第十三話「能ある鷹は爪を隠す」
「はい! そこまで。……桜井さん、もうちょっと、こう、がんばりましょうね?」
音楽の先生の微妙に気を遣った言葉に、音楽室の中にわずかな笑いが起こる。
冷笑――つまりバカにした笑いだ。
まあ、それも仕方ないだろう。私の歌は、それはもう酷いものだったから。
今は音楽の授業中。今日の授業内容は、歌が苦手な人には嫌がられる、「みんなの前で課題曲を披露」だ。
もちろん、フルコーラス歌うんじゃなくて、先生が指定した何小節かだけを歌う。
でも、短かろうが長かろうが、歌が苦手な人には拷問みたいな時間に違いない。
――誤解のないように言っておくと、私は歌が上手い。それはもう上手い。
少なくともクラスの誰よりも上手いと思う。自慢になるけど、ね。
では、なんでそんなに歌が上手い私が冷笑を受けているかというと……ほら、あれだ。「天才子役」だった過去がバレたくない一心で、「わざと下手に歌った」わけだ。
演劇部の仮入部の時にやったやつの、歌バージョンだね。
まだ「こども探偵みらいちゃん」で活躍していたころは、CMソングのお仕事も沢山あったからね。それはもう、歌もたくさん練習したんだ。
その頃に鍛えられた歌唱力はまだ私の中にあって、うっかり鼻歌でも歌おうものなら、自分でもびっくりするくらいの美声が出てしまう。
だから、音楽の授業中は非常に気を遣う。「わざと下手に歌う」って、実は凄く難しいのだ。
でも、そこはさすがの私。音楽の先生にもバレないほどの、見事な「歌が下手な演技」を披露してみせた!
「アカデミー賞・歌が下手な演技部門」があったら、間違いなくノミネートされると思うよ、うん。
……自分で言ってて、なんだか悲しくなってきた。
「桜井さん、気を落とさないでね。それと……何度もカラオケに誘って、ごめんね」
「あ、いや。カラオケとかなら、もう少しマシだから」
自分の席に戻ると、近くの席の神崎さんが、そんな慰めの言葉をかけてくれた。
うう、ごめんね? 二重の意味で。
カラオケに行けないのも、歌が下手なのも、どっちも嘘なんだ……。
***
そんな、色んな意味で拷問のような音楽の授業も終わり、他の授業を挟んで、午後。
今度は待望の美術の授業だった。
勉強以外はなんでも上手にこなせる私だけど、美術の方は意外にも人並だったりする。
上手い方ではあるけど、クラスでも上の方、程度。
美術部などで、毎日のように腕を磨いている人にはかなわない。
だから、下手な演技をする必要もなく、気楽に、全力で授業を受けることができる。
さて、そんな美術の授業だけど、今回やっているのは鉛筆によるデッサンだ。
美術室の中にある、物でも人でも、なんでもいいから鉛筆だけで描け、という単純ながらも奥深い内容で、授業が始まるなり、みんな真剣に画用紙と向き合い始めた。
絵に自信のある人や仲の良いクラスメイトがいる人は、お互いをモデルに肖像画を描いている。
自信のない人や悪ふざけがすぎる男子は、美術室の椅子とか予備の鉛筆とか、そういった無難な静物画を描いている。
一方の私は――。
「桜井さん……ナニソレ?」
近くに座っていたハヤトくんが、私の絵を見て目を丸くする。
私の画用紙には、「ムンクの叫び」をコミカルにしたような、味のある表情で叫ぶ人物が描かれている。
「ああ、これ? ほら、あそこの壁に貼ってある絵。あれを模写してるの」
「わっ、あれかぁ。どこかで見たことがある絵だと思ったけど。鉛筆画だと、随分雰囲気が変わるんだね」
ハヤトくんが、私がモデルにしている壁の絵を見やる。
構図こそ私の絵と同じだけど、元の絵は凄くカラフルだ。原色をふんだんに使って、複雑な色合いを見せている。
でも、実は構図自体は簡単なので、比較的楽な模写だったりする。
「ハヤトくんは……おお、美術室においてある石膏の胸像だね」
一方、ハヤトくんが描いているのは、美術室によくある謎の石膏像だった。かなり王道な題材だね。
しかもかなり上手い。私とどっこいくらいかもしれない。
「へぇ、ハヤトくんって勉強だけじゃなくて絵も凄いんだね」
「いやぁ、僕なんてまだまだ。それよりさ、ほら。あれ」
そう言ってハヤトくんが少し離れた方を指さす。そこにいたのは、馬頭さんだった。
相変わらず化粧の濃すぎる横顔の見つめる先、そこにある画用紙に描かれたものを見て、思わず言葉を失う。
「わっ、上手っ」
「でしょ? 馬頭さん、小さい頃に絵を習ってたんだって。今はやめちゃったらしいけど、まだまだ全然上手いよね?」
「うん」
正直、意外だった。馬頭さん、化粧はあんまり上手じゃないのに。絵はめっちゃ上手い!
――でも、ちょっと気になることもある。
「……なんで馬頭さん、私と同じ絵を模写してるの?」
「さあ? 偶然じゃない?」
それだけ言うと、ハヤトくんは再び自分の絵に集中し始めてしまった。
私は何となく納得がいかず、馬頭さんの横顔を見つめ続ける。
すると――。
「?」
馬頭さんが私の視線に気付いたのか、こちらに顔を向ける。
目と目が、合う。
「ふっ」
「っ!?」
今、馬頭さん「ふっ」って言わなかった? 「ふっ」って!
なんか、バカにした感じで!
まさか、私と同じ題材を選んだの、偶然じゃなくて……?
う~ん、仮入部の一件で少しは仲良くなれたと思ったんだけどなぁ。
まだハヤトくんの件で、嫉妬されてるらしい。私、そういうんじゃないんだけど。
――等と、馬頭さんと私がじゃれあいをしている間は平和だった。
まさか、この後、あんなことが起こるなんて、私達は予想すらしてなかったんだ。
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