第4話 日本国と通信技術

 日を跨ぎ三日目の朝。リオはその日もカナトへ午前のお茶へと誘われていた。

 彼の日課らしい朝のティータイムは、毎日微妙に場所が違い。今日は屋敷を正面から静観できる東屋の下で開かれている。広いテーブルへカナトしか居ないその光景は、まるで周りの景色が彼のためにあるようにも見え、リオはまたしばらく見惚れていた。

 向かいの席へと進められ、注がれてゆくお茶は昨日と色が違う。少しだけ顔色が違う事へ気づかれ、リオは渋々昨日のことを話した。


「日本国への帰り方か……。私も興味深いが……」

「手がかりだけでも、探したいとは思っていて……」

「ふむ。私も『日本』には興味がある。協力したいと思っているが……」

「ありがとうございます……!」

「しかし何もなければ探しようもない。もう少し詳しく話せるか?」


 リオは思い出せる限りの日本の情報をカナトへ話した。うろ覚えの神話から始まり、島国であることとこのオウカのようにかつては君主制であったことを説明する。


「なるほど、ではその君主『天皇』はどれ程の年数の歴史があるんだ?」

「確か、千年ぐらい?」


 カナトが絶句して驚いていて、リオは思わずみじろいでしまった。それはあまりにも想定外の反応だったからだ。


「それはとんでもないな」

「そうなんですか?」

「我が国ガーデニアとオウカが一つであった頃が、約500年前。ヘヴンリーガーデンが国として成立したのが、早くとも700年前とも言われている。これでもこの大陸の中で最も歴史が古いが、日本はそれを優に超えるのか、お見それした」

「天皇陛下の先祖は天照大神……雨を降らしたり晴らしたりできる神様です」

「アマテラス……?」


 カナトが僅かに反応を示し、リオは手ごたえを得る。これはカナトにも聞き覚えのある単語だとわかるからだ。


「東国の信仰する神々の中にそのような名前があったような覚えがある」

「本当ですか!?」

「東国は、王族を神とするオウカとは違い。八百の多くの神が存在していると言う多神教の国だ。その中の確か上位神の一柱として、アマテラスが祀られていた覚えがある」


 繋がりが見え、リオは心が跳ねるようだった。帰れるかもしれないと言う希望も見えて思わず身を乗り出してしまう。


「行ってみたいです! 東国!」

「しかし、彼の国は遠く、移動には一日がかりだ。すぐには無理だが、『ブロードバンド回線プロジェクト』で、東国に隣接する土地へ赴くので、足を運べばいいだろう」

「そうなんですね……!」

「あぁ、今日は『ブロードバンド回線プロジェクト』の会議だ」


 会議? と首を傾げてしまうが、カナトはワゴンの中段から資料を取り出して広げてゆく。それはこのオウカ国を拡大した地図で、詳しい地名などが詳細に書かれていた。


「まず私達の目的は、すでに着工している首都とカレンデュラ領を除く5つの領地へ、新たな通信回線を引き直すことを目的とする。現在のオウカ国は、電話線にて各土地へ通信が繋がっているが、インターネットへ接続するには低速で接続すれば電話回線を圧迫されてしまう。この環境から打開し、より多くのデータ通信を実現する為には、インターネット専用回線となる『ブロードバンド回線』を普及させることが必要で、これが当面の目的だな」

「なるほど……」

「引き直しといっても、電話線を無くすわけではない。あくまでインターネットの為に新しく引くものだ。そして、もう一つ……」


 カナトはワゴンからさらに新しい機器を取り出す。それは日本国にもある片手サイズのスマートフォン端末でリオは思わず二度見した。


「スマホ?!」

「これは我が国の最新の情報端末、『通信デバイス』だ。ガーデニアでは、これをケーブルで繋ぐ必要はなく無線でのデータ通信が可能だが、リオは知っているか?」

「知ってます! 日本ではモバイルデータ通信と言って、今確か4Gから5Gに変わってる最中でした!」

「そこは同じ名称だったか。そうだ。アナログ通信となる1G通信から発展し、我が国ですら未だ4Gだと言うのに、やはり日本は進んでいるな」


 通信回線の技術的なフェーズが、数字によって当てはめられている。一般的にナローバンドとも呼ばれる電話回線を用いたアナログ通信は、第一世代「1G」と回線と呼ばれ、主に音声通信として利用されていたものだ。

 ここから第二世代「2G」になるとデジタル化され、インターネットへ利用されるようになる。さらに第三世代「3G」になると通信の高速化が行われ、「4G」でさらに早くなっていた。


「5G通信は、4G回線の更なる高速化だけじゃなくて遅延が起こりづらいのです」

「なるほど、後で詳しく聞かせて貰おう。アークヴィーチェ・エーデル社は、このオウカ国の『1G』環境を一気に『4G』へ塗り替え、どこを歩いていてもインターネットへ繋ぐことができるようにするのが最終目標だ」


 カナトの表情は自信に溢れ、リオもそれにつられてしまう。これから始まる国を巡る旅は、希望に溢れているようにも思え、まるで子供のようにワクワクもしてきていた。


「しかしこのプロジェクトを始める為にまだは多くの壁がある」

「分かります。工事が必要だし、周辺住民の理解もいりますよね……」

「それもあるが、現在のアークヴィーチェ・エーデル社は、オウカの国の企業ではあるがオウカの人々にとってはいわば外国人の企業になってしまったんだ」

「外国人?」

「我が家がこの国営企業を買い取る時、国内の通信を外国のガーデニア人が管理する事への反発も強く、偏見を持たれているのは間違いない。ガーデニアは国内通信を牛耳り、いつか乗っ取るのではないかと……」

「……なるほど」

「そこで、オウカ人の方々と我々の友好を印象づける為に、私達の護衛としてオウカ国の騎士を連れてゆきたい思っている」

「オウカ国の騎士? セドリックさんですか?」

「セドリック・マグノリア殿は、騎士団へと所属していて、このような事に時間を割くのは論外だが、一人適任がいる」

「適任……?」

「オウカの騎士、タチバナ家の長男殿だ。タチバナ家は、何世代も王家へと仕える騎士の家であり、オウカ人ならば一度は名前を聞いた事ある名門騎士でもある。その彼らとこのプロジェクトを進められればガーデニアとオウカの友好を示しつつ、スムーズに事を運べると考えている」

「なるほど……! でも騎士さんって忙しいんじゃ?」

「長男殿はまだ学生で、私とも年が近い。間も無く春休みだと聞いているので、この期間に同行を願えれば興味次第では受けてくれるだろう」


 手際がいいとリオは思わず拍手をする。18歳だと言うカナトが、これから始動するプロジェクトの根回しだとも分かって感心してしまった。しかし、オウカとガーデニアは、昨日現れたセドリック・マグノリアの存在をみると、そこまで仲が悪いようには見えず、何のために行うのか疑問が残ってしまう。


「あの、そこまでやるのは、やっぱり何かガーデニア人とオウカ人の間に溝があったりするんですか?」

「深く理由があるわけではない。だが最近は情勢が思わしくなく、国民が外国人へ不安を持っているのは事実だ。よってここで『ガーデニアは敵ではない』と言う印象をもってもらうのも大切だと考えている」


 繰り返される外国からの圧力に国民達が疑心暗鬼になっていると言う事だろう。リオもまた警戒されていたように、外国人の流入を防いでいるのは、やはり疑っている事は明白だからだ。


「父上は、せめて今の情勢が落ち着くまで様子を見るつもりだったようだが、七年後に控えた王子の誕生祭に間に合わせる為には、悠長な事をしてられない」


 具体的な年数がでてきてリオは驚いた。回線を繋ぐ工事は、土地が広大であればある程に時間を要し、資金もかかる。このオウカ国がどれほどの広さがあるのかは不明だが、国内の土地全てをつなぐのなら七年はかなり短くも思えた。


「この国ってどのくらい面積があるんですか?」

「確か、北南で1500キロ、西東で1000キロぐらいか……?」

「広くないですか??」

「広いぞ。人口は一億五千ほど、ちなみにガーデニアも面積は同じぐらいで、人口は3億だ」


 合計4億の人々がガーデニアとオウカへと住んでいる。日本の4倍の人口に国力の差を見せつけられた気分だった。


「とにかく、今の目標はタチバナ家だ。リオにも是非、同行してほしいが……!

「わ、私ですか? それは、いいですけど……何ができるのか……」

「今回リオを誘いたいと思ったのは、私が是非リオへの国を見せたいと思ったんだ。まだこの邸宅に出たことがないだろう?」


 言われればその通りだった。

 アークヴィーチェ家の池からきて、入国の手続きやカナトと仕事の話をしていたら、もう3日も経っている。ガーデニアの国籍を得たリオは、正式にオウカへの入国許可も降りていて、邸宅敷地から外へとでられるようになっているからだ。


「そういうことなら是非一緒に行かせてください!」

「わかった。では案内しよう、タチバナ家には午後から向かうので、リオも準備ができたら家のエントランスへ来てくれ」

「もう!?」


 あまりにも突然で詳しく聞き返すと、カナトは数日前からタチバナ家へ連絡をとり、約束を取り付けていたらしい。

 初めに行って欲しいと思い、リオは駆け足で居室へともどるが、冷静になるとリオの持ち物は身分証明書と着てきた衣服しかない。焦りながら色々考え、リオは使用人から筆記用具とトートバッグを借りてエントランスへと向かった。

 するとそこには、すでに白服の女性が立っていて、こちらへにっこりと笑顔で迎えてくれる。


「リオ様。ごきげん麗しゅう」

「たしか、サクラさんですよね。こんにちは」

「覚えて頂き光栄です。改めてでありますが、本日ご同行させて頂く、サクラ・モルガナイトです。よろしく願いしますね」

「よろしくお願いします」

「昨日の言葉どおり、誠心誠意護衛させていただきます」

「護衛? 街ってそんなに治安悪いんですか?!」

「悪いと言うか……カナト様が巻き込まれないようにする為ですね。一応あの方は、このオウカでは、この国の王子殿下と対等にお話できる立場なので……」 

「そそ、そうなんです?!」

「はい。政治的な権限はないですが、何かあってからでは遅いですから」


 外交官と言う立場を詳しくは知らず、リオはとんでも無く無礼であったのではないかと怖くなった。「王子と対等」と言うこの場の意味は、「一億五千人の頂点」とも言えるからだ。


「リオ、待たせたな」


 バトラーと共に階段を降りてきたのは、身支度を整えたカナトだ。彼はサクラへ荷物を預け、和かに現れる。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません!」

「カナト様、本日は本当にモルガナイト卿のみでよろしいのでしょうか……」

「ぞろぞろと人を連れて行っても萎縮されるだけだ。信頼を得る為にまずはこちらから歩み寄る」

「それは重々に理解しているのですが……」

「なら話は終わりだな。サクラ、リオ、行こう」


 執事はため息をつきながら、三人を見送っていた。立ちこめた不穏な空気にリオは思わず礼をして屋敷をでるが、サクラの方は小さく笑っている。


「信頼といって、本当は大所帯になるのが嫌なのでは?」

「そうだな。大人数は好きではない。本当は2人だけで出掛けたいぐらいだ」

「なるほど、それではあらぬ誤解を産んでしまいますね」

「サクラは話が早くて助かる」

「な、何の話ですか?!」

「リオ様。御曹司は貴方を大切にされていますよ」

「はい??」

「いちいち口にするな」


 カナトは目を合わせなくなり、リオは余計に分からないが、大切にされていると言う言葉の意味を深く考え、顔が沸騰したように熱くなっていた。


 邸宅の庭の隅にある門は、自動車が出入りできるように巨大で、サクラがロックを外し、引くようにその扉を開けてくれる。

 そして格子の向こうに僅かに見えていた世界がクリアになり、驚きと衝撃が走った。


 その世界は、自動車が数多走り高層ビルが立ち並ぶ、正に日本の「大阪」に近い風景だったからだ。


 


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