第12話 アークヴィーチェの商談
「商談だと……」
「はい」
タイガ・アセビより返答された言葉を、カナトは迷いなく肯定する。権力の行使ではなく「商談」は、お互いに対等であるからこそ行われる取引だからだ。
「我らアークヴィーチェ・エーデル社は、数年前より、このオウカ国での回線工事へ従事して参りました。今回は規模を広げるにあたり、採掘事業をもつアセビ家との独自契約を結びたいと思いここへ現れた次第です」
「なんだと……」
リオが、カナトが取り出した資料を確認すると、アセビ家は首都の南側へ採掘場を所有しており、そこで採掘されたあらゆる金属を国内へ供給することで収益を上げている。つまり住民サービスでの赤字はこの事業によって補填されていると言っても過言ではない。
「貴殿の採掘場にて取れる、チタンやタングステンなどのレアメタルは、ガーデニアにおいては精密機器を製作する上で欠かせない金属で、これらはオウカ国におけるブロードバンド回線とモバイル通信の普及に応じ需要が拡大すると見込まれている。よって、我々アークヴィーチェとアセビ家との独占契約を結び、採掘場にてとれる金属を供給をお願いしたい」
「……なん」
「レアメタルってそんな使い道があるんだ?」
「あぁ、貴重な金属だ、キリヤナギ。オウカ国では、工具用品や医療器具への流用が主流だが、これらの物質は伝導性に優れ精密機器の素材となる。すでにガーデニアでは奪い合いとなっていて、我々は新たな供給先を探して居た所だ」
リオは、タイガ・アセビへ指示された資料を手渡して居た。その書面は各貴金属の取引価格で、彼は絶句して驚いている。
「我々は、その価格にて取引を行いたいが如何だろうか」
「これならば、断る理由もないが……」
タイガ・アセビは、目の前で寛ぐ王子を見る。同じ資料を見て感心するキリヤナギは、先程の威圧的な雰囲気とは打って変わって楽しそうにしていた。
「カナトはどうしてここへ? アセビ町の市民に嫌がらせをされたんじゃなかったのかい?」
「回線工事と私が嫌われていることは別問題だ。私はこのオウカ国の土地へ新たな技術を引き込み、人々へ利便性をもたらす事が使命だと考えている」
リオは顔を上げた。エリオット・エーデルワイスならまだしも、カナトもまたこの国の繁栄を使命だと言ったからだ。
「私は、この国の人々へアークヴィーチェの新たな価値を示してゆく。外交だけにとどまらず、今以上の利便性を提案しその名を轟かせよう。アセビ卿、貴殿のその第一人者として、我々を受け入れては頂けないだろうか」
タイガ・アセビの前に、カナトは堂々と言い切ってみせる。彼は目の前へと座る王子へと目を移し嘆息した。
「こちらの事情は、全て把握済みと言うことですか……」
「なんの話かな? 僕は信頼のおける貴殿へ頼み事をしただけだよ」
「……そうでしたな、ご無礼を。アークヴィーチェ卿はご友人であると?」
「あぁ、僕の大切な、信頼のおける友人さ」
「ふむ……」
穏やかな対話をカナトとリオは少し緊張した様子で耳を傾けていた。タイガ・アセビは立ち上がり、扉付近にいるカナトとリオへと向き直る。
その威圧感のある表情に、リオは大阪での出来事を思い出し恐怖を感じた。その顔は、こちらに言葉を迫り態度で脅しているようにも思えたからだ。
「貴殿の名は?」
「私はカナト・アークヴィーチェ。ガーデニアの外交。ウォーレスハイム・アークヴィーチェの嫡男です。私は間も無く、アークヴィーチェ・エーデル社の社長となるでしょう」
「以前会ったアークヴィーチェと違うのはよくわかった。ガーデニア人が、何故この国のために動く?」
「私の名は、オウカ人である母がつけたもの。そして私は18歳であれどもう半分程の人生をこのオウカで過ごしております。18年など、アセビ卿から見れば若輩でしょうが、私はオウカとガーデニアの未来を担う貴族として、その使命を果たします」
「……カナト。なるほど、確かにガーデニア人らしくはない名だ。ウォーレスハイムは横暴であったが、貴殿ならば上手くやれそうだ」
「王子殿下の信頼に相応しくあることは、私の一つの信念でもある。どうかそれを見守って頂ければ幸いです」
「……いいだろう。言ったことは全て守れ、これを守るのならばアセビは貴殿の後ろ盾となろう」
「光栄です……!」
すっと肩の力が抜けたリオは、2人の握手を見届け思わず目が潤んでしまった。どちらも損はしない、妥協のない取引がここに結ばれたからだ。
「契約を取り付けるのはいいが、貴殿らの資料はウォーレスハイムが帰った後に全て破り捨ててしまった。悪いがこの老体にも分かるように説明してくれんか?」
「おまかせを、リオ。できるか?」
「はい!」
「アセビ町にて行われる工事が、どのようなものか。解説致しましょう」
「僕も聞いていい?」
「もちろんです。殿下もどうかご清聴を」
タイガは、恐縮しながら王子の隣へ腰掛け、カナトの広げた資料を真剣に覗き込んでいた。
首都で進められている地下回線計画は、繁華街の地下ならば、既に地下道も存在しているが、住宅地までは掘削も進んでおらず、新たに掘り進める必要があると言う。
地上から十分な距離を確保し、安全性も確認の上で地下道を建設した後、地上へ多くの塔を建てることで、電波を飛ばすと言うものだ。
「なるほど、掘削ならば我が家の重機を使えば早そうだな」
「工事の手筈は、全てこちらが段取りをするつもりでしたが……」
「不要なら構わんが、必要なら使うといい。人も出そう」
「これは、大変助かります。そのご厚意に甘えさせて頂きましょう」
「ふむ、スズキ令嬢。続きの説明をたのむ」
「は、はい!」
リオは、渡された資料を元にアセビ町に建設予定の中継地点の説明にはいってゆく。住宅街だけでなく、アセビ町を中心とした周辺区域の通信状況の監視も兼ねており、何が問題があればすぐに本社職員が対応にあたる。
人数が必要だがエーデル社は、アークヴィーチェに所有権が渡った時点から、既に社員の増員が行われていて現在、カレンデュラ支部の運営にあたる職員を養成中だと話した。
そんなビジネスに関する解説を数時間かけて行った二人は、王子とタイガのありとあらゆる質問に答えつつ、その日の会談を終えてゆく。
帰りの自動車では、二人はもうくたくたに疲れきり、窓から流れる景色が光の川のように見えて居た。
「リオ、今日も助かった。とても分かり易い説明で、アセビ卿もとても楽しそうだった。卿はこれから我らの強い味方となってくれるだろう」
「……よかったです。ウォーレスハイムさんも、一応は来てたんですね」
「そうだが、父は今日のような解説を一切行わず、現王の命令のみで推し進めようとしていた。これは信頼があれば問題はないが、無ければ強権の乱用に過ぎない。困ったものだ……」
「それは、確かに怒られてしまいますね……」
「私は父を反面教師にしている。貴族らしいとも言えるが、話ができるならするべきだと、私は思う」
堂々と言い放つカナトに、リオはふと昨日のことを思い出す。トウガ・アセビに出会った時も、カナトは対話ができるならした方いいと言って居たからだ。
「しかし、タイガ殿は話せて良かったが、トウガ殿は難しいな……」
「それは、そうでしたね……」
アセビ家に入り、エントランスで初めに出会ったのは、孫であるトウガ・アセビだった。彼は、カナトとリオを絶対にタイガの元へ行かせないと意気込み、「通りたければ俺を倒せ」とも怒鳴って居たが、サクラが代わりに相手にすると言うと何故か素直に通してくれた。
「結局どうなったんだ? サクラ」
「え、うーん、殆ど覚えていないのですが……」
「え??」
「ガーデニア人がお嫌いですか? って聞いたら、大っ嫌いだっていわれて……」
「直球ですね……」
「私が『オウカ人の方々がとても好きですよ』って返したら、大変照れられてくねくねされてましたね」
「……」
「トウガ殿は、年頃ではあるし盛んな時期なのだろう」
「カナトさん、私そう言う話はNGです!」
「む、そうなのか。すまない、リオ」
「ふふ」
エントランスに戻った時、トウガはすでに居なかったが、サクラによると「心の準備」をしてくると言ってエントランスから出て行ったらしい。
一応は待って居たサクラだが、先にカナトが戻ってきて自動車へ乗り込んだと言う。
「ともかく、これで来週の夜会での手土産ができた。社員の皆も喜んでくれるだろう」
「え?」
「そうですね。伯爵様との交渉で最も難航して居たのはアセビ卿でしたから、これで首都の工事は滞らなくなるのでは」
「そうなんですか?」
「あぁ、他の伯爵殿は、シダレ王やクランリリー公爵の指示を受け、その思想に関係なく協力的な態度を示していたが、アセビ卿は市民を使ってまでの妨害行為を続け、近隣の土地にも影響を与えようとしていた。アークヴィーチェの評判を落とし、その噂を広めれば、事実はなくとも『悪い奴』と言う印象を広げることができる。その芽を詰めたのは大きい」
「社長になるから、だったんですね」
「そうだ。誰しも突然現れた見ず知らずの人間を信頼したいとは思わないだろう? 社員の彼らにとって、私にはまだ実績も何もないただの子どもだ。この結果を持って、私はエーデル社の社長として彼らに納得してもらう」
「すごいです……」
「リオが居なければ、やろうとも思わなかった。その知識と勇気に私はこれからも助けを乞うだろう。ありがとう」
「がんばります……!」
暗い都会の街を、3人を乗せた自動車が駆け抜けてゆく。繁華街は人が溢れ、飲食店に人が並ぶ風景は、リオが見てきた大阪のようで安心もする。
戸惑いは薄れて慣れてくる世界へ、迷って居た疑問へ答えが出た。
「どうした? リオ」
気がつくとリオは隣に座るカナトをじっと見てしまっていた。今はその容姿ではなく、ここ数日間でわかった彼の信念に感心し、改めて彼についていきたいと心から思わせてくれたからにある。
「なんでもないです……!」
「なんだ?」
「ご機嫌が宜しくて何よりです」
カナトは意味深な表情をしたまま、自動車はアークヴィーチェ邸へと帰ってゆく。
*
そんなリオと対比するように、エリオット・エーデルワイスは、その日サーバー室へと篭りソースコードを眺めて居た。
参考書を広げ、仕様書を広げ、実機を見ながら、手元の端末で動作を確認するが想像以上にうまくはいかない。
以前完璧に組めたと思ったコードを実装した時、『花霞』が突然フリーズして大変な事になったのが記憶に新しく、普段以上に慎重にもなっていた。
エリオットは、古くなりつつある『花霞』
を諦めたくはなかった。どんなに古くとも、パーツをやりかえ、アップデートを繰り返せば長く使えると信じて居たのに、アークヴィーチェは技術革新を進めると言って『アストライア』を持って現れた。
『花霞』は、エリオットにとって『友』との約束でもあった。
もうここに居ない友は、エリオットなら運用ができると託し、以来連絡一つもなく戻らない。だからこそエリオットは、このオウカで『花霞』が必要だと信じて疑いたくはなかったのだ。
知識を尽くし時間をかけて組んだソースコードは、何故かエラーばかりで今度はプラットフォームすらフリーズする。思わずじだんだを踏むと後ろから声がした。
「社長、間も無く残業限界時間ですが……」
現れたのは旧桜花通信公社時代からの社員だ。彼は未だエリオットを社長と慕ってくれている。
「……ありがとう。もう上がるよ」
「はい。『花霞』は如何でしょう?」
「どうにか頑張って、明日にでも新しいアップデートが出来そうだ」
「よかったです! やっぱりエリオット社長が居てこその『花霞』ですね」
「私がいる限り、『花霞』は現役だよ。『アストライア』には負けないさ」
「はい」
荷物をまとめ、エリオットは一度サーバー室を出てゆく。施錠され事務室へ戻る際に彼はふと口を開いた。
「……本当に覚えて居ないのかい?」
「? また社長のご友人ですか? すみません。全然思いだせなくて……」
「そうか」
「アツシさんでしたっけ? でも、それは社長のもう一つの名前でまとまってませんでした?」
「そうだね……、誰も覚えてないから、結局、僕自身になったよ」
「当時『花霞』を触れたのは、社長しか居ませんでしたから間違いないですよ」
エリオットは苦笑していた。自動車で帰路へと着く社員を見送り、エリオットはエーデルワイス家の迎えの自動車にて、自宅へと戻ってゆく。
「……リオ・スズキ。君にはわかってもらえるだろうか」
ぼやかれたその言葉に、執事と運転手は眉を顰めて居たが、それに言及する者は誰も居なかった。
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