第二話「失せもの探し」

 話はとても単純だった。

 神崎さんの無くしたものというのは、スマホらしい。

 言うまでもなく、中学校へのスマホの持ち込みは基本的にしてはいけない。家が遠かったり、部活で帰りが遅くなる人は持ってきてもいいけど、担任の先生に預けるのがルールだ。

 ――私の記憶が確かなら、神崎さんはそのどれにも該当しない。

 自己紹介の時に、「学校のすぐ近くに住んでいる」と言っていたし、部活は仮入部期間もまだだ。

 ついでに、さっきホームルームの時に先生が預かっていたスマホをクラスの人達に返していたけど、その中に神崎さんはいなかったはずだ。

 つまり、神崎さんのスマホは本当に「こっそり」持ち込んでいたものということになる。

「なるほど。それは『みんなで探そう』とは、ならないね」

「うん。だから、少ない人数で探そうって。桜井さん、手伝ってくれる?」

「いいけど……なんで私? クラスにもっと仲の良い人もいるでしょう」

「ほら、桜井さんって落ち着いてるし。それに、僕が一番仲が良いのは、桜井さんだよ」

 ――おおっと、ここで予想外の言葉だ。さすがの私もちょっとだけグッと来てしまった。

 美少年に「君が一番だよ(意訳)」と言われるのは、こう、なかなかにドキドキさせられるね……。

 仕方ない、一肌脱ぎますか!

「それで、神崎さんには心当たりがあるのかな?」

「うん。いつも持ち歩いてる巾着袋の中に入れてあったらしいよ。でも、その巾着ごとないんだって」

「なるほど。さっきカバンの中を探してたから、教室では巾着ごとカバンの中にしまってあったってところかな。……そうすると、盗難の線はない、か」

「トーナン?」

「誰かに盗まれた可能性はないってこと」

 ハヤトくんに説明しながら、思考をめぐらす。なんだか、「こども探偵みらいちゃん」に戻った気分だ。

 ちょっとワクワクする。元々、私はこうやって何かを推理するのは好きだし。

「そうなると、どこかに持ち出した時に、巾着ごと落としたか、もしくは置き忘れたってところね」

「でも、教室に戻ったらカバンに入れてたわけだよね? その時に『無い』って気付かなかったのかな?」

「う~ん。私達が中学に入学してまだ数日だよね? その『スマホの入った巾着をカバンに入れる』という行動自体も、まだルーティンとして身についてないだろうから、うっかり忘れててもおかしくない、かな」

「ルーティンって?」

「毎日の習慣とか、そういうもののこと」

 ふと神崎さんの方を見やると、ちょうど数人の女子と教室を出ていくところだった。どうやら、教室以外を探すらしい。

 今日は体育はなかったけど、移動教室はあったから、そのどこかに置き忘れたかもしれない、と考えたのだろうか?

(いや、それ以外にも……?)

 ふと思い立ち、神崎さん達の後を追うように教室から出る。

 廊下を見渡すと、少し離れた所に神崎さん達の背中があった。彼女達はそのまま廊下を進み、突如として左に曲がると姿を消した。

 あそこは確か……トイレだ。どうやら連れだってトイレに行ったらしい。

 ――そういえば、男女問わず連れだってトイレに行く人達って結構多いよね。あれ、何やってるんだろう? 私にはちょっと分からない。

(おっ)

 そんなことを考えている間に、神崎さん達がトイレから出てきた。残念ながら手ぶらだ。

 スマホは見つからなかったらしい。

 神崎さん達は、そのまま廊下の陰へと消えていった。どうやら他の場所を探しに行ったみたいだった。

「桜井さん、教室の中には無かったよ」

 私に置いてけぼりをくらっていたハヤトくんが、おずおずと話しかけてくる。

 突然、私が廊下に飛び出したから、仕方なく教室の中を探していたらしい。

「まあ、スマホが入るような巾着袋が落ちていたら、気付くもんね。――となると」

 頭の中で思考をめぐらせる。今まで得られた情報と、神崎さん達の行動と照らし合わせて、考えうる答えを導き出していく。

「見えたわ、一つの可能性が」

「えっ?」

「……なんでもない」

 危ない危ない。思わずハヤトくんの前で、「みらいちゃん」の決め台詞を言ってしまった。気を付けないと。

「ええとね、藤原くん。神崎さん達、今日の移動教室で使ったどこかの教室を探してると思うの。でもね、それは多分、無駄に終わる」

「え、なんで?」

「うちの学校、移動教室の終わりには、その日の日直や係の人が、備品のチェックしたりするよね? 体育なら体育委員がやるけど」

「そうだね。今日は理科室と美術室に行ったけど、使った道具は日直の人が数をチェックしてた。それが?」

「うん。私も一度やったから知ってるんだけど、移動教室の時って、最後に日直の人が忘れ物がないかもチェックするの。だから――」

「あっ」

 そこまで説明して、ハヤトくんもようやく気が付いたらしい。

 もし、神崎さんが移動教室の際にスマホ入りの巾着袋を忘れていたのなら、日直の人がそれを発見しているはずなのだ。

 教室にクラスの人達が残っていればその場で「誰の忘れ物?」と訊けるけど、日直の仕事は忘れ物のチェックだけではない。備品のチェックを先に行う。

 備品のチェックにはそこそこ時間がかかる。終わる頃には他の生徒は自分の教室に戻っているから、忘れ物を見つけてもその場で持ち主を確認することはできない。

 つまり、その場合は――。

「僕、神崎さんに知らせてくるよ!」

 ハヤトくんが、ちょっと早歩きになって神崎さん達の後を追う。

 百パーセントではないけど、たぶんこれで解決すると思う。

 このまま帰ってもいいけど……ちょっと薄情な気がするから、ハヤトくんの帰りを待ってあげるかな。


   ***


 それから数分後。

 ハヤトくんが満面の笑みを浮かべながら、教室へと戻ってきた。

「桜井さん、例の物、見つかったよ」

「……それは良かった」

「桜井さんの言ったとおりだったよ。美術室に忘れてあった神崎さんの巾着を日直が見つけて、それを先生に渡して、先生は職員室の忘れ物置き場に届けてた。中身も無事だったよ。……神崎さんは、ちょっと叱られてたけど」

「それは仕方ないね。うちの学校、そんなに厳しいわけじゃないから、持ってきたことを隠さないで、ちゃんと先生に預ければいいんだよ」

「うん、神崎さんも反省してた。それと、ありがとうって、桜井さんに」

「……神崎さんに、話したの? 私が手伝ったこと」

「もちろん。何かまずかった?」

「いや、別に……」

 等と言いながら、ちょっと背中に冷や汗をかいていた。

 今回の「事件」は、誰でもきかっけがあれば分かる程度の「謎」だった。別に私が手伝わなくても、神崎さんはいずれスマホに辿り着いていただろう。

 でも、私のアドバイスがあったから早めに解決できたのも事実だ。神崎さん達には「桜井ユリカは推理力がある」と思われてしまったかもしれない。

 ――もし、「推理力」からの連想で、「こども探偵みらいちゃん」に辿り着いてしまったら?

(まさか、そんな安直なこと、誰も考えないか)

 自嘲気味に心の中でつぶやく。どうも私は少し、自意識過剰らしい。

 そもそも、「こども探偵みらいちゃん」が放送していたのは、私達が小学校低学年の頃なのだ。再放送もやっていないはずだし、配信でも今はそこまでメジャーな番組じゃない。

 今の私と、当時の「桜井ユリカ」を結びつけるなんて、それこそ「名探偵」でもなければできないんじゃなかろうか?

 等と思った、その時だった。

「でも、凄いね桜井さん。まるで『こども探偵』なんとか、みたいだったよ」

「えっ……?」

 目の前のハヤトくんの口から、核心を突くような言葉が飛び出し、思わず頭が真っ白になる。

「ほら、僕らが小さい頃にやってたじゃない。同年代の女の子が事件を解決するミステリードラマ。なんだっけ、ほら、タイトル……」

「『こども探偵未来ちゃん』だ」

「そう、それ! ……って、兄さん!?」

 突然、背後から聞こえてきた声に思わず振り返る。

 そこにいたのは、なんと生徒会長の、あの藤原リョウマ先輩だった!

 ……ん? というか、ハヤトくん。今、「兄さん」って言わなかった?

「ハヤト。放課後は生徒会室に寄るようにと言っておいただろう。何かあったかと思ったぞ」

「あ、ごめん……ちょっとした事件があってさ」

「事件? そういえば今、『こども探偵みらいちゃん』の話をしていたようだが、何か厄介な事件でも起こったのか?」

 放心する私をよそに、二人の「藤原」の会話が続いていく。

 どうやら、話の中身から推測するに、この二人は兄弟らしい。

 確かに同じ名字だけど、全然似てないよ! こんなの分かんないよ!

「ああ、ちょっとクラスメイトが物を無くしてね。でも、この桜井さんの名推理で見事に見つかったんだ!」

「ほう?」

 ハヤトくんの言葉に、リョウマ先輩の鋭い視線が私に向けられた。

 ……うう、やっぱり顔がいい! さすがの私もちょっとドキドキしちゃうぞ!

「君は……入学式の日に会ったな」

「あ、はい。その節は失礼しました」

「弟と同じクラスとはな。これも何かの縁かもしれない。改めて……二年一組の藤原リョウマだ。生徒会長を務めている。弟共々、よろしく頼む。桜井……ユリカくん」

「よろしくお願いしま……す?」

 なんだろうか。凄い違和感がある。

 私はこの人に、自分の名前を教えただろうか?

 名字はハヤトくんが呼んでいたから分かるけど、なんで下の名前を知ってるんだろう?


 ――そういえば、リョウマ先輩はさっき「こども探偵みらいちゃん」のタイトルを正確に言っていた。ということは、あの番組を観ていた可能性がある。

 もしや……もしや、私の正体に、気付いている?

 私の胸の中に、リョウマ先輩と初めて会った時に感じた、あの「モヤモヤ」が甦る。

 うう、今すぐこの場で「私のこと気付きましたか?」って問いただしたい気持ちだけど……ヤブヘビだったら取り返しがつかないし、どうしたらいいの!?

「おや、どうしたユリカくん。顔色がすぐれないようだが」

「本当だ! 凄い汗だよ桜井さん! どうする? 保健室で休んでいく?」

「い、いえ。どうぞおかまいなく」

 汗びっしょりになった私を、藤原兄弟が左右からそれぞれ心配してくれる。というか、いきなり下の名前で呼びますか、生徒会長!

 うう、超絶可愛い顔と超絶ハンサムに挟まれて、二重の意味で生きてる気がしないよぉ!

「なら、せめて生徒会室で少し休んでいったらどうだ? 茶くらい飲んでいくといい」

「そうだよ、桜井さん! そうしようよ!」

 迫りくる善意のイケメンサンドイッチ。

 ……私は屈服するしかなかった。

 どうなる、私の平穏な中学校生活!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る