海の道筋 ……
朝日が昇るよりも前に港に辿り着いたのは二隻の船だった。両者は酷くボロボロであったが、暗さのあまり港の労働者たちは波止場につくまでそれが分からなかった。
「誰かぁ!医者知ってる奴いるか?!」
アルベルトの叫び声で港はにわかに騒がしくなった。そして誰よりも傷が深いジュールは子爵領の港に着くと早々に医者のところへ運ばれた。
当然かのごとくドロシーはついていく。急患だという騒ぎにすぐに医者は部屋を整え、暫くの間診療と治療が続いた。
「かなり、うん。もうすぐ死ぬところだったね君」
ドロシーの魔法や医者による普通の魔法による回復は中々進まず、ぼさぼさの髪の毛を蓄えた女医はついに言葉を選ぶのを止めた。
「全身の至る箇所が骨折、内臓も損傷、片足の筋は切れてるし肺の中は塩が溜まってた。魔法でどうにかなる範囲は処置したけど……そうだね。君の内部魔力が少ないから効果は薄い。肺と内臓は重点的にしたから安静にすれば大丈夫だよ。安静にね!安静に」
無理に起き上がろうとしたジュールを腕力でベットに抑えつける。華奢な体のどこにそれほどの筋肉が存在するというのか、兎にも角にも恐るべき力でジュールの身体はいうことを聞かなくなった。
「医者を舐めないで貰いたいね。暴れる患者は何人と診てきたんだから、ああ君のような無理に動く患者だっていくらでもいたさ」
「せ、先生……」
「スリープ」
眠れ。医者の命令は絶対である。
ジュールはゆっくりと瞳を閉じた。
「あなたはドロシー?だったかな。その男はほっといてお茶に付き合ってくれ。あたしの睡眠時間を奪った罰だよ」
「は、はい」
何をされるか戦々恐々としながら女医のあとを追いかけると、彼女の生活空間に誘われた。すでに魔法で沸かされた水が茶葉を通してコップに注がれており、ご丁寧に椅子まで引かれている。
「遠慮せず座って。別に亜人は茶葉に毒草を混ぜないよ」
ドロシーは女医の頭を見ると耳になるべき部分は髪の毛に隠れて見えず、代わりに頭蓋骨から貫徹したような、そう猫の耳のようなものが生えている。
亜人、特に人間と変わる部分はないと言われている。酒場でも一日に何人も見かける種族ではあるし、問題を起こすなら比率は常に一緒だ。
「どうも……」
「亜人をみて嫌な顔をしないということは、教会の聖職者じゃないのか?」
「……」
ドロシーは頭の先から足まで固まった。
「そんなに怖がらなくていい。女神を信じる人たちの中には亜人を嫌う輩が多いってだけさ、治療魔法を、それにかなり上級のものとなると神官位じゃなきゃ扱えないはずだと思ってね」
初めて聞く事柄にドロシーはますます体が硬直していく。
「神官らしくないとなると、異端」
背筋に冷たい汗が流れる。
「……」
「別に聖職者に告げ口はしない。ただあたしはドロシーって人間が女神の信奉者かそうじゃないかを決めかねてただけで、ああうん。迫害の続きをしよってわけじゃないから安心してほしい」
「そ、そうで。へぇ……」
ドロシーの中で警戒心は急激に上昇していく。危険な状態のジュールと一緒に逃げ出すために、脳内に使えそうな魔法を陳列して選別する。その間に別の個所では勝算の計算が行われ、目の前の女医の危険度を推定し始めた。
「亜人だって迫害されてきた歴史がある。あたしと君は似たものだと思うよ……まぁそういっても仕方ないか」
女医はお茶を一口飲んだ。
「無詠唱魔法を止めてもらえるよう。そうだね、子爵に君たちの保護をお願いしよう」
甘い提案、ドロシーの理性はすぐに受け取るべきだと豪語するが、本能は警戒心を解除せずに女医の一挙手一投足を睨んでいる。
「私にはそれが実行に移される確証が無いの」
「それはあたしも同じさ。今すぐは無理だ……でも」
女医は立ち上がり、整理整頓の行き届いていない妙に乱雑な部屋の隅にかがみ、何か大事そうな箱を丁寧にドロシーと女医の間に置いた。
「今のあたしに出来る最大の証明さ」
箱を開けるとそこにはこぶし大のエメラルドが入っていた。特定の加工方法で少々の装飾が施された宝石は魔力ランプの輝きの中で淡く緑色に光っている。
ドロシーはつばを飲み込んだ。
「どうだろう。信じてもらえるかな?」
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