第7話 たった一人の王子

 次の日、リオは絶句していた。

 早朝から使用人に声をかけられ、普段とは違うフォーマルな衣服と化粧だけでなく、髪もセットされたリオは、午後のティータイムに現れた人物に思わずフリーズする。


「こんにちは」

「ご機嫌よう、キリヤナギ」


 王子は、突然現れた。

 突然ではないのだろう。リオは聞かされて居なかっただけで、カナトは知って居た様にも見えるからだ。


 昨日とは違い、王子の衣服はフォーマルとカジュアルを両立した雰囲気をもち、打って変わって大人びた印象をうける。


「リオもこんにちは」

「こ、こんにちは……」


 名前を覚えられていて、光栄にも思ってしまう。

 王子は一人ではなく、後ろに赤の騎士服の男性と昨日会ったばかりのジン・タチバナがバツ悪そうに付き添っていた。


「アカツキ殿も座ってくれ」

「お構いなく、私は殿下とジンの付き添いにすぎません」


 彼はアカツキ・タチバナ。ジンの父であり、オウカ宮廷騎士団騎士団長だと言う男性だ。

 キリヤナギが席に座る中、なかなか後に続かないジンは、不満そうに目線を逸らしている。


「ジンも座らせてもらえ」

「俺はいい……」

「席空いてるのに?」


 アカツキの言葉は断るジンだが、キリヤナギに促されて渋々座って居た。祖父や父、母の言うことすら聞かなかったジンが王子の言葉にだけは素直に聞いている事へ、リオは「なるほど」と納得してしまう。


「ではキリヤナギ殿下。私はアークヴィーチェ卿にご挨拶をして参ります」

「うん、アカツキありがとう」


 礼をして去ってゆく騎士長を、カナトは気にもしない。ジンは俯いているが、よく見ると昨日頬へ張っていたガーゼが無くなっていて、傷らしきものは見当たらなくなっている。


「あのジン君、頬の怪我は……?」

「【細胞促進】で治してもらったんだよね」

「……はい」


 王子の唐突な異能の話にリオは、驚いてしまった。

 オウカ国の七つの異能の一つ【細胞促進】は、細胞分裂を促す事で怪我の治癒ができるという。


「あくまで細胞を入れ替えるだけだから病気は治せないけど、外傷にはすぐに効果がでて便利なんだ」

「すごい、ですね」

「オウカ国は、この異能のお陰で外傷での死亡率はかなり低い。我が国にも派遣してもらえるよう長く交渉しているが、異能は原則として国外へは持ち出せず難航している」

「ごめんね。便利だから盗む人も多くて……」

「事情は分かっている。我が家がガーデニアの信頼を稼げばいいだけだ」


 得意気なカナトにキリヤナギは楽しそうに笑う。公園で会った時と同じく、この二人は友人だと言うのはわかったが、リオはそんなキリヤナギの隣で俯いているジンが気になって仕方がなかった。

 昨日あれほどキリヤナギの事を話していたジンが、本人を目の前にしているのに殆ど話さない。


「ジン君。大丈夫?」

「平気」


 即答だった。ジンは目を合わせてくれないままで、会話をしたいようにも思えない。カナトは、そんな様子を楽しそうに俯瞰して優雅にお茶を啜って居た。


「今朝は突然すまなかったな」

「僕はしばらく会えてなかったし嬉しかったよ。今度からそこまで外出できなくなるし……」

「警備方針の変更といっていたな、そんなに厳しいのか?」

「アカツキが言うには? 今までみたいにはならないって言われてて、まだよく知らないけど」

「あの、具体的にどんな感じになるんですか?」

「少なくとも僕の居住スペースに部外者は入れないようにするって、今はアカツキがジン、クライヴがグランジを連れてきてくれてるけど、そう言う例外もやめるって……」

「それはなかなか厳しいな」

「納得いかないから文句は言ってる」

「意志を伝えることは重要だ。どこまで飲まれるかはわからないが……」

「……」


 話題に入る気もないのか、ジンはただ座っているだけだった。警備方針の変更は、ジンも当然知っている筈でこの話題に乗ってこないのは、そもそも話す気はないとも受け取れる。


「キリヤナギは、エーデル社については耳に入っているか?」

「聞いてるよ。株式をカナトが持つって」

「耳が早いな。だが未だある程度の株式はエーデルワイス卿にある」

「エーデルワイス……?」

「旧桜花通信公社、現アークヴィーチェ・エーデルの元社長だ。土地を持たない財力貴族で、卿は我が家が組織を買い取る事を最後まで反対していた」

「財力、貴族?」

「貴族とは本来、その土地を納めてこそのものではあるが、ビジネスによって財を蓄え地位を得た者をこの国では財力貴族とも呼んでいる」

「土地を納めてる公爵家や伯爵家とは別に、経済的貢献を認められた家には称号が与えられるんだ。位は騎士以上伯爵以下だけど、税金を沢山納めてるから貴族として扱われてる」

「多くの財力貴族は、土地の自治権を買って伯爵に上がるが、エーデルワイス卿はそのような話をきかないな……」

「そう言う人も多いよ。伯爵になると土地を収める義務が発生するから制約も増えるし?」

「ふむ、欲がないものだ」

「それじゃ、財力貴族で株主であるその人が、アークヴィーチェ家が社長になることを反対したって事ですか?」

「そうだね。エーデルワイス卿は親王派ではあったんだけど、通信は自国の技術で開発すべきって説いてたから、それで周りの貴族からも支持が高かくて……」

「ジギリダス連邦と文明戦争もあり、今から開発しては間に合わないと判断された。よって我が国が、会社を買い取る事を条件に技術を提供することにはなったが、エーデルワイス卿はいまだ殆どの株式を手放さず保有を続けていて指揮権が分散している」


 会社にとって株主は、絶対的な権力を持っている。

 国が保有していた株式をアークヴィーチェ家は全て買い取ったが、買い取った事で民営化され、次の株主であったエーデルワイス卿の発言力も強くなったということだろう。しかし、大阪の会社の社員だったリオから見ると、王命とはいえある日突然会社を外国人に乗っ取られると言われれば、確かに抵抗もしたくなるのも理解できてしまう。


「エーデルワイス卿は、なんで抵抗してるんだろ?」

「わからん。だが、シダレ陛下より相談を受けた父が、この事業をかなり強引に進めていたのは私もよく見ていた。彼らが大切に育てた会社を富と権力で奪いに行ったのなら、反抗したい気持ちもわかる」


 大変そうだとリオは社員達へ同情した。カナトも悪くはないが、人が働いている組織は一つのコミュニティでもあり、その気持ちもある程度想像ができてしまうからだ。しかもそれが、組織の技術不足を突きつけられた結果なら、よほどの歩み寄りがない限り反感も買ってしまうだろう。


「リオのいた日本では、このようなトラブルはあったか?」

「私は末端で3年ぐらいしか働いてなくて、そう言う事はなかったです……」

「そうか……」

「僕の父さんも忙しくて、社員さんと意見交換もできなかったみたいだから申し訳なくてさ。僕で良ければできる事はやるよ」

「助かる」


 午後の茶会とは思えない高度な話題に、リオは場違いな気持ちにもなってくる。質問ばかりしていて恥ずかしくもなっていて助けを求めるようにジンも見るが、彼は変わらず俯いたままだった。

 お茶にすら手をつけないジンをキリヤナギは心配そうにみる。


「ジンもしかして体調悪い?」

「悪くないです」

「貴殿のその態度は、本当によく分かっていると感心する」


 ジンは、何も返答せずただカナトを睨んでいた。それはこの場が「カナトが用意したジンが断れない舞台」でもあるからだ。


「俺は、アンタみたいな貴族が嫌いです」

「そうか。私は好きだが」

「え??」


 リオの反応にカナトは面白がっていた。ジンもまた度し難い表情で困惑している。


「あえて言おう、私は別にキリヤナギを介して貴殿の協力を仰ごうとは思ってはいない」

「は? この状況をつくって?」

「そうだ。これは『証明』とも言える。私にはこの『権力』があるとジン殿へ見せているに過ぎない」

「??」


 意味がわからない。

 困惑しているリオの表情に、キリヤナギは小さく笑いつつ場を静観していた。


「この場を作ることを大前提のもと、ジン殿、私と『友人』にならないか?」

「え?」

「立場の差はない『友人』だ。王子を自宅へ呼び寄せる私と気軽に連絡がとれる友人。誰に自慢しても構わない、私は友人として貴殿に協力するだろう」

「……」


 ジンは隣に座るキリヤナギへと目線を向ける、彼は嬉しそうに開いた。


「いいね。ジンとカナトが友達なら、ここに来たらいつでもジンに会えそうだ」


 あ、とリオが眼を見開く。警備方針の変更から会う機会がなくなる2人へ、カナトは『いつでも会える環境』を提供しようとしているのだ。


「……なんで、そこまでするんすか?」

「貴殿に価値を見出しているだけだ。その貴族に慣れた賢さも客観視するにはありがたい」

「……」

「カナトは貴族の中だとかなり良心的な方だと思うんだけど……ジンは嫌い?」

「……わからないです。まだ、本当にそうしてくれるか。わからないし……この土地から出たくない」

「そうか。だが私は、まだ貴殿がプロジェクトへ参加する事を取引のテーブルへ乗せてはいない」

「は……」

「『友人』として信頼を得るためには、これからの積み重ねが重要になるだろう? これは私の一方的な要求であり、見返りは求めて居ない」

「いい、いいんですか?! それ」

「リオの日本では、友人に見返りを求めるのか?」

「も、もとめませんけど……」

「そもそもキリヤナギも来れるタイミングと来れないタイミングはあるだろう? だからこそこの場は『呼べる』ことの証明に用意した」

「それって僕からジンを呼んでもいいってことかな?」

「いいぞ。宮殿を通したくなければいつでも受けよう」


 ジンは目の前で呆然としている。

 リオもまた訳がわからないが、カナトの言葉は筋が通っていた。

 「友人」、曰く「友達」は、確かにお互いが気さくに関わり、利益を求めない関係で、彼がジンとキリヤナギの中を取り持つ仲介役をやるのなら、違和感もない。


「利用していいって事だよな?」

「あぁ、好きに使うといい。気が向いたらこちらの言う事もきいてくれ」

「対等なんだろ。なら俺もそれでいい。アンタの言う『対等』が本当の意味で『対等』なのか見極める」

「なるほど、そう言う信頼稼ぎも悪くはない。むしろ助かる」

「取引じゃないけど、交渉成立かな」

「あぁ、では対等に気さくに呼んでも構わないぞ? ジン」

「そうさせてもらう。カナト」


 小さく拍手をしている王子に、リオはコメントに困っていた。しかしこれによって目標だったタチバナ家との協力を取り付けたとも言える。


「エーデル社も根回しは大変だね」

「王家との信頼はあるが、アークヴィーチェ家は国民への知名度は皆無だからな。外交貴族として過去に名は馳せたが平和が当たり前の時代だ。価値は薄れ、特に昨今では東側の影響も強い」

「ジギリダスの所為でガーデニアまで敵みたいに思う人いるしね……良い案ないかな」

「あるぞ。ちょうど話をしようと思って居た所だ」


 カナトはそう言って、ワゴンの中段から招待状の様なものを二つ取り出した。ジンとキリヤナギに手渡され、中身を見るとアークヴィーチェ・エーデル社の取締役就任式典と書かれている。


「エーデル社の本社にて、社員や株主達を集めて夜会を行う。我が家に運営を預けたシダレ陛下とキリヤナギ、そして協力を得たタチバナ家も参加してもらいたい」

「へぇ、いいね」

「当然エーデルワイス卿もくるが、卿もシダレ陛下がいれば何も言えないだろう。その場でリオも紹介したいと思っている」

「私もですか!?」

「期待の新入社員だからな。この場で私とキリヤナギ、シダレ陛下とウォーレスハイムが揃い。さらにメディアを呼べば国民へ安全性もアピールできる」

「流石カナト、必ず行くね」

「楽しみにしていてくれ」


 キリヤナギとジンは、とても嬉しそうにしていた。リオはその様子につられるように心が満たされ、ホッと息をつく。


「カナトさん。すごいですね」

「……? 何がだ?」


 キリヤナギとジンが帰り、邸宅の廊下を歩く最中、リオはぼやくように口を開いた。

 先程の茶会では、少なくともジンは初めから『絶対に協力したくない』と言う気持ちできていたことは明らかだったからだ。

 付け入らせないために話題に入らず、声をかけられても相槌しか打たない。


 話す気はないという態度を取るジンを相手に、欲しいものを提示して折らせたのは、まさに取引に慣れているとも言える。


「ジン君が折れてくれるとは思わなかったので……」

「ジンは騎士だからな。人に一方的な施しをうけるほど落ちぶれてはいないと思って居た。名門のプライドとも言える」

「そこまでわかってたんですか?」

「騎士とはそう言うものだ。民を守り、庇護する事が彼らの誇り、プライドでもある。ジンの場合、『騎士であることとタチバナは関係ない。キリヤナギは自身が守る』とも豪語していた。まさに騎士らしい騎士とも言える」

「全然、意識してなかった……」

「相手の欲しいものを探すのは得意だ。用意できるかは別だが……」


 黙ったままのリオに、カナトは一旦は口を紡ぐ。そして目を合わせない彼女に合わせるように続けた。


「リオ。もしよければ、これから私の部屋でこの世界の勉強でもどうだろうか?」

「え、あの、すいません。疲れたので休みたいです」

「……そうか。では私も少し休もう。気が変わったらいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます。お疲れ様です……」


 長い廊下へ消えてゆくカナトを見送り、リオは1人居室へと戻った。そして、誰もいない部屋でメイクも落とさないままベットへと倒れ込む。


「寂しい……」


 お互いに友人だというカナトとキリヤナギに、仲が良さそうなジンとキリヤナギ、そして友人になると宣言したジンとカナト。

 あの三人はまるで同盟のように仲が良く、リオには付け入る隙が何もなかった。


 日本ではリオにも友人はいたが、この世界での知り合いはまだ使用人とカナトぐらいで、友人と認識するには距離も感じてしまう。

 友達と言える人が居ない。

 心の声を誰に話せばいいのか分からず、自身がまるで狭い箱の中にいるように思えてくる。

 これが孤独なのだろう。

 思った事、感じた事を誰にも話せない日々はいつまで続くのかと考えると、目に涙が込み上げてきた。


「帰りたい……」

 

 大阪での日常は、辛くはあったが恵まれてもいたのだと日々を走馬灯のように思い出す。

 学生時代の友人は、声をかけるのが苦手なリオをよく知り、定期的に連絡をくれては、最近の面白いゲームをよく聴いて語らせてくれた。コンピュータが壊れたら、リオに来て欲しいと一緒にショップへ行ったり、グッズ店に足を運んだ日々が懐かしい。

 新年度が始まるこの時期はお互い忙しくて、暫く会えておらず寂しさも募ってしまう。


「ねよ……」


 孤独に押しつぶされる前に、リオは結局メイクも落とさず布団を被った。

 結局どこに居ても同じ事をしている自分が悔しくて情けない。起きたら大阪である事を祈り、リオは一度意識を落とす。


 


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