冤罪
エル
冤罪
「以上の審議を持って」
おい、待ってくれ!
「当裁判、その全ての工程を終えたものと判断し」
違う、違う、違う!
「判決を言い渡す」
聞いてくれ、まだ、まだ終わっていはずだ!
「被告人においてはその心情、罪の意識の低さを鑑み」
そうだ!これは冤罪!冤罪なんだ!
「また、我々一同は高度に文化的かつ倫理的な国際組織の一員であることを考慮し」
だからやめろ!やめてくれ!それを突きつけることだけは!
「人道的観点に基づき、我々は被告人に星流しの刑を言い渡すものとする」
「いやだぁぁぁぁ!」
「おい、こらやめろ!暴れるな!」
「押さえつけろ!誰か!早く鎮静剤を!」
「違う違う違う!これは何かの間違いだ!これは冤罪、冤罪事件なんだ!」
叫び続ける俺の首筋に、鎮静剤のアンプルが押し付けられる。
失っていく意識のなかで、俺は最後までその一言をうわ言のように繰り返すのだった。
「冤罪、これは、冤罪なんだ」
親愛なる我が同志へ。
この映像があなたに届くことを願い、希望を送ります。
冤罪で捕まり、そのまま私達の力及ばず刑に服すことになったあなたへ。
信じていてください。必ず、必ずあなたの無罪を勝ち取って見せます。
あなたがいつか故郷に帰れるようにきっとして見せますから。
それまでどうか、希望を捨てずに生きてください。
次に目が覚めたとき、俺は病的なまでに清潔なベットの上で、これまた病的なまでに白い天井を見上げていた。
「おい」
節々が軋むように痛む体を無理やり起こして、喉を震わせる。
「おい!誰かいるんだろ!返事をしろ!」
ベッドから転がり落ちるように降りて、部屋の中を走り回りながら狂ったように叫び続ける。
「おい!まだだろ!まだここは刑務所で!俺は刑が執行されるのを待つ身なんだろ!そうだろ!なあ、返事をしてくれよ!」
だが、返事は一向に帰ってくることはない。俺は酷く苛立ち、部屋についているドアに向かって突進した。
「なあ!そうだろ!そうだ!このドアを開ければ病院か、刑務所か、そんな、そんな」
震える手でドアを開けようとすると、そのノブには抵抗がなく、ともすればすらりと開いてしまいそうで。
「ああああああああ!」
その手を無理やり押しとどめた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
そうだ。万が一、万が一という可能性がある。ならば、今は冷静になって状況を見極めるべきだ。
そう自分に言い聞かせ、部屋の中を見回す。
部屋は壁から天井まで一面、すべて白く滑らかな材質でできていて、外界に通じそうなものは扉以外には窓ひとつ存在しなかった。
これでは外の様子を確認することすらままならない。
俺は、ほかには何かないかと部屋の中を探して回り、ベッドの下に一枚の封筒が落ちていることに気が付いた。おそらく枕元にでも置かれていたのだろう。それが飛び起きた拍子に床に落ちたのだ。
飛びつくように封筒を拾って乱暴に封を破り捨てる。中には、あのにっくき国際弁護団体とやらのロゴ入りの手紙が入っていた。
書かれていたことのほとんどは国際条例がどうだの、倫理観に基づいた刑だの、人道的処置であるなんていう言い訳じみた文章で、俺個人に宛てられた重要な部分はごく僅かに、小さく書かれているのみだった。
俺は国際的条文に定められる最高刑である星流しの刑に処されることになり、コールドスリープ状態で宇宙に放り出されたこと。
俺がこの手紙を読んでいるということは刑が執行され、宇宙船がどこかの星に不時着し、コールドスリープが解除された後だということ。
床の一部に収納スペースがあり、そこにはほんの少しの水と食料、それと外に出るための宇宙服が入っていること。
この三つが書かれていた。
「クソったれめ!クソったれめ!クソったれめ!なにが人道的だ!なにが倫理観に基づいてだ!こんな刑を考えた奴は全員地獄に落ちちまえ!」
つまりは、この部屋の外はどこかの知らない惑星というわけだ。コールドスリープで何年運ばれたかは知らないが、ここが人類の生存可能な惑星である確率はそれこそ天文学的なものだろう。
船には食料も水もほとんど無く、酸素も、循環器が止まればそれこそ数分しか持たないだろう。不時着してからほんの少しの間の、絶望的な命だ。
「畜生!畜生!畜生!、こんな、こんな理不尽なことが、あって、たまるか」
俺は崩れるように蹲り、手紙を握りつぶした。
死への恐怖か、孤独への嘆きか、それとも理不尽への怒りか、俺はいつしか嗚咽を漏らしながら涙を流していた。悪夢よ終われとばかりに震え、叫び、また涙を流す時間が続いた。
そんな時間が、ずっと続いた。
それからは俺は眠った。それ以外にすることもなく、できれば俺が眠っている間に酸素の循環器が不具合を起こしてそのまま苦しまずに死ねることを夢見て、俺は眠り続けた。
しかし、人間は機械の力を借りずに眠り続けることは不可能だ。
どれだけ眠っても必ず目は覚めてしまうし、循環器が止まってしまうこともなかった。そのたびに、俺はただ囚人を無駄に生かすためだけに作られたくせに、きっちりと仕事を果たし続ける循環器に恨み言を吐く以外になかった。
そんな生活をずっと続けていた。眠っては起きて、また無理やり眠って。眠れなくなっては部屋の隅に座りまた眠れるようになるまで過ごす。そんな日々を。時計がないのでそんな時間をどれだけ過ごしたか分からないが、とうとうそれも続けられなくなる時が来た。
積んでいた水が底をついたのだ。
最初は我慢して眠ろうと思った。だが、人間は度を越した渇きの前では眠ることもできないのだと初めて知った。
俺はとうとう、外の探索に向かわなければならなくなった。
宇宙服を着込み、震える足に力を入れて、俺はコールドスリープから目覚めた日以降近づきもしなかった扉の前に立った。
もし、もしかしたらという希望はあった。もしかしたらここはまだ故郷の星で、この生活そのものが罰で、この扉を開けばまだ刑務所の中なんじゃないかと、そんな淡い希望を。
もしくは、ここは奇跡的に人類の生存可能な惑星で、扉の外には植物や水が存在しているんじゃないかと。
扉を開きさえしなければその可能性がなくなることはない。俺はそれが怖くて、ずっと扉を開けることができなかった。だが、渇きも限界に達し、俺はドアノブに力を込めた。
そうして、ロックが解除される感触があり、扉はゆっくりと開き。
「ああ、ああ、ああ」
俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。目の前に広がるのは岩と砂ばかりの光景だ。明らかに人類どころか、あらゆる生物が生存できる環境ではなかった。
草木の一本どころか、何もない。水も望むべくもない。俺の一切の望みは、断たれた。
俺はふらふらとさまようようにその星に降り立つ。
自分が乗ってきた宇宙船を振り返る余裕もなく、ただ屍のように砂の大地を進み続けた。
「酷い、あんまりだ」
俺の声はこの狭くて苦しい宇宙服の中でのみ反響する。もう、どこにも届くことはない。
極まった絶望を抱え、痛む体を引きずって、俺はただ干からびるのを待つ生物となってその墓場となる星を彷徨い歩き、そして、それを、見つけた。
「あ?」
砂と岩しかない、酷く暗い大地に、何か、ある。
明らかに自然物ではない、汚れてはいるが見た目には人工物にしか見えない何かだ。
俺はどこにそんな力が残っていたのか、砂と薄い重力に足を取られながら、手足を使って懸命にその人工物に駆け寄っていく。
久しぶりの刺激に、脳が反応しているのが分かった。
最後は四つん這いになりながらも駆け寄って、周りの砂をかき分け、それがなんなのかを確認する。
それは輸送用の小型のロケットだった。無人機械であらかじめ設定されている場所に向かう機能のみがついているもので、自分の知識の上では大昔に運用されていたものだ。
きっと制御系が壊れて宇宙を漂流し、たまたまここに流れ着いたのだろう。
だが、今重要なのは中身のほうだ。これで中に入っていたのは機械の部品か何かならぬか喜びどころか寿命を短くしただけの結果に終わるだろう。
それでも俺は必至で荷物に手をかけ、緊急開閉ボタンを押しこんだ。
幸い、制御系は壊れていなかったようで、ロケットは問題なく開き、中には一つの持ち運びが可能なトランクケースが入っていた。
そちらも急いで開けようとしたが、トランクケースは宇宙服では開けることができそうもなく、俺は悔しさに歯噛みしながらも一度宇宙船に戻ることにした。
だが、ここで一つの問題が発生する。宇宙服内の酸素の残量が、50%を切っているのだ。
方向は、幸い足跡を辿れば帰ることができるだろう。だが、酸素は有限だ。ここに来るまでに50%を使いきったということは、帰るまでの酸素の量が足りないということだ。
俺は自分の間抜けさを呪いながらも、それでも嘆いている時間ももったいないと反転して足跡を頼りに来た道を戻った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
なるべく急いで、けれどなるべく呼吸をしないように移動する。それでも、無慈悲に酸素の残量は減っていくばかりだ。
(頼む、間に合ってくれ)
焦りが呼吸を荒くする。その上、荷物までもっているのだ。生還は絶望的とさえ思い始めた。
そしてとうとう、酸素の残量が15%を切ったあたりで、遠くのほうに宇宙船が見え始めた。
(いける!いけるぞ!)
そうは思うが、数字はここにきて目に見えて落ち始めたように思えた。
(ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!頼む、持ってくれ!)
俺は必至で祈りながら宇宙船に向かって急ぐ。だが、酸素の残量はそろそろ10%を切りそうな勢いだ。宇宙船は、まだ、遠いと思える位置にあった。
(ダメ、なのか)
近づけば近づいた分だけ、酸素の残量は減っていく。10%を切り、そして緩やかにさえ思える速度で数字は一桁に変わり、そして、あと一歩というところでとうとう、0になった。
だが、酸素が0になって即座に死ぬわけではない。俺は必死になって目と鼻の先になった宇宙船を目指した。体が重くなり、意識が飛びかけるが、止まることはできない。俺は最後の力を振り絞って飛びつくように宇宙船に向かい、そして、何とか意識があるうちに宇宙船の出入り口にまでたどり着いた。
扉の開閉ボタンを殴りつけるように押して、ドアが開いた瞬間宇宙船の中に飛び込む。
生きた心地がしなかったが、俺は何とか生きたまままたここに戻ってくることができた。すぐさま宇宙服をパージし、宇宙船内の酸素を体内に取り込む。
あれほど憎いと思っていた循環器に、俺は初めて感謝した。
だが、いつまでも酸素の恩恵に浸っている場合ではない。俺は持ち帰ってきたトランクケースの中身を、すぐに検めることにした。
「頼む、頼むぞ。水、何よりも水だ」
先ほどまでの運動で渇きは限界に近かった。この中身によっては呼吸困難で死ぬのか干からびて死ぬのかの違いしかないのだ。
さてしかし、この宇宙で拾ったトランクケースの中に水が入っている確率はいかほどか。
考えても仕方がない。
俺は祈るような気持ちでトランクケースの開け口に手をかけた。幸い、鍵はかかっていなかったようで、トランクケースは抵抗なく開き、そして
「嘘、だろ」
本当に嘘みたいな気持ちだった。中にはきっちり、保存用のケースに入った水と固形型の携帯食料がおさまっていたのだった。
俺は信じられない気持ちで保存用のケースを開封し、水に口をつける。奇跡のような気分だ。
そのまま何故だの、後先だのという事情を一切省みず、人間はこれほどの量の水を飲むことができるのかというほどの量の水を一気に飲み干した。
体中の細胞が水分の到来に歓喜しているのを感じる。生きているという実感がある。
「あはは!あははは!あははははははは!」
俺は笑った、大いに笑った。生きているという実感を胸に、それ以外の感情が出てこなかった。同時に泣いていた。涙が出るということの愛しさに、また笑って泣き続けるのだった。
親愛なる我が同志へ。
あなたがいなくなってから随分時が経ったように思います。
敵は強大で狡猾です。ですが、少しづつ、仲間も増え、時流にも乗り始めているように思います。
きっとあと少しのことです。生きてください。
あなたの無罪のために戦う人たちのためにも、きっと。
お願いします。
私もまた、あなたとしたい話がたくさんあります。
「バッテリーとメモリーチップか。なんでこんなものが?」
トランクケースの中にほかに何かないか探すと、古臭い規格のバッテリーとこれまた古臭い規格のメモリーチップが入っていた。
俺はその二つをまじまじと見つめる。
「こいつの中身が見れる端末があればなあ」
だが、この宇宙船には当然そんな気の利いたものが積んであるはずもなく、あえなく、中身を見ることは断念する以外にはなかった。バッテリーに至っては、何故入っていたのかの検討もつかない。
だが、俺はそのメモリーチップの中身が無性に気になり始めていた。なぜ、あんなところに都合よく水を積んだ輸送船があったのか。本当にただの漂流物なのだろうか。
俺はもう一度探索に出る決心をした。
この星がどういう場所なのか、知る必要がある。
俺は計画を練り、酸素の補給をし終えた宇宙服を着て、今一度あの不毛な大地へと歩みだした。
そこから生活の変化は劇的だった。
俺は仮に生活圏である宇宙船の扉のある方角を東と定め、そこを基準に宇宙船の四方を南、西、北として設定し、順々に探索を行うことにした。
最初は東、つまりはあの輸送船のあった方向に進み、できればもう一度あの輸送船にほかに何か積まれていないかの確認を行うためだ。
一番の不安要素は前回の探索の時に、あの場所に行くために50%以上の酸素を消費した点だった。
探索の時はどんなことがあろうと酸素が50%を切った時点で即座に引き返すことを今後の方針として定めたために、あの輸送船までたどり着けない可能性があったのだ。
だが、これは案外あっさりと解決した。前回は後先を考えずに息を上げながら歩いていたために相当、無駄な酸素を消費していたらしく、酸素を消費しないようにできる限り効率よく歩くことを心掛けて行った結果、実に60%以上酸素を残した状態であの輸送船までたどり着くことができたのだ。
俺は悠々と、余剰分の10%分の酸素を使って輸送船を調べたが、新たな発見は何もなく、特に成果なく宇宙船に戻ることとなった。
それから、戻って休息と酸素の補給を待っては周囲を探索する日々が続いた。
俺の活動範囲内は、どう頑張ってもこの宇宙服の酸素の容量の、その50%だ。動き方のコツを掴み、移動範囲は少し広がったが、それでも大した距離ではなかった。
そしてその範囲内、50%の円形の中で、俺は最初に見つけた輸送船と全く同じものを、あと三つ、見つけることとなった。
「またも、中身は全く同じもの、か」
目の前には合計四つのトランクケース。中身はすべて同じで、水と食料にバッテリーとメモリーチップが入っていた。
きっと、なにか意味があるのだ。
俺はどうしてもそれが知りたくなった。
「このメモリーに、答えがあるのだろうか」
だが、中身を見ることはできない。
もう一つ、俺の探索には大きな進展があった。それはここから移動できるギリギリの範囲で、何か人工物を視認することができたのだ。それも、これまでの輸送船とは違い、もっと大きな。それこそ、この宇宙船と同じ規模のものだ。
だが、俺はそこまで行くことができなかった。圧倒的に酸素の量が足りないのだ。
正確には、行くことはできるが、帰ってくることができないのだ。
目算ではあるがあの人工物の大きさはこの宇宙船と同じくらいだと仮定すると、あと15%分は酸素を消費しなければたどり着けないだろう。
そうなれば、戻る分の酸素は絶対に足りない。片道切符の死地だ、あの場所は。
それでも、俺はあそこに行きたかった。
あそこに行けば何かあると、俺は盲目的に信じ込むようになった。
俺は何度もその方角に行き、そのたびに届かないかどうか、考えながら眺めて終わる日々が続いた。
どう考えたって届きはしない距離だ。ほんの少しづつ増えていた移動範囲も、ぴたりと広がらなくなった。きっとこれが俺の限界なんだろう。
それでもと、俺はその場所を眺めて、切望に身を焦がし、空想し、そして、幾ばくかの時間が過ぎて、俺は決意した。
私はだんだん、こんなことに意味があるのかわからなくなり始めました。
最近宙に願いを放つたびに、弱気に負けそうになります。
あなたの無罪を、まるで旗印のように扱うことへの罪悪感も、すでになくなってしまいました。
きっともうすでにこの行動こそが、届いても届かなくても意味になっているのでしょう。
ねえ、会いたいよ。会いたいよ。
もう一度だけでも。
会いたいよ。
最後の食料と水を、ゆっくりと咀嚼する。最後の晩餐にしては少々味気ないが、それでも、味わって食べる。やはり、まずかった。保存用の宇宙食は、何百年も前からずっとまずいことが伝統なのだ。
そうして、食べ終わってから宇宙服の酸素の残量を確認する。きちんと100の数字を示していた。
俺はすでに手慣れた動作でそれを着込み、トランクケースを抱える。中にはバッテリーとメモリーチップを全て詰めてある。これで、準備は整った。
ふと思い立って、どこに積んであるかもわからない循環器に思いをはせた。まあ、なんだ。最初は恨み言ばかり吐いたが、結局外に出られたのはあれのおかげだ。ほんの少しだけなら、感謝してもいい。
そんな無駄なことをつらつらと思いつつ、俺は最後の探索に向かった。
死刑制度が世界規模で廃止になってから、百年とちょっと。その代わりに執行されることになったのが、星流しの刑だ。
囚人を宇宙船で飛ばしてしまおうだなんて誰が考えたのか。
死刑よりも金がかかり、終身刑よりも残酷なこの刑罰は、どういうわけだかその後百年間以上も、人道的で意義のある最高刑として多くの国で採用されている。
大半は、宇宙船がどこかの星に不時着し、コールドスリープから目覚めて数日と持たずに干からびて終わりだ。
だが、どういう訳か、自分は謎の輸送船によって寿命が延びてしまった。
それも、今日限りだ。
俺はそこにたどり着く。
あの謎の人工物が見える場所。そして、酸素はきっちり50%を指している場所。
ここを超えれば、俺はあの宇宙船に戻る事はできない。だが、戻ったところで、すでに水も食料も底をついている。どうせ干からびて死ぬ運命なら、あの人工物がなんなのか、知りたかった。
例え、どういう結果に終わろうともだ。
一瞬の逡巡を経て、俺は足を踏み出す。
人工物に近づくにつれ、その正体がおぼろげながら見え始めた。
宇宙船だ。それも、自分が乗ってきたものに、よく似ている。
一応、予想はしていたのでそれ自体には驚かなかった。だが、それともう一つ、見え始めたものには少し驚いた。
「そうか、そりゃあ、そうだよな」
宇宙船があるということは、必然的にそれに乗ってきた奴がいるということだ。
同時に、トランクケースの中のバッテリーの謎も解ける。
「サイボーグの、死体か」
宇宙船の前には、体の半分を機械化した男の、その遺体が転がっていた。
思ったよりも随分長くかかってしまったけど、ようやく、終わったよ。
私達は勝利し、君の無罪は認められた。
私達は勝ったんだ。
もうすぐだ迎えに行ける。
必ず迎えに行く。
だから、だから、だから……。
「返すよ、これ全部あんたに宛てられたもんだからな。水と食料は俺が食っちまったが、かまわないだろ?
もう、必要ないだろうしさ」
男の所持品であったであろう端末でデータチップの中を全て確認し、俺はすべてを知った。
あの輸送船はこの男のために送られた補給物資であったこと。そのどれ一つとして、この男に届くことはなかったこと。
日付は、およそ百年前のものだった。
メモリーチップにつけられていたナンバーを確認したところ、その数は百を超えていた。あの輸送船は、そんな何百も送られた中で、ここにたどり着いた、そのたった四つ。たった、四つだけのロケットだ。
映っていた女の顔も、ナンバーを経るごとに若い女のものから、だんだんと年老いて行って、最後には、初老を迎えるほどになっていた。
それほどまでに長い期間、彼女はこの男に輸送船を飛ばし続けていたらしい。
あれだって、、安くはないだろうに。
バッテリーが入っていたのは彼がサイボーグだからだ。バッテリーがあれば、サイボーグはコールドスリープに近い状態で長時間過ごすことができる。そんな一縷の望みに、彼女はかけたのだろう。それは、一つも実らなかったわけだが。
「冤罪、か。さぞやさあ、無念だったことだろうよ」
遺体の横に腰を下ろして、話しかける。
こっちも、もうあまり時間はない。
「それでもさあ、俺はあんたが羨ましいよ」
最後まで自分のために戦ってくれた人がいる。
自分の正しさを信じたままで、最後を迎える。
両方、自分にはないものだ。
酷い最後だ、とは自分でも思う。けれど、最後に、この二人の百年越しのやり取りに手を貸せただけでも、なんだか救われた気がするのは自分の傲慢なんだろうか。まあ、構いはしない、俺がここに着いたことだって、天文学的な奇跡なのだ。大気と植物のある星はごまんとあっても、この運び屋の仕事はここにしかない。
十分だ、もう、十分。
このほんの少しの時間こそが、自分に与えられた一番の罰だ。
これまでの人生で、自分がしてきたことの清算と反省。あれほどまでに想われたかったという、願い。
「よう、なあ、相棒。死ぬまで、一緒だ」
そいつの横で星を見上げる。最後に外にいたのは、故郷に思いを馳せたからだろうか?
「あっちのほうに、俺たちの故郷があるのかな」
答えはない。
その後に続く言葉も、もうどちらにもなかった。
冤罪 エル @El_haieck
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