第四話「照山先生の受難」
うちの学校では、生徒が下校した後に、先生と警備員さんのそれぞれが各教室や部室の施錠を確認して回っている。
先生と警備員さんが、それぞれ逆方向から見回りを始め、正反対の順番でそれぞれの教室の施錠を確認する、ダブルチェックというやつだ。
昨日も、照山という先生が見回りをしてから、警備員さんが更に見回りをした。その時に、問題が起こったらしい。
「実は、警備員さんが見回った時に、文芸部室の鍵が開いていたそうなんです」
「ほう、見落としか」
「ところが、照山先生は『自分が確認した時は絶対に鍵はかかっていた』の一点張りだそうで」
「なるほど。確か、照山先生は文芸部の顧問でもあるな。自分が顧問をしている部室の鍵を、確認し忘れるはずがない。道理だな」
「はい。それで、先生方も戸惑っていまして」
「ふむ。面妖だな」
リョウマ先輩が首をかしげる。一方、傍で聞いていた私は、何が「不思議」で「面妖」なのか分からなかった。
だからだろうか、気付けば疑問が口から出てしまっていた。
「あの~? それって、先生が見回った後に誰かが鍵を開けて、その後に警備員さんが見回りに来たってことでは?」
「ふむ。ユリカくんの疑問はもっともだ。だが、それは基本的に不可能だ」
「不可能? 何故です?」
「各部室や特別教室の鍵は、基本的に二つある。一つは職員室にあり、これは教職員や生徒に貸し出される。もう一つは警備員室にあり、こちらは警備員しか使わない。そのどちらも、電子錠のキーボックスに保管されていて、勝手に取り出すことはできない。ここまではいいか?」
私はコクコクと頷いて先を促した。
「そして、夜の見回りは全生徒が下校した後……職員室のキーボックスの鍵が全て返却されてから行われる。つまり、照山先生は鍵の返却を確認してから文芸部室の施錠を確認したわけだ。鍵はキーボックスにあるのだから、先生が確認した後に誰かが開けることはできないはずだ」
「なるほど。坂ノ下先輩、照山先生が文芸部室の施錠を確認した後に、キーボックスが開けられた可能性はないんですか?」
「……記録を調べたけど、無かったそうよ」
私がいきなり質問したからか、坂ノ下先輩からの返答は少しだけ間があった。……もしかして、ちょっと引かれてる?
――って、しまった。ちょっと疑問を解消するつもりが、いつの間にかどっぷり会話に参加してる!
「ユリカくん、何か心当たりでもあるのか?」
「えっ!? ええと……その……」
「何か考えがあるなら聞かせてくれ。このままでは、恐らく照山先生の見落としとして始末書ものだ。いい先生なんだ、経歴におかしな傷をつけたくない」
リョウマ先輩が真剣なまなざしを私に向けてくる。
……仕方ない、乗りかかった舟だ!
「そうですね、いくつか気になる点があります」
私は覚悟を決め、リョウマ先輩と正面から向き合った。
「まず、一つ目。先生達が見回りをした時、昇降口は施錠されていましたか?」
「恐らく。先生方が見回りをする前、具体的には十八時頃には昇降口も施錠するのが常だ」
「もし、その時点で生徒が残っていたら、どうするんですか?」
「その時は、教職員用の玄関から出る。下駄箱から靴を持ち出して、そちらまで回ってもらう形になるな」
「教職員用の玄関?」
「二階の、職員室のすぐ横にある。なお、警備員室は玄関に併設されている。来客受付も兼ねているな」
「ありがとうございます」
なんとなくイメージが掴めてきた。私の頭の中のパズルのピースが、段々と一枚の絵を形作り始めている。
「二つ目。坂ノ下先輩。当時、学校には他に誰か残ってたんですか?」
「ええと……確か昨日は、教職員の方々は出張や早退が多くて、照山先生と警備員さん以外はもうお帰りになっていたはずですね。普段は誰かしら残っているのですけど」
「なるほど、ありがとうございます。ちなみに、藤原先輩。文芸部室の鍵というのは、生徒会室のものと同じタイプですか?」
生徒会室のドアを指さしながら、リョウマ先輩に尋ねる。生徒会室のドアは引き戸で、外から施錠する際には鍵を使うけど、内側からは「サムターン」と呼ばれるツマミを回して施錠するタイプだ。
「基本的に、一部の教室をのぞいて全て同じタイプの鍵のはずだ。無論、文芸部室もな」
「では、サムターンで内側から鍵を開閉できるわけですね?」
「そうだ」
「ありがとうございます。では、最後に三つ目。見回りの先生と警備員さんの巡回ルートは、いつも同じなんですか? それと、見回りのことは、普通の生徒も知ってますか? 特に、ダブルチェックが行われていることを」
「ルートはいつも同じと理解している。だが、見回りについては、どうだろうか。『先生と警備員が見回りする』ということは知っていても、ダブルチェックをしていることまでは知らない生徒も多いはずだ。恐らく、だが」
リョウマ先輩の答えに、私の頭の中でパズルの最後のピースがピタリとはまり、一枚の絵が完成した。
(見えたわ、一つの可能性が!)
口に出すのを我慢して、私は心の中で「こども探偵みらいちゃん」の決め台詞を言い放つ。
やっぱり、この台詞を言わないとしまらないよね。
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