私、目立ちたくないんですけど⁉︎ ~元天才子役のこっそり推理日記~

澤田慎梧

プロローグ「こども探偵みらいちゃん」

『十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人』なんて言葉があるそうだ。

 「子供の頃は天才でも、成長していくにしたがって秀才になり、大人になる頃には凡才になっている」という意味らしい。

  その言葉を知った時、私は「そういう人はしょせん、本物の天才じゃなかったのよ!」だなんて、バカにしたものだ。……昔に戻って、その頃の自分をぶん殴りたくなる。

 何故かって? だって私は、二十歳どころか十二歳で「只の人」になってしまったのだから――。


   ***


 春。桜の舞い落ちる中、多くの人達が進学したり会社に入ったりする、門出の季節。

 殆どの人にとってお祝いムードのその季節の中で、私は一人、お葬式ムードに包まれていた。

「あ~、学校行きたくない……」

「ちょっと、入学式に行く前から登校拒否? もっとシャンとなさい、シャンと」

 お母さんと路線バスに揺られながら、私の頭の中では「ドナドナ」が流れていた。

 今日、私こと桜井ユリカは、中学生になる。

 入学するのは、地元の公立中学校。学力が高いとか有名な部活があるとか、そういったことは何もない。いわゆるフツーの中学校だ。

 小学校まで私立で過ごした私にとって、初めての公立校通いになる。

「だってさ、お母さん。公立校ってあれでしょ? 無法地帯でしょ? 授業中に勝手に歩き回る子がいたり、不良がいきなり暴れまわったりする」

「アンタは公立校をなんだと思ってるの!? 普通の学校よ、普通の」

「……分かってるよ、そんなこと」

 そう、分かってはいるのだ。うちの市は、比較的治安がいい。公立校が荒れているという話も聞かない。お母さんの言う通り、普通の学校だというウワサだ。

 だから、「不良が暴れまわる」なんて、漫画の中でしか見たことがないことを心配している訳ではない。

 ――むしろ、その「普通」が心配なのだ。

「目立っちゃったら、やだなぁ……」

「何言ってるの、芸能人は目立ってナンボよ」

「お母さん、私は『元』芸能人だよ。というか、バスの中でそんな話しないで」

 お母さんの言葉に、思わず声を潜めながら非難する。誰かに聞かれたらどうするのか、と。

 けれども、お母さんは不思議そうな顔をしただけで、謝ってはくれなかった。

 どうも、この人の中ではまだ、私は「芸能人」であるらしい。


 私、櫻井ユリカは芸能人――だった。ほんの少し前までは。

 その昔、「こども探偵みらいちゃん」というドラマが大ヒットした。小学一年生のみらいちゃんが、学校の謎から悪い大人の犯罪まで見事に暴き、事件を解決するというお話だ。

 決め台詞は「見えたわ、一つの可能性が」。全国の小学生が真似をしたものだった。

 何を隠そう、その「みらいちゃん」を演じたのが、私こと桜井ユリカだったりする。

 クリクリでキラキラの大きな眼。

 サラサラの茶髪。

 くっきりしているけれども、野暮ったくない眉。

 そして、周囲がうらやむ整った顔立ち。

 声も「小鳥がさえずるよう」と言われるほどにキレイで、演技だけじゃなく歌だって上手かった。

 「百年に一人の天才子役」だって言われたっけ。

 「こども探偵みらいちゃん」はシリーズ化され、ドラマは三シリーズも作られた。

 けれども、その後はアニメや漫画での展開にシフトして、実写ドラマは続編が作られなくなった。

 原因は実に分かりやすい。主演である私が成長してしまい、「小学一年生のみらいちゃん」を演じるのに無理が出てきたせいだ。

 その頃、小学三年生になり、背もすくすくと伸びてしまった私は、既に「みらいちゃん」のイメージから離れてしまっていたのだ。

 スタッフさん達は「みらいちゃんを進級させよう」とか色々提案してくれたらしいんだけど、テレビ局の偉い人たちもスポンサーさん達も首を縦には振らなかった。

 アニメではプロの声優さんが「みらいちゃん」を演じたので、当然私の出番はなかった。

 そのまま、他の仕事もずるずると減っていって……小学四年生になる頃には、遂に仕事が何もなくなった。

 たまに事務所がエキストラ――通行人とか台詞のないクラスメイトとか、そういう単発の仕事を回してくれたけど、それだけ。「出演者」の欄に名前も載らない。

 そんな状態が続いたものだから、小学六年生の春には事務所を正式にクビ。

 「芸能人だから」という理由で通わせてもらっていた私立の学校も、中学からは通えないことになった。

 先生達が言うには、「せめて成績が良ければ残してあげられたんだけど」ということらしいけど、芸能活動を諦めきれなかった私は勉強をろくにしていなかったので、成績はボロボロだった。

 仕方ないじゃない? だって、お母さんは私がまだスターに戻れるって信じ込んでたんだもん。

 芸能活動をがんばる以外の選択肢は、私には最初からなかったんだ。

 そんなこんなで、私は中学から地元の公立校に通うことになってしまった。

 

 ――さて、公立校に入ることになって一番困るのが、「周囲の反応」だ。

 前の学校は有名人の子供も多くて、芸能人も珍しくはなかった。だから、私が元人気子役だったからと言って、変に騒いだりチヤホヤされたりもしなかった。快適そのもの、というやつだ。

 けれども、普通の公立校に通えば、芸能人なんて恐らく珍獣扱いだ。パンダかカピバラかアルパカかは、分からないけど。そんな扱いになるだろう。

 こちらが頼まなくても周囲は勝手に注目してくるだろうし、質問攻めにも遭うだろう。

 そして何より、「最近はテレビでも動画でも見ないけど、どうしたの?」と言われるのだ。

 そのことを想像すると、今から胃が痛かった。

「学校、行きたくないな……」

 そう呟いてみたけれど、お母さんは、今度は何も言ってくれなかった。


   ***


「わっ、凄い人の数」

「ユリカ、はぐれないようにね」

「お母さん、人前で大きな声で名前呼ばないで……」

 これから私が通う「猫池中学校」に辿り着くと、そこは既に新入生とその保護者とで大混雑していた。

 と、言うのも――。

「あそこの掲示板にクラス分けが貼ってあるみたいね」

 お母さんが、ちょっと先に見える大きな掲示板を指さしながら言う。そこには、どの新入生がどのクラスに振り分けられたのかが、ずらっと並んで書かれていた。

 でも、まだ距離があるので、自分の名前は見つけられそうにない。

 私達がいるのは、校門から入ってすぐの小さな広場。少し行くと昇降口があるんだけど……新入生とその保護者の数に対して、広場の大きさが小さすぎる!

 校門から入ってすぐで、みんなここで足を止めて掲示板を見るんだから、大混雑になるくらい分かるよね?

 どうやら、この学校の先生達は「導線」ってものが分かってないらしい。

 私が前に通っていた学校なら、こんなことは――。

(って、今そんなこと言っても仕方ないじゃん)

 我ながら未練がましくて呆れてしまう。私はこれから、この猫池中に通わないといけないんだから、古巣の私立校と比べている場合じゃないのだ。

 改めて、目の前に群れている新入生、つまりこれからクラスメイトや同級生となる人達を眺める。まだ、誰も私のことは見ていない。

(大丈夫、大丈夫)

 自分に言い聞かせながら、その群れの中に分け入っていく。

 後ろでお母さんが何か言っていたけれど、ここはあえて無視する。どうせ私の名前でも呼んでいるんだろうから、そっちの方がいい。

 ――今の私は、とっても地味な格好をしている。

 まずは伊達メガネ。できるだけフレームの太い黒縁やつをかけているので、印象がだいぶ変わる。

 自慢の長い髪だって地味な一つ結びにしているだけ。リボンやヘアピンの一つも付けていない。

 人が多い場所ではマスクも付けるから、顔の大部分を隠すことが出来る。

 これなら、「こども探偵みらいちゃん」を観ていた人だって、私が「あの」桜井ユリカだとは気付かないだろう。

 ……多分。

「あ、ちょっと通してください……ごめんなさい、通ります」

 周りに声をかけながら、混雑の中を進んでいく。

 残念ながら、私の背はあまり高くない。というか、低い。そのせいで、混雑の中に入るともみくちゃになって、右も左も分からなくなってくる。

 それでも、どうにかこうにか人ごみを抜けて、


 ――ゴンッ!


 突然現れた壁におでこをぶつけた。

(うう、入学早々ついてない)

 派手にぶつけたおでこをさすりながら顔を上げる。

 すると――。

「おや、失礼。君、大丈夫か?」

 なんと、壁が話しかけてきた!

 ……って、違う。よく見ると壁じゃなかった。誰かの背中だ。

 そこにいたのは、他の人達よりも頭二つ分くらい背の高い、男の人だった。

 この学校の制服であるブレザーを着ているから、先生ではなく生徒らしい。

「だいぶ派手にぶつかったようだが、怪我はないか?」

「あ、大丈夫です。こちらこそ、ぶつかってしまってすみません」

「いや、この混雑だ。仕方あるまいよ。――ふむ」

 その男子生徒は、キョロキョロと辺りを見回すと、いきなり大きな声でこんなことを叫び始めた。

「こちらは生徒会です! 今、校門前広場は大変混雑していて危険ですので、クラス分けを確認した新入生及び保護者の方は、速やかに体育館への移動をお願いします!」

 ――低いけれども良く通る美声だった。

 彼の言葉に、その場のざわめきが一瞬止み、何人かがそそくさと移動を始める。

 どうやら、クラス分けも確認し終えてもその場に残って雑談していた人が、かなりの数いたらしい。どんどんと人が減っていく。

「ユリカー! ああ、こんなところにいたのね」

「あ、お母さん」

 混雑が解消されたからか、お母さんが私を見つけてやっと追い付いてきた。この人も背が低いから、私が見えなかったんだろうね。

「ふむ、親御さんと合流出来たようだな。では、俺はこれで――入学おめでとう」

「あ、ありがとうございます?」

 突然「おめでとう」なんて言われたものだから、ちょっと照れてしまいつつ、私はそこでようやく男子生徒の顔をはっきりと見た。

 ――そこにあったのは、「ハンサム」としか言いようのない、整った顔だった。

 少し面長だけどゴツくはない、適度にほっそりとした顔立ち。鼻筋は理想的なまでに通っている。

 「眼光鋭い」とでも言えばいいのか、やや細めの切れ長の目には不思議な迫力があった。

 髪は短く、丁寧にセットしてある。

 壁のように感じた立派な身体も、よく見れば適度に細身でスラっとしている。なんとなく、「ダンスが得意な男性アイドル」っぽい体型だ。

 私も小さな頃から芸能界で沢山のハンサムさんを見てきたけど、彼らにだって負けてない。

 というか、本当に中学生? むちゃくちゃ大人っぽいんだけど。

 思わず「目の保養」とばかりに、まじまじと男子生徒の顔を見てしまう。

 すると、向こうも私の顔をじっと見つめ始めて……って、まずい。もしかして、私が「あの」桜井ユリカだって気付かれた?

 でも――。

「ふむ、そういうこともあるか。……申し遅れたが、俺は藤原リョウマという。この学校の生徒会長だ。何か困ったことがあれば、気軽に相談に来るといい。では、今度こそ失礼する」

「あっ」

 彼は何やら納得したように何度か頷くと、足早に去って行ってしまった。

「すごいイケメンさんだったわねぇ。しかも生徒会長だって?」

「うん……」

 お母さんとそんな会話をしながら、彼の後ろ姿を見送る。

 結局、彼――藤原リョウマ先輩に私の正体がバレてしまったのかどうかは分からなかった。そのこともあって、私の胸の中にはなんとも言いようのない「モヤモヤ」が残ることになった。


 まさか、この「モヤモヤ」が私の新しい学校生活にいつまでも付きまとうことになるだなんて、この時は思いもしなかったなぁ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る