第9話 旧桜花通信公社
今朝のオウカ町は、春の日差しが暖かい散歩日和でもあった。エントランスにて、サクラと待ち合わせをしていたリオは、現れた彼女が私服であることに見違えてしまう。
「サクラさん。私服ですか!?」
「はい、こちらの方が目立たなくていいですからね」
「かわいいです……!」
カーディガンを羽織る春らしい装いは、桜のヘアピンがアクセントになっていて若い彼女へ可愛らしい印象を与える。対するリオはタイトスカートにブラウスへリボン、ジャケットのみの『仕事着』に近い。
「リオ様も買いにゆきましょう。エーデル社にも連絡済みですのでご安心下さい」
「ありがとうございます……!」
2人は、徒歩で邸宅をでて路線バスを乗り継ぎレンゲ町のモール街を目指した。そこは多くの店舗が入る巨大なショッピングモールがあり、その風景は、まさに大阪の天王寺を連想した。
「キュ……」
「きゅ?」
家族連れが行き交うショッピングモールは、大阪、天王寺周辺にあるキューズモールに似ていて、広場やフードコート、キッズスペースまで存在する。
皆が洋装で歩いていて平民なのだろうかと思えば、横にいるサクラが私服であることを思い出した。
「サクラさんは、騎士なんですよね? 貴族?」
「貴族かと言われれば貴族ですが、騎士は貴族の中で最も地位が低いので、貴族と平民の間ともいえますね」
「間……。ここって貴族さんも来るんですね」
「もちろん。貴族も国民ですから、普通に道を歩いておられますよ。すごい方はオーラも感じたり……」
「オーラ?」
半信半疑で見回すと、落ち着いた品のある淑女やまるで俳優のような男性が数名でブランドを見ている様子が目に映り、「なるほど」と納得する。
意識しなければ分からないが、当たり前に生活しているのもわかって、そこまで壁がないようにも感じた。
「貴族さんはもっと住む世界が違うと思ってました」
「そうですね。古来の貴族らしさを重要視する方もおられますが、ここ最近はいいものは自分で見つけると言う風潮が根強いので、街へ繰り出してほぼ市民の皆様と変わらない生活を送られる貴族の方が多いです。こう素朴な楽しさは誰にでも刺さるじゃないですか」
確かに、代表的なのが映画館でみる映画とか、縁日ので店で食べる焼きそばが絶品と言う感覚だろう。
自分で歩いて回り欲しいものを探すウィンドウショッピングの楽しさは、どのヒエラルキーの人々であっても同じなのだ。
2人は、衣服のブランドショップから、ランジェリーショップだけでなく、化粧品や医薬品を探してモール街を歩く。
ブランド品は値が張るが、ショップを選べば高額にもならず、リオは数枚のセットを手元へ揃えた。
「そんなに安いものでいいのですか?」
「こ、これ安いんですか? 結構値が張ってると思うんですけど……」
「そちらは輸入品ですけど、肌触りはオウカ製のこちらの方が使いやすいですよ」
見せられたインナーは倍ほど値が代わり、リオは震えた。安いとはどう言う感覚だろうと錯乱しそうになるが、思えば日本国とは通貨価値が異なる。
「あ、あの、この国ってリンゴどのくらいの値段なんですか?」
「リンゴですか? 大体120円ぐらいでしょうか……ガーデニアだと200円ぐらいですね。ここ最近は、オウカの輸出業が盛んで円高傾向なので」
国によっての価値の違いに、リオは衝撃を受けてしまう。現代の日本からみるととても信じられないが、通貨の価値から考えリオは再びサクラへ口を開いた。
「あの、サクラさんのお給料の手取りって……?」
「……」
彼女は少しだまり、指折りでそれを数えている。両手でそれを表現されてリオはフリーズした。
「たっ……」
「一応騎士なので……?」
日本国のシステムエンジニアも安くはないが、その1.5倍はあって言葉が詰まる。しかし、騎士という日本の警察と言われれば納得もできて、再び値段を見直した。
「あまり気にされないで下さいね」
「あ、ありがとうございます。じゃあ今日はこのデザインが気に入ったのでこっちにしておきます」
「分かりました。今はかなりいい時期ですが、一応首都なので物価はオウカ国内のなかではかなり高いんですよね。困らない額をいただけてるのは感謝しかないです」
サクラの言葉は至極真っ当で、リオも納得がストンと落ちた。思えばリオも、初めて東京へ旅行をしたとき、その物価の高さに驚いた覚えがある。
大方の買い物を終え、サクラに勧められたレストランで昼食を済ませていると、時刻は午後を回っていた。
「そろそろエーデル社へ向かいましょうか」
「はい。……あの、気になっていたのですが、エーデル社の社名ってもしかしてエーデルワイス卿から?」
「そうですよ。私は聞いた話ですが、たしかエーデルワイス卿は、シダレ王の意向をうけた時、新たな社名の命名権を要望されたとか」
「命名権?」
「ウォレス様には、アークヴィーチェさえ付いてれば、問題ないってことでエーデルワイス卿の名前を取り、アークヴィーチェ・エーデル社となったと聞きました。私としてはアークヴィーチェとエーデルワイス卿の共同運営的なものなのかなと思っていたのですが、現実はそこまでうまくはいかず、エーデルワイス卿はやる事にいちいち反論してきて面倒とは伺っております」
「なる、ほど、よくありますよね……」
「カナト様が株式をもっていても、エーデルワイス卿も筆頭株主であることは間違いないので言葉は無視できないし、大変そうです」
役員的な問題も垣間見えるが、ウォーレスハイムがプロジェクトを停滞させて居た理由の一つだとも伺える。会社にとって株主は絶対でもあり、意向を飲まないわけにはいかないからだ。
躊躇いなくタクシーを拾うサクラに、リオは恐縮しながら同行する。
風景はデパートが立ち並ぶ繁華街から離れ、高層ビルが乱立するオフィス街へと移ってゆく。
信号も数多ある中、何車線もある道路進んでゆくと、駐車場へ芝生が敷かれた不思議な建物が見えてきた。
一際大きな敷地は、まるで公園のように木々が植えられ、入り口には警備騎士が数名立っていて厳戒態勢を敷いているようにも見える。
入ってきたタクシーに騎士達は身分証明を求め、二人はそれに応じた。
「ようこそ、スズキ様、モルガナイト卿。ご案内致します」
優しい笑みの騎士に通され、見えてきたのは、ガラス張りにされたエントランスだった。床は美しい大理石のような模様が光り天井は高く、プロペラ式の空調が回っている。そして正面の受け付けには、天秤のエンブレムを背中にする長身の受付嬢が立っていた。
彼女は、現れた2人へ会釈をすると笑顔で応じてくれる。
「ようこそ、アークヴィーチェ・エーデル本社へ」
「は。初めまして、今度入社予定の、リオ・スズキです」
「ごきげんよう。カナト様からすでに書面は届いております。ご案内しますね」
女性は、内線で社員男性を呼び出し案内を彼へと引き継いでくれた。誘導に応じて社内へと入ってゆくと、同じくガラス張りの廊下や広い庭、食堂だけでなく休憩所もある。
寛ぎスペースなどもあるのは、まるで日本で言う外資系の企業のようで思わず圧倒されて居た。
「こちらが管制室です」
開けられた扉の先には、巨大なモニターがあり、通信状況を観測できる設備が揃っていた。彼の説明によると現在のアークヴィーチェ・エーデル社は、アナログの電話回線を使い「インターネットサービス」も定期していると言う。
「ダイヤルアップ通信……!」
「よくご存知ですね。その通りです。エーデルワイス卿が開発した次世代サーバー『花霞』により現在でも安定したサービスを提供出来ております」
「『花霞』?! サーバーに名前があるんですね。素敵です」
「ありがとうございます」
リオの知識のみで知っていた事柄が、今現実に行われている事に驚き、感動してしまう。
ブロードバンド通信が普及する前、日本では、電話回線を利用した「ダイヤルアップ通信」によってインターネットが行われていた。ナローバンドとも呼ばれるその通信は、ブロードバンド通信よりも低速であるが、通信の安定性においては信頼性があり、設備コストも低いことから現在の日本でも使われている。
「私、カナトさんからブロードバンド通信を普及させたいと聞いていて、そのプロジェクトにも『花霞』が使われるんですか?」
「いえ、『花霞』は、電話交換とダイヤルアップ通信のデバイスでもあります。新たに開通予定のブロードバンド通信は、ガーデニアより提供された新たなサーバー『アストライア』で運用してゆこうかと」
「そうなんですね。あのその『アストライア』どんな機器なのですか?」
「ブロードバンド通信とモバイル通信のアクセスに耐えうる最新機器だと聞いています。説明によると億を超えるのアクセスを物ともしないらしく驚くばかりです」
「是非、詳しく聞かせてください!」
目が輝くリオへサクラは思わずみじろいでいたが、その楽しそうな表情へ思わず笑みが溢れた。熱く語り合う2人の声を聞き、管制室で仕事をしていた彼らが集まってくる。
話を聞いた開発部の職員が、最新端末を見せに来てくれたり、モバイル通信の基地局の完成予想図も持ち込まれ、サクラは完全に取り残されて居たが、微笑ましくそれを見守っていた。
「ご機嫌よう。貴殿はアークヴィーチェの騎士か?」
突然声をかけられ、サクラは驚いた。振り返って見ると小綺麗なスーツの男性がいてさらに絶句する。落ち着けと自身へ言い聞かせ、サクラは深く頭を下げた。
「ご機嫌麗しゅう、エーデルワイス卿。如何にも、私はガーデニア、セブンオーダー『フィーア』。サクラ・モルガナイトです」
「見学に来ると聞いて顔を見に来たけど、新社長ではなかったか」
「はい。カナト・アークヴィーチェ代表は、本日は来られておりません。私がお連れしたのは、来週よりここで働かれるリオ・スズキ様です」
「そうか。なら歓迎しよう」
エリオット・エーデルワイス。
それがこの貴族の名前だった。
彼は若くして旧桜花通信公社の立ち上げに関わり、この会社から通信技術を発展させて来た当事者でもある。
エリオット・エーデルワイスの余裕のある態度に、敵意は見えずサクラは彼を見送った。
エリオットは、技術者達と楽しそうに話すリオの後ろから歩み寄り綺麗な礼をする。
「ご機嫌よう。リオ・スズキ嬢。初めまして、僕はエリオット・エーデルワイス。このアークヴィーチェ・エーデル社の特別顧問だ」
「え、エーデルワイス卿……! 初めまして、来週からお世話になります。リオ・スズキです」
「話に聞いていた以上の知識量だ。僕も歓迎しよう。せっかくだし僕が社内を案内しようか?」
「いいんですか……!」
「社長、お時間の方は……」
「新社長だと思って、たっぷりとったから問題ないさ。それに私はもう社長ではなく特別顧問だ」
「そんな、社長はどうあっても社長ですよ」
「ありがとう。ではスズキ嬢、こちらへ……」
輝いていたリオの表情が一変、緊張したのをサクラは見ていた。
無言でついてゆくサクラだったが、エリオットは大きな扉の前で立ち止まり口を開く。
「モルガナイト卿。この先は我が社の社員意外は立ち入り禁止なんだ。スズキ嬢はもう社員のようなものだが、君はここで待っててくれるかい?」
「……! かしこまりました」
「すまないね」
「サクラさん。ごめんなさい、早めに戻ります」
「お気になさらず、ゆっくりお楽しみください」
エリオットはポケットから鍵を取り出し、開錠してリオを中へ招き入れてくれた。そこには、まるで書棚のような巨大な端末がありリオは思わず感嘆の声が漏れる。
「これが、現在我が社が管理するサーバー、『花霞』だ。もう十年以上運用しているが、頑張ってくれているよ」
見た目は、外面に桜のデザインが施され、ピンク電源ランプがまるで桜吹雪のように輝いている巨大サーバーだった。
ただ動いているだけのサーバーなのに、見た目にまで凝られているのは初めてで、しばらく呆然と眺めてしまう。
「そしてあっちが、ガーデニアから届いた機器『アストライア』だ。先日調整がおわって、ブロードバンド接続に備えている」
桜色がモチーフの『花霞』とは対照的に、『アストライア』は淡い青の外装をしていて、真逆の雰囲気を持っている。
『アストライア』の電源ランプは青く、『花霞』に合わせて点滅しているのは、おそらくデータを同期されているのだろうとわかった。
「この『アストライア』は、ダイアルアップ通信にも対応しているんですか?」
「実は対応してなくてね。あくまで、ブロードバンド接続のために持ち込まれた端末だから、今はバックアップ専用デバイスかな」
「そう、なんですね」
もっと詳しく知りたいと好奇心が疼く。
『アストライア』は本当の意味で新品でもあり、その美しいデザインへ見惚れてしまう。どのぐらいのスペックなのだろうかと想像すると心が躍り、思わず周辺を歩き回りながら見ていた。
この機器が本来の意味を得る為に、リオはこの都市の通信の全てを、ブロードバンド通信へやりかえなければならない。
「私、頑張ります」
「期待しているよ……!」
『花霞』と『アストライア』。二機の巨大サーバーに興味津々のリオへ、エリオットは更にぼやく。
「スズキ嬢」
「……? はい」
「君は、『東京』と言う都市を、知っているかな?」
リオは、思わずエリオットを見直した。「え?」とまるで確認するように聞いてしまう。
「あ、いや、分からなければいいんだが……」
「……知ってます。私は、その都市がある国から、来ました。『東京』を知ってるんですか?!」
まるで縋るような態度にエリオットは、想像以上の反応だったのか、返答に困っている。そのあまりにも切実な言葉にエリオットは一度落ち着かせようとするが、それを押し切る様にリオが口を開く。
「……私は、日本の大阪からきました。あまりにも突然で何がなんだか……」
「そうか。それはとても驚いただろう。……私もあの頃の衝撃は今でも心に残っている」
「え? じゃあ、まさか。エーデルワイス卿も?」
「……あぁ、僕の本来の名前は『アツシ・ヨネザワ』。日本人だ。株式会社MTCの一社員だった」
その社名にリオは聞き覚えがある。株式会社MTC(マシン・タクティクス・コーポレーション)は東京にある老舗ITメーカーの一つでもあり、リオの会社も取引先でもあったからだ。
歴史も古いMTCは、日本のIT技術の押し上げにも貢献したともいわれ、エンジニアなら誰もが知る社名でもある。
「私意外にも、日本人が……」
「スズキ嬢……」
まるで何かの蓋が外れたかのようにぼろぼろと涙が溢れてくる。たった1人で、これからもずっと1人だと思って諦めて居たのに、同じ境遇の人と出会えたからだ。
「嬉しいです。どうしてわかったんですか……!」
「それは、その……開発途中のサーバーを見た時の態度が同じだったんだ。ワクワクして、これを完成させてやりたいって思った」
「この技術は、私も面白くて大好きなんです……!」
「……そうか」
「私、とても寂しかったんですが、安心しました。私だけじゃないって……話してくれて、ありがとうございます」
「僕も会えてよかった。それと日本人の君に、是非話しておきたい事がある」
「話すこと、ですか?」
「私は、このオウカの国の通信を、外国へ任せてはいけないと思っている」
「……!」
「この『花霞』を開発した頃からずっと考えていた。この国は決してガーデニアなんかに負けては居ない。外国には頼らなくとも必ず自国だけで新たな技術が開発できる。私と君はきっとその為に呼ばれたんだ……」
エリオットの言葉を、リオはすぐには理解ができなかった。しかしその言葉の意味は今朝カナトが話して居たことと合致する。
「リオ、アークヴィーチェなどに協力せず、私と共に新たな技術への開発へ協力してくれないか? 君のいた日本の技術があれば、ガーデニアの技術にも負けない新しいものが作れると、僕は思う」
嬉しくて舞い上がっていた心が一気に停滞し、澱みを持った。彼の言うオウカの技術は確かに古く、日本の通信とはまるで違う。発展途上だとも思い先があるのは明らかだが、リオはもうカナトへ協力すると約束し、契約も交わしていた。
それでも、同じ日本人である彼にいますぐ「No」と突きつける事も、心境として難しかった。たった1人だと思っていた中で見つけた唯一の日本人で、それは希望にすら思えたからだ。
「ごめんなさい。少し、考えてもいいですか? 私、もう契約もしちゃってて」
「あぁ、いくらでも悩んで欲しい。むしろ形式だけガーデニアと協力し、隠れて手を貸してくれるだけでもいい。私は、このオウカの国の技術を信じたいだけなんだ。リオ、君も呼ばれたように」
信じられないほど胸に刺さり、左胸を思わず抑えてしまう。たしかにリオは、ある日突然このオウカ国へ現れた。場所はたまたまガーデニアの大使館だったが、このアツシ・ヨネザワの言う通り、もし意味があるのなら、リオはこの国の通信を発展させる為に呼ばれたのだろう。
リオは最後まで結論は出せず、エリオットとは一度別れサクラと合流した。
扉の前で待って居た彼女は、ワクワクしていた筈のリオの表情が一変、深刻な表情になっていて心配してくれる。
「リオ様、お顔色が優れませんが……」
「あ、ご、ごめんなさい。気にしないでください、サクラさん……」
「来週、ここのホールにて王家を招いた新社長就任パーティーを行う。二人が来てくれるのを楽しみにしているよ」
「エーデルワイス卿。お気遣い感謝致します」
「スズキ嬢の歓迎会もやろう、また連絡をさせてくれ」
「は、はい。楽しみに、しております……」
リオはエリオットとは目を合わせず、そのまま本社を出てタクシーへと乗り込んでいった。
そこからは終始ぼーっとしているリオへサクラは何を話していいかもわからず、2人は感想も言い合えないままアークヴィーチェ邸へと帰宅する。
*
「ダメだったか……」
「申し訳ございません。途中までは機嫌がよろしかったのですが……」
夕方のカナトの話し相手は、リオと共に買い物へ出かけていたサクラ・モルガナイトだった。
彼女は、リオと友人でありたいと願い、親睦を深めようとしたが、アークヴィーチェ・エーデル社にてエリオット・エーデルワイスと顔を合わせてから、リオへ再び思い悩んだような態度が見せ、理由を聞かされることもなかった。
「少ししつこく理由を聞いてしまったのですが、何も伺えず……」
「サクラは悪くはない。しかし、エーデルワイス卿に何をいわれたのだろうか」
「サーバー室には一応監視カメラはありますが……」
「そこまで下品な行為はしたくはない。それに問題行動があれば、連絡も来ているはずだからな」
カナトは窓の外を見つつ何かを考えていた。カナトは先程、リオから直接聞こうと誘ったのに、その日は何故か直球に断られ少し不満そうにしている。
「何故断られたのだろうか?」
「そう言う心境ではなかったのでは……?」
カナトは、サクラとは目を合わせず自室の窓から暮れてゆく夕陽を眺めていた。その横顔は不満そうにしていて珍しくも思う。
「……つまらん」
「……」
リオと言う客人に、この御曹司は釘付けだ。女性であり、初めて出会えた同じ趣味の仲間に興味が尽きないのだろうと見える。
「私に申されましても……」
「すまない、サクラに向けてではないんだ。つい本音が漏れた、悪かったな」
「お気になさらずに」
しかしサクラも、リオの豹変は気がかりだった。エリオット・エーデルワイスと二人きりの部屋で、何があったのかはわからないが、それはきっと貴族相手の揺さぶりだったのだろうと思う。
どのような揺さぶりなのか想像もできないが、平民のリオを揺さぶり何をしたいのか分からず、本当の意味で何があったか想像もつかない。
ずっと考えているカナトへ、サクラが言葉に迷っていると、廊下から慎重な足音が聞こえてくる。
ノックから声をかけてきたのは使用人と共に現れたリオだった。彼女は、先程の深刻な表情から打って変わったような明るい目をしている。
「カナトさん、サクラさんも、すみません。お邪魔しましたか?」
「いや、問題はないが……どうかしたか?」
「あの、カナトさんは『アストライア』の詳細仕様書などお持ちではないですか?」
「『仕様書』……?」
「今日エーデル社にいって拝見したのですが、入社前に勉強しておきたいんです」
カナトはしばらく呆然としていた。サクラはそんな様子に小さく笑いをこぼす。
「カナトさん?」
「あぁ、いや、あった筈だ。父が持っている。借りてこよう」
「ありがとうございます!」
カナトは、少し嬉しそうにリオと自室を出て行った。
*
仕様書を渡されたリオは、その日から自室へと篭りエーデル社の業務内容の勉強を始める。
通信環境の保全、運用、維持を担うエーデル社は、リオが日本国でやっていた作業を拡張したようにも思え興味が尽きない。またウォーレスハイムによって組まれたと言う『アストライア』の美しいソースコードにも感動し、カナトが横暴だと言う彼の評価を改める事となった。
「わかりやすい。天才やん……」
プログラムは、論理的な思考と共にセンスが要求されるどちらかと言えば作家にも近い作業だ。必要なコードを並べるだけではなく、ユーザーがどの様に運用するのか想像し、できる限り拡張ができる様に「差し口」を作っておく。
『アストライア』のソースコードは、カナトの話していた統一言語にも近い言葉が利用され、エンジニアのリオにとってはまるで呼吸をする様に読めた。
「ガーデニアにも日本人がいたんやろか……」
この世界の技術はあまりにも日本、地球にあったものに酷似している。コンピュータそのものが発明されたのは米国だが、ほぼ日本語に近い言語を話す人々の統一言語が「英語」である事にも違和感があるからだ。
「ガーデニアには、外国人?」
可能性は拭えないと考察は尽きないが、今は目の前に広げた仕様書へと向き合う。新たなサーバー、『アストライア』と向き合うために今は理解をしなければならないからだ。
「がんばろ……!」
不安な日々から一転、リオは前向きにソースコードへと向き合う。
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