第4話 会合
「ここがお前の部屋だ」
鴉丸が案内してくれたのは畳の部屋だった。
置かれているタンスや文机は年季は入っているが細やかな螺鈿細工が施され、丁寧に扱われているのが良く分かる。
「荷物はあまり持ってこなかったんだな」
「足りない物があったら、鴉丸に頼もうと思ったんだが⋯⋯」
少し甘え過ぎだろうかとは思ったが泊まりに何が必要なのかよく分からなかったから、鴉丸を頼ろうと思って荷物の中身は自分の着替えくらいだ。
鴉丸を上目遣いに見やる。
「いや。それでいい」
満足そうに頷く鴉丸の様子に間違ってなかったとホッとする。
面倒見のいい鴉丸は頼られる方が好きみたいだ。
鴉丸は三羽鴉と呼ばれる鴉天狗の三兄弟の長男であり、長男気質というか面倒見がいいのだろう。
「会合は今日の夜にある。それまでは問題さえ起こさなければ好きに過ごしてもらって構わない」
「分かった」
「酒は昼間も飲むか?」
人を飲んだくれみたいに言わないで欲しいが、まぁ確かに鴉丸と会う時は大体飲んでいたか。
「夜に飲むだけでいい」
どうせ会合では浴びるほど飲まされるのだから昼間には飲まなくていい。
「そうか。何かあれば近くの使用人に声をかけてくれ」
使用人の目印は羽織などに"ぬ"の文字が書かれているらしい。
分かりやすくて良いなと感心してしまった。
名前や特徴を言われても分からないと思っていたところだった。
「そんなに緊張するな」
俺の肩に手を置いた鴉丸が目を細めて笑う。
緊張しているのがバレているようだ。
「お前の屋敷に比べると賑やかだろうが、私達はお前を取って食いやしない」
頭を大きな手が撫でる。
しかも角には触れないように細心の注意を払ってくれていて、その優しさが嬉しい。
知らない内に入っていた肩の力が抜けるのを感じて、俺は大人しく撫でられるがままになる。
「会合でも何かあれば必ず力になるからな」
不思議な気分だった。
俺の為にあれこれと鴉丸は当たり前のように気を回してくれる。
関わりを持つことは少なかったはずなのに、どうして俺に良くしてくれるのだろうか。
考えても鴉丸の考えは分からない。
しかし、それを不快に思わない自分もいて、本当に不思議だ。
俺はこんなにも警戒心がなかっただろうか。
それとも鴉丸が相手の懐に入るのが上手なのか⋯⋯。
ジッと見つめると、鴉丸の手が止まってしまう。
撫でられる心地良さに浸っていたいのに。
不満も顕に離れようとする手に頭を押し付けると、何故か鴉丸は空いた手で自分の嘴を掴む。
その際に「可愛過ぎる」などと有り得ないことを言われた気がして、首を傾げる。
「鴉丸様!鴉丸様ぁ!牛鬼様達がいらっしゃいました!」
頭が藁で包んだ納豆、体は人間という小さな妖が部屋へと飛び込んできた。
「納豆小僧、うるさいぞ」
先程までとは違い、眉間にシワを寄せた鴉丸は不機嫌に注意をした。
あぁ、これが納豆小僧なのか。
噂で"臭い"と聞いたことはあるが、近づかないとそこまで臭わないようだ。
納豆嫌いには嫌でたまらないだろうが。
俺の膝までくらいしか身長がなく、腕を意味もなく上下に振って慌てている姿は小動物を思わせる。
自分に見入る俺に気づいた納豆小僧は目を見開いて、固まってしまった。
これ、突っついても構わないだろうか。
からかってしまいたくなる愛らしさだ。
わきわきと指を動かしていると、衝撃を受けた。
「うぐっ!」
納豆小僧を見る俺の顎を鴉丸が掴んで自分の方へと向けたのだ。
急にやられると痛い。
涙目で鴉丸を睨む。
「あまり見つめてやるな」
顎を掴まれたままのなので鴉丸の顔しか見えないが、俺の視線から外れた納豆小僧は大慌てで廊下の向こうはと走って行ったのを感じた。
あぁ、また嫌われてしまったようだ。
しょんぼりと肩を落とす。
屋敷に遊びに来る小鳥や兎などの小動物は俺のことを怖がらないんだけどなぁ⋯⋯。
「これをやる」
落ち込む俺を見かねたのか、鴉丸が懐から小さな巾着を取り出した。
「これ、何だ?」
受け取り、中身を手の平へと出してみる。
転がり出てきたのはトゲトゲとした見た目の小さな色とりどりの星。
桃色に水色、鶯色など淡い色合いが可愛い。
「おぉ!星だっ!」
初めて見た物に子どものようにはしゃぐ。
太陽の光にかざしても光ってはいないが、星が手に入ったことが妙に嬉しかった。
「それは星じゃなくて金平糖という菓子だ。口に入れると甘くて美味しいぞ」
「金平糖⋯⋯?」
きょとんと目を丸くする。
これがお菓子?
「⋯⋯勿体ない」
こんなに綺麗なのに食べてしまったらなくなってしまう。
だが、せっかく鴉丸にもらった物だから食べてみたい気もする。
どうしようと悩んでいる俺を見た鴉丸が嘴に手を当てて笑った。
「巾着になくなったら新しいのをやるから、食べてみろ」
なくなったらくれる。
あっさりと約束をする鴉丸は人が良過ぎると思うが、そこまで言ってくれるなら食べてみたい。
小さな星の一つを指先で摘んで口へと入れてみた。
舌に金平糖の突起が当たるたび口に広がる甘さは癖になりそうなほど美味しく感じた。
ウットリと目を細める。
「気に入ったみたいだな」
可愛いと小さな声が聞こえた。
俺が可愛いなんて鴉丸の目は大丈夫だろうか。
言い返したいがこの美味しい金平糖をもらえなくなったら困る。
モグモグと口を動かす俺に向けられる視線は温かい。
この鴉丸の視線は嫌いじゃない。
そして、ふと気づく。
「ぬらりひょんへの挨拶はしなくてもいいのか?」
家主へ挨拶もせずに部屋にいても大丈夫だろうか?
俺の質問に鴉丸は目を瞬かせる。
「ん?あぁ⋯⋯ぬらりひょん様は散歩に行かれているから、屋敷にいないんだ」
行先も言わずフラッとどこかへ行ってしまうのはぬらりひょんとしての妖の性でもある。
なるほどと頷き、夜までは部屋で寝て過ごすことにした。
下手に出歩いて問題を引き起こさないようにしておきたい。
鴉丸に怒られるのは嫌だ。
■■■■■■
ガヤガヤガヤ⋯⋯。
案内された大広間には所狭しと様々な妖達がそれぞれのお膳を前に座っている。
知り合いを見かけたら近寄って話し込んで、また離れて⋯⋯忙しなく動く妖の多さに辟易する。
自分には挨拶をする相手すらいないから、ひがんでいるわけでは絶対の絶対にない。
フンッ!と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
すると、スパーンッ!とこ気味の良い音を立てて、障子が開いた。
現れたのはぬらりひょんとその側近達だ。
ぞろぞろと中へと入って来た彼等の中に鴉丸がいて、目が合うとほんの僅かに視線が和らいだ気がした。
「皆、よく集まった!」
上座で仁王立ちにしたぬらりひょんが盃を片手に声を張り上げた。
見た目は"ぬ"の紋付袴を普通の初老の地味顔の男。
しかし、大勢の妖を前にして堂々と話をする様は総大将としての覇気に満ちている。
一番端の下座で片膝を立てて、そこに頬杖をついて眺めている俺。
他の奴等も先程までの賑やかなさはどこかへ、静かにぬらりひょんの言葉を聞いている。
「実はな、タマと最近つまんねぇなぁって話をしていたんだ」
タマとは九尾の狐でもある玉藻前のことだろう。
ぬらりひょんの傘下入りは断ったらしいが、悪戯好きということもあり、茶飲み友達としても仲がいいとは聞いたことがある。
へぇ⋯⋯とぬらりひょんの言葉を他の妖達も気にした様子なく、話を聞きつつも茶や酒をそれぞれ飲んだり、お膳にあるツマミを突っついている。
好き勝手はしているが自己中心的な奴が多い妖がここまで集まっていて、この静けさは褒めてもいいくらいだ。
気になるのはぬらりひょんの後ろで苦虫を噛み潰したような顔をしている鴉丸や他の側近達の顔である。
「ということで!タマのところの妖達と勝負をすることになった!」
つまらないという話からどこをどうしたら勝負の話になるのだろう。
ということで、と簡略されている間の事情が気になって仕方ないのだが。
首を傾げるのは俺だけではなく、他の妖達も目を白黒させている。
「こっちの代表を誰にするか⋯⋯」
ニヤリと笑いながら俺達を見回すぬらりひょんの姿から、皆関わりたくないと顔を逸らす。
誰が参加するかをどうやって決めるつもりなのだ。
立候補形式ならまだいいが、やりたがっている妖の数は本当に極小数である。
「厳正なるくじ引きで決めよう!」
痛いほどの沈黙が満ちる。
ぬらりひょんは何を言っているのだ。
「え、え?もしかして、皆、本気で嫌なのか?」
何で?と純粋に問いかけてくるぬらりひょん。
恐らくぬらりひょんは好意でそんな話をまとめてきたのだろう。
しかし、全国各地から集まっている俺達は、会合が終わったらそれぞれの寝ぐらへと帰るつもりである。
一応、ぬらりひょんの傘下として各地の妖を取り締まり、統括するのが俺達の仕事。
長期に渡って離れると、それだけ仕事が疎かになってしまうのは分かりきっている。
側近達のようにぬらりひょんの近くに控えているわけにはいかないのだ。
「え~⋯⋯どうしよ。タマに今更嫌だつったら怒られるよな。う~ん⋯⋯」
側近達は頭を抱えるぬらりひょんを困ったな⋯とでも言いたげに眺めている。
けれど、俺達傘下に入った妖は勿論知っている。
「うん、やっぱり、くじ引きで決めよう!側近達がいるから、最低でも三人には手伝ってもらう!」
言い出したら絶対に引かないということを。
くじを引いて当たってしまった妖は諦めるしかない。
スッと手を挙げたのは鴉丸だ。
「拒否権はあるのでしょうか?」
「うん?勿論、ないに決まっている!」
どうか!どうか!自分に当たりませんように!
そんな空気の中で鴉丸の持っている筒へくじの棒を引く為に一人ずつ上座の方へと行く。
皆して顔色が悪いのはご愛嬌。
棒の先に朱色の墨がついているのを見た妖はその場に崩れ落ちている。
「おぉ!牛鬼も当たりだな!」
ニコニコと笑うぬらりひょん。
黒の着物を着こなした左目を前髪で隠している短髪の男が顔を歪めた。
中年ではあるが静謐な雰囲気を持ち、顔が整っている。
「主様、本当に故意ではないのですね?」
くじで不正でもしたのでは?と言いたげな牛鬼。
くじの当たりを引いている身としては、偶然とはいえ自分が選ばれたことが納得がいかないのだろう。
「どの棒を引くかまではさすがのワシでも分からんよ」
カッカッカッ!
そんな風に笑ったぬらりひょんを見つめていた牛鬼だが、諦めたのか大人しく自分の席へと帰る。
ふ、と牛鬼と視線が絡まった。
深々と眉間のシワが深くなり、唇がひん曲がったのを遠目に見て首を傾げるしかない。
俺は何もしていないんだが?
困惑して鴉丸へ視線を向けると、諦めろとばかりに首を左右に振られた。
視線があっただけで俺は腹の立つような顔しているのか?
「次は酒呑童子だな。くじを引きに来い」
俺の名前が呼ばれたのを聞き、静かに立ち上がる。
肩にかけた鮮やかな女物の打ち掛けがヒラリと揺れるのを感じつつも、迷いなくぬらりひょんの前へ立つ。
「おぅ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
伸びてきた手が俺の頭に触れようとするのを叩き落とした。
鴉丸になら許せるが、ぬらりひょんに触れられることは嫌だった。
思わぬ苛烈な様子を垣間見せる俺に他の妖達は固唾を飲んで見ているのを感じる。
全ての視線が俺に向けられたことに苛立ち、ぬらりひょんに目で抗議をするが笑って流された。
「相変わらず、綺麗だな」
そんな言葉と共に俺の頬や髪へと触れようとするのを全て叩き落としてやった。
音のわりに痛くないようにするのは面倒くさい。
いっそのこと、手の骨を粉砕した方がいいのでは⋯⋯?
俺の思考が暴力的になったことを感じたのか、苦笑したぬらりひょんが手をヒラヒラとさせた。
「ったく、たまにはワシに甘えてくれてもいいじゃないか」
傘下に下った時、ぬらりひょんは俺に「俺がお前に家族をつくってやる」などと頓珍漢なことを言った挙げ句に、「ワシには甘えてくれていいぞ」と謎の言葉までかけられた。
俺は家族の必要なガキでもないし、俺とぬらりひょんの関係は甘えるような甘い関係でもないはずなのだが、いちいち反抗する俺が面白いのか、いつもこうやってからかわれるのだ。
「そのつれない態度がまたいいんだがなぁ」
ニヤけた面を拳で殴ってやってもいいだろうか。
いや、俺ではぬらりひょんに勝てないのは分かっている。
今は冗談だからこそ、こうやって俺の反応を楽しんでいるようだが、本気で怒らせたらその場で殺されるかもしれない。
その恐怖を押し殺すように拳を握る。
「くじを⋯⋯」
鴉丸がくじの筒を差し出してくる。
何とも言えない顔をしているのは、思っていたよりも俺とぬらりひょんの関係が悪いからだろうか。
残りのくじは二本。
どちらかが当たりくじのようだ。
自分の運のなさは分かっているつもりだ。
「⋯⋯⋯⋯」
迷いに迷って引いたくじの先には朱色。
どう足掻いても変えられない結果に宙を仰ぎ見る。
わぁ!と周囲の妖達が盛り上がる。
自分達が選ばれなかったからと嬉しそうにしやがって。
「うん、では⋯⋯牛鬼と酒呑童子も勝負に参加ということで良いな」
良くないとも言えず、俺はため息をつく。
「そう嫌そうな顔をするなって!」
俺の肩に腕を回そうとしてきた坊主の服を着た鬼、青坊主から距離をとる。
この馴れ馴れしい態度があまり好きではないのだ。
会合に来る度に「飲め!」と俺の盃に勝手に酒をついでくるし、何なら「飲み比べで勝ったら屋敷に招待しろ」など言ってくるから扱いに困る。
二メートルにもなる巨体で肩を組まれたら、さすがの俺でも潰れてしまうかもしれない。
俺の冷ややかな態度に気づいた様子もなく、青坊主はすぐに俺への興味をなくしたのか他の妖の所へと行った。
違う妖の肩を抱きにあっちにフラフラこっちにフラフラと誰とでも仲良くしている様子から目を逸らす。
あぁいう奴は苦手を通り越して、嫌いだ。
不機嫌を顕に青坊主を睨む。
すると、他の妖達がジリジリと近づいてくることに気づき、顔をしかめる。
どうやって逃げようか。
「兄者だけでなく、我々とも是非仲良くしてくれよ」
「ぜひ、あたし達とも仲良くしてくださいな」
そんな他の妖を押しのけて来たのは鴉丸と似た格好をした男女。
しかし、鴉丸と違って、顔は人間のものだ。
男は鴉太(アタ)と言い、女は弥鴉(ミア)と言う。
勿論、鴉丸の弟妹である。
艶やかな烏の濡れ羽色の髪に少しタレ目の瞳が特徴的だ。
吸い込まれそうなほど黒い瞳と透き通るような白い肌をした美男美女に目を奪われる。
もしかして、鴉丸も人な顔をしたら二人に似た顔をしているのだろうか。
ちなみにぬらりひょんの手足となって全国各地の情報を集めて回る二人は戦いにも秀でているようだ。
足の運びや気配の殺し方が鴉丸にそっくりだ。
だが、この二人よりも鴉丸の方が遥かに強いのは何となく感じている。
どう答えたらいいのか分からず黙り込んでいると、二人は目を合わせて苦笑した。
「この構いたくなる雰囲気、兄者が目で追いかけるのも分かる」
「そうね。兄者の好みそのものだわ」
ワイワイと二人で何やら盛り上がっている。
鴉は賑やかだと聞いたことはあるが、鴉丸が物静かなだけに二人の明るい笑い声は耳障りに感じてしまう。
助けを求めようと鴉丸へ合図を送ろうとするが先程までいた場所にいない。
ぬらりひょんが牛鬼の頭を撫で回しては俺がやったみたいに叩き落され、それに青坊主が絡みに行っている。
そして、少し離れた所で他の妖達も話し込んでいたりと静けさとは程遠い会合の場に俺は頭が痛くなってきた。
ちなみに雪女が何故か恨めしげに俺を見ているのは気のせいだと思いたい。
席に戻って酒でも飲みたいのに、場の空気がそれを許してくれない。
どうしたものか⋯⋯。
「顔色が悪い。部屋に戻るか?」
頭の中がこんがらがって、フラリとよろめいた俺の体を背後から支えられた。
振り返って確認すると、鴉丸が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「だが、会合の途中⋯⋯」
盛り上がりに盛り上がった皆で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになりつつある。
勝手に部屋へ帰っていいものか⋯⋯。
僅かに頷いた鴉丸は鴉太へと視線を向ける。
「あ~はいはい。ぬらりひょん様には伝えておくよ」
「本当に顔色が悪いわ。気づかなくて、ごめんなさいね」
二人も悪い妖ではないのだろう。
俺の顔色に眉を寄せて、早く行けとばかりに手を振っている。
半ば鴉丸に抱えられるようにして、会合を後にした。
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