社長をみていて、我々は『花霞』を捨てることができなかった」
「……!」
「今となっては、もう責任問題でしょうが、皆そうならないように最大限の努力をしてきたのです。それはどうかご理解下さい」
「……はい。分かってます、私も同じ状況だったら、そうしだと思うし……」
「アークヴィーチェから来た貴方が、そう仰られるのは意外でした」
「実は来たばかりなんです……まだ、この国の事もよくわかってないぐらいで」
「本当ですか?! それにしてはとてもシステムにお詳しくーー」
「前の職場に似てて、その、システム管理をしてて……」
「なるほど、さぞかし名のある会社なのでしょう」
「そ、そうでもないです。中小なので……」
謙遜してしまうが、褒められると嬉しく思えてしまう。積み上げ続けた好きな事が、ここで誰かの役に立っているのがとても嬉しい。
「リオ様……!」
廊下からの新な声はサクラのものだった。走ってきた彼女は、扉前に来たリオにそっと何かを差し出す。その記録デバイスは、日本では当たり前に利用されるUSBメモリだった。
「ウォレス様からです。パスワードはArkと……」
「カナトさんのお父さん、ですよね? 私にですか?」
「はい。見れば分かると……」
リオは、サクラにお礼だけ言って早速中身を確認する。そのファイルを開くと開発アプリケーションが開き、ソースコードが出てきて驚いた。
オウカ・電話交換機能の名前のつけられたそのプロジェクトは、ウォーレスハイムが開発していたものだったらしくまるで道筋のようにソースコードが組まれている。
しかし未完成にも見え、リオはこのプロジェクトの意味を理解した。
『アストライア』を開発したと言うウォーレスハイムから「組めるならやってみろ」と言われている。
リオは渡されたファイルのバックアップをとると、呼吸を整えて画面と向き合った。
ここで自分の技術がどこまで反映できるのかは分からないが、カナト、エリオット、ウォーレスハイム、そして多くの社員やこの国の国民のために最大限やると前を向く。
「やります……!」
リオの中にある仕事のスイッチが入り、彼女の手元にソースコードが組まれてゆく。
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