第三話「生徒会室のお茶」
「粗茶だが、どうぞ」
「ど、どうも……いただきます」
一体全体、どうしてこんなことになったのか? 私は生徒会室に連行されてお茶をごちそうになっていた。
猫池中は大きく分けて二つの棟に分かれている。一年から三年の教室があるA棟と、職員室や理科室、音楽室などの特別教室があるB棟だ。
生徒会室はA棟の四階の一番隅っこにある。窓からは周囲の街並みが見渡せて、そこそこいい景色だったりする。
でも、今の私にはそんな景色を楽しむ余裕なんてない。出されたお茶が緑茶なのか玄米茶なのかもよく分からない始末だ。
緊張で味なんて全くしない。
「どうだユリカくん。少しは落ち着いたか。茶菓子が無くて申し訳ないが」
「いえ! どうぞおかまいなく!」
「ええ~お菓子ないの? 兄さん」
「菓子類の学校への持ち込みは禁止だぞ、ハヤト。生徒会は生徒の規範。そこを破れるわけがないだろう」
「ちぇ~」
私の隣では、ハヤトくんが不満そうに口を尖がらせながら、ソファにだらしなく沈み込んでいる。普段は天使のような笑顔と真面目さと気遣いに溢れる人だけに、ちょっと意外な姿だった。
どうやら、お兄さんである会長の前では、ちょっと子どもっぽくなるらしい。
「ふむ、まだ顔色が赤いな。冷たい茶の方が良かったのだろうが、あいにく生徒会室には冷蔵庫がなくてな」
「あの……本当に大丈夫ですから」
「桜井さん、本当に大丈夫? なんか、熱がありそうだよ」
私のことを全力で心配してくれるイケメン兄弟。うう、そりゃ超絶ハンサムと超絶美少年に挟まれてたら、顔も赤くなるよ!
しかも――。
「ほら、桜井さん。ちょっとおでこ見せて」
ハヤトくんなんか、熱を測ろうとしているのか、私のおでこの方に手を伸ばしてきてるし!
ちょっと距離感近すぎませんか!? 助けて!
等という私の声が天に届いたのか、その時、生徒会室に救世主が現れた。
「ハヤトくん。女の子の体にみだりに触ろうとするのは、セクハラですよ」
それは、ささやくような、それでいてよく通る声だった。
見れば、生徒会室の開けっ放しだったドアのところに、一人の女生徒が立っていた。
黒くつややかな髪は背中まであり、上等な布地のような光沢を放っている。
中学生にしてはやや大人っぽい、目鼻立ちのくっきりした顔は「やまとなでしこ」と言った風情。
背はすらっと高くて、何より姿勢が良い。私は何となく、「日本舞踊か茶道をやってそう」等と感じた。
「あ、ナデシコ先輩。こんにちは」
「坂ノ下くんか。お疲れ様。職員室での用事はもう済んだのか?」
「はい、会長。滞りなく。……ところで、そちらの可愛らしい方は?」
女生徒が私の方を見て、にっこりと上品な笑顔を浮かべる。
え、何? この生徒会、顔が良すぎない?
「ハヤトのクラスメイトの、桜井ユリカくんだ。ユリカくん、こちらは副会長の坂ノ下ナデシコくんだ。俺と同じ二年生で、すこぶる優秀な生徒だ」
「まあ、会長ったら。褒めても何も出ませんよ。――桜井さん、坂ノ下よ。よろしくね」
「は、はい。桜井です、よろしくお願いします」
少し緊張しながら、坂ノ下先輩に挨拶を返す。
芸能界で数多の美形と交流してきた私だけど、坂ノ下先輩は彼女達とは身にまとう雰囲気が少し違った。
だからちょっと、今までにない感覚に戸惑ってしまっていた。
「それで? こんな可愛い女の子を生徒会室に連れ込んで、一体何をなさっていたんですか?」
「人聞きの悪いことを言うな。ユリカくんの具合が悪そうだったから、茶でも飲んでゆっくりしてもらおうと連れてきただけだ」
「僕はそのオマケです」
「ハヤト、お前もオマケではないぞ。話がある、と言っただろう」
「ちぇっ、覚えてたんだ」
「忘れるものかよ」
ハヤトくんのちょっと甘えた態度に、リョウマ先輩が嬉しそうな苦笑いを浮かべる。
どうやら、この兄弟の仲は良好らしい。
「前にも言ったが、うちの生徒会長には会長推薦での庶務の枠がある。そこにお前を推薦したい。よもや、断る理由もあるまい?」
「ええ~? だって、生徒会って大変じゃない? 僕なんかに務まるかなぁ」
「謙遜するな。お前の成績が良いのは知っている。苦手なのは運動くらいのものだろう? クラスでも人気があるそうじゃないか。なあ、ユリカくん」
「えっ!? ああ、そ、そうですね。藤原くん、あっという間にクラスの人気者ですよ。まだ入学して何日も経ってないのに」
「ちょっと、桜井さん!?」
ハヤトくんが珍しく慌てていた。気のせいか、頬もほんのり赤い。どうやら照れているようだ。
ううん、可愛いやつめ。
「まあ、すぐにとは言わん。考えておいてくれ、ハヤト。……さて、坂ノ下くん。待たせてしまったな。職員室からの連絡事項を報告してくれ」
「はい。基本はこちらのプリントに。あとですね、ちょっと事件というか、不思議な出来事があったそうなんです」
「ほう」
そこで何故か、リョウマ先輩が私の方をチラリと見た。
うぅ、「事件」とか「不思議な出来事」という言葉に私が反応したかどうか、見たのかな?
この人やっぱり、私が「こども探偵みらいちゃん」だったことに、気付いてる?
「あの~。生徒会のお仕事の話なら、私は席を外しますけど?」
「いや、いい。ユリカくんもハヤトも、聞いていってくれ。坂ノ下くん、続きを」
「はい」
坂ノ下先輩は一呼吸おいてから、その「不思議な出来事」を語り始めた。
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