第3話 ガーデニア外交大使

「アークヴィーチェ邸へようこそ。スズキ・リオ」


 そこは、まる玉座のような場所だった。赤い絨毯がしかれ、奥は一面の窓が貼られたそこは、床も一段上げられた特別な空間が広がっている。

 窓の中央には、天秤の紋章が描かれた巨大なタペストリーも下され、その中央にいる人物はまさに『王』と言われても相応しい風貌をしていた。

 カナトと同じ茶髪を短くしオールバックにする彼は、実務机に座ったまま、まるで久しぶりに訪れた旧友を見るようにリオを観察する。


「池に落ちたんだろ? 大丈夫だったかい?」

「え、は、はい。御心配をおかけしました。カナトさんのお陰で風邪も引かなかった、です」

「なら良かった」


 中央にいるカナトの父、ウォーレスハイムに気を取られていたが、執務室の隅には男女が立っていて緊張した空気が漂っていた。

 左側へ澄まし顔をしているのは、白を基調としたまるで軍服のような衣服を纏う女性だ。髪は短く顔立ちはとても若くみえ、女性の中では小柄なリオと身長は変わらないように感じる。

 そして、右側の凛とした表情を崩さない彼は、青を基調としたネクタイとベストに、コートを羽織る男性だ。光を受けて輝く金髪は、日本における『白人』を連想させ、まるで役者のような整った顔立ちをしている。


 似ているようで、まるでデザインが違う衣服の二人にリオは制服の男女の違いなのだろうかと素朴な疑問を抱くが、中央のウォーレスハイムは、まるで司祭を連想させるような高貴な衣服を纏い、この場で最も地位が高いことがわかった。


「一応、アンタが入ってきたって言うんで監視カメラを確認したんだが、どこから入ってきたのか全く持ってわからなかったよ。やるじゃねーか」

「そ、そんなつもりはなかったんです。そもそも、私も気づいたら池にいたので……どうやって入れたのかわからなくて……」

「ふーん? まぁ、うちもそこまで雑じゃねぇからな。この邸宅のネットワークをメンテナンスしてくれたなら無断侵入に関してはチャラにしておくよ。助かった」

「殆ど治すところはなかったです。アップデートしただけで……」

「マジか? しょうがねぇな、アイツ……」

「え??」

「まぁ、きにすんな。それで? 単刀直入に言うが、我が家に何の用だい? みた所オウカ人だが……」


 想定されていた質問でリオは動じなかった。本当に何もないなら、リオはここへ滞在する意味もないからだ。


「あの私は、実は何の用もなくて……本当に気がついたらここに居たので、用事もない、と言うか……」

「俺に用事があるんじゃねーのか?」

「強いて言うなら、ガーデニアの国籍が欲しくて、でもそれは、ここに来たらそれが無いとどうなるかわからないって言われてたので……」

「ふーん? なら作ったとして何につかうんだよ?」

「ここで働きたいと思ったんです。行く場所も、ないので……」

「ここでか? まぁ特に悪い事してねぇから、それはいいんだが……」


 え? とリオは顔を上げる。ウォーレスハイムは手元へ何かを書きながらさらに続けた。


「せめてどこから来たのか話せないか? 俺からすれば、アンタは名前しかわからない異人だぜ」

「あ、はい、すみません。私は日本国の大阪から来た。日本人です」

「日本人? 聞いたことない国だが、証明書はあるかい?」


 リオは、カナトへと見せた身分証を取り出した。横にいた白服の女性は、リオが取り出したものをトレイへと受け取りよくみてからウォーレスハイムへと届ける。


「文字はオウカに似てるな……。この連なってる名前は?」

「私は、日本企業のシステム管理部に勤めていてその方は、部署の課長です」

「そう言う概念はあるのか……他には?」

「このお洋服に……」


 ジャケットのタグに書かれた英字に、ウォーレスハイムは鼻を鳴らしてそれを見ていた。信じても疑ってもいないような顔だが、カナトの時ほど手ごたえを感じず、不安にもなってくる。


「とりあえずわかった。まぁ俺は、別にアンタが外国のスパイだろうが、家出女だろうがどうでもいい」

「は……?」

「俺が求めるのはただ一つ、我が国ガーデニアへ、アンタがどんな利益をもたらしてくれるのかだ。なんでもいいぜ。俺らの後ろ盾を使ってオウカの宮殿の情報を流してくれても構わない。他にも中小企業に入って技術をみてくるとかか? オウカのモノづくりの技術はガーデニアでもかなり買っていてね。流してくれるなら助かるわ」

「……」


 まるで当たり前のように話された言葉へリオは絶句していた。そしてつい先ほどカナトが話していたことが頭によぎる。

 彼は自分の価値は自分で示すものだと話してくれたからだ、信念を貫くことこそが、人格的な信頼を獲得できるという事だとリオは解釈する。


「そんなのは、嫌です……」


 すっと出た言葉だった。

 国籍を与えてくれるであろう相手に言うべき言葉ではないと、リオも重々に理解している。しかし、友好的な対等であるべき相手に対してとる態度ではなくリオはウォーレスハイムがどうしても許せなかった。


「オウカとガーデニアは、友好関係にあるって、カナトさんは言ってました。そんな大切な友達に貴方は何て事をさせようとしてるんですか! 私はそんな事をやるためにここにいる訳じゃない!!」

「はぁ? じゃあ何しに来たんだよ」

「分かんないです。でも、そうじゃない、そんな事したくない。私は色んな人の役に立ちたいって思って社会にでたんです。だから、もしやるなら、この私の技術でこの国の人の助けになることがしたい……!」


 言い切ったリオに、ウォーレスハイムは目をまんまるにしていた。二人の男女は無表情のまま何も言わず話を聞いている。

 その場に静寂が訪れる中、突然ノックから、返答が待たずカナトがはいってきた。


「ご機嫌よう、父上」

「カナト……入れ知恵したな?」

「私は何もしておりません。それはそこにいるセドリック・マグノリア殿に聞いて頂ければわかるかと、彼はオウカの異能【読心】

を持つ騎士だ」


 わけがわからないまま、リオがカナトの手の先をみると、青のジャケットを羽織る男性がゆっくりと頭を下げる。

 そして異能【読心】と言う言葉にも驚き、リオは改めた目をやった。


「ご紹介に預かり失礼致します。カナト様の仰る通り、このスズキ・リオより感じられる心に嘘はありません。そしてカナト様にも」

「ほぅ……」

「父上、私はリオ殿へ自信を与えたに過ぎません。よってこの大前提からお話を」

「何だい?」

「数年前に貴?買い取った旧桜花通信公社、現アークヴィーチェ・エーデル社の株式を、全て私へと譲渡して頂きたい」

「はぁ??」

「私はこのリオ殿と共に、アークヴィーチェ・エーデル社が構想するオウカ国での新たな情報網専用回線『ブロードバンド回線』へのやりかえプロジェクトを率い、オウカ国への信頼を勝ち取りにゆく。父上すら難航している全土地の公爵家と交渉し、全ての都市をガーデニアの新たな技術で繋ぎ直しましょう」


 リオが再び言葉を失いカナトを見る。「ブロードバンド回線」とは、電話回線から更に発展した大容量のデータをやり取りするためのインターネット専用回線のことを指すからだ。

 アークヴィーチェの運営する会社へ参加して欲しいと話されていたリオだが、プロジェクトの参加にまで確約されているのは想定外で呆然としてしまう。


「本気か?」

「当然です。リオ殿のコンピュータ端末の知識は本物、私は彼女の協力を得て必ず成し遂げるでしょう」


 自信に満ち溢れたカナトの言葉へ、ウォーレスハイムは眉間に皺を寄せて考えている。リオと目線を合わせては、脇のセドリック・マグノリアを見、さらに逆側のすまし顔の女性もみた。


「本当にできんのか?」

「できます」

「家のネットワークですらまともに管理できねぇのに?」

「それはリオ殿がどうにかしました」

「アップデートだけだろ。……そっちのスズキ・リオ的にどうなんだ?」

「え??」

「コイツにできるか?」

「できます! 父上、私はーー」

「初級の情報試験に通ったぐらいで浮かれてんじゃねぇよ……」


 カナトは顔を真っ赤にして怒っている。張り詰めた空気は一気に壊れ、親子喧嘩を見ているようだった。

 その中で聞かれたことには答えなければと考え、リオはカナトに対して率直な印象を口にする。


「カナトさんなら……大丈夫だと思います。私はこの人に自信をもらいましたから……」

「ふーん。えらく気に入ったんだな」

「へ?」

「父上! 揶揄わないでいただきたい!」


 親子喧嘩がエスカレートしそうな雰囲気の中、後ろにいた青の服のセドリック・マグノリアが咳払いを行う。彼は少し不満そうな表情を見せながら、ウォーレスハイムを睨んでいた。


「お話はお済みでしょうか」

「おう、悪いな。そんなわけでスズキ・リオ嬢はガーデニアで引き取る。これならオウカ宮殿も文句はないだろう?」

「はい」

「オウカ宮殿?」

「……改めてご挨拶を、私はオウカ宮殿・宮廷騎士団ミレット隊中隊長、セドリック・マグノリアです。本日は、少々ばかり貴方を試させていただきました」

「え……」

「もし、リオ殿が父上の提案に乗っていたら、その場で捕えるつもりだったのでは?」

「は……」


 真っ青になるリオへ、セドリックは少し申し訳無さそうな微笑で口を開く。


「えぇ、オウカとガーデニアは友好関係にあります。いくらガーデニアの国益の為とは言え、我が国が不利となる者を入国させるわけには行きません。情報漏洩の可能性を視野に入れ、ブラフをかけて観察させていただきました」


 リオは何も言えなかった。一言間違えていれば、逮捕していたと彼は言っているのだ。


「ガーデニアとしては、俺らに有利になるなら何でもいいのは嘘じゃない。でもそれじゃ、オウカに悪いからな」

「加えてセドリック・マグノリア殿は、このオウカの七つの異能の一つ【読心】を持ち、相手の心を読むことができる。この機に伺いたいが、マグノリア卿。リオ殿の話はどこまで本物だろうか? 心を読むことのできる貴殿なら、彼女の言葉の真実性を見抜くことができるのでは?」


 カナトの解説にリオがふと我に帰る。昨日の夜に読んだ歴史本にかかれていたオウカ国の七つの異能。その中の一つにあたる【読心】は、相手の心を読み、戦いを有利に進めると言う。


「ある程度は。しかし嘘をつく者は、ついた本人ですら思い込みによって信じ込んでいる場合もあります。それを大前提としてお話するのなら、スズキ・リオ殿の言葉には、嘘をついている者の心の動きを感じる事はできなかった」

「……!」

「『日本、大阪』とお話されたとき、貴方はその大阪と言う都市を思い浮かべ、仕事をしている自分を連想したでしょう。残してきた部屋の情景を、私は【読心】によって受け取りました。嘘をつくもののイメージは、言葉のみである場合が多数ですが、明確な情景イメージが浮かぶのは、貴方自身が経験したからこそであり、嘘ならよほどの想像力が豊かな作家とも言える」

「ほーぅ」

「日本が存在するのか?」

「スズキ・リオ殿の心を信用するのならば、そう言えるでしょう。続けるのなら、かの国は、このオウカの国と酷似している。言語も変わらず、辛い思いをされていたのも感じました」


 セドリックは少しだけ同情的な表情を浮かべ、リオの前へと膝をついた。彼は表情を緩め、笑ってくれる。


「非のない貴方を疑ってしまった事、騎士として心から謝罪致します。貴方が我が国の事を思い、我が国の国民の為に尽力して頂けると伺い、私は罪悪感すらも抱いてしまった。もし何か困ったことがあれば宮廷騎士団へご連絡を、私が力になりましょう」


 リオは泣きそうになる気持ちを必死に抑え頷く。自分の考えを話しただけなのに、彼らはそれを尊重してくれると言うのだ。


「……ありがとうございます」

「ご活躍を期待しております」

「ウォレス様……」


 賑やかになる執務室にて、部屋にいたもう一人の白服の彼女が声をあげる。彼女は背後の棚へ収められていたシルク製の書類フォルダを取り出し、全員へと見せた。


「あぁ、書かねえとな」

「これは……?」

「リオ殿へガーデニアの国籍を付与するための書類だ。他にもアークヴィーチェ・エーデル社の雇用書類も書いて頂けなければならない」


 書類を持ってきてくれた彼女は、にっこりと笑いかけてくれる。その笑みは花のように可愛らしくリオは思わず照れてしまった。


「ご機嫌よう。私はガーデニア、セブンオーダー『フィーア』。アークヴィーチェ邸管轄のサクラ・モルガナイトです」

「セブン、オーダー?」

「セドリック・マグノリア殿は、オウカ国の宮廷騎士団だが、セブンオーダーは、ガーデニアの騎士団を指す、サクラは我が家アークヴィーチェの敷地を守る12名の騎士の1人だ」

「警察ではないんですね……?」

「警察は外国の自治組織だな……。オウカとガーデニアは、君主制の政治を行っているので、各領地の土地は領主が守っている」

「リオ様は、私が誠心誠意お守りさせて頂きますね」

「お守り……?」


 首を傾げているのも束の間、ウォーレスハイムは机を大きく叩いて視線を寄せる。


「じゃあ、早速だがオウカの騎士の監修の元、必要書類を準備するぞ」


 ウォーレスハイムの一声から、それは始まった。彼はリオがカナトから書類説明を受けている間、邸宅内のありとあらゆる場所へ内線を飛ばし、使用人たちへあらゆる書類をもってこさせる。

 それはガーデニアの雇用届けだけに止まらず、外国での生命保証。保険、健康面での届出、顔写真撮影まで必要で、いくら書いても次々に書類が出てくる。


「リオ殿、苗字と名前が逆ではないか? これだと、リオ・スズキになるぞ?」

「だい、大丈夫です。リオが名前だし……」

「そ、そうだったのか……!?」

「なるほど……。日本国ではファーストネームが家なのですね」

「えっ、えっ?」

「すまない。てっきりリオの方がミドルネームだと思い込んでいた。これからはスズキ嬢と呼ばせていただく」

「え、いえ、いいです! リオで、呼び捨てで……大丈夫ですから、その方が嬉しいです」

「そう、か? では私も……」

「カナトさんは、カナトさんで! ほら会社的には上司? になるんですよね」

「ふむ? そうか……」

「さっさと次書かねえとセドリックが帰っちまうぜ?」


 リオはハッとして慌ててペンを走らせていた。保険書類を書く上で、リオは名前だけでなく年齢や健康面での質問に答えてゆく。


「リオは21歳か、若いねぇ」

「そうですか? そういえばカナトさんはーー……」

「私は18歳だ」

「えっ?? 未成年!?」

「何が問題でも?」

「いえ、その……」

「悪いな。まだまだガキなんで苦労させるわ」

「父上!!」


 昼食休憩を挟んでも続き、オウカ国へ入国のための質問シートに答えたり、働きに来た理由なども、セドリックの元で確認されつつ書いてゆく。

 驚いたのは企業の雇用体制の中へ保険が含まれ、給与から自動的に失業時の積み立てが行われている事だった。また、事故に巻き込まれた際の入院日も保険がおりてある意味日本よりも手厚く感動する。


「社会保障?」

「雇用保険だな。我が社は雇用契約を結ぶと積み立てが行われるので、失業しても安心だぞ。60代まで働ければ積み立て分の給料は帰ってくる」

「日本もあります。そう言うの」

「それは素晴らしい先進国だな」


 様々な書類を全てを書き終わる頃には、時刻はもう夕方になっていた。セドリックが束になった書類を添削し、受け取ったウォーレスハイムは国籍発行のサインやアークヴィーチェの家紋を捺印する。


「よし、お疲れさん」

「は、はひ……」

「これで、国籍カードを本国へ手配ができる。届くまでは、この書類を無くさないように持っとくんだぜ」

「あいがとぅ、ございます……」


 渡された書面は、驚くほど達筆で感動もしてしまった。そしてたったの今、リオはガーデニア人として登録されたのだ。


「これでリオは、今日からガーデニア人だ。よろしくたのむ」

「はい、頑張ります」


 書類ばかりの日を終えたリオは、その日、アークヴィーチェ家の親子の晩餐へと招待された。ウォーレスハイムとカナト、リオと並ぶ食卓には、カナトの母と思われる女性は居らず三人で食卓を囲む。


「あの、さっきセドリックさんが言ってた【読心】がオウカの異能なんですよね?」

「そうだ。良くご存知だな」

「昨日、ジョセさんからお借りした本で読んだんです。本当にそのまま言い当てられてびっくりしました」

「【読心】にも、読める読めないには相性があるらしく私もヒントは話せなかったが、リオなら問題はないと確信があった」

「そ、そうですか……」


 オウカの王族、オウカ家が引き継ぐ7つの異能は、先代が天より降ろされ、それは国を守る人々へと貸し与えられている。

 一つ目は、未来を見る【未来視】

 二つ目は、世界を見渡す【千里眼】

 三つ目は、心を見通す【読心】

 四つ目は、視界より消失する【認識阻害】

 五つ目は、傷を治癒する【細胞促進】

 六つ目は、筋力を強化する【身体強化】

 七つ目は、人々を隷属させる【服従】 

 

 この七つの異能は、土地を治める公爵家を介して騎士達へ貸与されている。


「マグノリア卿は【読心】だが、騎士団にはこの七つのうちどれかを持った騎士達で溢れている。彼らはこの力で周辺国を牽制しながら歴史を紡いできた」

「なるほど……」

「我が国ガーデニアにとっても脅威である事は間違いない。なぜなら国が分れてから、オウカのガーデニアは再合併のために幾度となく争いを繰り返したが決着がつく事はなかったからな」

「間違ってるぜ。負けたから分断したままなんだよ」

「それはガーデニアの教科書には乗っていない事実ですね」


 この親子はいつ喧嘩になるかわからず、リオは聞いていてヒヤヒヤする。しかし、オウカ国にとって異能は、外国からの侵略を防ぐ抑止力にもなっている事は理解した。


「異能って普通の人も使えるんですか?」

「届出をだせば誰でも使えるようだが審査が厳しく貸与期間も決められていて、申請から貸与まで数ヶ月はかかるらしい。平民には敷居が高いな」

「ばら撒きすぎても悪人が増えるだけだけだからな」

「あと申請が通った後、欲しい異能をもつ領主の元へ会いにゆく必要もある。公爵クラスの土地を移動するのは、どこも一日がかりなので、なかなか手間もかかるな」

「カナトさんは使われないんですか?」

「外国人は、なおのこと敷居が高い。借りようと思えば借りれるだろうが、私は騎士ではないし、そこまで興味はそそられないな」

「リオは欲しいかい? オウカの異能」

「興味はわきましたけど、あってもなって言うのはあるので……」

「そうかい?』

「オウカを巡ればそれぞれの異能使いにも出会えるだろう。旅の楽しみにとっておくといい」


 旅といわれ、リオは心が踊るような気分にもなった。カナトの言う通り、何も知らない土地への赴く、まさに未知の冒険とも言えるからだ。


「その話だが、カナト。オウカの各土地へいくのはいいが、カレンデュラにはいくなよ?」

「なぜですか?」

「カレンデュラ……?」


 オウカ国の土地は、異能をもつ七人の公爵に支配権がある。

 一つ目は首都中央、クランリリー領

 二つ目は北西側、ハイドランジア領

 三つ目は西側、マグノリア領

 四つ目は南西側、ローズマリー領

 五つ目は南東側、ウィスタリア領

 六つ目が東側、サフィニア領

 七つ目が北東、カレンデュラ領だ。


「北東領曰く、カレンデュラ領は、さらに北東側にある外国ジギリダス連邦に隣接してて、ここ数十年の間でも難民やら不法入国者が後を経たない。未成年のお前が行く場所じゃねぇよ。それに、カレンデュラ領は、もう俺が公爵家との交渉は終えて首都と同じく着工に入ってる。お前らの出番はないさ」

「ちゃんと進んでるんですね」

「当たり前だよ。ただ、首都の地下配線工事が想定よりも時間がかかっててな、首都をモデルベースに広告を打ち出しながら広めようとはしてたんだが……」

「しかしそれでは、王子の二十歳の誕生祭に間に合わないのでは?」

「……そうだな。地下工事はこの宮殿が構える都市に絞りつつ他の都市は空中配線で繋ぎ直せれば、今から始めてギリギリ間に合うかってところか」

「誕生祭に間に合わせる必要があるんですね」

「いい宣伝になるだけ、とも言いたいが、この国の抑止力として王子の存在を誇示することとに合わせ、ガーデニアのバッグアップを全面的に押しだせば、連中はとても手出しはできなくなる。いくら王家が衰退したと言っても、ガーデニアまででてきたら、攻め込んでも負けるだけだからな」

「衰退、ですか?」

「この国の王家は、本当の意味で危機に瀕している。現王の兄弟は2人消え、継承権のある王子はたった1人だ。その兄弟の姫君すらもいない。故に襲撃も後は立たず、外出もかなり制限されていると聞く」

「まぁ、王家が途絶えたらこの膨大な資源のある土地で、ガーデニアかジギリダスの争奪戦が始まるのは目に見えてるし、ガーデニア的にはここで恩を売りまくって、王家の衰退に合わせて『平和的占領』ができれば理想なんだがな」

「自治権は無理なのでは? 国民への救済を建前にしても王家の遺恨を残さないことには国民が納得しません」

「まぁ、君主制から別の政治をやらせるのも無理があるか……」


 少しずつついて行けなくなり、リオは口を挟むのをやめた。その後も延々と政治について話す2人に、リオは自身の父のことを思い出す。

 リオもまた、奈良県に住んでいた父とコンピュータについて多くのことを語り合っていたからだ。


「父上は横暴すぎます! もっと国民の意図を汲み取った政治を考えるべきだ!」

「話ができたら苦労しないんだよ! いいか? 世の中には原理を考えられる人間と考えられない人間がいるんだ!」


 また喧嘩している。少しずつ慣れてきて、リオは苦笑しながらアークヴィーチェ家の夕食を終えた。そして居室へと戻り、使用人へ素朴な疑問を口にする。


「カナト様の母たるアークヴィーチェ家の奥様は、カナト様が物心つく前に病気で亡くなられております」

「そうなんですね……」

「お二人とも特に気にしておられないので、直接お伺いしても大丈夫でしょう」

「ありがとうございます。すいません、気になって……」


 リオは、付き添ってくれた使用人へカナトの母の事を聞いていた。

 仲のいい親子ではあるが、両親が健在のリオにとって、母が居ないのは少しだけ寂しそうにも見えてしまったからだ。そう考えるのも、リオ自身が故郷の奈良県へ両親を置いてきてしまったからにある。 

 

 元気にしているだろうかと、思いを馳せた。最後に会ったのはたしか新年の長期休暇だ。そこからすぐに大阪へと戻り、ろくに話しもできないままだったが、いざ会えないと思うと、何故か突然胸が締め付けられるような感情を得る。

 一昨日まではいつでも会いに帰れたのに、今はもうどうやって帰り会いにゆけばいいかわからないからだ。


 しかしまだ心には余裕がある。

 カナトとウォーレスハイムに歓迎され、受け入れられていると言う実感が湧いたからだ

 仕事のスキルが認められた事は、リオにとってこれ以上のない幸いだった。が、これが不要になった時、どうなるのだろうと不安が溢れてくる。

 やることはできたが、何も知らない、何もわからないここで、果たしてそれが正しいのかもわからないからだ。


「がんばらな……」


 ベッドへ横になると、条件反射で眠気が来る。寝れるうちに寝ておこうと、リオは着替えもしないまま意識を落とした。


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