深度13 浅瀬

 ロックファミリーがサウスサイドの中核だと仮定すれば結果的に彼等を助けることが事態の解決につながる。

 彼等は元々力ある組織だ。崩壊した原因を取り除けば自力で立ち直るだけの余力はまだ残っているとジゼルは睨んでいた。


「ドレッドを潰せればそれが一番なんだけど生憎あいつらはトカゲの尻尾切りが大得意。雑魚を捕まえてもなぁんにも分からないのよね」


 騎士団は人海戦術による調査能力や独自の技術を持っているが、ほとんどがこの街では行使できない。地道にあちこちを回って調査する以外に手はなく、教皇からのヒントを得てやっと現場を見つけることができたところであった。

 

「私達には情報が足りない。騎士団にはツテも少ない。人手はあればあるだけ歓迎するわ」


 情報を持って帰ってきてくれたらもっと助かる、と付け加えたジゼルにリリーは顎に手を当てて低く唸った。


「ドレッドには現状手出しできないと考えると近場から調査したほうが合理的だな」

「近場というと選択肢は2つありますね」


 ロックファミリーか、それとも。


「ヴェルナルドファミリー」

「マリアもそこがいいか?僕達気が合うな」

「こんなところで気が合いたくないです……」

「えぇー」


 そもそもロックファミリーが襲撃を受けるまで追い込まれたのはヴェルナルドファミリーが原因だ。彼等が裏切らなければドレッドは御三家によって壊滅していただろう。


「ヴェルナルドファミリーの現状は?」

「自警団の仕事を全面的にストップさせている以外は音沙汰がないわ。彼等の館もなんの動きもないし」

「積極的に攻撃しているわけではないのか?」

「そういえばそうね。彼等は御三家一の武闘派なのに誰も動いていないわ」


 ヴェルナルドファミリーのボイコットが始まってから騎士団は彼等の館の監視をはじめた。既に割れているアジトも24時間体制で監視し、誰も動いていないことは確認済みだという。

 まさに完全な沈黙。眠っているかのような静けさだ。


「ドレッドとヴェルナルドは完全に協力関係にあるわけではないのかもしれません」

「調べてみる価値はありそうだ」


 せめて目的だけでもわかれば解決にグッと近づく。どうやって探りを入れようかと頭の片隅で思案しながら、リリーは眼前に座すジゼルを見た。


「僕達がヴェルナルドに探りを入れている間、君はロックファミリーを調べてくれないか」

「二手に分かれるのね」

「効率を重視しよう」


 事態が動いてしまっている今は迅速な動きが肝心だ。何かが分かり次第連絡を取り合えるように連絡先を交換し、今日のところは解散ということで話がついた。

 ジゼルは安堵したように胸をなでおろし、冗談めかしに両手を広げた。


「いや~!海魔の手も借りたいくらい大変だったのよ!手伝ってくれて超嬉しい!」

「はっはっは」

「あはは……」


 これは冗談。あまりにも忙しいことを表す昔からのことわざだ。絶対に貸してくれないどころかはた迷惑な存在にさえ縋りたくなるほど忙しいことを意味する。

 曖昧に乾いた笑いを複雑な感情でこぼすマリアと、全く目が笑っていない音だけの笑みを落としたリリーにジゼルは首を傾げた。


「じゃ、私は失礼するわ。2人の邪魔しちゃいけないし」

「これっぽっちも邪魔ではないので長居してくれて構わんぞ。というか居てくれ」


 帰ろうと席を立とうとしたジゼルに待ったをかけ、隣りに座っていたマリアの肩に優しく触れる。間違っても掴まないように注意しながら彼女の周りに見えない触手を数本置き、不思議そうにしているジゼルに外を示すジェスチャーを一つ。


「ええ?なんでぇ?」

「ちょっとだけ散歩に行きたいんだ。その間マリアの側に居てほしい」

「男には1人の時間が必要ってやつ?私は別にいいけどマリアちゃんはいいの?」


 旅先でマリアの側を離れることは躊躇われるが、彼女に分かるように触手の先端で手の甲をなぞる。数本伸ばして置くので何があってもすぐに駆けつけるという意思表示だ。マリアは一瞬ビクリと肩を震わせたが、意図が伝わったのか何も言わず頷いた。


「助かる。少し浜辺に行くだけだ」

「夜の海は冷えるよぉ」

「問題ない。慣れている。……ああそうだ」


 玄関の扉に手をかける直前。ティーカップに口をつけるジゼルを通り過ぎ、少しだけ不安そうなマリアに外を指さした。


「覗き見はしないように」


 それだけを言い残し、リリーは外へと出ていった。扉が閉まる音を横目にジゼルは両手を高く掲げる。ニヤリと悪い顔をした彼女にマリアの頬が引きつった。


「ずぅっと気になってたことが聞けるわね!!」

「え?」

「詮索禁止なんて野暮なこと言わないでよ!リリーくんがいたら絶対聞けないんだから!」


 ジリジリと躙り寄ってくる副団長に一般人は抗うすべあらず。徐々に端へと追い詰められ、マリアは周囲の触手にすがりついた。


 



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 浜辺の一角。押し寄せるさざ波の音と肺を刺す夜風に耳を澄ませ、肌の感覚を奪う海水に足をつける。まるでその場に根を張ったようにビクリとも動かない。水面には波を遮るいくつもの細い線が浮かび上がり、それらが散り散りになって海へと潜っていく。


「いないな……」


 海は海魔にとってホームグラウンド。故郷である母なる地に根を張れば奴らは地上の何倍もの力を発揮する。リリーも例に漏れず、海水に浸かっていればいくらか力を増幅させられる。心做しか触手はいつもよりも力強くうねり、サウスサイドのあちこちに腕を伸ばしていた。

 目的はシャーレ族の捜索。騎士団を利用した真っ当な捜索とは別のアプローチだ。


「海側にいないのは妙だな」


 広いサウスサイドを網羅するのは限界がある。シャーレ族が最もいそうな海側に絞って触手を伸ばしているが中々見つからない。各家屋のベッドの数まで判明する頃には海側にはいないと断定し、彼は肩を落とした。


「やはり、街中……ん?」


 今度は駅がある北側を目指そうと触手を動かした直後。そのうちの一本が何かに掴まれたような感触を伝えてくる。ふにふにと弄ぶように何度か握られ、チリリと小さく痛みが走った。まるで腕の皮をゆっくりとナイフで裂かれるような。


「まさか」


 痛めつけるように、見せつけるように。ゆっくりと刃物が触手を這う。時には容赦なく、時には優しく。街中に放っていた触手達を一斉に掴まれている触手の元へと集中させる。視認されないように透明のまま、ヘビのようにその者の周りを囲うとわざとらしく1本が足で踏まれた。邪魔するなとでも言うように。


「い……流石に痛いな……」


 確実に触手は視認されている。一般人ではないことが確定した。おそらく、シャーレ族。だがこの弄ぶようなやり口はサウスサイドに居るシャーレ族らしくない。お巫山戯と殺生の区別がつかないこのやり方は……。


「おっと」


 掴まれていた触手が開放される。同時に勢いよくその触手を戻すと、触手の表面に文字のようなものが掘られていた。割かれた皮から流れ出た鮮血が毒々しく映っている。


「メイン通りのパンケーキは絶品……」


 わざわざ丸く触手をくり抜き血で苺を表している。あっちこっちに掘られたブイサインのようなものはおそらく簡略化したハート型だ。

 人間なら絶叫し、気が弱い人なら気絶しているレベルの痛みを感じると知っているのによくもまあやるものだ。「痛い」の一言で済ませるリリーも大概だが。


「あの子が来ているとなると、荒れるぞ」


 突風が吹き荒れる浜辺。遮るもののない地でリリーは飛び交う海鳥を見つめた。

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