第十話「四角はスクエア」

「実はな、うちの学校には『同好会』というものがいくつがあるんだが、その一つで事件が起こった」

「同好会? 少人数過ぎて部として認められていない方ですか? それとも、学校に届け出せずに勝手にやってる方ですか?」

「よく知っているな。うちの学校の場合、後者だ」

「えへへ。昔出た……観たドラマで、そんな話があったので」

 「昔出たドラマで」と言いかけて、慌てて言い直す。危ない危ない。

 それはともかく。私が言った通り、「同好会」というものは大きく分けて二つの種類があるらしい。

 一つは、既定の人数に足りなくて「部」になれない集団。

 校則で「部の設立には最低三人の部員が必要」となっていた場合、二人では部活として認められない。そこで、「同好会」として仮の部活として活動して、「部」への昇格を目指す訳だ。

 こちらは学校へ届け出された、正式な集まり。

 もう一つは、同じ趣味を持つ生徒が勝手に集まって活動をするもの。

 色々な理由――例えば、学校側が許可しにくい内容の活動を行っているなど――があって、学校には無届けで活動している、非公式な集まり。

 うちの学校の部活は、確か最低でも二人いれば成立するはずだ。だから、部設立へのハードルは低い。内容によっては部室ももらえる可能性が高いから、学校に届け出た方がお得だ。

 それなのに無許可・無届けの「同好会」で活動しているということは……?

「その同好会、何か学校側が公認しづらい集まりなんですか?」

「察しがいいな。今回事件を起こしたのは、『心霊研究会』だ。いたずらに生徒を怖がらせるような活動ばかりするので、部としては認められていない」

「ああ……」

「俺が一年の時にも、『こっくりさん』で集団失神騒ぎを起こしていてな。何かと問題が多いんだ」

 リョウマ先輩が珍しくため息を漏らす。どうやら、当時の騒ぎはかなり酷いものだったらしい。

 占いやオカルトみたいなものを好む人は、どんな場所にも一定数いる。芸能界にだって、スピリチュアルなあれこれにハマってお金をつぎ込んでいる人はいた。

 私から言わせれば、あんなものは全部インチキや思い込みだ。くだらないとさえ思っている。

 でも、人の背中を押してくれるような、優しい占い師さんも知っているから、難しいよね……。

「その心霊研究会が、また騒ぎを起こしたってことですか」

「ああ。ユリカくんは、『スクエア』という降霊術を知っているか?」

「スクエア、ですか? いいえ」

 聞いたことがなかったので、首を横に振る。

 ちなみに「降霊術」というのは、様々な儀式やおまじないで、霊を呼び出そうとするもののことだ。

「手順は簡単だ。四角い、出来れば正方形の部屋のそれぞれの角に、人を一人ずつ配置する。この時、部屋の明かりはお互いの姿がほぼ見えない程度に暗くする」

「ああ、もしかしてその状態で、あらかじめ決めた一番手の人が時計回りの方向で壁伝いに歩いていって、次の角にいる人にタッチする、というやつですか?」

「そうだ、よく知っているな。タッチされた人間は同じく壁伝いに歩いていき、次の角にいる人間にタッチする……これを繰り返すわけだ」

「でも、四番目の人が次の角に歩いていっても誰もいないから、普通はそこで止まる、というものですよね」

「その通りだ。四番手は、最初に一番手がいた角に辿り着く訳だが、一番手は二番手がいた角に移動しているからな。誰かがいるはずがない」

 ごくごく当たり前の話だ。

 ――分からない人は、自分で図を描いて確認してみてね!

 でも、これは「降霊術」なのだ。もちろん、話はこれで終わらない。

「先輩。私の記憶が確かなら、この降霊術は『四番手の人が誰かの背中をタッチ出来て、四人がぐるぐる回り続ける』と成功、でしたよね?」

「ああ。『スクエア』という降霊術は、『四人だと成立しないことが、まるで五人目がいるかのように成立してしまう』ことを目指すと聞いた」

「はい。諸説あるみたいですけど、原型は『とある雪山で起こった怪奇現象』ですからね」

「らしいな」

 リョウマ先輩も聞いたことがあったのか、深くうなずいてくれた。

 簡単に説明すると、この「スクエア」の元となったといわれているのは、ある都市伝説だ。

 

 雪山で、四人の人間が遭難し、命からがら山小屋へ辿り着く。

 暖房もない中、四人は寝ないで朝を迎える為に、体を動かしながら互いの無事を確かめ合うゲームを思い付く。

 山小屋に四隅にそれぞれが立って、時計回りに回って次の隅にいる人の体をタッチ。

 タッチされた人は次の隅へ向かい、その次の人をタッチする。

 四人は一晩中ぐるぐると回り続け、無事に朝を迎え救助された。

 けれども、はたと気付く。

 「このゲームは、五人いないと成立しないのでは? 四人目がタッチしたのは、果たして誰の体だったのか?」と――。


 昔、私が出演したドラマでも、ほぼ同じ内容の話をやったことがあった。

 確かその時は、「遭難する前は五人目がいたけれども、途中で命を落としてしまった。四人が助かったのは、死んだ五人目の幽霊が手伝ってくれたからだ」という話だったかな?

 他にも、ミステリー小説や漫画でも、そこそこ題材になっていたと思う。

 それらの作品では、「四人だけで『スクエア』が成立してしまう」のだけど、そこには実はトリックがあって……という展開になることが多い。

 だから多分、今回のケースもそうなんじゃないだろうか?

「リョウマ先輩。その、心霊研究会で行った『スクエア』は、成立してしまったんですね?」

 先輩は深く頷いて、事のあらましを話し始めた。


 心霊研究会は、正式な部活の仮入部期間に先立って、新入会員を迎えたそうだ。

 なんと、一年生が四人も来たのだとか。世の中には、物好きな人が多いんだね。

 そこで「新人歓迎会」と称して行われたのが「スクエア」だった。

 研究会の先輩達は、今は使われていない鍵の壊れた倉庫に四人を集め、ろくな説明もせずに「スクエア」をやらせたんだとか。

 「時計回りに次の角へ向かって、前の人にタッチする。タッチされた人は更に次の角へ向かって……を繰り返す。これをしばらく続ける儀式だ」くらいしか伝えなかったらしい。

 もちろん、何かが起こるとは思っていない。絶対に四人目で止まる確信があった。

 新人を暗い部屋に閉じ込めて、ちょっと怖がらせるつもりだったみたいだね。

 ――でも、しばらく経ってから倉庫のドアを開けた先輩達は、目の前の光景を見て言葉を失った。

 普通に考えれば、一年生の四人は扉を閉めた時点で居た角から、一つ時計回り方向に進んだ角に立っているはずだった。

 でも、先輩達は見た。四人がそれぞれ、二つ先の角に移動して立っている姿を。


「なるほど、典型的なやつですね」

「ほう、ユリカくんは分かるのか?」

「はい。ミステリーとかでもよくあるパターンですから。先輩も、小説とかで似たようなケースを読んだことがあるんじゃないですか?」

「そうだな。小説か漫画か、それともドラマかは忘れたが、確かに『スクエア』を使ったトリックがあったような記憶がある。だが、細部を忘れてしまってな」

 リョウマ先輩の口から出た「ドラマ」という言葉に、ちょっとドキッとする。

 それまさか、私が出てたドラマじゃないですよね……?

「それに、俺が観たトリックと同じことが起こったとも限らん。ユリカくん、知恵を貸してくれるか?」

「も、もちろんですよ! 任せてください!」

 少し動揺していたのか、思わず大きな口を叩いてしまう。

 ――さて、一度口に出してしまったからには、ばっちり推理しないとね。

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