第27話
幸いにもタイヨウボタルは生きているようで、明るくはあった。
揺れが収まってから暫くすると、舞っていた土煙も収まり、周囲の状況が分かった。前も後ろも土砂で埋まっている。瓦礫によって完全に閉じ込められていた。
アオイはまず仲間の安否の確認を始めた。メンは多少擦り傷を負っていたが無事なようだった。しかし、テクトの姿が見えない。
アオイは揺れている最中の出来事をハッと思い出した。テクトが自分を、崩落する壁や天井から突き飛ばしてくれたのだった。その記憶を頼りにアオイはテクトのいる可能性が高い瓦礫を急いで撤去していく。脳裏に最悪の考えが浮かんだが、頭を振ってそれをすぐに消した。メンの手伝いもあって、瓦礫に埋まったテクトの上半身がすぐに発見できた。
「瓦礫の中も案外寝心地が良いね……」
意識もあった。アオイは目が潤んで、視界がぼやけてきた。
「もしかして泣いてるの?」
「……生きっ……てて……本っ……当に……良かっ……た……!」
アオイは思わず泣きだしてしまった。素直に泣きだしたアオイを見てテクトは、
「調子狂うな……。そこは『目に砂が入っただけよ』とかいう所じゃないの……?」
と言った。
メンが狼狽えながらも宥めてくれたおかげで、アオイの涙は比較的早くに止まった。
「まだ僕助け出されていないんだけど……早くしてもらっていいかな?」
急いでテクトの全身を掘り起こしていく。膝下まで掘り起こした時アオイは息をのんだ。岩がテクトの右足首の上に乗っており、それが血で滲んでいる。
メンがその岩をどけ、テクトをようやく助け出す事が出来た。岩に潰された血まみれになった足首より下は、形こそ保ってはいれど、動きそうにもなかった。アオイは服を少し千切るとそれを使い、応急処置を施した。
「……さて、これから……どうしようか?」
テクトは不安にさせないようにするためか、普段の様に振る舞っていた。しかし、その顔色は悪い。
「といっても……このまま……助けを待つか、あそこの……穴から誰か……が助けを呼びに行く……かなんだよねぇ」
テクトは出口があった方の瓦礫を指差した。そこにはアオイかテクトなら入って行けそうな穴があった。
「風が通ってはいるから……穴は瓦礫の外に……まで……は続いている……はず。通り……抜けられるという……絶対の保証は……ないけど……」
アオイはテクトに虫かごを持ってくるよう頼まれた。アオイがその通りにすると、テクトは二匹いたタイヨウボタルの内の一匹を取り出し、小さな巾着袋に入れた。これで簡易的な照明にするつもりなのだろう。
「これで良し。ちょっと……休憩したら……行くね」
どうやらテクトは重傷を負っているにもかかわらず、自ら助けを呼びに行くつもりのようだった。しかし、そうするべきでは無い事は、アオイの目にも明らかであった。現に、元から白い肌が、更に白く、生気をあまり感じさせない程になっており、今にも途絶えそうに苦しそうな呼吸を繰り返している。
アオイはテクトから巾着袋をひったくり、自分が行くと言った。こんなに苦しそうなテクトに無茶はさせられない。それに戦いでは何もできなかった分、ここは自分が頑張るべきだとアオイは思った。
「やめ……ときなよ……穴の中に……さっきの……やつらが……いる……かもよ……?」
「……それでもよ」
アオイは着ていたポンチョをテクトにかぶせた。これで僅かながら体温の低下が防げるだろう。更に、アオイはメンに患部を心臓よりも上に持ち上げているように言った。現状できる処置はこれだけしかなかった。
アオイは穴の中を覗いた。穴は複雑に入り組んでいるようで、タイヨウボタルの光でも全てを照らしきる事が出来なかった。
「あの、気を付けてくださいね……」
「うん。メンちゃんはそいつをお願い」
アオイは穴の中へと入って行った。
穴の中は外から覗いた時よりも狭く、腹ばいのまま進んで行くしかなかった。巾着袋に入った、アオイにとっての命綱を潰さないように気を付けながら、少しずつだが確実に進んで行く。
瓦礫の中に自然とできた穴な為、綺麗な形ではない。時折、突起物の様に穴の中に飛び出た岩を身をよじりながら避けていく。坂の様になった穴を這い上って行く。徒歩の十倍ほどの時間をかけながら、アオイは進んで行った。
それなりに進んで来たとアオイが思った頃、突如手にした巾着の光が明滅し始めた。一瞬闇がアオイを包み込み、その直後に来た光がそれを払う。
「嘘!?何で!?やめて!」
アオイは祈るような思いで巾着口を開けて中を見た。その中には弱々しく動くタイヨウボタルの姿があった。元々の寿命なのか、無理な使用をしたからかは分からないが、この巾着の中の命が尽きれば、狭く、光の全くない空間に、一人で取り残されるという事は分かる。
泣き出しそうな気持を抑え、アオイは急いで進んだ。せめてこの瓦礫を抜け出せば後は壁伝いに歩ける。それまで生きていてほしいとアオイは小さな命に願った。そんなアオイの想いが通じたのか、タイヨウボタルはその光を弱めつつも健気に明滅を続ける。
瓦礫への出口を探す為、必死に進んでいると、アオイは暗闇に包み込まれた。今までその数舜後に訪れていた、闇を振り払う光は来なかった。アオイの手にある小さな命は、遂にその役目を終えたようだった。
目の前に持って行った自分の掌すら見る事の出来ない暗闇で、アオイは一人取り残された。深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けてから前に進もうとするが体が動かない。今、目の前にイワクイムシ、もしくは得体のしれない何かが口を開けてアオイを待っているかもしれない。そんな恐怖心から生み出された妄想を、完全に否定する事が出来ないからだった。もはや、進む事も、引く事も出来なくなった。アオイは恐怖のあまり泣き出した。漆黒の世界では涙で自分の視界が滲んでいるのかどうかすら分からない。
そんな時、声が聞こえてきた気がした。幻聴かと思ったがそうでは無かった。アオイの泣き声が聞こえたからであろうメンが呼びかけてくれていたのだった。
「アオイさん……!大丈夫ですか……!?何かありましたか……!?」
彼女の普段の声量なら、ここまで絶対に聞こえてくるはずが無い。どうやらメンはアオイの身を案じて、声を振り絞って呼びかけてくれているようだった。
「だっ……大丈夫っ……だから!心っ配……しない……で!」
メンを心配させまいと気丈に振る舞うと、恐怖が少しまぎれた。アオイは泣きじゃくりながら、手探りで進路を探して進んで行った。岩以外の感触がしない事を祈りながら。
手探りで進んで行くと、前方に二つ進路がある箇所に差し掛かった。一つはそのまま真っすぐに進んで行く進路。もう一つは急角度で下の方に続いている穴。どちらも広さは今まで通って来た大きさだった。下の穴の深さの方を手探りで測ろうとしたが、手は底まで届く事が無かった。
アオイは迷った。一度進めば引き返すのは容易では無い。間違えるわけにはいかなかった。
とはいえ、下の方に開いた穴がもしそこで行き止まりだった場合、アオイは逆立ちの状態で動く事も進む事も叶わずに、来るか分からない救助を待つ事になる。そんな自分の姿を想像して、アオイは身の毛がよだった。
それは避けたいと思い、真っすぐ進もうとすると、下の穴の方から風が吹いてきた。
アオイはテクトの言葉を思い出した。風が通っているという事はその先に出口があると言っていた。上半身を穴へと突っ込み、その状態で手を伸ばして中を探ってみたが、底の様子は分からない。それでも、アオイはテクトの言葉を信じる事にした。
逆さまになりながら、急勾配を滑り落ちる。幸いな事に、すぐ底についた。落ちた先には、出口は無かったが、まだ奥まで進めるようだった。時折、奥から風が吹いてくる。アオイは自分の判断を心の中で褒めた。
風が吹いているという事は、進行方向にイワクイムシやら何やらはいないはずである。そう、自分に暗示をかけるように言い聞かせながら、進んで行く。
その先に確かにテクトの言う通り『出口』はあった。しかし、その『出口』はアオイの頭より狭く、どうやっても通り抜けられないような大きさだった。
「誰か!助けて!」
アオイはその『出口』に向かって助けを求めた。音の反響からして、向こう側は瓦礫で埋もれていない坑道のようだった。歯痒い。ようやく目の前まで来ているのに。
あらん限りの力を振り絞り、出口周辺の岩を押した。しかし、岩は無情にも微動だにしなかった。アオイは己の無力さを呪った。
「誰か!誰かいないの!?」
今のアオイにはもはや叫ぶ事しか出来ない。
「助けて!ここに人がいるわ!」
たとえ人里が声の届かない程遠くにあったとしても。
「お願い!」
たとえドワーフ族達が近づきたがらない、助けが来る可能性が低い場所にいたとしても。
「早くしないと!あいつが!テクトが死んじゃう!」
アオイは、自分の声の残響をむなしく聞いた。その残響が消え、自然に出た溜息は顔を俯けさせた。俯くと自分の意思とは関係なく涙が溢れ出てくる。アオイはそれを腕で拭い、挫けずに、今の自分に出来る事をやろうと思い顔を上げた。
顔を上げると、遠くの方から、今日ですっかり馴染みとなった光が近づいて来ているのが見えた。
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