エピローグ「モヤモヤは晴れない」
「――ということがあったんですよ」
「なるほど。いくら急いでいても、指示は的確に、明確にしないといけない。教訓だな」
美術室での事件があった、翌日の放課後のことだ。私はまた、生徒会室でリョウマ先輩と二人きりになっていた。
副会長の坂ノ下先輩は、古巣の茶道部に呼ばれて後輩の指導。
他の生徒会メンバーには、そもそも会ったことすらない。
と言っても、別に他のメンバーが仕事をさぼっているわけではない。リョウマ先輩が、他のメンバーがいない時を見計らって、私やハヤトくんを生徒会室に呼んでくれているのだ。
本当はハヤトくんも一緒に来るはずだったんだけど、日直の仕事が残っているとかで、後から来ることになっている。
ハヤトくんが合流するまでの間、雑談がてら馬頭さんの絵が消えた事件について話していたところだった。
「しかし、まさかあの絵のタイトルが『ムンクの叫びみたいな絵』だったとはな。アレを描いた先輩とは顔見知りだが、ふむ、何故だか妙に納得してしまった」
「ユニークな人だったんですか?」
「ああ、独特な人だったよ。お元気だろうか」
リョウマ先輩が、窓の外の景色に視線を移しながら、物思いにふけるような表情を見せる。
――私は何故だか、その先輩の性別がとても気になった。
「しかし、ユリカくん。君は目立ちたくなかったのではないか? それにしては、随分と活躍しているようだが」
「うっ」
確かに、リョウマ先輩の言う通り、私はちょっと事件に首を突っ込みすぎているかもしれない。
少なくとも、ハヤトくんや神崎さん、馬頭さん、美術の先生辺りには、私が「推理」する姿を見せてしまっている。
今のところ、誰も何も言ってこないが、そろそろ「こども探偵みらいちゃん」と私を結びつけて考える人が出てきてしまうかもしれなかった。
「ふっ。だが、実にユリカくんらしいと、俺は思うぞ」
「私らしい、ですか?」
「ああ。困っている学友がいれば、手を差し伸べてしまう。目の前に謎が転がっていれば、解き明かしてしまう。実に君らしい」
「ううっ。なんかそれ、野次馬根性が強いだけって気もしますけど」
「とんでもない。君は……そうだな。『心優しき名探偵』なのだろう」
「――っ」
なんだか、面と向かって物凄く褒められた気がする。思わず顔が熱くなってしまう。
リョウマ先輩、時々こうやって直球な誉め言葉を言うからなぁ。でも、それが全然嫌味じゃないから凄い。
「それを言ったら、リョウマ先輩だってそうなんじゃないですか?」
「俺か?」
「以前、坂ノ下先輩に聞きましたよ。学校で起こった『事件』や『謎』についての相談が生徒会に持ち込まれるのは、リョウマ先輩が困っている人を放っておけないからだって」
「あいつめ、そんなことを」
「でも、事実じゃないですか? 生徒も先生も、何か困ったことがあると教職員じゃなくてリョウマ先輩を頼ってますもん――『正義の生徒会長』って感じですよ」
「むぅ……」
言い返す言葉が思い付かなかったのか、リョウマ先輩が仏頂面になって押し黙る。
どうだ、私を照れさせた逆襲だ。参ったか!
――と。
「ふっ。ユリカくんにはかなわんな」
リョウマ先輩が、笑った。はにかむような、年相応のちょっと幼い感じに。
私の胸の中に、例のモヤモヤが甦る。
本当に、このモヤモヤはなんなのだろう?
リョウマ先輩に初めて会った時から感じている。不思議な感覚。
最初は、そう。「私の正体がバレたかも!?」って思った時に感じたんだよね。
じゃあ、もしかして、リョウマ先輩に「私が『こども探偵みらいちゃん』だったこと、気付いてますか?」って尋ねれば、このモヤモヤは晴れるのかな?
「あの、先輩」
「なんだ、ユリカくん」
「初めて会った時のこと、覚えてますか?」
「……確か、入学式の日、だな。俺の背中に、頭をぶつけて」
「そうそう。あんまり固いから、最初は壁かと思ったんですよ?」
「それは酷い。俺は壁か」
「背の低い私から見れば、壁も同然ですよ」
私の言葉に、リョウマ先輩が苦笑いする。でも、嫌がってはいない。どこか嬉しそうな苦笑いだった。
――正直に言ってしまうと、私はリョウマ先輩と二人きりの時間が嫌いではない。むしろ好きかもしれない。
もし、謎のモヤモヤを晴らすことで二人の関係に変化が起こったら、この心地よい時間も消えてしまうかもしれない、とも思う。
でも、やっぱりモヤモヤをそのままにしたくないとも思う。
謎でもなんでも、私ははっきりしないことが好きではないから。
「先輩、もしかして、あの時から気付いていたんですか?」
「気付く? 何をだ」
「その……私が昔、こども――」
「ヤッホー! 遅くなりました~!」
意を決して私が核心に触れようとした、その時。生徒会室にハヤトくんが入ってきた。
とんでもなく能天気な声を上げながら。
「会長、遅くなりました。申し訳ありません」
「むっ、坂ノ下くんも来たか」
見れば、ハヤトくんの後ろには坂ノ下先輩もいた。どうやら、途中で偶然会うでもして一緒に来たらしい。
「坂ノ下先輩、こんにちは。お邪魔してます」
「こんにちは、桜井さん。あらあら、会長。お茶も淹れないで。今、お淹れしますね。今日は何と、特別に茶道部で余ったお茶菓子をいただいてきたんです。先生の許可もとってありますから、みんなで食べましょう?」
「え、お菓子あるの? わ~い、やったぁ~! ナデシコ先輩、僕もお茶、手伝います~」
ハヤトくんがじゃれつく子犬のように、坂ノ下先輩の手伝いを始める。
相変わらず、年上の前だといつもより幼い感じになるよね、彼。
リョウマ先輩は、そんな弟のことを微笑ましげな表情で見守っていた。ハヤトくんのこと、可愛いんだね。
「そういえば、ユリカくん。何か、俺に訊こうとしていなかったか?」
「えっ……ああ、いいんです。今は」
「そうか? なら、いいのだが」
リョウマ先輩は、それ以上追及することはなかった。
うん、助かる。さっきは気が急いていたけど、何も焦ることはないのだ。
このモヤモヤは、おいおい晴らしていけばいい。
私の中学校生活は、まだ始まったばかりなんだから――。
(了)
私、目立ちたくないんですけど⁉︎ ~元天才子役のこっそり推理日記~ 澤田慎梧 @sumigoro
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