第2話赤い瞳の女の人
<その2>赤い瞳の女の人。
誰もいない。日曜日の…校庭の真ん中に。
その人と。私と妹のクララ。三人だけがいました。
校庭の(ハシのほう)には。サッカーのゴールがあり。
危険防止のために(横倒し)になっていて。
ときどき…カラスたちが。
止まったり飛んだり。そして止まったり…してた。
カア〜〜。カア〜〜。カア〜〜〜。
バタバタバタッ。バサッ。ガア〜ガア。ギャア〜〜ッ…っと。
もう。すっかり。
黒いカラスたちの(お庭)に…なっていました。
ポン…ポン…♪…ポン。
と…目の前の女の人。
サッカーボールを手に持つと。キリッと…こちらを見たんです。
ビクッ‼︎…っとしました。
私もクララも。だって。その女の人と。目が…合ってしまったからっ。
その。なんか。赤い目で…まじまじ見つめられると。
ゾクッ…とします。
……あっ。赤い目って。(瞳)が赤いんだっ⁉︎
(赤い瞳)が。夕焼けの太陽みたく。ボワッと燃えて…(底光り)してるんだ。
そうなんだっ。
はなれて見てたから気づかなかった。
赤い目って。瞳が…赤いんだっ‼︎
でも。やっぱり小さい……。女の人……。
私と同じくらいの…背い?
小さくて細くて…綺麗な人。本物の美人でした。
クララも。そう。感じてた感じ?…みたいだったけど。
クララね?
やっぱり。まだ…不安いっぱいらしくて。
私の影に(かさなって)は。かくれてね。チョロッと見てる?…感じでした。
ポン…♪
と…サッカーボールを地面にたたくと。
強くはね返った音が…ひびく。
オレンジ色の早い夕暮れに。
黒いカラスたちも…乱暴に飛んでる。
ここは。
誰もいない。世界で三人だけの。日曜日の校庭。
そして。
かすかに笑ったの。赤い瞳の女の人が。
……シーーーン………………………………。
クララ「おねえちゃあん?……」
わたし「だいじょうぶ。だいじょうぶ……」
クララ「なにするの?……」
わたし「わかんない。だいじょうぶだからっ」「お姉ちゃん。いるからっ……」
……なんのことだと。思いますか?
その女の人。
足元にボールをおくと…スススッと。
後ろを見ずに。何歩か後ろへ下がってから…止まってね?
そして…また。かすかに笑ったの。赤い瞳で。
オレンジ色の夕焼けが。その人の…白い顔を(ほんのり)そめていて。
うん。笑顔がね。とっても綺麗で。
かわいい(くち)が優しく笑うと。ますます。綺麗でした。
ああ……。
私もクララも。はじめての体験…経験…冒険でした。
だから。
今の時間を…無くしたくない。
この。今を。ずっとずっと…とっておきたい。
そんなふうに思ってた……。
だから。
忘れたくないし…忘れない。
……この現実が。夢より。もっとスゴい瞬間でした‼︎
なんか予感がしたのかな?
カラスたちが…いっせいに飛び立って。
なんか。ギャア〜ギャア〜鳴いていたっ。
鳴いたって…わめいたって…知らないよっ。
校庭のハシの…横倒しのゴールの。
その。もっともっと向こうの先には。
さっきより。少しだけ(ふくらんだ)ように見える…春の太陽が浮いていて。
オレンジと。黄と。白が…まじった色になっていて。
おウチに帰る。夕陽の…(なりかけ)でした。
クララ「あのひとっ…なにすんの?」
わたし「ボールおいたから?」「……けるんじゃない?」
クララ「けって。どーすんの?」
わたし「わかんない。わかんないよっ……」
……そう。
いくら年上の姉でも。わかるわけが…ありません。
七色の。長いドレスを着た小さな女の人…が。
ボールをおいて(後ずさり)して。
(ける)ための助走距離をとった。それも…(はだし)で。
それ以外のこと。私にだって…わかんない。
そして……。
また女の人っ。こっちを見て…かすかに笑った。赤い瞳で。
……そしてそして。衝撃を。見たっ‼︎
あなたには真実を伝えます。
夢物語ではありません。衝撃の事実です。
桜の花びらが風にゆれて…ザワザワしてた。
ガア〜ガア〜鳴いてたカラスたちも。急に静かになって…その人を見てた。
野生の動物は(カン)がいい。
誰もいない日曜日の校庭は。
アニメに出る…夕焼けのシーンのようで。
ザワザワ。ザワザワ……。
赤い瞳のその人は。両手を下げて…まっすぐ立って。
ドレスの(すそ)と…フワフワの金色の髪を。やわらかな春風にゆらしていた。
小さな人。綺麗な人。七色のドレス。
ザワザワ。ザワザワ。ザワザワ……。
その人は。一点を見つめていた。
校庭のハシにある。横倒しのサッカーゴール…一点を‼︎
この場面にいたら。あなただって気づくはず。ぜったい…気づいたはずです。
そう。この女の人。
この位置から。校庭の真ん中から。
直接っ。ゴールを狙って(けろう)としてることを。
私もクララも。間違いなく。そう…思って見てました。
でも……?
かなりの距離です。はなれてます。遠いです。
ゴールだって…横倒しだし。
ゴールネットで。完全に。(おおわれて)いるし。
何を考えてるの?
この人は。なんの意味があって…やるの?
どーしたいの?
それに。(はだし)だよ?
何が目的なの?……ねええ?
そう聞きたかったけど。
私もクララも。だまって見るしかなかった。
声を出す。声をかける(ふんいき)じゃ…なかった。
……わかるでしょ?
ものすごい緊張感だった。ドキドキだった。
黒い大きなカラスたちにも…それが伝わったのか?
カラスたち。
ピクリともせず…じっとしたままで。異常に静かでした。
桜の花と。金色の髪と。七色のドレスの(すそ)だけが…春風にゆれていて。
三人だけ。
たった三人だけの…日曜日の校庭でした。とても静かでした。
ただ。私とクララの心のザワメキだけが。
ザワザワ。ザワザワ。ザワザワ……してた。
……と。薄いピンク色の花びらが…三枚。
その人の。顔と身体の前をヒラヒラ舞って。
ヒラヒラ。ひらひら。ヒラ…ひら…舞って。
……落ちた。
キーーーン…っと。(耳なり)のような音を感じた瞬間。
……出た。
半歩。一歩。二歩。スピードあげて。数歩…出たっ。
……ザッ。ザザザザザッ‼︎
ふんわりした金色の髪が…なびいて。
細い(うで)でバランスを…とって。
ボールの横に左足。(はだし)の足で…ふんばると。
右足を。シュートの(振り子)動作へ…もってゆき。
長いドレスが(ひざ)まで…まくれて。
右足を。細い右足を…しならせて。
しならせてっ‼︎
おもいっきり振りぬいたっ。……ビュッ‼︎
(はだし)の右足が。音速で…うなった。
……バシィッッ‼︎
グイーーィィーーーイイイーーーーーンッ‼︎
女の人の。
(はだし)の右足でけったボールは。
かわいた校庭の土ボコリを巻きあげて。
地上スレスレを。
一直線で(逆タテ回転)しながら。音速に近い速さで進み。
一瞬で校庭のハシまで飛んでゆき。
倒されたゴール手前で。
宇宙空間の飛行物体のような速さで急上昇し。
ボールの(逆タテ回転)がうなりをあげると。
大気との摩擦で。ボールの表面は燃えたように煙をあげ。
倒されたゴールのバー(すれすれ)上を飛んでゆき。
ボールは。
そのまま。煙をあげながら空高く上昇していった。
オレンジ色の夕陽に向かって………。
……ぐんぐん。上昇していったボールは?
音速に近い速さのために。
あっというまに。影も形も…見えなくなっていった。
ただね?
ボールの形は見えなくても。
たぶん。ほとんど。燃えたんでしょう?
煙がねっ?
ななめに。空中に。夕焼けの空に。
(煙の線)になって。飛行機雲のように。
天高く天高く。どこまでもどこまでも。
上空の強い風で流されたのか…少しだけ曲がりながら……。
それでもね?
一生懸命…煙さん。まっすぐまっすぐ。直線になろうとして?
ふんばって。ふんばって。がんばってた…煙さんでした。
燃えつきたボールの…魂は。
きっと。あの。やわらかな夕陽の中に…とけている。
そう。私は。思ったの………。
妹のクララも。空を見て…感動してた。
私も一緒に空を見て。一緒に感動した。
大人になっても。きっと…忘れない。
(ほほ)をちぎれば…痛いっ。夢じゃないっ。
でも?
私とクララには。夢のようなシーンでした。
……花びらが。
……満開の桜の花びらが。
もう。すべてを知って。もう…終わりだよっ?
おしまいだよっ?…って。
私とクララに。(お知らせ)して…くれてるように。
はじめは10枚。私たちの前に飛んできた…桜の花びらも。
50枚になり。100枚になり。300枚…500枚…1000枚になると。
私とクララは。(花吹雪)に…目がクラクラし。
3000枚…5000枚…10000枚になり。
あっ…というまに。
10万枚…50万枚…100万枚…1000万枚‼︎
ぶわああっ…っと‼︎
ぶわああああああっ……っと‼︎
もお……もおおっ。
もっ。もおお。もおっ。も〜だめえ〜〜っ‼︎…って。
目をあけられない…くらい。
耳元でバサバサ。音がする…くらい。
息を吸うのも苦しい…くらい。
桜の花びらたちは。
私とクララと女の人のまわりをね?
狂ったように。踊って…舞って…飛んでいました。
生きてきた。最後の輝きなんですねえ……。
……不思議な。春の(つむじ風)がやむと。
校庭の地面は見えなくて。
一面。ピンクの花びらでビッシリでした。
本番をむかえた夕焼け色も…かさなって。
もお。もお。声も出ないくらいに…感動的な光景でした‼︎
……私もクララも。一生。忘れません‼︎
気がつくと。
もう。その女の人は…いませんでした。
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