待ちに待ったその日

 何のために働くのか。そのアンサーはあまりにも明快で面白みがない。

 生きるため。

 これに尽きるのだろう。空想主義な私はこういうあまりにも現実的で説得力のある答えが苦手だ。それでも、私が今の私でいる理由はこれに帰結する。生きるため、金のため、である。つまらない人間になってしまっている、と思うのはこういう時だ。

 待ちに待った給料日だった。

 私は二週間ほど前からこの日をまだかまだかと待ち続け、若干病みながら自転車を漕いだり歩いたり走ったりしていた。なんでこんな思いをしなければならないのだ、と人並みに思い、それでも皆が皆、それぞれの苦悩を抱いていると自分を宥め、それでも治まることのない内側から噴き出す熱にうなされた。そんな思いがようやく給料日によって一つの着地点へと落ち着くことになった。

 自分の口座に確かに入金されていた自分の血と汗と涙の結晶。何にも代え難い努力の結晶……。

 それに私は涙を流すわけでもなく、感動するでもなく、その額を見てすぐに計算を始めた。

 時給かける労働時間、そして今月払わなければならない年金、家に入れる金、衣食住必要な金額、数日前から計算していた額を擦り合わせていく。実にロマンの無い瞬間だった。

 そして私は仕事終わりに銀行へと走り、今月必要な金を下ろした。そこに情緒はやはりなく、事務的な作業だった。

 それでも最初に金を使うのは年金というリアルすぎてロマンの無いものにはしたくなかった。そこまで現実にのめり込みたくはなかったのだ。ここでもしその選択をしてしまえば、本当につまらない人間になってしまうような気がした。つまらない、というよりも、自分のために動けない、自分を愛すことができない人間になってしまう気がしたのだ。だから一番最初に使う金は、意味を見出せるものを買おうとした。

 そう思って私が選んだのは、一足の靴だった。

 特別なデザインではない。ごく一般的で普通のスニーカーだ。色は白。照明が当たって一層白く見えたそれを、私は手に取った。

 ごく普通で、当たり前で、変わり映えしない。それでも私にとってその靴は一生忘れることはないのだろうと思った。そして、その時履いていた所々穴が空いてくたびれた靴もまた、一生忘れることはない。

 散歩をよくする私にとって靴は相棒だ。どこまでも私と共にあるもの、誰もいなくとも、それだけは確かにあるもの。それが靴だ。

 これが最初に相応しい。意味を見出せた。

 そこからは年金を払いボールペン等必要なものを買ったりとロマンがなかった。汗水垂らして稼いだお金は貰えるかもわからない年金と生活のために必要なものに消えていった。

 あれだけ待ったのに一番大きい額を使ったのは年金である。何度でも言おう。貰えるかもわからないのに。

 何のために働くのか。それは生きるため。けれど、どこか納得しきれない自分がいた。

 確かに働いて給料を貰えば生きることはできる。けれど、生きることが目的になっているのは少し違う気がする。生きることというのはもっと当たり前のことでなければならないのに。

 待ちに待った給料日。嬉しいこともあれば、人生への疑問が増えた一日だった。

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