第十五話「ムンクの叫びみたいな絵」

「馬頭さんの絵だけじゃなくて、あの『ムンクの叫びみたいな絵』も美術室から消えているので、ずっと気になってたんです。どうなんですか、先生?」

「ああ、あの絵ですね~。あの絵は~……確か~、片付けたはずですよ~」

「片付けた? 何の為に?」

「あの絵はね~、この間卒業した、美術部員の子が描いた絵なの~。本当は卒業する前に返す予定だったんだけど~、色々あって後回しになっちゃってたのね~」

「なるほど。額縁にも入ってないから変だなって思ってましたが、生徒の作品だったんですね」

 てっきりプロの画家が描いた作品なのかと思ってたけど、なんと生徒の作品らしい。

 世の中には恐ろしい才能の持ち主がいるものだね。

「あの絵は、今どこに?」

「ええと~、卒業した子が今度取りに来るから~、準備室に置いてあるわ~。ちゃんと箱に入ってるはずよ~」

「見せてもらっても?」

「もちろん~。準備室にどうぞ~」

 先生が先導するように準備室に向かったので、私もそれに続く。

 ハヤトくんと馬頭さんは顔を見合わせてとまどっていたけど、きちんとついてきてくれた。

「ええと~。ああ、この箱ね~」

 準備室に入ると、中はきちんと整理整頓されていた。

 作り付けの棚の中に様々な作品や道具がきれいに並べられている。

 先生は、その中から薄っぺらい紙製の箱を取り出すと、準備室中央にある作業机の上に丁寧に置いた。

「開けてもいいですか?」

「もちろん~」

 一応、先生の許可を取ってからフタを外す。すると、中からは一枚の大きな和紙が姿を現した。

 ちょうど、箱と同じくらいの大きさの、ツヤのある和紙だ。

「この和紙は?」

「絵の表面を保護するための紙よ~。鳥の子紙っていうの~」

 先生が、その鳥の子紙をめくる。すると、その下からあの「コミカルなムンクの叫び(仮称)」が姿を現した。

「なるほど、確かにこちらの絵はしまってありましたね。……先生、この絵を手にとっても?」

「どうぞどうぞ~。傷付けないように気を付けてね~」

 「コミカルなムンクの叫び(仮称)」の端っこを指でつまんで持ち上げてみる。

 すると、絵の下にはまた鳥の子紙があった。

 なんとなくピンと来て、その鳥の子紙をめくると――。

『あっ!』

 私以外の三人の口から、同時に驚きの声が漏れた。

 そこにあったのは、なんと馬頭さんが描いた絵だった!

「え、え、え、ええっ!? どうしてあたしの絵が、こんなところに?」

「ま、まさか先生。先生が馬頭さんの絵を隠した犯人……?」

「ええ~? 先生は無実ですよ~!」

 ハヤトくんに疑いをかけられて、先生がぶんぶんと首を振る。

 ……どうでもいいけど、この先生なんだか漫画のキャラクターみたいだな。

「ハヤトくんも、先生も落ち着いて。多分だけど、これ、誰も悪くないから」

「どういうこと? 桜井ちゃん」

「うん。あくまでも推測なんだけどね……先生、いくつか確認したいことがあるんですが」

「は、はい!? なんでしょう」

 気の毒に、先生はすっかり動揺してしまっていた。

 まあ、私の推測が正しければ、半分くらいは「先生のせい」になるだろうから、かわいそうとは思わないけど。

「では、まず最初にお尋ねします。この『ムンクの叫びみたいな絵』……元絵の方ですね、これを片付けたのは先生ご自身ですか?」

「え? いいえ~? 美術部の子に頼んで片付けてもらいました~。私、職員会議に出てましたから~」

「それは、いつ?」

「昨日の放課後ですね~。美術部の部員が揃ってから鍵を預けて、部長さんに頼んでおきましたよ~?」

「なんと言って?」

「なんとって……ええと~、『あのムンクの叫びみたいな絵を、準備室の作業机の上に置いてある箱の中に、丁寧にしまっておいてください』だったかな~?」

 ……先生も「ムンクの叫びみたいな絵」呼ばわりなんだ。あの絵、正式なタイトルはなんというのだろうか?

 まあ、それはともかくとして。

「絵をしまっておく理由は伝えなかったんですか?」

「心外ですね~、ちゃんと伝えましたよ~。『持ち主に返す大事なものだから、気を付けて扱ってください』と、ちゃんと言いましたから~」

 先生がぷっくりと頬を膨らませながら抗議してくる。

 「さすがにその仕草は大人としてどうなのだろう?」と思いつつ、とりあえずそれは無視して考えを進める。

 ――なるほど、やっぱり推測通りらしい。


「見えたわ、可能性の一つが」


 私は自分でも気付かない内に、「こども探偵みらいちゃん」の決め台詞を放っていた。


   ***


「何かわかったの? 桜井さん!」

 ハヤトくんが期待のまなざしを向けてくる。

 私はそこでようやく、自分がドヤ顔をしながら「こども探偵みらいちゃん」の決め台詞を口にしたことに気付き、少しだけ動揺した。

「……ええと、うん。なんとなくだけどね。――コホンッ」

 小さく一つ咳払いをしてごまかしながら、話を続ける。

「何故、馬頭さんの絵が、この箱の中にしまわれていたのか? それはきっと、ちょっとした行き違いからだったんだと思います」

「行き違い?」

 馬頭さんが、私の言葉をおうむ返しにする。

「うん。少し、当日の美術室の様子を思い浮かべてみようか? 壁の一方には、例の『ムンクの叫びみたいな絵』、もう一方には馬頭さんが描いた模写の方。ここまではいい?」

 一同を見回すと、三者三様に頷きが返ってくる。

 馬頭さんは大きく一つ、ハヤトくんと先生はコクコクと小動物みたいに何度も頷いた。

 こういうところにも個性って出るよね。

「二つの絵は、どちらも近々、持ち主に返却予定だった。それを踏まえて、ハヤトくん。もし君が美術部員で、先生から『あのムンクの叫びみたいな絵を、準備室にある箱にしまっておいて。近々、持ち主に返すから』と言われたら……どうする?」

「どうするって、そりゃあ絵を普通にしまうよ」

「どっちの絵を?」

「どっちのって……ええっ!? もしかして、そういうこと?」

 ハヤトくんが驚きの声を上げる。それに少し遅れて、馬頭さんも先生も、「あっ」と小さな声を上げた。

「気付いたみたいだね。そう、先生は『あのムンクの叫びみたいな絵』としか言わなかった。一方、二つの絵はどちらも持ち主に返却予定だった。部長さんがそのことを知っていた場合……どちらの絵も丁寧にしまってくれたんじゃないかな?」


 ――後で聞いた話だけど、その日の放課後に先生が美術部の部長さんに確認したところ、やはり二つの絵をしまったのは部長さんだったことが判明した。

 だから、今回の事件はちょっとした行き違い。

 というか、先生の指示ミス。「水彩画の方だけ」とか「元の絵の方」とか言っておけば、部長さんもそれだけをしまったんだろうに。


 ちなみに、一つだけ予想外なことがあった。

 あの「コミカルなムンクの叫び(仮称)」こと「ムンクの叫びみたいな絵」だけど、正式タイトルはなんと、「ムンクの叫びみたいな絵」だった。

 その点は先生の指示が曖昧だったわけじゃないんだね。

 でも、そのタイトル、知っているのは先生だけだったらしいけど。

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