白銀の花嫁

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

 

「ふへへ、兄貴ィ、今回もイ~イが揃いましたねぇ」

「おうよ、本命は捕まんなかったようだが、これはこれで上出来よ」


 夜半過ぎ、月も中天を過ぎた頃。


 都の外れの荒れた屋敷の中で、低い声が暗い響きをまとって笑う。


「とっとと売っぱらって、パァーッと遊びましょうや」


 見ただけで無頼漢と分かる男達の前には、手足をいましめられ猿轡さるぐつわをはめられた娘達が転がされていた。


 人数は決して少なくはない。誰もが麗しい顔にうっすらと涙を浮かべ、震えながら男達の話し声に耳をそばだてている。


「そうだな。……だが、その前に」


 そんな娘達へ、頭目格の男が視線を向けた。ビクリと身を震わせる娘の姿に舌なめずりをした頭目は、大股で娘達に近付くと一番手前にいた娘のあごに手をかけ、無理やり自分の方へ顔を向けさせる。


「せっかくひと働きしたんだ。ちぃと楽しませてもらってもいいだろ」


 その声に男達は下卑た歓声を上げ、娘達はさらに大きく身を震わせる。


 その声を背後に聞きながら、頭目はあおのかせた娘に顔を寄せた。細かく震え、目の際に涙を溜めながらも、娘はキッと頭目を睨み付ける。


「あんたのその生意気な目、気に入ってたんだよ。こういうオンナを屈伏させる瞬間がたまんねぇんだわ」


 その言葉に娘は身をよじった。だが頭目の分厚く大きな手はそれだけの動きでは外れない。


 逆にその抵抗が頭目を煽ったのか、頭目は反対の手を伸ばすと手荒く娘の襟元を押し開く。それを合図にしたかのように、背後に控えていた男達も下卑た笑みを広げたまま前へ出た。


「待ちなさいっ!!」


 だが背後の男達の手が囚われた娘達に伸びるよりも、凛とした声が場の空気を断ち切る方が早かった。


 どこからともなく響いた声に背後の男達だけでなく頭目の手まで止められる。その不意に生まれた空白に叩き付けるかのように、凛とした声は続く言葉を放った。


「これ以上、お前達の好きにはさせないわっ!!」

「だ、誰だっ!!」


 いきなり響いた第三者の声に、男達は大きくうろたえる。


 そんな中、頭目は手荒く娘を突き飛ばすと、柳葉刀を片手にのっそりと立ち上がった。


「誰でぇ? オレの根城に許しなく立ち入ったのは」


 不機嫌な声とともに鞘を払われた柳葉刀が空を裂く。その鈍く低い音に男達の動揺の声がピタリとやんだ。


「出てきやがれっ!!」


 低く響く恫喝どうかつに応える声はない。


 だがトッ、と、どこからともなく足音が響き、破れた屋根から煌々こうこうと入り込んでいた月影がフッと陰る。


「言われなくても」


 声が響いた時には、娘達を背にかばうように声の主が立っていた。軽やかな着地を讃えるかのように、頭頂でひとつに結い上げられた見事な黒髪がフワリと揺れる。


「こっちから出ていってあげるわよ」


 その黒髪を片手で払い、手にした木剣を男達に突き付けた乱入者は、この場にいる誰よりも麗しいかんばせに不敵な笑みを浮かべた。


 袖丈の短い小袖に細身の袴、足元は男物の革長靴という下男姿の違和感さえ霞ませる美少女の登場に、男達は一瞬言葉を失う。


 そんな一行を笑みを浮かべたまま睥睨へいげいした少女は、凛と声を張った。


かどわかしに人身売買、その他叩けばホコリがいくらでも出そうなお前達は、纏めて全員しょっ引かせてもらうわっ! 神妙にお縄を頂戴なさいっ!!」

「なっ、何モンだテメェッ!!」

「名乗るほどの者じゃないわよ」


 その言葉に我に返った頭目が慌てて柳葉刀を構える。それでも少女の余裕は消えない。


 流れるような所作で木剣を構え直した少女は、決め台詞を口にすべくさり気なく見栄を切る。


「私は通りすがりの正義の味か……」

「ッヒャァァァァッッ!!」


 だが残念なことに、バシッと決まるはずだった決め台詞は、天井から降ってきた人影によって完全に掻き消された。


「いっ……たたた……ひ、姫様ぁ、私をおいていかないでくださいよぉ……!」


 頓狂とんきょうな悲鳴を上げながらべシャリと落ちてきた青年は、泣きっ面で少女にすがりつく。そのせいで生来の気弱さがうかがえる顔立ちがさらに際立って見えた。


 歳で言えば少女より数歳上、背丈で言えば頭ひとつ分上、さらに腰には立派な造りの剣を佩いているというのに、その姿は完全に守られる側のそれだ。


 しかし少女との関係性は弟や主などでは決してなく、……どちらかと言えば彼の方が本来ならば少女を守るべき立場であるのだと傍目はためからでも分かってしまうから、余計にそっと目をそらしたくなってしまうというか、逆に同情の視線を向けるべきか迷うと言うべきか。


「……青燕せいえん


 己の従者の情けない姿に、少女……凜華りんかは思わず額に手をついて溜め息をこぼす。


 そんな姿で我に返ったわけではないだろうが、不意に男達の中から声が上がった。


「う、噂で聞いたことがあるぞ……。ドジな従者を連れた公主が、何を好き好んでか自ら現場に出て悪党退治をしてるって……!」

「ま、まさかテメェが……!」


 男達が先程とは違う理由でざわめき始める。


 ──ここからなら仕切り直せるかも……!


 それを好機と見た凜華は、軽く咳払いをすると見栄を切り直す。


 だがハッと我に返った従者が威儀を正し、こういう時だけ無駄に威厳のある声で朗々と口上を述べる方が早かった。


「ここにおわしますは、柳華国りゅうかこく先帝陛下が第二十五公主にして、今上陛下が妹君、凜華様であらせられる。控えおろぅっ!!」

「~~~っ! なんっっでそんなに簡単にこっちの素性を暴露すんのよぉっっっ!!」


 凜華の中で、何かがブチッと音を立てて切れた。恐らく『堪忍袋の緒』とか言われているやつだ。


 雰囲気作りのために纏っていた『優雅で気品があるけどどこか怪しげ』な空気をかなぐり捨てた凜華は、運動神経と一緒に空気読取り機能まで落としてきた従者に容赦なく拳を落とした。年下の少女の拳で簡単に沈没した従者の襟首を締めあげれば、従者は情けない顔から眼鏡をずり落としながら目を回す。


「悪党ども相手に真っ正直に身分を明かす必要がどこにあるのよっ!? あんたの頭の中にはおがくずでも詰まってるわけっ!?」

「だ、だって姫様、これが決め台詞なお話、お好きですよね? 昨日だって王宮を抜け出して、わざわざこの話を台本にした劇を観に行って香月こうげつさんに叱られて……」

「ううううるさいっ!! わざわざ今ここで言うことじゃないでしょそれっ!!」


 凜華は青燕の首を締め上げて言葉を封じると、そのままペンッと床に投げ捨てた。容赦のない絞め技に意識を刈り取られたのか、青燕は微かに痙攣しながら沈黙する。


 そんな青燕を放置して男達に向き直った凜華は、一度深呼吸をするとビシッと木剣の先を男達に突きつけ直した。


「とにかく! あんた達の命運もここまでよっ!! 素直にばくにつくなら手荒な真似はしないであげるわっ!!」

「……ハッ! この状況でそれを言うかい、お嬢ちゃん」


 頭目ははすに笑うと両腕を広げて自分の手下達を示した。


 凜華と青燕が漫談を繰り広げている間に態勢を立て直したのだろう。いつの間にか数を増やした男達が手に手に得物を持って凜華と娘達を取り囲んでいる。今度はそんな緊迫した空気を無駄に読み取ったのか、息を吹き返した青燕が『ヒィィッ!!』と悲鳴を上げながらシャカシャカシャカと娘達のところまで下がっていった。


「この状況を、お嬢ちゃんと従者、たった二人でどうにかできるってかい?」


 その全てを冷静に眺めて、凜華は小さく溜め息をこぼした。


 ──こんなことになるなら、香月を連れてこれば良かった……


 深夜帯に女二人はさすがに色々マズいかと思って一応男である青燕を今宵の供に選んだのだが、その判断はどうやら大いに間違っていたらしい。情けない従者の分まで頼りになる侍女のことを思い、ついでにこれからの展開を予想した凜華はさらに溜め息を落とす。


 ついでにもうひとつ、深呼吸よろしく盛大に溜め息を吐き出した凜華は、ピッと木剣の先を頭目に突きつけた。


「二人じゃないわ」

「ア?」

「一人よ」


 否定の言葉を聞いた瞬間、増援を警戒したのか、頭目の顔がわずかに強張る。だがその強張りは、すぐに拍子抜けしたものに変わった。


「一人よ。だって青燕コレ、荒事はからっきしなんだから」


 対する凜華はフツフツと沸き上がる怒りを全て視線に込め、腹の底から声を張る。


「コレ、立派に男だし、私の従者だし、こんなに立派な剣を持ち歩いてるくせに、これっぽっちも剣の腕がないのよっ!!」


 一度愚痴が始まってしまうと、もう歯止めが効かない。


 凜華はさらに眼差しに殺意を込めながら言葉を続けた。


「そんなやつに悪党退治なんてできるはずがないでしょっ!? だから私が一人でやるって言ってるのよっ!! 信じられる!? こいつこれでも大将軍の息子なのよっ!?」

「は、はぁ……。いや、じゃあ何でそんなヤツを連れてきたんだよ?」

「うるさいっ!! 私だって判断間違えたと思ってるわよっ!!」

「ひ、姫様ぁ~、そんなに全力で私のことをけなさなくたっていいじゃないですかぁ~」

「うるさいうるさいっ!! 足手まといは黙っててっ!!」


 情けない声を上げる青燕に一度視線を飛ばしてから改めて頭目を睨みつけると、今まで余裕を醸していた頭目がジリッと一歩後ろへ下がる。何となく面白くないが、ここまで調子を崩されたらもうなし崩しにたたみ掛けるより仕方がない。


 凜華は鋭く息をつくと、延び延びになっていた決め台詞をようやく口にした。


「いいことっ!? 私がいる限り、悪は必ず滅ぼされるのよっ!!」


 凛と言い放ち、勢いに乗せてタンッと床を蹴る。


 たおやかな容貌からは想像もつかない鋭い突撃に頭目が目を見開いた時には、凜華の木剣がすでに頭目の胴を抜いていた。その衝撃に耐えきれなかった頭目の体が反対側の壁まで吹き飛ばされ、壁に頭を打ち付けた頭目は一撃で白目を剥く。


 誰も予想していなかった結末に手下達がどよめき、場の空気が恐怖に凍りついた。


 その中に凜華は凜と勝鬨かちどきを上げる。


「成敗っ!!」




 こうしてこの夜、柳華国が都・富帥ふすい蔓延はびこる悪が、また少し数を減らしたのであった。


 めでたし、めでたし。

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