第十一話「グルグル回るグルグル回る」

「先ほども言った通り、この『スクエア』というシチュエーションは、色々なミステリー作品でそこそこ使われているみたいです」

 私とリョウマ先輩は、生徒会室のホワイトボードの前に立って、推理を始めた。

 ホワイトボードに大きく四角を描いて、四隅に人間に見立てた丸いマグネットを置く。

 マグネットには消せるマーカーで、それぞれ1から4までの数字を書いておく。

 四角の四隅にも、同じように1から4の数字を振っておく。

 それぞれを便宜上、人1~人4、角1~角4と呼ぶことにする。

「まず、普通に動かすと、こうなります」

 マグネットを時計回りに動かしていく。

 最終的に、人1が角2に、人2が角3に……人4は角1に移動した形になる。

「人4が移動した角1は無人だったわけですから、ここでグルグルは終わりますよね」

「ところが、今回の件では終わらなかった。更に各人が次の角まで移動している」

 リョウマ先輩がマグネットを動かす。

 人1が角3に、人2が角4に、人3が角1に、人4は角2へ移動した。

「どうすれば、この配置になるのかを考えなければならないわけだ」

「はい。様々なミステリー作品で、多種多様なトリックが使われています。例えば、一番大胆なものは『部屋の形が変わっている』とかですね」

「部屋の形が、変わる? すまん、どういうことだ」

 リョウマ先輩の予想通りの反応に、思わず苦笑いする。

 そう、これはちょっと非現実的なトリックなのだ。

「部屋の壁がですね、動くようになっているんです。それで、人1が歩き出したのを見計らって、角1がどんどんと鈍角になっていって、最後には平面になってしまうんです」

「それでは、部屋が四角ではなく三角形になってしまうじゃないか」

「はい。三角形ですから、四人でもグルグルと回り続けることができる、ということらしいですよ」

「む、一応筋は通っているか?」

 先輩がホワイトボードに三角形を書いて、マグネットを移動させたり戻したりする。けれども、どこか納得していない表情だ。

「あはは、すみません。このトリックについては真剣に考えなくても大丈夫です」

「それはそうだな。そもそも、倉庫の壁がこんな風に動くわけがない」

「ええ。それに昔……聞いた話ですが、このトリックを実際にやろうとすると、壁が動く音とか感触とか、回ってる人が普通に気付いてしまって実行不可能らしいですよ」

「さもありなん、だな」

 ……ちなみに、「さもありなん」というのは、「もっともである」とか「きっとそうだろう」という意味だ。

 前から思っていたけど、リョウマ先輩はやたらと難しい言葉を使うよね。私も人のこと言えないけど。


「ということで、部屋自体に仕掛けがある、という線は無しで。そうなると、次に考えられるのが――」

「……参加者の誰かが、ルールを破った可能性だな」

「はい。私もそれが一番現実的だと思います」

 つまり、こういうことだ。

 例えば、人4が角1に辿り着く。もちろん、そこには誰もいない。

 けれども、もし人4がいたずら心を起こして、次の角2へ移動して人1の体にタッチしたら?

 人1は角3へ移動することになる。そして芋づる式に、人3と人4も次の角へ移動する。

 これで、心霊研究会の先輩達が見た光景の出来上がりだ。

「なるほど。確かに、それが一番自然だな」

「はい。ところで一点確認したいのですが、いいですか?」

「なんだ」

「一年生の皆さんは、『きちんとルールを守った』と言っていましたか? 例えば、誰か一人が他の人の体をタッチしていなかった、とか」

「いや……上級生が尋ねたところ、ルールは守っていたと言い張ったそうだ。心霊研究会の連中も気が動転していたらしく、詳しくは訊かなかったらしいがな」

「ふむ。それを信じるなら、『人4』さん以外がルールを破った可能性は消えますね」

「……ああ、なるほど。もし『人4』以外がルールを破ったのなら、『人4』は誰の体もタッチしていないのに、次の順番が回ってきたことになるな」

 さすがはリョウマ先輩。説明するまでもなく察してくれた。

 ――つまり、こういうことだ。

 もし人4以外の人、例えば人1がルールを破って更に次の角へ進んだ場合、人4は自分は誰もタッチしていないのに、自分自身は二回もタッチされるという不可思議な状況になってしまう。

 明らかに異常だ。逆に、これで異常に気付かない人がいたら、会ってみたいものだ。

「ええ。ですから、『誰か一人がルールを破った』可能性を考えた場合、最重要容疑者は人4さんということになります。――ただ、もう一つ別の可能性もあるんですが」

「ああ。単独犯ではなく、『四人全員が共犯だった』可能性だな」

「お気付きでしたか」

「さすがにな」

 リョウマ先輩がニヤリと、ちょっと悪い笑みを見せる。どうやら、会長の中ではこちらの可能性が本命らしい。

 そう。一年生四人全員が共犯関係にあった可能性もあるのだ。

 予め四人で示し合わせておいて、馬鹿正直にルールを守ることもなく、ただ単純に部屋の中をグルグル回ってしまうこともできたわけで。


「さて、これで二つの可能性が出てきましたね。『人4』の単独犯か、それとも四人全員が共犯か。正直、状況証拠だけでは、どちらがより確率が高いとも言えません。そうなると、次に考えるべきは――」

「『ホワイダニット』、『何故やったのか?』だな」

「ご名答。次はそこを考えていきましょう」

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