第一話「となりの席の美少年」
入学から数日も経つと、クラスの中では早くも「仲良しグループ」が定着し始めるらしい。
休み時間や放課後になると、クラスの男子も女子も、それぞれ数人のグループに分かれて雑談する姿が見られるようになった。
私はと言えば――。
「桜井さんバイバイ~」
「はい、さようなら」
「桜井ちゃん、また図書室寄ってから帰るの? たまにはカラオケ行こうよ~」
「あはは、私オンチだから……今度、ね?」
等と、クラスメイトと気さくに挨拶しあう仲にはなっていた。
けれども、どこかのグループに加わるようなことはしていなかった。
仲良しグループに入れば、子どもの頃の話になってしまうかもしれない。
「ぼっち」を貫けば、かえって悪目立ちしてしまう。
そう思った私は、「どのクラスメイトとも適切な距離を保つ」ことにしたのだ。
ついでに「読書少女」というキャラを作って、放課後は自然と図書室に向かう理由を作った。
図書室は雑談禁止だ。放課後、他の人達が下校したり部活に行ったりするまで時間をつぶして、素早く下校。これでクラスメイトと余計な会話をする可能性を大幅に減らせる。
我ながら天才だと思ったね!
……ところがどっこい、一つだけ誤算があった。
「ねぇねぇ、桜井さん。今度は何の本を読んでるの?」
「えっ……ええと、これ。おおぞら文庫の新刊。図書室に入ってたから」
「なになに? 『炎の卓球!』……? へぇ、卓球の小説って珍しいね。面白い?」
「まだ読み始めたばかりだから……」
「あ、そうか。ごめんね」
そう言ってペコリと頭を下げたこの男子。クラスメイトにして隣の席の、藤原ハヤトくんという。
なんの偶然か、あの生徒会長と同じ名字だ。
入学式の翌日に席決めがあったんだけど、その時に隣同士になったのがこの子だった。
藤原ハヤトくんは、なんというか、すごい美少年だ。
ふわふわした茶色っぽい髪と大きな蒼い瞳。
女の子よりも女の子らしい可愛い顔立ち。
笑えば、その笑顔は天使のようで、驚いたことに性格まで良い。
猫池中は、ほとんどの生徒が近くにある猫池小からの進学組だ。私のように、よその小学校から入ってくる生徒はごく少数。
この藤原ハヤトくんは、その数少ない仲間の一人だった。
でも彼、美少年だし性格も良いしで、既にすっごい人気者なんだよね。同じ小学校出身のクラスメイトはいないらしいんだけど、早くも「昔からの友達」みたいに馴染んでる。
そんな彼が、なんで私なんかにこんなにかまってくるのか、謎だった。
別に、かまってくること自体は嫌じゃない。美少年だから目の保養になるし、性格も良いから、こっちが放っておいてほしい時は無理に話しかけては来ない。
でも――。
『あ、またハヤトくんが桜井さんに話しかけてるよ』
『あんな地味な子のどこがいいんだろうね~』
そんなひそひそとしたつぶやきが、私の耳に届く。
顔を動かさず視線だけで声が聞こえた来た方を見てみると、「派手な女子」代表の馬頭さんのグループが、こちらをチラチラと見ながらヒソヒソ話をしているところだった。
……ごめんね、馬頭さん達。ヒソヒソ話のつもりなんだろうけど、私の地獄耳にははっきり聞こえちゃうんだ。
どうも彼女達は、どのグループにも属していない私がハヤトくんと仲良く(?)しているのが気に入らないらしい。
多分だけど、彼女達の誰かがハヤトくんのこと、好きなんだろうね。
「だったら、自分からハヤトくんに話しかければいいのに」なんて、私は思ってしまうけど、そこはそれ、中学一年生のピュアなハートというものがあるのだろう。
小さな頃から芸能界という大人の世界で生きてきた私には、あまり理解できない感情だけど。
――そう。困るのは、何も子役時代のことがクラスメイトに知られてしまうことだけじゃない。私はどうも、同年代の子達とは、感性がずれているらしい。
子役として大人に混じって仕事をしてきたからか、私は何というか、中学生っぽくないらしい。
流行りの歌やバズっている動画の話はできても、クラスの誰それが気になるだとか、あの子はあの人が好きらしいとか、そういった恋バナ的なものにあまり興味が持てないのだ。
親戚の人からはよく、「大人と話してるみたい」なんて言われたっけ。
よく言えば「落ち着いている」んだけど、悪く言えば「老けている」わけだから、正直ちょっと危機感もあったりする。
(子役時代のことがバレる危険性は上がるけど、もう少しクラスメイトとの会話を増やした方がいいのかな?)
なんて、私が思ったその時だった。
「あれ、無い! 無いよ!」
近くの席の女子が、自分のカバンの中を探りながら叫んだ。確か、神崎さんと言ったか。長めのボブヘアのおっとりした女の子だ。
「どうしたの神崎さん」
「あ、ハヤトくん」
ここですかさずハヤトくんが神崎さんに話しかける。
こうやって即座に人に寄り添おうとする態度が、人気の秘訣なんだろうね。
「無いって言ってたけど、何が無いの?」
「ええと……それは……」
神崎さんは何故か気まずそうな表情を見せてから、そっとハヤトくんに耳打ちした。どうやら、何か大っぴらには言えないものを無くしたらしい。
「ああ、なるほど。それは……。分かった、僕も探してみるけど、二人じゃらちが明かないから、誰か信用できる人に手伝ってもらおう? 僕の方も、口が堅そうな人に頼んでみるから」
ハヤトくんの言葉にコクコクと頷くと、神崎さんは近くにいた友達を呼び止めて、また耳打ちしていた。
どうやら、頼れる友達はいるみたい。まずは安心。
――と、彼女と話してたハヤトくんが、今度は私のところへやってきた。
もしかして、「口が堅そうな人」って、私のこと?
いやいやいや、まだそんな判断ができるほど、深い付き合いじゃないよ?
「桜井さん、ちょっといいかな?」
「……神崎さんの無くしもののこと?」
「うん」
どうやら、やっぱり私だったらしい。
私は仕方なく、ハヤトくんの話を聞くことにした。
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