真夜中の訪問者
鈴木空論
真夜中の訪問者(1/2)
「ああ勇者さま。目覚めて下さったのですね」
「………」
誰かに体を揺すられて目を覚ますと、そこにはRPGのゲームの中から出てきたような僧侶みたいな格好の女が立っていた。
自分と同年代か一つ二つ下くらいの少女だった。
コスプレ?と思ったが、どうもそんな感じではない。
しばらく女を眺めた後、タケルは枕の傍の時計に目をやった。
午前二時。
なるほど把握した。
これ夢だ。
タケルは高校の期末テストのためにここ一週間ほどゲームを我慢していた。
きっとその禁断症状(?)でこんな夢を見ているのだろう。
僧侶は言った。
「勇者さま、私とともに来て頂きたいのです。異世界の方に突然こんな事を頼むのは心苦しいのですが、女神様によると私達の世界を救えるのは貴方以外にいないそうなのです。ですからどうかお願いします。私たちの世界を救って下さい」
ほほう、そういう設定か、とタケルは思った。
それから周囲を見回した。
夢の中のはずだがタケルがいたのは自分の部屋の中だった。
テスト勉強の途中で少し仮眠を取ろうとベッドに入る前そのままの状態。
そんな所に僧侶がいるから凄いシュールな光景になってしまっている。
俺、もうちょっと想像力があると思ってたんだがなあ……。
タケルは何だかがっかりして溜め息をついた。
一方、僧侶のほうはタケルが一向に返事をしてくれないので拒絶されたと思ったらしい。
泣きそうな顔でその場に跪き、さらに懇願した。
「無理を言っているのは承知しています。ですが私達にはもう他に方法が無いのです。お願いです、私にできることなら何でもします。ですからどうか力を貸して下さい」
何でもする、と言われてタケルは反射的に僧侶の身体に目を向けた。
眠気が勝っていたのもあって気にしていなかったが、服の上からでも胸元の膨らみがかなりあるのがわかる。
「………」
一瞬だけ邪な考えが脳裏をよぎったが慌てて首を振った。
経験上、こういう夢で妙な行動を取ろうとすると中途半端な所で目が覚めてしまうのだ。
折角面白そうな夢だし、ここは相手に合わせて勇者っぽく振る舞ってやろう。
タケルはベッドから降りると、騎士のように片膝をついて微笑んだ。
「貴女のような可愛らしい方が何でもするなどと口にしてはいけませんよ。突然の事で返事が遅れましたが、俺で良ければ協力させて頂きます」
やってみてから「勇者かこれ?」と思ったが、咄嗟に頭に浮かんだ勇者っぽい仕草がこれだったのだから仕方ない。
僧侶はしばらくタケルの顔を見つめていたが、突然顔を真っ赤にするとさっと俯いてしまった。
「あ、ありがとうございます……」
蚊の鳴くような声で言う。
どうやら笑いを堪えているらしい、とタケルは思った。
やはり失敗だったようだ。
だが、今更キャラを変えるのもおかしくなりそうだ。
なのでこのまま押し切ることにした。
「それで俺は何をすれば?」
「は、はい! では転移を行いますので私に掴まって下さい」
僧侶が慌てた様子で手を差し出す。タケルはそれを握った。
柔らかい。
夢なのに本物みたいな感触だな。
そんな事を考えた矢先、二人の頭上に魔法陣が広がった。
周囲の景色がグニャンと歪み、気付けば辺りはファンタジーな世界である。
「………」
思わずポカンと口を開けたタケルに対し僧侶は言った。
「転移成功です。それではまずはこちらへ。国王から旅の許可を頂きましょう」
※ ※ ※
タケルは城で国王から参加賞みたいな軍資金と装備品を受け取って冒険に出発した。
王の話から察するに、道中のモンスターを倒しながら旅をし、最終的にラスボスを倒せばいいらしい。
なんというか、べたにも程があるRPGな世界だった。
てっきりタケル一人で旅に出るものと思っていたが、僧侶も一緒について来てくれた。
僧侶はタチバナという名前だそうだ。
タチバナは戦闘自体には参加しないが、受けた傷の手当や野営での食事の準備、辿り着いた町での宿の手配や消耗品の補充など、身の回りのほとんどをしてくれた。
その手の事を面倒に感じるタケルとしては有難かった。それに女の子と一緒というだけでやる気が出る。
旅の途中、タチバナはこの旅の目的であるラスボスの事や自分の事などを語ってくれた。
タケルがこの世界に招かれたのはこの世界を滅ぼそうとしている邪竜ガルドを倒すため。破壊を楽しむ事だけが目的の巨大な竜で、配下のモンスターを大勢従え、すでにこの世界の半分を手に入れたらしい。
タチバナはその竜に滅ぼされたある村の生き残りなのだそうだ。
親しい人達を目の前で殺された彼女は自分の手で復讐をしたかったが、生憎彼女にはその力は無かった。だから勇者を召喚できる僧侶の道を選んだのだという。
――勇者さまには関係ないことなのに、私の都合で巻き込んでごめんなさい。
身の上話の後、タチバナはそう言った。
旅の途中に商人から聞いたが、僧侶になるには本来数十年にも渡る修行が必要なのだそうだ。
それを数年で習得するためには血を吐くほどの努力が必要だっただろう、とその商人は驚いていた。
正直この世界自体はどうでもいいが、この子のために必ず邪竜を倒そう。
タケルはそう思った。
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