第14話 告白、裏切り
夜会当日の午後、リオは午前の練習を終えてアークヴィーチェ邸に現れた客人の相手を頼まれていた。
エーデル社にて18時から開催される夜会に備え使用人達が走り回る中、カナトに同行する客人を相手にできるものがいなかった為、自身の準備にまだ時間のあるリオが手を上げたのだ。
スケジュールとしては、カナトの準備は15時には終わり、その後にリオが着替えるが、同行する彼は14時半前にはアークヴィーチェ邸に現れて、待機してくれている。
「別に俺、一人で待ってんのに」
「流石に申し訳ないと思いまして、来てくれてありがとうございます。ジン君」
カナトと共にエーデル社に招かれたジン・タチバナは、ネクタイを締め黒をベースとした制服のような衣服を纏っていた。背中には赤いマントを肩紐へかけて右から下ろしているその衣装は、まるで軍人のようにもみえる。
二人はアークヴィーチェ邸の庭のガーデンチェアへと座らされ、穏やかなティータイムを過ごしていた。
「そのお洋服は夜会用ですか?」
「これ、父ちゃんが若い頃の騎士服。今と見た目違うから、騎士じゃないけど一応アピールできるだろうって」
「へぇー、今ってどんなのなんです?」
「赤と青? 青が一般騎士で赤が大隊長って色分けだったかな?」
「わかりやすいですね」
「父ちゃんは、目立つから嫌がってたけど……」
他愛のない会話に、リオの気持ちも緩んでゆく。思えば、ジンは騎士の息子でも平民に近く目線も同じなのだろうと気づいた。
「リオ姉さんは、着替えないの?」
「私、今順番待ちなんです。カナトさんが着替えてて」
「……ふーん」
「まだ結構待つと思うけどすみません」
「それはいいんだけどさ……」
「? どうかしましたか?」
「……」
ジンは何故かリオを訝しげに眺めている。鼻を鳴らしてかなり悩んでいるように見えるその表情に、リオは困惑してしまった。
「ジン君?」
「会った時から思ってたけど、リオ姉さんの喋り方、なんか変じゃね?」
「え??」
「俺だけ? イントネーション? 微妙に違う気がしてさ。カナトも突っ込んでなかったから、気のせい?」
「……」
関西弁がばれているとリオは返答に困った。確かにカナトにも使用人にも何も言われずに数日経ったが、敬語で特徴的な口調は誤魔化せても、音程の撮り方までは誤魔化せない。
「いい例おもいつかねぇけど……ありがとうって言ってみて」
「あ、↑ありがとう↓」
「→ありがとう。ほら、なんか違うくね?」
言葉に詰まる。生まれも育ちも西日本のリオが、今更標準語などちゃんと話せるわけがなかった。そもそも、誤魔化せていて突っ込まれる事の程ではないと思っていた。
「なんでちげーの? ガーデニア人だから?」
「さ、さぁ? 私も気がついたらこんな感じで……」
「ふーん、夜会だと目立ちそうだけど……」
はっとした。リオが聞いている限り、カナトも使用人もジンも王子もみんな標準語で、同じ関西弁らしき人々を見た事がない。ジンは突っ込んできたが、夜会でも質問をされる可能性があるのか。
「リオ姉さん、焦ってね?」
「だ、大丈夫です。その……これは出身地の方言で」
「方言? ガーデニアにもあるんだ?」
「はい。違和感があるなら治しますね……!」
気づけてよかったと、リオは一応は前向きに考えることにした。本にもあった通り会話を必要最低限にすれば、問題もないと思うからだ。
「別に、直さなくていいと思うけど……」
「へ?」
「かわいいし……」
ジンは、目を逸らして頬杖をついていた。頬が少し赤いのは照れているようにも見える。
「別に気になっただけだし……!」
「そ、そう? ありがとう……」
リオも返事に困り、戸惑ってしまう。
ジンは、発音の違いを悪い意味で捉えていた訳ではないとわかり、少しほっとして向き合う事ができる。
「じゃぁ、ちょっと喋ってみていい?」
「え、うん……」
「でもいざ言われると何話したらいいか分からへんな、何かふって欲しいけど……」
「じゃあ、昨日は何してた?」
「昨日は、初めての夜会に備えてダンス練習しててん。知識として知ってたんやけど、やってみたら意外とおもろくて……」
ジンがポカンとし、興味深く見てくるのがわかる。リオはその反応をみて楽しくなりさらに続けた。
「ジン君は、ダンスとかやる?」
「俺は、殿下と時々やってたけど、それだけかな……」
「騎士さんもやっぱり練習はするんや。この国では当たり前なんやね」
「普通はやらないんだよ。でも殿下が一人じゃやりたがらないから、父ちゃんが俺に頼んできて付き合ってる」
リオは笑いが込み上げてきていた。会話が楽しくなってきたのもそうだが、あの穏やかな空気感をもつ王子が、練習を嫌がっているのも意外だったからだ。
「王子様、意外と我が強いんやね」
「強いぜ。あの雰囲気だからみんな舐めてかかるけど、大体返り討ちにされてる」
「へぇー、かっこいいやん」
王子を褒めると、ジンは嬉しそうにして王子のことを話してくれた。意外とワガママで好き嫌いが激しいとか、誤解されていても気にしないとか、それをジンが許せないなど、まるで幼馴染のような関係性が見えてくる。
「タチバナは名門って言われてるけど、俺はそんなの関係なく騎士になる。殿下が王様になれば、いい国になる気がするし」
「いいやん。応援するわ」
夢語りは良いものだと、
リオは感嘆もしていた。そして、そんなジンと過去の自分を重ねてしまう。
日本では、女性のエンジニアは未だ人口がかなり少なく、パソコンに関する知識の殆どは男性の物というイメージが強かった。
リオはそんな社会で、父が趣味としていたパソコンの組み立てを横で見て覚え、それがいつの間にか自分の趣味になってここまで来ている。
中学の頃から独学で学んだが、周りの女性とはかなり違う趣味に酷い温度差を感じ、あるきっかけで隠すようになってしまった。
「その信念、大事にしてな」
「うん。ありがとう」
話していたらリオは、使用人へ呼ばれ、着替えに向かう。
ジンは入れ違いで現れたカナトとまたしばらく雑談をし、3人はサクラを交えてアークヴィーチェ・エーデル社へと向かう事となった。
自動車は数台配車され、カナトとジン、リオとサクラで分けて乗り込む。
「とても綺麗です。サクラさん」
「こちらはガーデニアの騎士の正装ですが、そう言って頂けるとうれしいです」
「サクラさんも、踊られるんです?」
「ダンスですか? 私は今回、警備兵の一人ですからお仕事として参加ですね」
「そうなんです?!」
「はい。本日は、カナト様だけでなく国王陛下や王子殿下もこられますから、警備もかなり厳しくされているかと……あ、あの、大丈夫ですか?」
突然緊張し青ざめてしまったリオに、サクラは背中をさすってくれていた。王子も来ると聴いていたものの、人が大勢来ることへ考えが及んではおらず怖くなる。
「本日の主催はカナト様ですから、リオ様はどうか気楽に構えられて下さい……」
「は、はい! がんばります……」
「頑張る……?」
大きく深呼吸をして、水を飲み、リオはひたすらに心を落ち着かせていた。そしてたどり着いたエーデル社は、以前来た時よりも多くの騎士が揃い、自動車一台一台に身分証明を求めながら人々が入ってゆく。
リオも鞄から証明書を取り出し、サクラと共に社内へと招かれた。
「カナト様は、先に控室へ向かわれているでしょう。ご案内しますね」
「ありがとうございます。サクラさん」
サクラのエスコートに安堵し、慎重にドレスの裾を上げつつ入り口へ向かうと、赤い絨毯の敷かれたエントランスホールに、一人の男性がまるで迎えるように立っていて、リオは真っ先に目が合った。
迎えてくれたのは、エリオット・エーデルワイス。先日とは違うシンプルな礼装で思わず見違えてしまう。
「スズキ嬢。ごきげんよう」
「エーデルワイスさん。こんばんは……」
「サクラ・モルガナイト卿も、ようこそ」
「ご機嫌よう。サクラ・モルガナイト、本日はリオ・スズキ様の護衛として、こちらへ」
深く礼をするサクラに合わせ、リオも本にあった礼をする。エリオット・エーデルワイスはそれに苦笑しているようだった。
「スズキ嬢。今から少しだけ時間はないかな?」
「え……」
「リオ様は、これよりカナト様と控室へ向かわれる予定ですが……」
「君達の手間は取らせないよ。僕もここで陛下を迎えなければならないからね。すぐ終わるさ」
リオはしばらく黙ってはいたが、エリオットに「答え」を聴きたいという意図を察した。もしここで断ればそれは曖昧に済ませる事はできるが、リオの中ではもう答えは決まっている。
「分かりました。少しだけ……」
「リオ様?」
「サクラさん、ごめんなさい。すぐ戻ります」
「モルガナイト卿は、先にホールに行っておいてくれ、控室には僕が案内するよ」
「しかし……」
「大丈夫です。サクラさん、私もエリオットさんに伝えたいことがあるので……」
サクラは少し驚いてはいたが、納得してくれていた。煌びやかな灯りをつけられた本社の通路から外れ、エリオットとリオは、再び施錠されていたサーバー室へと向かう。
薄暗く、『花霞』の駆動音と読み込みランプが桜の花びらのように点滅する環境で、エリオットは口を開く。
「もう君の中で答えはでたのかな?」
「はい。すみません、少し時間がかかってしまって……」
「焦らせた覚えはないんだけど、急がせたようですまない。僕も無理を言っているのはわかっているから」
「お気遣いありがとうございます。でも、ごめんなさい。私は、カナトさんを裏切れません」
「……!」
「ヨネザワさん。確かに私は、貴方と同じ日本からきて、この国の通信を発展させる為にきたんだと思います。この国には、まだ電話回線しか引かれてなくて、インターネットの土壌すらも発展途上にありますから」
「……」
「でも私は、これをカナトさんとやって行きたい。そう思ったのは、あの人は決してオウカ国の敵ではないと言うことです。力尽くじゃなくて、相手の状況をちゃんとみて、利害の一致で協力ができるようにしてくれる。誰も損しないように考えてくれる。だから私は、カナトさんとこれを実現させたい」
「……そうか」
氷のように冷えたトーンに、リオはエリオットへ違和感を得た。反抗的な態度をとっているのは間違い無いが、先程までの穏やかな彼には、それを受け入れてくれる雰囲気もあったからだ。
「とても、残念だ。何がいけない? 僕が未熟者だからか?」
「エリオットさん……?」
「この『花霞』へ、私はどれほどの金と労力を注いだと思っている。この革新的なダイアルアップ接続は、僕が……っ!」
言葉につまるエリオットに、リオは言葉もなかった。そして彼は何も言わずに扉を開け、一人サーバー実を出てゆき扉を閉める。
しばらく呆然としていたリオだが、ガチャリと施錠する音が聞こえ、ハッとした。鍵がかけられたのだと思い、リオが内側から解錠ロックを回すが開かない。
壊れた可能性があり、リオは思わず叫んだ。
「エリオットさん!!」
扉を叩いても返事は返ってこない。耳を張り付けると歩き去る足音だけが聞こえ、それは遠のいて消えた。
「だして! 誰か!!」
いくら叩いても扉は開かず、リオは監視カメラをみつけわざと映りながら助けを求めるが、その時の監視兵は、入り口の来客や庭側のカメラへと気を取られ、現れた王と王子の元へと向かい、席を外してしまう。
突然閉じ込められた事にパニックなり涙が込み上げてくるが、メイクを崩してはならないとリオは歯を食いしばって耐えた。
使用人達が最大限美しく、可愛くなるようにと整えてくれたメイクをここで落としたくは無い。ドレスもシワにしたくは無いと、リオは恐怖感でいっぱいになる心を大きく深呼吸をして落ち着ける。
そして、屋内にあった数枚の紙へ一字一枚に文字を書き、カメラに写る位置へ「扉が開かない。助けて」と並べる。
カナトを裏切りたくはないと、リオは、祈るように、たった一人サーバー室で助けを待った。
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