第十二話「ホワイダニット」
「『ホワイダニット』を考える前に、単独犯説にも共犯説にも共通することがあります」
「ほう、それはなんだ?」
「少なくとも一人は、『スクエア』の仕組みを知っていた、あるいは途中で気付いた、という点です」
「……なるほどな。確かに、単独犯にせよ共犯にせよ、『スクエア』の仕組みを理解し、逆手に取ることによって上級生を驚かせることに成功した、というわけか」
「はい。一方で、『心霊研究会』の先輩達の目的は、成立することのない『スクエア』を後輩達にやらせて戸惑わせつつ、真っ暗な部屋に閉じ込めて恐怖を感じさせることにあった」
「ああ。その点はまず、間違いないだろうな」
「そして、もし『犯人』が『スクエア』の仕組みを知っていた、もしくは途中で気付いたなら、上級生達のそういった企みにも気付くのが自然だと思います」
「確かにな。……ふむ、そうすると『ホワイダニット』にも見当がついてくるな」
リョウマ先輩がマーカーペンを手に取り、ホワイトボードに何やら書いていく。
現れた文字列は「逆ドッキリ」。
……えらい達筆でそんな面白ワードを書かれると、ちょっと笑いをこらえるのが大変だった。
「相手が自分達をハメようとするのなら、こちらもハメてやろう、と言ったところか」
「そう、ですね。確かに、言われてみるとこれは逆ドッキリですね。仕掛けた方が、最後には驚かされてる」
「だろう? 犯人は上級生の意地悪を逆手にとって反撃したわけだ。中々頭の回る人物だな」
「ええ。それか、複数人で相談しあったのか……。あっ、そういえば。リョウマ先輩、もう少し確認したい点がありました」
「なんだ?」
「まず一点。現場の倉庫の防音性はどのくらいですか? ドアを閉めた状態でも、内と外で会話ができるレベルなのか」
「それは……難しいな。元々はかなり厳重な倉庫だ。ドアも分厚い。大きな声を出せば通るだろうが、普通の話し声はあまり聞き取れないはずだ」
「なるほど、ありがとうございます」
つまり、倉庫に閉じ込められた一年生達は、小さな声で会話すれば、外の上級生に気付かれずに相談しあうことができたわけだ。
「二点目。その一年生四人は、心霊研究会に入会することにしたんでしょうか?」
「いや。理由は聞いていないが、四人とも入会は辞退したそうだ」
「……ですよね」
犯人が単独にせよ複数にせよ、いきなり暗い部屋に閉じ込められておかしな降霊術をさせられて、更には不測の事態にうろたえて生徒会に相談に来るような先輩がいるんじゃ、入りたくもなくなると思う。
いや、というか――。
「ああ、そうか。なるほど」
「何か分かったのか、ユリカくん」
「先輩、最後の確認です。一年生四人は、以前からの顔見知りだったんでしょうか?」
「……いいや。それぞれ別に勧誘されてきた、ほぼ初対面の四人だったそうだ」
「ありがとうございます。……見えました、可能性の一つが」
自分でも知らないうちに、私は「こども探偵みらいちゃん」の決め台詞みたいなことを言っていた。
***
「先輩。今回の事件は、恐らく複数犯だと思います」
「ほう、その心は?」
「もし一人だけ……『人4』さんだけが『スクエア』の仕組みを知っていて、上級生の企みも見抜いていたとしても、単独で『逆ドッキリ』を仕掛けるメリットがないんですよ」
「メリット、だと?」
リョウマ先輩が小首を傾げる。
……ハヤトくんがやったら小動物みたいで可愛い仕草だけど、リョウマ先輩がやるとなんだかモデルさんのポーズみたいで、不覚にも少しときめいてしまった。
イケメンは何やってもイケメンだよね……。
「はい、メリットです。もし『人4』さんの単独犯だった場合、当然他の三人は『スクエア』の仕組みも上級生の意地悪も知らないままです。ただただ、怪奇現象に遭遇した被害者になってしまいます」
「……確かに。上級生達と同じく、奇怪な現象に怯える側になるな」
「そこでもし、他の三人が『スクエア』の仕組みを知ってしまったら、きっと誰かが気付くと思うんです。『あれは「人4」の仕業じゃないのか?』って」
「現に、俺達がその可能性に辿り着いているし、その線は大いにあるな」
「そうしたら、他の三人はこう思うんじゃないでしょうか? 『「人4」め、よくも俺達を怖がらせてくれたな!』って。つまり、『人4』さんは無駄に他人の恨みを買うことになる」
「ふむ。下手をしたら他の三人の一年生だけではなく、上級生からも恨まれるかもしれないな」
――そう。「人4」さんの単独犯だった場合、他の全員が彼に騙されて怖い思いをしたことになってしまう。
もし、それを他の関係者が知ったなら、「人4」に恨みや怒りを抱くのではないだろうか?
「先ほど先輩も仰った通り、『スクエア』の仕組みに気付いて逆ドッキリを仕掛けた人物は、中々頭が回るはずです。そんな人が、わざわざ余計な恨みを買うような方法をとるでしょうか?」
「なるほどな。加えて、『人4』以外の人間が犯人だった場合、その『人4』には誰かが不正をしたことがすぐに分かってしまうわけだから……」
「はい。わざわざ気付かれるリスクを増やしたりしないと思います」
つまり、こういうことだ。
「人4」が犯人だった場合、他の三人に知らせず恨みを買うリスクをわざわざ背負うだろうか?
それ以外の誰かが犯人だった場合、「人4」にすぐに不正を気付かれてしまう手段をとるだろうか?
「犯人」が頭の回転が速い人物だと仮定した場合、上記の理由で単独犯説は可能性が低いと言わざるを得ない。
「逆に、複数犯説の場合、誰が言い出しっぺにせよ、まず他の三人を味方につけられる、というメリットがあります」
「ふむ。『先輩が自分達を怖がらせる為にこんな茶番を仕組んだ。ここは逆に驚かせてやろう』といったところか」
「ええ。もちろん、実際にどんな会話があったかは想像するしかありませんが――」
頭の中で、暗闇の中の四人が交わしたであろう会話を思い浮かべる。
『おい、みんな聞いてくれ。これは「スクエア」って言って、成立しない降霊術なんだ』
『ええっ? あ、言われてみれば四番目の人は、誰もいない角に辿り着くから……』
『グルグル回り続けることなんて出来ないじゃん!』
『なるほど、僕らを怖がらせる為に、こんなことをやらせているんだね。意地悪な人達だ』
『ああ。……なあ、みんな。ここは逆に、先輩達を怖がらせてみないか?』
『怖がらせるって、どうやって?』
『……そうか! みんな、今いる角から、余分に一つ先の角に移動するんだ』
『おおっ? ああ、なるほどな。先輩達がドアを開けると、『スクエア』とやらが成立してしまった光景が飛び込んでくるんだな』
『いいね! やろうやろう!』
――もちろん、これは私の想像というか妄想だ。実際にどんな打ち合わせをしたのかは、四人に訊いてみないと分からない。
でも、こんなやりとりがあったとしたら、痛快だと思う。
「あ、リョウマ先輩。いつものことですが、これはあくまでも――」
「『可能性の一つに過ぎない』だろう? 分かっているさ。まあ、俺もこの線が妥当ではないかと思う」
リョウマ先輩がホワイトボードをキレイにしながら、背中越しに語りかけてくる。その声がどこか楽しそうに聞こえるのは、私の気のせいではないだろう。
「ああ、可能性ついでに、俺からも単独犯説を否定する要素を一つ、補足しておこう」
「へぇ? なんです」
「先ほど君も言っていたが、『人4』以外の一年生三人が何も知らされていなかった場合、彼らは『本物の心霊現象が起きた!』と思うのではないか?」
「思うでしょうね。実際、自分が同じ体験をしたら、結構怖いと思いますよ」
「うむ。だが、思い出してみてほしい。そもそも、集められた四人は『心霊研究会』という怪しげな同好会に興味を持って見学にまでくる物好きだ」
「でしょうね。しかも、かなりの物好きだと思います」
この科学全盛、心霊動画すらAIで簡単に作り出せてしまう時代に、「古き良き心霊現象」を好む人達だ。実際、かなりの物好きだと思う。
「そんな物好き連中が、せっかく本物の心霊現象に出くわしたというのに、それだけで入会を諦めるだろうか?」
「……あっ」
リョウマ先輩の言葉に、思わず口が開いたままになる。
しまった、その観点が完璧に抜けていた。
「ふふっ、俺の推理は何点かな? 名探偵殿」
先輩が、ちょっとだけおどけた口調でそんなことを言う。
だから私も、芝居がかった口調で、こんな言葉を返した。
「会長殿には、かないませんなぁ~」
生徒会室の中から漏れるほどの私達の笑い声は、誰にも聞かれることなく、放課後の校舎に消えていった。
***
さて、「心霊研究会」の話には、オチというかもう少し続きがある。
上級生に「逆ドッキリ」を仕掛けて見事に仕返しした一年生四人は、後日、学校にこんな部活動の設立を申請してきたという。
その名も「心霊研究部」。
名前は例の同好会と一緒だけど、活動内容は正反対だ。
彼らの活動目的は、なんと「偽心霊現象を暴く」ことだという。
これには先生達も思わず苦笑いを返し、「心霊研究会」の先輩方は、悔しさに歯ぎしりしたとかなんとか――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます