第11話 王子の思想
朝のティータイムでリオは珍しく口を開かず深刻な表情を見せるカナトを不思議そうにみていた。
少しずつ慣れてきたこのアークヴィーチェ邸での日常だが、これほど深刻なカナトの表情をリオは初めてみる。
「少しまずい事になった」
「まずい事?」
「先程、アセビ家の使者から封書が届けられ、エーデル社の工事への協力を取り辞めたいと書かれていた」
「え、それは本当の意味でまずいんじゃ……」
「まずい。アセビ町のあの場所は、回線を集約する中継施設が建設予定でもある。ここで中止になれば数年の停滞は避けられない」
「昨日のお孫さんとの喧嘩のせいでしょうか……」
「だとすれば迂闊だったな……、やはりちゃんとリオへカウンセリングを任せるべきだったか……?」
「そうじゃないと思うんですが……」
アオシはともかくトウガは家族関係に問題があるとは思えなかった。祖父に言いつけると言う信頼のある言葉も聴きとれ、孤独もないという確信ができたからだ。
「仕方がない。これ以上関係が悪化する前に手を打つか」
カナトはワゴンから折りたたみ式のデバイスを取り出しキーボードを叩く。天秤のマークが刻印されたどう見ても「ノートパソコン」のそれに、しばらく釘づけになっていた。
「リオ?」
「前も見ましたけど、それノートパソコンですよね……?」
「良いだろう? ガーデニアの最新機器だ。無線通信機能付きでこの屋敷のネットワークにならつながる」
「無線機器があるんですか……!」
「あぁ、まだ試験利用段階だが……」
リオが画面を覗き込むと、ローカルネットワークのアイコンにバツがついている。これは繋がっていないと言う表示だ。
「繋がってなさそうですけど……」
「またか!? 本当だ。……少し事務所でデバイスの再起動をしてくる」
結局事務所に向かっては、無線の意味がない。よくあるトラブルでリオが事務所へと赴くと、気づいた頃には無線ルーターのファームウェアを更新していた。
邸宅の機器のメンテナンスから始まったその日は、午後から来客が現れるのか慌ただしく使用人が走り回っている。リオもまた少しフォーマルな衣服を渡されて、これから起こることの予想は容易だった。
午後に、カナトが入り口にて迎えたのは、黒の自動車で現れたキリヤナギ・オウカ。このオウカ国のたったひとりの第一王子だった。
「カナト、こんにちは。リオも」
「よくきてくれた。応接室の用意があるので、こちらへ」
キリヤナギ・オウカは、クライヴとグランジと共に現れ、アークヴィーチェ邸の応接室へと通された。
以前とは少し違う雰囲気に、リオは不思議に思いながらカナトの横へと座る。
「根回し順調?」
「それが父のせいで行き詰まった。手を借りたい」
「いいけど……」
「カナトさん。お父さんのせいにするのは……」
「リオ、そもそもこの件は、私の父、ウォーレスハイムがシダレ王を介して強引に話を進めたからにある」
「え??」
このオウカ国のブロードバンド通信を普及させる計画は、オウカ国が外国との文明競争に敗北しないための施策でもあり、当初から迅速に進められるべきものであると言われていた。
よってシダレ王は、アークヴィーチェ家と言う関係の深い外国の貴族を介し、王命を用いて各土地の貴族達へ協力を要請した。
「一応、宮殿を介して説明したらしいが、外国人がやることへ納得しない貴族も少なくはなかった。しかし父は、そのまま強権を使って強引に推し進め、結果的に住民や伯爵に反発がおこり、工事の安全面が確保できなくなったんだ。よってほとほりが冷めるまでの休止となっていた」
「回線は急がないと国の防衛力に関わるし、父さんもある程度の反発は覚悟してたみたいだけど、想定よりも過激に反対運動がおこるようになってね……」
「な、なるほど」
「今回、アセビ卿が土地に置かれている建屋を撤去せよと要請してきた」
「えぇ、父さんの命令なのに……」
「あまり信頼されていないのでは?」
「まぁ、うん。そうなのかも……」
「あの……質問いいですか?」
「何だ?」
「王様の命令なのに、無視していいんです?」
「無視というよりも、これは人の権利の話でもあるんだ。僕の父さんは確かに国を治めてるけど、その土地の治安に関しては地主さんにお願いしてるんだよね」
「地主、領主が有害だと判断すれば、進めてる計画をやめさせることはできる。それはこの国が人の権利を尊重しているからだ」
「えーっと、つまり、国の事情よりもその土地の住民の意見が優先されるってことですか?」
「そう言うことだ。工事の進行において住民へ深刻な影響がでるのなら、それは確かに止めるべきと私は考えるが、アークヴィーチェにそのつもりは無い」
「アセビ卿は、何度か侯爵も経験してる古株の伯爵でもあって、年齢も僕の父さんより上だから、どうしても先輩風を吹かせたいみたいな空気があってね。王命で出さないとなかなかすんなり聞いてくれないんだ」
「今回、不敬罪になる可能性はないか?」
「父さん。そう言うの嫌いだからやらないんじゃ無いかな……、即位してからまだ一度も行使してなくて、母さんが舐められてるっていつも怒ってる」
「寛大とも言われるが、王への敬意が揺らぐのも考えものだな」
住民の反発を許す王と、その王の権威を使って強引に物事を進めるウォーレスハイムは、確かに噛み合っている。
関係がうまくいかない人々の間に入り、権力を使ってプロジェクトを進める事は、政治を行う上で必要だと言うことだろう。
「でも今回は、僕もアセビ卿に用事があるし、協力できると思う」
「地方の伯爵へ用事か、確かにここ最近の宮殿は慌ただしくみえる」
「カレンデュラの件もあって、色々ね。各土地の騎士団も拡張することになったし」
「なるほど、それならばこちらはそれに乗らせてもらおう」
「何か案があるんですか?」
「『案』ではない。これは唯の世間話だ」
「そうだね。僕も友達が社長になるって聞いて応援に来ただけだから……」
王子は寛ぎ、リオへと笑いかけてくれた。13歳とは思えないほど凛々しい風貌に、思わず吸い込まれるように見てしまう。
「いつアセビ町へ向かうつもりなんだ?」
「んー、明日かな?」
「早っや……」
「別にいつでも良かったんだけど」
「ならば、我々も明日向かう事にしよう」
「そ、そんな突然で大丈夫なんですか?」
「王子の意向は無視できないからな」
キリヤナギは何故かとてもニコニコしていて、優雅にお茶を楽しんでいる。職権乱用のようにも思えるが、この国が王政である以上「王子の意向を無視できない」のは、間違いはない。
その後キリヤナギは、別世界から来たと言うリオの話に興味を持ち、『日本』の話をしばらく聞いてくれていた。似ていても違ったその世界へ、王子はまるでファンタジー小説を聞いた時のように聞き入ってくれる。
まるで友人のように楽しく話し、雑談を楽しんだカナトとリオは、再び騎士と共に帰ってゆく王子を見送る。
思えば身分差があるのに、リオはかなり無礼であったのではと反省してしまった。
「あ、あれで良かったんでしょうか……」
「キリヤナギは、自分を『王子』と扱うものには『王子』としてしか振る舞わない。問題ないと思うぞ?」
「振る舞い?」
「身分をあまり気にはしない。私にはコンプレックスにも見える程だ。友人として関わりたいなら友人でいるといい」
抽象的すぎて理解が追いつかない。しかし、彼のことを友達だと思うと王子は確かに友達のように応じてくれた。
騎士の二人は見ていても何も言わず、リオが不安そうに確認をしても、グランジは首を傾げ、クライヴに至ってはは手を振ってくれた程でもある。
「とにかく、明日だな。リオも同行してくれ」
「わ、私に何かできます?」
「思いつかないが、頼もしくは思う。アセビ卿に理解を得られた時に説明は必要だからな」
言い切られていない事に不安が募るが、王子が絡んできたこの問題には,リオも興味が湧いていた。
それは昨日会ったアオシが、不本意に妨害へ加担していた事もあり想像していた以上に根が深いとも感じたからだ。
「……わかりました。一応やってみます」
「期待している」
しかしリオは、数日前のように意気揚々と返事ができなかった。
自身の居室へと戻るとエリオット・エーデルワイスの事が頭へと駆け巡り、エコーするように響いてくる。
同じように日本から来たと言う彼へ聞きたい事は山ほどあるが、彼の存在こそ『帰れない』と言う事実を証明していることに気づいてしまったのだ。
旧桜花通信公社の頃から、オウカの通信に携わっていた彼は、『花霞』を作ったと言う時点で、その功績に疑いようがない。
それは、サーバーの形や社員達が使って居た用語が、日本のものとほぼ相違がないこのに由来する。
例挙げるのならカナトが「情報網」と呼んでいたそれは、エーデル社の中では「インターネット」と呼ばれており、モバイル通信で通信を行う端末も、仮で携帯電話と称されていた。
これは間違いなく日本人、または地球人が居たという証明にもなり、エリオットがそうなのだろうと思うからだ。
彼はもう自分が呼ばれたオウカの国へ尽くす為に生きているが、リオはまだ同じ覚悟を持てる気がせず自信ばかりが失われてゆく。
そもそも自信なんかよりも、家や友人、家族が恋しくなってやはり寂しい。
「今は考えんとこ……」
進むしかないと、今は向き合わず置いておく。目の前の目標を達成してゆけば必ずゴールは見えると、お気に入りの漫画にも書いていたからだ。
リオは気持ちを切り替えるように、仕様書を広げその日もシステムの勉強を始めてゆく。
*
日付が変わり、再びアセビ町へと向かうその日、リオは出来るだけ早起きをして外出に備えて居た。
「アストライア」の仕様書と説明書や資料を読み直し、エーデル社の業務構造を復習する。ガーデニアの手が入ったことで、ありとあらゆる業務がデジタル化されていたエーデル社だが、内部システムに関しては、古さがあり「アストライア」が稼働した後に業務システムが未だ確立されておらず対応がしきれて居ないようにも見えていた。
もし管理するのなら、どうやり変えればいいだろうと考えていると、いつの間にか正午近くになっていて、リオは呼びに来た使用人と共にカナトと合流した。
フォーマルな衣服を纏い、乗り込んだ自動車は美しくリオは緊張してしまう。
「この時間でいいんですか?」
「問題はない。キリヤナギもまだ視察をして居る頃合いだろうからな」
「視察?」
「施設見学のようなものだ。王子として預けた土地が正常に納められているかを確認する。私達はその後にあるアセビ卿とキリヤナギの対談の場へ割り込む予定だ」
「迷惑がかかるんじゃ……」
「問題はない。私達は、アセビ卿を『助けに向かう』からな」
「助ける??」
「あぁ、我儘な王子に振り回される伯爵を助ける。これは善意と言える」
意味がわからず、返す言葉が見当たらない。カナトは、傍に置いて居た資料棚を広げ、リオへと解説を始めた。
*
アセビ町の中央付近にある、少し古さを感じる様式の屋敷は、整えられた芝生と美しい草木や花々に囲われ、その周辺住民へその権力を示しているようだった。
その日その広く豪華な屋敷へ招かれたのは、この国の第一王子キリヤナギ・オウカ。彼はこの土地の領主、タイガ・アセビと対面しメディアのいない会談を行う。
「卿の土地は、住民が平和に暮らす良い場所だ。僕も歓迎されてとても嬉しく思う」
「当然です。アセビ町の民はみな殿下がお生まれになった頃より敬意を持ち、見守って参りました。本日来られたことをさぞ喜んでいるでしょう」
「ありがとう」
向かいに座った王子の笑みに、タイガはほっとしていた。昨日突然決まった抜き打ちの視察に、タイガは回線工事の圧力をかけるための来訪であると考え、早急に住民達に根回しを行っていたからだ。
アークヴィーチェと強い繋がりがある王子は、アークヴィーチェの肩を持つことは明白であり、彼らが住民の妨害にあったという事実確認の為にここへと来たとも言える。
「実は、僕の友達がここの住民に妨害されたって聞いてね。どんな人達がいるのか見てみたかったけど、聞いて居たのとは真逆でおどろいたかな」
「そんなことが? それは大きな誤解でしょう。彼らは平和に暮らす一市民に過ぎません。殿下のご友人とのことですがもう一度確認をお願い致したい」
「具体的に何があったのか、僕も詳しくは聞いて居なかったから、誤解してしまったことを謝ろう」
「恐縮です」
タイガは深く頭を下げ、肩の力が抜く。これによってアークヴィーチェに王子の信頼を失わせる事ができれば、彼らは工事の続行は不可能となりプロジェクトを中止させることができるだろう。
そうなれば、アークヴィーチェ・エーデル社の権限がエリオット・エーデルワイスへと戻り、彼が独自の技術を開発してくれる。
外国の技術で繁栄することをタイガは悪とは思わないが、国内の情報をやり取りする通信を外国へ奪われのはさけねばならなと確固たる信念があった。
キリヤナギは窓の外にみえる街並みを眺め、静かに言葉を続ける。
「所でアセビ卿。僕のちょっとした要望を聞いてくれないかな?」
「なんなりと申し付け下さい。私はシダレ陛下の元で尽くす限りでございます」
「このアセビ町は、首都からも列車が来て利便性もよく交通量もそこまで多くはない。そして、北東側へ手付かずの広い森林がある。ここへ宮廷騎士団や他の騎士団に向けた軍事演習場を建設できないだろうか?」
タイガ・アセビは、王子の言葉に衝撃をうけ、しばらく返答ができなかった。
*
「財政難ですか?」
「あぁ、アセビ町は、市民への住民サービスが手厚く支持を集めているが、年齢によって受けられるサービスが異なり、働き盛りの市民は皆、他の土地へ移住しているとも聞く」
そのサービスは、未来へ不安のない土地を目指し、定年した人々への税金をへらし、働き盛りの若者より多く取るというものだが、これによって年々定年者の移住が増え既に税金だけでは賄えなくなっていると言う。
「赤字分は、他の事業で辛うじて補填しているようだが、それも徐々に足りなくなり、後5年もてばいい方だろうとも言われているな」
「それは、大変ですね……」
「しかもタイガ・アセビ卿はすでに高齢で、もう数年のうちに土地を息子へ譲り、業務の転換を図るだろうと予想されているが、その話を知る住民は、タイガ殿が降りないよう要望を送り続けている。叶わないだろうが、住民の声を無視した領主の信頼は果たしてどうなるか……」
「そう言う事情が……じゃぁ今日の王子殿下は?」
「昨日話していただろう? 騎士団を拡張することになった。と」
「……え?」
「アセビ町は、高齢者が集まり人口もそこまで多くはない。そして北側に未開拓の広い森林がある。この環境はリスクのある『演習場』にも向いている」
「……!」
「私達が見た『市民の善良さ』と違う景色を見せつけられている王子ならば、土地の反発はないと捉えるのが普通だ。財政難であることは隠したいだろう。断ることもできない」
「流石に酷くないです?」
「だろう? だから助けにゆくんだ。全く、愚直に土地を納める領主の気持ちを何一つわかってはいないな、この国の王子は」
「えっ、え??」
「そう言う事だ」
話している間に自動車が止まり、カナトが荷物をまとめる。上着を羽織った彼は、助手席にいた執事へ扉を開けさせて居た。
「さぁ、契約を取りに行こう」
手を差し出され、リオは戸惑いながらも手を取り、自動車より降りてゆく。
*
「演習場、ですか?」
「隣国の侵攻へ備え、宮殿は騎士団の拡張を測っている。よってこの利便性のある土地へ新たな演習場を建設し、有事に備えることにした」
「お言葉ですが殿下。この土地には、どの土地よりも穏やかで善良な市民が住んでおります。そんな彼らの住居の近くで、演習場はとても似合いません」
「それは僕もわかってる。完成した演習場の管理や運用は貴殿に任せよう。より市民サービスの充実の為に、運動場として使って構わない」
「け、建設費は……」
「? 権利は貴殿のものとなるが、宮殿からの支援が必要か?」
「め、めっそうもございません。大変厚かましく、ご無礼を」
「僕は、歓迎してくれたこの土地の市民が、誰でも利用できる場所となることを望む。この提案はあくまで演習場としての役割を持たせた施設を要望しているに過ぎない。受けてくれるか?」
脂汗を滲ませているタイガ・アセビ伯爵に、キリヤナギは涼しい顔で対峙する。
齢13歳となる王子をどう丸めこむか思案していたタイガだったが、行動の全てを逆手に取られすぐに返答が出てこない。
受ければ、アセビ町の財政は一年も持たず破綻する。断れば、財政難の深刻さが宮殿にしれてしまう。
そうなればますます若者が寄り付かなくなり、こちらも寿命を縮め兼ねない。タイガが答えられずにいる中、使用人が彼へ耳打ちをよこした。
「……! アークヴィーチェが……?」
「アークヴィーチェなら、僕の友達かな。ここへ呼んでくれて構わないよ」
使用人は一礼し、彼らを呼びに行ってくれたようだった。お茶を飲みながら待つ、王子とタイガの元へ、カナトとリオが堂々とその場へ現れる。
「ご機嫌よう。キリヤナギ王子殿下、そして、タイガ・アセビ伯爵」
「何しに来た、アークヴィーチェ」
「本日、このガーデニアより現れた外交大使の嫡男。カナト・アークヴィーチェは、タイガ・アセビ伯爵への『商談』の為にここ参上した。是非王子殿下も耳を傾けて頂きたい」
高らかに宣言された言葉に、後ろにいたリオを含めた、全員の視線がカナトへと注がれた。
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