第28話
医療施設の一室に、テクトの声がこだまする。
「いやぁ!本当にドワーフ族の掘削技術は凄かったねぇ!掘削技術は!」
テクトはそう負け惜しみを言った。昨日死にかけていたとは思えない程元気だった。
あの後すぐに、アオイ達は救助された。トルクルが町の者を説得して救助に向かって来てくれていたのだ。その時のドワーフ族の働きはすさまじく、あっという間に、メンですら通り抜けられるだけの通り道を瓦礫の中に築いた。その後、重傷を負ったテクトだけ、怪我の治療の為に、この病室に運び込まれていた。
「……聞こえとるで」
命の恩人が病室に入ってきた。仏頂面で。トルクルの手には、療養食らしき食事が載せられた盆が握られており、それをベッドの横にある床頭台まで持っていき、置いた。
その療養食を見たテクトは露骨に嫌がった。
「朝にも食べたけど、これあんまり美味しくないんだよね……」
保存食を文句も言わずに食べるテクトが不味いというのであれば、本当に不味いのであろう。もしくはドワーフ族の作った料理だという先入観による評価かもしれない。
「……ケガ人が文句を言うもんやないで」
トルクルはそう言って、テクトの患部を指でつついた。軽く触っただけだったが、テクトはそれだけで痛がった。さっき言われた仕返しとばかりに、トルクルは更にもう一度つついた。
「痛い!分かった!訂正するから!ドワーフ族は掘削技術だけじゃなくて建築技術も凄いから!」
「……まあこんくらいで許しといたるわ。ほな、お大事に」
そう言いトルクルは病室を出て行こうとした。もう少しゆっくりするようにアオイは勧めたが、町を出る前の挨拶回りや引っ越しの準備で忙しいからとトルクルは断った。
「誰かさんが明日出発するとか無茶言うせいやな!」
トルクルはそう言い扉を閉めた。
「……やっぱり明日発つのは早すぎるんじゃないかしら?怪我の具合だって、まだよくないようだし……」
アオイは昨日見た怪我の具合を思い出した。テクトの怪我は、数か月は安静にしておかないといけない程の重傷であったはずである。それなのにもかかわらず、数日も立たないうちに、王都に帰り始めるというのにアオイは反対だった。下手すれば二度と歩けなくなるかもしれない可能性だってある。
「そこまでドワーフ族の町にいたくないのかしら?」
もしそんな理由であれば、アオイはテクトをベッドに縛り付けてでも出発を延期させようと思っていたし、実際にロープの入った袋をこの場に持ってきてもいた。
テクトはすぐにその問いに答えなかった。嫌そうに療養食を啜っている。少ない食事の量に見合う短い時間を経て、テクトはその療養食を完食した。
口に合わないものとはいえ、きちんと食事に感謝の気持ちを表し、空いた皿を床頭台の盆の上に戻すと、テクトはようやく理由を話し始めた。
「……いたくないって言ったら嘘になるけど。まあ、そんな理由じゃないよ」
第一の理由は、怪我を早く治す為、王都に戻り、母親に薬を処方してもらいたいからというものだった。テクトが言うには、母親は人間界どころか人魔界一の薬師らしい。
「第二の理由は……」
テクトはそこで言葉を切って、アオイの目をじっと見つめてきた。最初に出会った時と変わらない。僅かに開いた瞼から、エルフ族特有の蒼い瞳が冷たく覗いている。
「……二人分の局員証も早く作らないといけないしね」
「……二人……?」
アオイは首を傾げた。今回の旅で新しく局員になったのはトルクル一人のはずである。テクトが溜息をついた。
「やっぱり直接言わないとダメか……」
「何を?」
テクトの顔が真剣な表情になった。
「……アオイ。街道保安局に入ってよ」
真っすぐアオイを見つめながらテクトはそう言った。冗談で言っている様な雰囲気ではなかった。
「……。……少し考えさせて」
アオイは病室から出て行った。自分でも何故か分からないが逃げるようにして。
医療施設を出て、当てもなく町をさまようと、トルクルと出会った町の隅にある広場に偶々辿り着いた。アオイはそこにあるベンチに座り、街道保安局に入るかどうかを考え始めた。
局員の仕事は、現在している日払いの荷車牽きの仕事とはわけが違う。今まで見てきて分かったが、出会ってきたどの局員も高い能力と深い知識を持っていた。そんな中に、自分みたいな歌や詩や物語が好きなだけの者が入っていいのだろうか。
そんな事を考えていると、後ろの方から子供達のにぎやかな声が聞こえてきた。その声の方を見ると見慣れた巨体が子供達に囲まれていた。アオイの死角にある建物の角にいた事から察するに、恐らくこちらの様子を隠れて伺っていたのだろう。囲まれて困っているメンに近づき、助け出してあげた。
ベンチに二人で戻ってから、アオイはさっきの自分の疑問を直接局員にぶつけた。すると、メンは、
「いいと思います……」
とあっさり言った。聞けばメンは、局員になってから勉強して、知識等を身に着けたようだった。
「クレンさんも同じです……。逆に言えば、入る前からそういう知識を持っている人はあまりいません……」
言われてみて、確かにそうだとアオイは思った。日常生活を送っていてそのような知識が身に着く事はほとんど無い。
「……というと、あいつはどういう基準で選んでいるわけ?」
メンが言うには、まず、基礎的な学力が必要なのだという。それが無ければ勉強によって知識を身に着ける事が出来ず、実際に働く時も、簡単な算数などが出来ないと仕事にならないから、らしい。メンは子供の頃から、ずっと勉強と鍛錬ばかりやっていたらしい為それについては問題ないだろう。
「メンちゃんはそうだろうけど、あたしは勉強とか一切して無いわよ」
「……自覚がないのかもしれませんが……アオイさん……結構教養がありますよ……」
王都では文字も読めない者も普通にいる。そのため、文字を読め、四則演算を難なく扱え、いろんな物語や詩を諳んじられるアオイの様な者は殆どいないらしい。
「……そうだったのね。全部両親が教えてくれたのだけど……」
アオイは自分が生まれ育った環境が恵まれていたという事に初めて気づいた。
次にメンがあげた基準は人間性の良さだった。
「人間性?確かに悪い事はしてこなかったけど、かといって良い人間というわけでも無いわよ?」
メンは何か言いたそうにしていたが、それを諦めたのか、小さく溜息をついて首を横に振った。
「……アオイさん……。恐らくですけど、局長から『試し行為』受けてますよね……?」
「試し行為?」
メンは頷いた。試し行為とは、テクトが敢えて隙を作り、相手がそれに対してどういう行動をとるのかで、その人となりを見極める行為であるらしい。具体例としては硬貨の詰まった財布を相手の前に置いて目を離したり、相手に財布を預けたりするらしかった。
「勿論、それで盗んだりしたら街道保安局に入れてもらう事は出来ません……」
盗る方が悪いとはいえ、褒められるような方法では無い。アオイはそんな悪辣な人試しに身に覚えがあった。間道で出会った時と、壊れた橋で別れる時と。
「私の時は目の前で財布を落とされました……」
「……根性がひん曲がっているわね……。あいつ……」
その両方の条件を満たしているアオイであるならば、街道保安局に入る資格があるとメンは言った。 アオイはそういわれても素直に納得する事が出来なかった。自分でも何故だか分からない。
「もしかして、吟遊詩人を辞めたくないからですか……?」
思ってもいない理由だったが、メンに言われて、そうかもしれないと思えてきた。
メンが、アオイが吟遊詩人になった理由を尋ねてきた。天井に開いている窓から入ってきたのであろう、小鳥が一羽、アオイの足元を飛び跳ねていく。
「……私が吟遊詩人になったのは……歌や詩が好きだからっていうのと……」
そこから言葉が喉につかえたように出てこなかった。メンは黙ったままアオイを見つめ、言葉の続きが出るのを待っている。そこまで言ってしまった手前無かった事にはできない。
言い辛さをかき消す為、アオイは叫ぶように言った。
「皆に笑顔に!幸せになってほしいからよ!」
幼き頃に思い描いた夢を大きくなってもそのまま見続けている。子供の頃歌を披露したらみんなが喜んでくれた。そんな経験から出来た夢だった。自分でも子供じみた理由だと思っている。恥ずかしさのあまり顔が熱くなっていく。メンから見ればアオイの顔はきっと真っ赤に染まっているだろう。
「……子供じみた夢でしょう?」
アオイは自嘲気味に言った。
笑われるかと思っていたがメンは笑わなかった。真剣な表情のまま変わらずアオイを見つめている。
「……アオイさんは『インフラ』って言葉を知っていますか……?」
アオイは首を横に振った。メンは説明を始めた。
『インフラ』とはテクトの父の故郷の言葉で、意味は『下支えするもの』という意味らしい。街道保安局の仕事は、名前の通り街道だけを作るのでは無く、このインフラつまり、街道、上下水道、橋、トンネル、運河、港等、人々の生活を下支えする物を作り、保全、改良する事らしかった。
「局長は度々言われていました……。『インフラを作る事は人の幸せを作る事であり、それを維持する事は人の幸せを守り続ける事である』と……。お父さんの受け売りらしいですが……。ですので、私もアオイさんと似たような気持ちでいつも仕事をしています……」
だから笑わないらしかった。
アオイはこの旅で出会ってきたインフラ達の事を思い出した。凹凸があり度々荷車がスタックしたり、雨が降ればぬかるんだりしていた間道と違い、平らで滑りにくい路面が石で舗装された街道の有難み。村一つに対して一つの井戸が普通の中、家の外を出れば目の前にきれいな水が汲める噴水のある水道。人の往来を増やさせた大河を渡る橋。実際には無かったが、実在すれば人魔界間の移動が劇的に早まる、アルビオス山脈を通すトンネル。そのどれもが人の生活を豊か或いは便利にする物だった。
人々の生活が豊かになれば、王都で見た孤児たちの様な境遇の者も減るだろう。それだけでなく、貧しさからくる犯罪も減るはずである。そういう点でも、インフラというのは人々の幸せを支えている物のようだった。
「方法は違うかもしれませんが、皆が幸せになるという点では同じなはずです……!私も、アオイさんと一緒に働きたいです……!」
アオイはメンを連れ立って、テクトのいる病室まで戻って行った。道中、一言も発さなかった。
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