第10話 武道「タチバナ」


「工事現場ですか?」

「あぁ、明日にでも少し様子を見に行こうと思っている」


 その日午後のティータイムにリオはカナトから相談をうけていた。

 内容は、オウカ国の首都クランリリー領アセビ町にて、延期されていた地下施設の建設工事が再開されることになったが、数ヶ月放置されていた現場に不良がたむろしてしまい工事が進められないと言う事だった。


「この土地は、工事が始まる前から住民達の反発があり、エーデル社は作業を停止せざる得なかったが、……その間に作業員が使用して居た建屋に無断侵入する未成年が現れて困っている」

「それはよくないですね……地元の方なんですか?」

「そうだ。エーデル社には、子供がたむろするという理由でこの建屋の撤去を要請されているが、我々としてはこれからの工事に必要でこの要求を飲むのは難しい。しかしその土地の伯爵は、元々工事に反対の姿勢を示していて協力を得るのも困難だ」

「ありますよね……」

「色々考えたが、特に意味もなくそこへ集まっているだけなら、別の場所へ移動してもらうこともできるのではないかと考えている」

「それは根本の解決になってない気はしますけど……」


 カナトの意表をつかれた表情を、リオは初めて見た。


「子供がそうやって集まっちゃうのって、大体家に居場所がなかったり、自分を受け入れて貰えないって言う孤独感からだと思うんです。だから無理やり追い出しても同じことが繰り返されるだけかなって」

「そうなのか? なら他にいい考えはあるだろうか?」

「解決されるなら、ちゃんと理由を聞いてあげればいいと思うのですが……できれば、共感できる人にお願いしたいですね」

「共感……具体的に言えるか?」

「年が近いとか、同じ経験がある人とか……カウンセラーさんに話を聞いてもらうのもいいかと思います」

「カウンセラーは、我が社にはいないが……年が近いだけならどうにかなるかもしれん」

「どうにか……?」

「参加してくれるかはわからないが、来れるなら来て欲しいと伝えよう。リオも来てくれるか?」

「それはもちろん……」

「そうか、ではよろしく頼む」


 どんな人物か紹介もされない事へ、リオは先日のサクラとの会話を思い出した。『話す』よりも先に『見せる』のは、言葉たらずとも言えるからだ。


 カナトの言う適任がどう言う人物がわからないまま、アークヴィーチェ邸は次の日を迎える。

 カナトが呼び出し、応接室へと現れた「適任」と対面した時、リオは目を見開いて驚いた。

 ブレザーの学生服を着こなすジン・タチバナは、カナトとリオが現れた事へ起立する。


「ジン君……」

「よく来てくれたな」

「協力するって言ったし?」


 ジンなら、話してくれても良かったのではとリオは内心で思う。彼は以前とは違い、疑いのない真っ直ぐな目でカナトとリオを見ていて、少し見違えもしてしまった。


「何すれば良いの」


 リオは少し渋りつつ、ジンへアークヴィーチェ・エーデル社の工事の現状を話した。リオは断られる可能性を視野に入れていたが、彼は意外にも表情を変えず、ふーんと鼻を鳴らす。


「追い出せばいいやつ?」

「そんな乱暴な意味じゃなくて……話し合いで解決したいんですけど」

「話し合いって……会話できんの? そいつら」

「わからん」

「え?」


 カナトの即答にリオは思わずそちらを見た。これから話し合いへ行こうと言う場で、そもそも会話の有無を問われたからだ。


「リオは対話での解決を望んでいる。相手と年齢の近いジンならば共感できるのではと考えた」

「へー。リオさん、だっけ?」

「は、はい、そうです」

「なんで期待してんの?」

「そもそも期待ってなんです? よくわからないんですけど……」

「相手が話を聞くって大前提だし?」

「どう言う意味です?」

「その不良? 話したくないから居座ってんじゃねーの?」


 「え?」とリオは顔を上げた。思わずカナトを見るが、無表情で返事に困る。


「だって話できたら、もう解決してる筈だし? そう言うのどうにかするのって伯爵の義務じゃん。やってないならサボってるか、話ができないか、グルだろ?」

「え? え?」

「ジンもそう思うか?」

「つーか、なんで伯爵の仕事をやろうとしてんの?」

「それは回線工事の為だ。かの土地の伯爵は我が家には非協力的でな」

「わざとじゃね?」

「私もそう見ている」

「ちょ、ちょっと待ってください! どう言う意味ですか?!」

「伯爵が、アンタ達に工事させない為に子ども使ってんじゃねーの?」


 訳がわからずリオは混乱していた。そんな事はないと言う良心のバイアスが働いて、リオはジンの言葉が受け入れられない。

 カナトは、半ばパニックになっているリオを観察しつつ落ち着いて告げる。


「物理的な妨害だろうと私は見て居たが……、リオはそうではない可能性に期待している。話してみるも悪くはない」

「念の為に聞くけどさ。俺、騎士団沙汰はもう懲り懲りだぜ? 殿下とパーティに行けなくなりそうだし」

「何かあれば適当に『正当防衛』とでも言えばいい。私がどうにかする」

「へぇー……リオ姉さん。この貴族、ハナから話し合う気ないぜ?」

「ま、待ってください! 何で騎士団と正当防衛の話になってるんですか!?」


 カナトは「ふむ」と相槌を打ち、ようやくリオと目を合わせてくれる。


「現場にたむろしている不良グループのリーダーは、アセビ町の伯爵、タイガ・アセビ卿の孫に当たるトウガ・アセビだ。【未来視】の異能を持っているらしい」

「マジなやつじゃん。だから俺?」

「そうだ。注意しようとした作業員に対し、危害を加えようとしたと報告が上がってきている。私としては伯爵の嫡子との小競り合いは避けたい」

「やっぱアンタ、根っこから貴族じゃねーか」

「隠した覚えはないぞ?」

「あの、全くついていけないので、分かるように……」

「アンタらガーデニア人が自分でどうにかしたら国際問題になるけど、オウカ人の俺が喧嘩しても唯の学生の喧嘩になるって事」

「え……」

「私は、このプロジェクトが全て安全に終わるとは考えていない。ジンとの協力は、アークヴィーチェ・エーデル社が、オウカ国民の武力的な反対行為に対応する武器の役割も兼ねて居る。我々がやむ追えず講じた『武力』は、たとえ正当なものであっても批判され、それを証明するように現メディアは我々に懐疑的だからな」

「アンタらがやりたい喧嘩を俺がやれば、それはたまたま一緒にいた学生がやった事にできるし、便利だよな」

「不満か?」

「父ちゃんも爺ちゃんも家に来る時点でわかってたよ。この回線の話? 父ちゃんが元々陛下から聞いてて困ってたし」

「そうか。私としては未成年を抗争へ巻き込む事をどう説得すべきかと考えていたが……」

「舐めんなよ。ウチはそんな甘くない」

「なるほど、頼りにしている」


 リオはジンの協力が『喧嘩前提』であった事に、絶句して言葉が出なかった。何ごともなかったかのように打ち合わせを始める二人へ、リオはまるで、はらわたが煮えくり返るような怒りを感じ叫ぶ。


「喧嘩はだめです!!」

「リオ……!?」

「なんなんですか! 意味わかんないです。子どもが困ってるかもしれないのに、初めから疑ってかかるんですか? そんなの誰も救われません!!」

「……姉さん?」

「私は、ジン君にそんな事させたくない! ジン君だって警察沙汰は懲り懲りだって言ってるじゃないですか!」

「けいさつ??」

「しかし、リオ。もう既に実害がでていて……」

「……日本には、若気の至りって言うことわざがあります。誰でも若い頃には冷静さを欠き衝動的に行動をしてしまうと言う意味です! そんな精神が未熟な子どもの間違いを年上が許さなくてどうするんですか! どうしても喧嘩が必要なら、その前に私が説得します!!」


 しん、と空気が静まり返る。

 二人とも困ったかのようにリオをみて、控えていた使用人すらも唖然としていた。

 誰もが戸惑う応接室にて、唯一呆然としていたカナトが、見たことのない妖艶な笑みを溢す。


「なるほど、面白い」

「マジ? 危険じゃねーの?」

「護衛をつけるので問題はない。ジンもいるからな。そこまで言うのなら、その手並み拝見させて頂こう。リオ」

「はい。ジン君には喧嘩させません!」

「俺は別にいいんだけど……」


 戸惑うジンを尻目に、リオとカナトの間には何故か火花が散る。

 その後カナトは使用人へサクラ・モルガナイトを呼び出し、4名で現場へと向かう事となった。

 邸宅のエントランスにて合流したサクラは、移動する自動車の車内にてことの顛末を伝えられ口に手を当てて驚く。


「以前から感じておりましたが、リオ様は本当に物怖じされませんね……」

「物怖じと言うか、……ジン君に喧嘩してもらうって言うのが納得いかなくて……」

「……そうでしたか」

「別にいいんだけど……」

「サクラさんは、なんとも思わないんですか?」

「騎士として、何とも思わないと言うのは嘘にはなりますが、これを言葉にするのはタチバナさんに失礼になるのではと……」

「失礼……?」

「そう言うのも別に良いんだけど……」


 後部座席で頬杖をついていたカナトは、手元の資料から目を逸らさないまま口を開く。


「騎士にとって『戦う事』は存在意義とも言える。ジンをタチバナ家の騎士として扱うのなら、戦う場を奪うのは『本人を騎士として認めていない』と解釈できるからな」

「でもまだ、未成年ですよ!」

「関係ない。本人が騎士を自称するなら、それを尊重すべきだと、私は思うが……」

「別に自称もしてねぇんだけど、まだ称号もってねーし」

「称号?」

「オウカ国における、国が個人を騎士と認める称号の事ですね。専門の学校を卒業しなければ与えられません」

「騎士学校には通学して居るのだろう?」

「一応? まだあと5年はかかるし見習いかな」


 あまりの意識の違いにリオは言葉もない。

しかし、21歳という大人のリオの代わりに15歳のジンに危険な目に遭う事はどうしても許せなかった。


「リオが説得をしてくれるのならば、意味のない議論だ。期待している」

「やります!」

「別に良いんだけど……」


 少し困っているジンを助手席のサクラが微笑ましく見ていた。それよりもリオは、カナトの余裕を持った笑みが、なぜか今は憎たらしくも見える。


 四人が乗る自動車は、宮殿のあるオウカ町から、繁華街のあるレンゲ町を抜けた先のアセビ町へと向かう。

 そこは様々な洋式の住宅が並ぶ質素な住宅街だった。古さを感じる建物の隙間を進むと広い場所へでて送電所の付近へ行き着く。

 舗装されていない広い空き地はフェンスに囲われ、奥には傾斜があり、一段下がった位置へ巨大な扉があった。

 これは恐らく地下施設建設のための重機の搬入口だろう。傍には作業員向けの建屋があり、窓が開けられていて人の気配がある。


「あそこですか?」

「そうだ」


 入り口のフェンスの鍵は壊され誰でも入れる状態となっている。そんな様子を見たサクラは呆れため息をついていた。


「器物損壊ですね」

「鍵ぐらいならば安い」


 建屋の周辺にゴミ袋が置かれているのは、まるで誰かが住んでいるようだった。

 鉄が擦れる音を響かせフェンスの扉が開くと音に気付いた少年達が建屋の窓から顔をのぞかせる。


「あの、こんにちは……!」


 彼らはリオが声をかけた瞬間ギョッとして、窓を閉め扉にも鍵をかけてしまった。


「まって!!」

「立てこもったか……」


 リオが建屋へ駆け寄るが、扉は固く閉まって開かない。叩いても返事はなく呼びかけるしかなかった。


「話をしにきただけなんです! ここを開けてください!!」


 返事は来ない。しつこく叩いても何も起こらずリオは途方に暮れてしまった。


「リオ姉さん。変わる?」

「ジン君……」

「外に出すぐらいならできるけど……」


 想像とは状況が違い、リオは一瞬どうすれば良いかわからなくなった。話をしたいと思った相手はまるでこちらを拒絶するように壁を挟み、受け入れないと言う態度を示して居る。しかし、リオはここで諦めたくはなかった。


「いえ、ジン君は見ていて下さい」


 ジンは一旦さがり、扉前にはリオが一人で残る。彼女は一度深呼吸をして今度は、優しいトーンで口を開いた。


「突然来てごめんなさい。私は、この国へ来たばかりの、リオ・スズキと言います。今日は、貴方達と話に来たので、よかったら返事をくれませんか?」


 しばらく間が訪れるが、返事はまだ帰ってこない。しかしリオは諦めずに続ける。


「知らない人が突然きて、怖いですよね。でもそれってきっと貴方達は誰かに迷惑をかけてるって分かってるって事かなって、お返事をくれないのも怒られるってわかってるからですよね」


 春の暖かい風が、リオの肌を撫でる。後ろの三人が見届ける中、返事が来ない建屋へリオは続けて言葉を紡いだ。


「私は、何もする気はありません。怒りません、貴方達の抱える問題をどうにかしたくて来ました。だから、よかったらでてきてくれませんか?」


 言いたい事を言った。

 が、彼らに対してリオが一人でどこまでできるかは分からない。しかし、大人として言ったことの責任は取りたいと言う覚悟があった。

 長い静寂の訪れに返答が見込まれず、ジンが再びリオへ歩み寄ろうとした時、ガチャリと扉が開場する音が聞こえる。


 顔を出したのは二人の少年は、少し困ったようにリオを見つめ、カナト、サクラ、ジンの三人は驚いた。


「こんにちは……!」

「どうも、本当に何もしない?」

「しません! 私にできる事が有れば聞かせてください!」

「リオ、理由をーー」


 横槍を入れようとしたカナトを、サクラは止めてくれていた。少し怯えた態度の二人にリオをみて建屋をでてきてくれる。


「俺らの親、トウガの爺ちゃんの会社の社員なんだよ」

「え?」

「ほぅ……」


 カナトが納得していて、二人はバツ悪そうに目を逸らす。トウガ・アセビは、この土地を治めるタイガ・アセビの孫息子だからだ。


「別に、トウガは嫌いじゃねぇけど……悪い事してるのは分かってたし、良い気分じゃなかった。でも、親は言うこと聞いとけって……」

「お前ら結局親の言いなりかよ。ダッセ」

「は? 誰だよお前??」

「ジン君、やめて! ごめんなさい、そう言う事情があったんですね……」

「トウガもなんか、ジジイの言いなりだし、アイツどうにかしてくれたらでてくよ」

「いいのか?! 行くとこなくなるじゃん!」

「俺は気分わりぃんだよ! 家にも居ずらいけどさ……」

「家も?」

「家だと勉強しろとしか言われねーもん。父さんは単身赴任でいないし、俺だって自由にしたい」

「矛盾してんじゃん」

「だから誰だよ! 家よりはマシだったんだここは!!」


 ある程度の事情がわかり、リオは納得もしてしまった。家の窮屈な環境から出て、トウガと共に仮初の「自由」をやっていたのなら、言いなりになっていたのも理解できる。


「話してくれてありがとう。それなら、そのトウガさんに話をしてみるね」

「無理だと思う」

「え?」

「アイツ、話きかないし」

「え??」

 

 リオが返答に困る最中、サクラは突然後ろの気配に気づき、リオとカナトを下がらせた。

 開いたフェンスから現れたのは、数人の取り巻きをつれた、腰に木刀を下げる青年。


「よぉ、俺の仲間を言いくるめようとしてんじゃねーよ」

「トウガ……」


 黒髪に白ランを羽織るトウガ・アセビは、騎士のサクラを見ても怯まずに叫ぶ。


「トウガ、いい加減場所変えようぜ、ここにいたら管理者が来るってずっと言ってるだろ」

「アオシ? ここは俺の領地なのに、なんででてく必要があるんだよ」

「だから、そこの入り口にエーデル社管理区って書いてんだろ!!」

「またそんな寝言いってんのか。気にすんなよ、来たら俺がぶっとばしてやる!」


 アオシと呼ばれた彼が頭を抱えてしまい、リオは少し同情した。話を聞かないと言う意味も理解ができて、リオは何を話せば良いのすら分からない。


「失礼、貴殿がトウガ・アセビ殿か?」

「おうよ。誰だお前」

「名乗らずに失礼を、私はカナト・アークヴィーチェ。旧桜花通信公社、現アークヴィーチェ・エーデル社の社長になる予定の者だ。よろしく頼む」

「はーーー?!」


 アオシの悲鳴のような叫びに釣られるように、もう一人の青年も尻込みする。


「ここは我がアークヴィーチェ・エーデル社が、シダレ王より管理を任され開発を行う土地でもある。早々に立ち去ってはくれるのであれば、手荒な真似はしないが?」

「カナトさん!! やめて下さい!!」


 おっと、とカナトは口をつぐんでいた。アオシを含めた青年達が震え上がる最中、リオは再びトウガへと話しかける。


「トウガさんは、どうしてこの場所に?」

「あん? お前らに工事させない為だよ! アークヴィーチェみたいな外人、この国にへのさばらせたら何をするかわからねぇ! だから俺がここで食い止めてやるんだよ、アセビ家の名にかけてな!」


 カナトがふむ、と納得しているがリオは絶句するしかなかった。先程カナトとジンが話していた事そのままでもあったからだ。

 トウガの堂々とした言葉を聞いたジンは、これを聞いた瞬間吹き出して声を上げて笑い出す。


「なんだお前、何が可笑しいんだよ」

「お前、本当に、何も考えてないんだな」

「あ"?」

「なんもねぇじゃん、シダレ陛下の意図も何も考えず、ただそうかもしれないみたいな憶測を聞かされたんだろ? それでどうにかしろって言われてこうなってんだろ? 自分の頭で何も考えてない、唯の言いなりの坊ちゃんじゃん。何も分かってねぇのな」

「てめぇ、外国に味方すんのか??」

「どう受け取ったらそうなるんだ? 会話する気ねぇの? あ、そもそも理解する頭ないんだな」

「バカにすんじゃねぇ!」

「ジン君!」


 飛び出そうとしたリオを、サクラがしがみつくように止める。トウガは木刀を抜き、目の前のジンへ殴りにかかるが、ジンは一歩さがり、それは音を立てて空を切った。

 その挙動に、リオは衝撃を受ける。

 目の前で始まったかに見えた殴り合いは、素手のジンが明らかに不利に見えたのに、彼はしなやかに風に乗るように攻撃を交わして、当たる気配がない。


「すげぇ……」

「何もんだアイツ……」


 アオシともう一人の彼も感嘆していて、リオは目を疑うように現場を眺める。早くてキレがあり、まるでそれはパフォーマンスのようにも見えた。

 呆然と見ていたら、サクラがリオを庇うように手を引いてくる。


「こちらへ」


 リオは、サクラの手でその場を俯瞰するカナトの元へと連れてこられる。


「リオはどう考えている?」


 喧嘩をさせたくないと思っていたジンが、まるで乱闘のような状況へと陥り悔しくてたまらない。アオシとは話はできたが、彼の言った通りトウガは会話ができそうにないからだ。


「すごく悔しいです。でも、トウガ君はそもそも会話をしたくないんですね……」

「おそらくそうだろう。対話は側から見れば平和的だが、それは正論しか勝ちえない一方的なものでもある」

「……!」

「正論、または大義名分を持ち得ない者にとって、会話は唯の負け戦。論理武装ができない者があえて選ぶ事はない」

「そう、ですね……」

「だが私は、リオを評価したいと思っている」

「へ?」

「アオシ殿か。彼の行動原理は、妨害ではなかった。言いなりになっていただけであり、トウガ殿さえどうにかなればこのグループを動かせるとも言える。最終的には喧嘩にはなったが、話し合いは必要だったのだろう」

「カナトさん……」


 悔しい気持ちは拭いきれないが、無意味ではないとも言われ、リオは前を向いた。今はジンがいつ怪我をしてもおかしくはない状況とも言える。


「サクラさん、ジン君を助けないと……」

「必要はないぞ」

「カナトさん??」

「ジンは、相手を測って居るだけだ、間も無く終わるだろう」


 その場の全員が乱闘に近い情景を眺める中で、ジンは攻撃を当てられないトウガが、ひどく焦って居ることに気づいていた。

 トウガは、おそらく訓練もしていない本当の意味での素人だ。テレビを見て見よう見まねのポーズて振り回し、それで今まで人を脅してきたのだろう。確かに一般人なら、木刀を振り回して居るだけでこわくなり下手に出てしまうこともあるからだ。


 汗が滲んでくるトウガへ、ジンは徐々に気持ちが昂り言葉が漏れる。


「いつまで続けんの?」

「舐めんじゃねぇぞ、てめぇ!!」

「【未来視】もってんだろ? 使ってみろよ、俺も本気だすからさ!!」

「ジン君!?」


 耳を疑うような言葉に、思わず聞き返してしまう。オウカ国の七つの異能の一つ【未来視】は、数秒先の未来を見ることのできる戦闘用の異能であると歴史書へ書かれていた。

 何が起こって居るのかわからないレベルで動き回るその場で、【未来視】を使われれば、ジンに勝ち目がなくなる可能性がある。


「リオ、気にしなくて良い」

「は? なんでですか!?」

「ジンは、その道の【プロ】だ」


 意味がわからず「はぁ?」と気の抜けた声が出てしまう。


 そんな中。ジンの言動にトウガは激昂し、一旦距離を取った。そして踏み込みから速度を上げてジンへ突っ込む。


「帰りやがれぇぇ!!」


 【未来視】により、トウガはジンの回避の先を【見た】。右へ身体を逸らすその挙動に木刀の振りを突きへと変更。肩を狙いに行った時、それは空を切った。 

 未来に見て居たそれが当たらず、トウガが「え?」と声を上げたとき、それはきた。

 突きをひらりとフェイントにて交わしたジンは、勢いが余ったトウガの背中へ膝を叩き込む。鈍い声を上げたトウガは、その衝撃で木刀を放し、砂地へ倒れた。


「弱っわ……」

「流石のタチバナだな」

「た、タチバナ!!」


 トウガの取り巻きが震え上がり、リオは驚いた。ジンが振り返り彼らを睨むと腰を抜かして居る者もいる。


「タチバナが、怖い?」

「オウカの名門騎士、タチバナはこの異能の国における、『異能力者に対して絶対有利とされる武道』を極めた者。彼らは異能力者を抑制し、制御する王家の武器だ」

「……!」


 抑制、制御といわれてリオは、暴走を防ぐと理解して納得した。歴史書にタチバナの名はなかったが、その本には異能が悪用された時、それを鎮める者達が居たという記載はあったからだ。


「タチバナを使う者に、異能を使うのは、負けに行くようなものだと言う。初めて見たが面白い」


 ジンは動かなくなったトウガを足で揺らしている。彼はうめき声をあげて涙を流して居た。


「いってぇ……」

「メンタルも弱すぎだろ。やっぱり坊ちゃんじゃねーか。帰って寝てろよ」

「うるせぇ!! お前に何がわかるんだよ」

「しらねぇよ。こっちは迷惑なんだから、他のとこでやれ」

「く、お前ら爺ちゃんに言いつけっからな!!」

「は? お前が先になぐってきたんだろ?」

「ぜんぶ交わされたから殴ってねぇよ!!」

「そうだけど! 人に迷惑かけんなっていわれてねーの?」

「言われてる、父ちゃんに言われてるけど、お前はゆるさねーー!!」

「なんでだよ!」


 ジンは困って居た。リオはジンが何故タチバナ家で叱られて居たのか理解した。

 これは確かに、殴ったことを叱られても仕方ない。


「ちくしょぉ! 覚えてろよー!」

「トウガ……!」


 トウガは一人、泣きながら去ってゆく。取り巻きらしき周りの青年達が後を追ってゆく中、アオシがふと立ち止まった。


「リオさんだっけ?」

「は、はい」

「なんとか移動できそう。ありがとね!」


 気さくに少し安心した笑みで彼はトウガを追っていた。ジンも呆然と見送るなか、カナトは「ふむ」と誰も居なくなったその場を俯瞰する。


「どうにかなったな……」

「どうにかなったって言うんですかこれ?!」

「私は問題ない。ジン、助かった」

「か、会話ができねぇ……」

「タチバナさん。もしかして凹んでおられます?」


 よく見ると彼は何故かがっくりと肩を落として居る。先程までよ余裕のある表情とは違い以外でもあった。


「ジン君、大丈夫ですか?」

「俺は平気、リオ姉さん。説得したかったと思うのにごめん……」


 彼の気落ちの理由にリオは驚いてしまった。ジンは返答に困って居るリオをみて目を逸らす。


「ありがとう、ジン君」

「別に、俺の勝手だから……」

「今回はジンの実力も見ておきたかったが、想像以上だった。頼りにして居る」

「カナトに言われても、うれしくねぇし」

「これでも多くの騎士を見て居るので見る目はあるぞ?」


 そう言う問題ではないと言うジンの表情を、リオは少しかわいいとも思えていた。

 その後、壊された鍵を新しいものへ付け替え、四人はジンをタチバナ家へと送り届けた後に帰路へと着く。

 


 日も暮れつつあるアセビ町にて、自宅へと泣きながら帰宅したトウガは、その日のことを祖父タイガへと報告していた。

 彼は孫から聞いたアークヴィーチェ家の事実へ眉を顰める。


「アイツら絶対ゆるしちゃなんねぇ! 爺ちゃん、どうにかしねぇとまずいぜ!」

「やはりそうか。シダレ陛下は騙されているのだろう。安心しろ孫よ。奴らの計画はこの私が必ず阻止する」


 トウガの父、タイガ・アセビは目に闘志を宿らせ、いつか来るであろうと言う時へと備える。


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