深度12 南の裏

「はっきりいうね。私は最初から君たちを疑ってました」


 堂々と告げられた言葉に、マリアは思わずリリーの後ろに隠れた。


 路上襲撃から数分。急いで現場を後にした3人は話し合いをするべく、海沿いの家へと戻っていた。

 マリアがあっちこっち探し回り、漸く棚の中から備品のお茶を出したところで、ジゼルは軽くお礼をいうとまるで雑談の延長のように悪びれもなく宣った。


「だろうな」

「あれー全然不思議そうじゃないね?もしかしてバレてた?」

「上官に敬語を使わず隊服も着ない新人。いきなり教皇と同じ苗字を名乗り、詮索禁止の腕章をつけた少女。しかも明らかに戦闘訓練を受けておらず隙だらけだ。疑わないほうが無理だ」


 怪しさの度合いで言えば役満だ。いくら詮索するなと言われていても気になって仕方がないだろう。


「腕章の偽装も個人情報の偽装も難しい故、マリアだけは信じてくれると踏んでいた。実際、君はこの子を警戒していなかったね」

「だってどうみても素人じゃん。ちょっと小突いただけで倒れちゃいそうなくらい。こーんな可愛い子が悪いことするようには全然見えないし。モンストロ教皇に娘がいるのは結構有名な話だし」

「私有名だったんですか!?」


 初耳です!と嘆くマリアをどうどうと諌め、話を戻す。今重要なのはそこじゃない。


「君が警戒していたのは僕だ。マリアが僕に騙されているんじゃないかとか脅されているんじゃないかとか、色々考えただろう」

「そりゃあね。全然隙がないし、正直勝てる気がしないんだよね。正面からも騙し討でも、果ては寝首をかこうとしても絶対駄目って感じがする。そんな人に会ったの団長と教皇以来だよ」


 ジゼルは両手をソファーに投げ出し、五体投地と言わんばかりに脱力した。そんな状態でもリリーには本気で緩んでいるようには見えない。今彼女に手出ししようとすればそこそこ痛い反撃が飛んでくるだろう。


「マリアちゃんを助けてあげたほうが良いかなって思ったけど、さっきのをみて確信したよ。貴方はマリアちゃんを助ける立場にあって、詮索禁止って言葉はマリアちゃんじゃなくて貴方のためにあるんだね」

「ご理解いただけたようで何よりだ」

「あんな場面みちゃったらね……」


 先程の一面。ジゼルはあの路地で最初から全てを見ていた。弾が理屈のわからない何かに遮られて当たらないところも、血糊にも見えない何かを使って擬似的に拷問していたところも、全て。


「一先ず、貴方達のことは信用します」


 どれも説明してほしいことばかりだがマリアの腕に輝く教皇特別許可証が一切合切を跳ね返す。聞きたくても聞いてしまったら最後。おそらく騎士団にはいられないだろうと最悪の未来を想定し、彼女は疑問を頭の隅に追いやった。

 今はもっと建設的で現実的な話をしなければ。


「教えてくれるなら念の為聞いておきたいんだけど、貴方達ってファミリーの一員とかじゃないわよね」

「ファミリー?」

「明確に違うと宣言する。が、ちょっと待った。その前に世間知らずの彼女に説明する時間をくれ」


 タイム、とTの形を手で作りマリアへと向き直る。案の定何も分かっていなさそうな彼女にリリーは丁寧に説明を始める。


「マリア、サウスサイドは裏の社会が大きな地区だという話は覚えているか」

「はい。列車で言ってた話ですよね」

「そうだ。ファミリーというのはその裏社会を纏める組織を表す言葉だ」


 マフィアと言えば伝わるだろうか。映画などで出てくるアレだ。内容自体は空想が紛れているが、そのモデルはこのサウスサイドにいるファミリー達だと言われている。


「サウスサイドには3つのファミリーがある。ロックファミリー、セシルファミリーそしてヴェルナルドファミリー。御三家と呼ばれる3つの組織はそれぞれ経済、医療、治安維持を担っている、はずだ」

「そこは自信ないのね」

「僕は古い情報しか知らないんだ。合っているか?」

「合っているわ。今も御三家がサウスサイドを治めているし、経済の元締めであるロックファミリーが地区代表よ」


 地元民である彼女からお墨付きをもらい、マリアが理解したか確認を取ると一応頷きを返した。ファミリーについてはよくわからないが、3つの組織がサウスサイドを治めていて特にロックファミリーが強いということまでは理解できたようだ。


「あれ、でも先ほどドレッドと言っていませんでしたか?ファミリーは他にもあるんですか?」

「それは僕も疑問に思った。元々サウスサイドでは新しいファミリーは作れないように規制されているはずだ。ドレッドとはなんのことなんだ」


 先程の尋問の際に飛び出てきたドレッドという名前。一度も聞いたことがない名前にジゼルへと疑問を投げかけると、彼女は肩を竦めてお手上げと言わんばかりに両手を軽くあげた。


「それがなんでか分からないけど新しいファミリーができちゃったのよね~!当たり前だけど御三家の許可なし!サウスサイドでは非合法ってやつね!」

「いつ頃の話だ?」

「ほんのちょっと前よ。1年どころか半年も経ってないんじゃないかしら」


 騎士の仕事でサウスサイドを長らく離れていた彼女は詳しく知らないけれどと前置きをし、騎士団用端末を開いた。


「通称ドレッドファミリーと呼ばれてる新興ファミリーで、半年の間に急激に構成員を増やして成長しているわ。資金も潤沢にあってどういうわけか定期的に大金も入手できてる。それと同時に市場に良くないものが出回り始めたわ」

「資金源か……」


 騎士団も手が出せないからとただ見ていたわけではないようだ。ドレッドファミリーについての調査記録が事細かに記載されている。構成員の大まかな人数や拠点らしき場所の目星。そして資金源と思われる販売物について。


「シーサイドと呼ばれる小さな飴よ。これを食べるとそれはもう上機嫌になってなぁんでもできちゃうんだって。まさに砂浜を駆け回るような気持ち。つまり、麻薬ね」


 マリアはセントラルで見た光景を思い出す。虚ろな瞳と虚無に居るようにぼんやりとした意識。何かを見ているようで何も見えていないその姿は酷く哀れで残酷だった。

 それが市場に出回っているなんて。


「当たり前だけど騎士団もファミリーたちもドレッドを許しはしなかったわ。新興ファミリーそのものが禁止だし、麻薬なんてあっちゃいけないものだもの」

「だが、未だにドレッドは蔓延っていてロックファミリー襲撃なんて非常事態が起きている」

「……裏切ったのよ」


 窓の外を見つめたジゼルが強く唇を噛む。憎悪と嫌悪に濡れたその瞳が何を見ているのかは分からない。虚空に向かって苛立ちをぶつける彼女はしばし沈黙した後、足を組み替え宙を仰いだ。


「ヴェルナルドファミリーがドレッドについた。治安維持の仕事を放棄してあろうことか薬をそこら中にバラ撒いてるの!もう最悪よ!」


 ジゼルがこの街にやってきた頃にはもうことは始まっていた。あっちこっちに蔓延する薬に道端で見かけるジャンキー達。取引現場をしょっぴいても騎士は現行犯逮捕以外にできることがない。過剰に干渉すれば騎士そのものの立場が危ぶまれる。


 しかしヴェルナルドがボイコット中は放っておけば犯罪者予備軍が嬉々としてあっちこっちで暴走を始めるので、騎士達は1日中散歩という名目で見回りを余儀なくされたらしい。それでも犯罪そのものを抑制することはできず、彼女は大きく頭を抱えた。


「人員に余裕があって武闘派が集められるのは御三家の中ではヴェルナルドとロックだけ。しわ寄せはロックファミリーに行ったわ。それが狂いの始まりだった」

「人員を割かれたロックファミリーが襲撃されたのか」

「そう!そうなの!あー!思い出しただけでイライラする!」

「副団長、落ち着いて……」


 長い脚を空中に放り出しばたばたと子どものように暴れた彼女にマリアはお茶のおかわりを注いだ。まだ湯気立つそれを一気に飲み干して更におかわりを要求した彼女に、マリアはせっせと新しいお茶を淹れに行った。

 紅茶の香りにちょっとだけ気分が落ち着いたジゼルは、長い溜息を吐き、手持ち無沙汰のように両手を組んだ。


「なよっちいセシルファミリーなんか鞍替えまで考えてるの!」

「まだ鞍替えしていないのが奇跡的なぐらいだ。なにか要因があるのか?」

「ロックファミリーのボスが死んでないからよ」


 さらりと告げられた内容に新しい紅茶の入ったポットをもったマリアが一瞬ビクつく。危うくポットを取り落としそうになった彼女を見えない触手で支えながら、リリーは一昔前のファミリー同士の関係に思考を飛ばした。


 確か、この裏社会の制度ができたのは1000年前。元々大した影響力を持っていなかったロックファミリーもその頃から既にあった。だが、彼等が明確に力をつけたのは100年前。サウスサイドが半壊した海魔襲撃事件があってからだと記憶している。


「海魔襲撃によってほとんどが壊滅したファミリーの中で唯一生き残り、治安維持と経済維持、そして復興支援を一手に引き受けたファミリーがロックファミリーだったな」

「よく知ってるわね」

「セシルファミリーは崩壊寸前だったところをロックファミリーに援助してもらったはずだ」

「じゃあ恩があって鞍替えできない?」

「マリアちゃん正解!今のロックファミリーのボスは当時のボスの息子だから縁が深くてとてもじゃないけど裏切れないのよ」


 今のロックファミリーは綱渡り状態だ。ボス一人の首に全てがかかっていると言って良い。もしそのボスが死んだら、サウスサイドは混沌の時代を極めることになる。騎士団による強制介入も視野にいれる大事件だ。


「話を聞いてしまうと関わりたくない問題ばかり出てくるな。このままではロックファミリーが壊滅するのも時間の問題だ」

「放っておけばね」


 ジゼルは言葉と同時にもう一度足を組み替える。ヒールの先端が地につき、コツンと音を立てた。


「介入する気、なんですか」

「できれば、貴方達にも手伝ってほしいわ」

「僕達の目的は人を探すことだ。マフィアの抗争に関わる暇はないぞ」

「でもわざわざ私の言葉に反応してあの場所を探ってた。その探し人、ロックファミリーに関係がある人なんじゃないの?」


 ジゼルの言葉は図星だった。やはり詰め所での別れ際のセリフはこちらに探りを入れた発言だったらしい。釣られるつもりで現場に向かったのは事実だが、こんな面倒なことになっているならせめてバレないように調査すればよかったと今更ながら後悔する。

 リリーは思わず眉間にしわが寄り、口をへの字に曲げた。ジゼルはその表情が大変お気に召したようでくすくすと笑った。


「このまま放っておいたら探し人も巻き込まれて死んじゃうかもよ。私は街の治安を守るためにロックファミリーをなんとかしたい。貴方達はロックファミリーに居る人に会いたい。目的も利害関係も曖昧だけど協力はできると思うわ」


 正直に言うと、リリーはマフィアの抗争などどうでもいい。探しているのはシャーレ族の甥で人間の苦労話など知ったことではないのだ。シャーレ族なら人間同士の争いに巻き込まれても死ぬことはないと言い切れるからだ。なにせ基本性能が違う。

 さらに言えば海魔ならまだしも人同士が争い傷つくことにはなんの感傷も湧いてこない。勝手に争えばいいとさえ思う。しかし、隣りにいるマリアは違うようだった。


「リリーさん……」


 残念なことにこの件は探している甥に直結する。なるべく危険を避けながら甥を探したかったが、マリアのためにもジゼルの手を取るしかないようだ。


「僕もジャズのことをとやかく言えないな……」


 マリアに縋られるような顔をされるとつい甘やかしてしまいたくなる。それが如何に困難なことでも興味のないことでも。彼女が望むのなら地区一つの危機を救うのだって大した手間ではないと思えてしまうのだ。

 だって可愛いんだからしょうがない。


「それで?どうやってこのご近所トラブルを解決するんだ」

「そうこなくっちゃ!」


 パンッ!と両手を叩いたジゼルに合わせてマリアが嬉しそうに笑顔で頷く。その笑顔に吊られて微笑み返し、リリーはまあいいかと面倒なことは考えないことにした。

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