むしろなりたいと思った

 働くということがずっと怖かった。

 それは自分ごときに何かができるとは思えない、人と関わることが怖い、他人が怖い、世界が嫌い、上手く(社会で生きることが)できる自信がない、といった数多くの理由があったのだが、一番の怖さはそのどれでもない。

 一番怖かったのは、満足してしまうのではないかということだった。

 働き、少ないなれど自分が生活していけるほどの金銭を貰いそれなりの幸せを掴んで満足する私がいたとしたら、それはとても怖いなと思っていた。

 これまで私は散々色んなことで悩んで絶望してきた。小さなことから国家や世界に対して嘆いてきた。でも、給金を貰ったことでその全てが解消されてしまったのならどうしよう。私のオリジナリティやアイデンティティ、個性といったものは実は金で解決できてしまうものでした、なんて考えると私は怖くてしょうがなかった。採用の報せを貰って嬉しいはずなのに、どこか安心しなかったのはこのためだ。

 しかしこの不安はいとも簡単に吹き飛ぶ。

 完結に言おう。

 私は全く満足しなかった。

 仕事が始まり、給料日が来れば金は支払われる。未だ給金を貰ってはいないものの、私は全く満足しなかった。むしろその逆だった。さっさとこの場から立ち去りたい。この生活はしたくない。仕事の内容が嫌とかそういうことではなく、単純にこの生活は長く続けていたくないなと思ったのである。

 やはり私の世界は空想の中にある。そんな風に思ったのだ。目の前の現実的なモノたちよりも、曖昧模糊としていているのに鮮烈に描き出される世界の方がよっぽど私の中では輪郭線がはっきりしている。そしてそっちの世界を描いている時の方が火花が爆ぜるような感覚がする。

 ここから早く出なくてはならない。仕事や周りの人が嫌いとかいうわけではない。ただ、私のためにここでずっとというのはできない気がした。だから私は今日も綴り続けている。懲りもせず、何にもならずとも続けるのである。

 私の中の最大の敵はこうして打ち破られた。自分の中の創作欲というのだろう、それが簡単になくなってしまうのが私は嫌だった。この欲望は最近始まったものではなくて幼い頃からずっと持っていたものだと思う。だから失うのが怖かった。自分を根底からひっくり返してしまうようなものだったからずっと怖かった。ダラダラとニートを続けてしまった要因の一つではあるのだが、どうやら本当に杞憂に過ぎなかったようだ。

 私は自分が思っているよりもずっと欲深な人間であった。働くことで満足してしまうのではないかと思ったが、むしろ逆だ。

 むしろなりたいと思った。自分が描いた空想は、消してはならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る