真夜中の訪問者(2/2)
旅は順調だった。
この世界の唯一紳だという女神様とやらが推しただけあって、タケルは自分でもびっくりするほど強かった。
並みのモンスターは一撃で倒せるし、中ボス格には多少ヒヤリとさせられる事もあったが負けることは無かった。
思いのほかサクサクである。
「まあ俺の夢なんだから当たり前か」
「? 何か仰いましたか?」
「いや、独り言」
この分なら邪竜とかいうのも大したことないだろう。
さっさと倒してハッピーエンドだ。
タケルは意気揚々とラストダンジョン――邪竜の棲む城へと向かって行った。
※ ※ ※
だが、そんな予想はあっさり打ち砕かれた。
「ぐっ!?」
死角からの尻尾の一撃で城壁に叩き付けられ、タケルはそのまま崩れ落ちた。
必死に起き上がろうとするのを邪竜がニタニタと見下ろしている。
邪竜はそれまでのモンスターとは比較にならないほど強かった。
見上げるほどの巨体の上、鱗が鋼のように固くまるで攻撃が通らない。
爪で肉を裂かれ、ブレスで焼かれ、尻尾で殴られ……思い出せないほど攻撃を受けたタケルはもはや満身創痍だった。
夢だというのに滅茶苦茶痛い。タケルは正直泣きそうだった。
タチバナが見てるから必死に堪えたが。
「勇者さま、大丈夫ですか」
タチバナが駆け寄ってきてタケルを抱き起こした。
タケルは無理やり笑顔を作って、
「大丈夫大丈夫。見ててよ、ここから逆転してやるから」
勝てる策などない。勇者っぽく振る舞う余裕ももはや無かった。
だが、どうせ夢なのだ。何だかんだできっと勝てるはずだ。
タケルはそんな風に考えていた。
すると、タチバナが意を決したようにキュッと口を閉じた。
それから優しく微笑み、タケルを床に寝かせる。
「私が活路を開きます。後のことは宜しくお願いしますね」
「何を……」
タチバナは邪竜のほうへ歩いて行った。
そして祈るように両手を合わせる。
次の瞬間、眼が眩むような光がタチバナから溢れ出した。
タケルは目を見張った。
同時に、以前立ち寄った村の長から聞かされた話が脳裏をよぎる。
邪竜に通じるかもしれない唯一の攻撃手段。
使用者の命を犠牲に発動できる、失われし禁断の攻撃魔法。
間違いない。
タケルは一目見て、直感的に理解した。
タチバナが展開しようとしていたのは、あの時聞いた禁断の魔法だった。
「や、やめろ! ていうか何でそんなの使えるんだ!」
「女神様が授けて下さったのです。いざという時はこれを使えと。……大丈夫です。私はこのために生きてきたのですから」
タケルに背を向けているので顔は見えなかったが、タチバナの口調は穏やかだった。
――お願いです、私にできることなら何でもします。
初めて会った時のタチバナの言葉を思い出す。
あれはこういう意味だったのか。
タチバナを取り囲む光の渦はどんどん強く、大きくなっていく。
確かにあれなら邪竜に致命傷を与えられるかもしれない。
邪竜も本能で危険を察したらしい。地響きとともにタチバナの眼前に降り立つと、鋭い爪が生えた片腕を脅すように振り上げる。
だが、タチバナは避ける素振りも見せない。
黙って邪竜を見つめ返しながら、ただ淡々と発動の手順を踏んでいく。
光がさらに一層強くなる。
それを見て、邪竜の顔から余裕が消え去った。
牙を剥き出して咆哮し、タチバナめがけて腕を振り下ろす。
邪竜の爪がタチバナに食い込むか、それともタチバナがその身を犠牲に魔法を発動するのが先か。
どちらにしろ、一人の少女の犠牲は決定的なものとなった。
長い冒険譚の結末がこれなのか。
「――ふざけんな! こんな終わり方じゃ寝覚めが悪いわ!」
タケルは身体中の痛みも構わず無我夢中で飛び出した。
頭の中には怒りしかなかった。
誰に向けた怒りなのかはわからない。
邪竜か、タチバナか、それとも夢だからと真剣に戦っていなかった自分自身に対してか。
とにかくタチバナと邪竜の間に割り込むと持っていた剣で邪竜の腕を迎え撃った。
これまでまるで歯が立たなかったのだ。
止められるわけがない。
それでもタケルは全力で剣を振った。
すると。
邪竜の悲鳴が響き渡った。
そして同時に巨大な何かが宙を舞い、遠くに落ちた。
地面に転がっていたのは腕だった。
あれほど硬かったはずの邪竜の鱗にあっさりと刃が通ったのだ。
見れば、タチバナから溢れていた光がタケルの剣に集まっていた。
この力によるものらしい。
タチバナのほうも、目を丸くしているが命に別状はなさそうだ。
「……よくわからないが、これなら勝てそうだ」
タケルは剣を握りしめて邪竜に向かって行った。
※ ※ ※
世界は平和になった。
盛大な祝典の後、タケルは元の世界に戻されることになった。
「勇者さま、ありがとうございました」
タチバナがタケルの手を握りながら涙を浮かべる。
タケルも笑顔で答えた。
「とんでもない。また何かあったら呼んでくれ。いつでも力になるよ」
「本当ですか?」
「ああ。また君と一緒に旅がしたいし」
何故かタチバナの顔が真っ赤になった。
そして、何かを言おうとしたようだった。
しかしその言葉を聞く前にタケルの頭上に魔法陣が現れ、辺りの景色がグニャンと歪んだ。
※ ※ ※
気が付くとタケルは自分の部屋にいた。
時計に目を向けてみると、さっき確認した時からまだ十数分しか経っていない。
かなり長い旅をしていた気がするのだが……。
「やっぱり夢見てただけか。妙にリアルな夢だったが」
何故か頭が冴えて眠れそうになかったので、タケルは机に向かってテスト勉強を始めた。
こうして最後まで夢だと誤解したまま、タケルの冒険は終わりを告げた。
だが、それから数か月後の真夜中、タケルの元に再びタチバナが現れた。
そしてタケルは再びファンタジーな世界へ冒険の旅に出ることになるのだが――それはまた別のお話。
真夜中の訪問者 鈴木空論 @sample_kaku
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