第73話:ステラとアンネリーゼ(ステラ視点)

「だけど私の名前を知ってるなんてビックリだよー。もしかして私と会った事でもあるのかなー?」

「……」


 アンネリーゼは甘ったるい声を出しながらそんな事を尋ねてきた。でも私は無言のままアンネリーゼを睨みつけていった。


「ふふ、怖いなぁ……何でそんなに私の事を睨みつけるの? あ、もしかして……アナタの大切な人でも私が殺しちゃったとかー?」

「……っ」

「へぇ、その様子だと当たりのようだね? いやそれは本当に申し訳ないなー。でも私だって好きで殺してるわけじゃないんだよ? 私のペット達に餌を沢山あげなきゃいけないからさ……だから人間達を餌にしてるだけなんだよ。まぁだから自然の摂理って事で許してよ! ぷはは!」


 アンネリーゼはヘラヘラと笑いながらそんな事を言ってきた。私の心はどんどんとドス黒くなっていく感じがした。


「あはは、それにしても私が殺し損ねた人間がいるなんて驚きだなー。私は出会った人間は全員殺してペット達の餌にしてきたはずなのに……って、あっ! もしかしてあれかな? 君ってもしかして……十年近く前に王都近くの森にいた家族連れの女の子かな?」

「……そうよ」

「あぁ、やっぱりそうだったんだ! いやー、私が覚えてる限りだと殺し損ねた人間ってあの時の女の子だけだもん! あー、思い出せて良かったー! すっごくスッキリしたよ! あはは!」


 アンネリーゼは私の事を思い出しながら大きく笑ってきた。私の家族は皆アンネリーゼに殺されたんだ。


(あの時この女にさえ出会わなければ……家族は皆生きていたはずなのに……)


 私には血の繋がった両親と弟が一人いた。子供の頃は四人家族で仲良く王都で暮らしていたんだ。


 そしてある日……両親が長期の仕事休みになったので家族で楽しく旅行に出かける事になったんだけど、その旅行に向かう森の中で私達はアンネリーゼと遭遇してしまったんだ。


 アンネリーゼは私達を見つけるとすぐに下卑た笑みを浮かべながら私達家族の元に近づいてきた。


 そしてアンネリーゼは楽しそうな表情のまま私の母の首をすぐに撥ね飛ばしていき、私の弟はアンネリーゼが使役する大蛇の魔物に生きたまま食べられていってしまった。それはたった一瞬の出来事だった。


 私はその光景を見て恐怖で足がすくんで動けなくなってしまったんだけど、その時父が咄嗟に森の中を流れている川に向かって私を突き飛ばしていってくれたんだ。


 そのおかげで私は川に突き落ちていき、そのまま川の流れに身を任せてその場から脱出する事が出来たんだけど……でも父は逃げる事が出来ずにアンネリーゼの手刀によって腹部が貫かれていく瞬間を私は目撃してしまった。


 そしてその時、アンネリーゼも川に流れを利用して逃げていく私の事を見つけたんだけど、でも……。


『ふふ、美味しい餌を沢山ありがとねー! ばいばーい!』


 そう言って楽しそうに笑いながら私に向かって手を振ってきたんだ。あの時のアンネリーゼの顔だけは今でも忘れる事はない……。


 それから数年が経過して私は冒険者ギルドの職員になった。そしてギルド職員になった私は魔族や魔物について調べる機会がどんどんと増えていき、その情報を調べていく内にアンネリーゼの名前を知っていったんだ……。


「ふぅん、そっかそっか、君はあの時の女の子だったんだねー! あはは、それじゃあせっかくだから君にはちゃんと謝ってあげるよー! 君のお母さんの首を撥ね飛ばしちゃってごめんね! 弟君を生きたままペットの餌にしちゃってごめんね! あとはお父さんのお腹をグサグサと刺しまくっちゃってごめんね! 本当にあの時はごめんね! だからさ、そのお詫びと言ってはなんだけど……ふふ、君の事だけは今回も見逃してあげるよー!」

「……何を言ってるのよ?」

「今回も君だけは殺さないであげるって事だよー。だって今まで私から逃げる事が出来た人間って君一人だけなんだよ? あはは、そんなの奇跡だよねー! だからそんな運の良い君は今回も特別に見逃してあげるよー! あ、でもねぇ……」


 アンネリーゼは下卑た笑みを浮かべながら続けてこう言ってきた。


「ふふ、でも当然だけどそこにいる餌達は見逃せないからねー? だってペット達もお腹が空いているだろうし……って、あ、そうだ! 今度の餌達は久しぶりに生きたままの状態でペット達に食べさせてあげちゃおうかなー! きっとペット達も新鮮な餌の方が嬉しいだろうしね! あはは!」

「ひぇっ……」

「うう……」

「ふぇ……」


 そんな残酷な言葉を聞いた村人たちは全員顔を真っ青にしていった。生きたまま魔物達の餌にさせられるなんて恐怖でしかない……。


 そしてアンネリーゼはもう私の事など眼中にないようで、アンネリーゼは私の事を一切見ずに村人達の方をじっと楽しそうに見つめていっていた。


 どうやら先ほどのアンネリーゼの言葉は本当にようだ。今なら私だけはここから逃がして貰えるのかもしれない。


(だけど私はギルド職員として……捕らわれている村人たちを放って逃げだす事は出来ない……)


 だから私は短剣を構え直してアンネリーゼにこう言っていった。


「そんな事……させる訳にはいかないわよ」

「……? へぇ、もしかして私と戦うつもりなの? あの時大号泣しながら川を下っていったあのお姉ちゃんが勇敢になったものだねぇ! ふふ、でもさぁ……流石にさぁ……ゲロカスな人間のクセに魔族の私に勝てるなんて甘っちょろい事考えてないよな??」


―― ギロッ……


「……っ!?」


 アンネリーゼは私の事を思いっきり睨みつけながらそう言い放ってきた。その瞬間に辺りの空気が一変した。

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