第23話

 魔物の襲撃を退けた次の日。雪がちらつく中進んでいくと、道の両脇に立つ大きな鉄の柱が見えてきた。


「どうやら、ここから先はあいつらの領域らしいね」


 エルフ族の血がそうさせるのか、出会ったわけでも何かをされたわけでも無いにも関わらず、憎々しげにテクトはそう言った。


 入り口らしき鉄柱の近くには、見張りらしき者もいない。このまま進んでいくしか無いようだった。


「入って行ったら捕まるとか無いわよね?」


 ここのドワーフ族の町は統一連盟に加入してない。という事はその土地独自の法の下に裁かれる。例えそれが外部の者にとって理不尽であったとしても文句は言えない。


 テクトはその考えを否定した。ドワーフ族は排他的で頑固であるが、人としての道理は重んじる。


「そこだけは認めてもいいね」


 『だけ』の部分を殊更強調してテクトはそう締めくくった。


 あれだけドワーフ族を嫌っているテクトがそう言うのであればと、アオイは覚悟を決め、門の様にそびえる鉄の柱の間を通り抜けた。朽ちた無人の小屋が並ぶ通りを暫く進んで行くが、人気は全くない。アオイが危惧していた事は起こりそうもなかった。


 地図を広げたテクト曰く、ここを通り抜けるとドワーフ族の住処である洞窟までは、もう少しらしい。


 最近では、他の種族の様に地上に出て、建物を立てて生活するドワーフ族もいる。というよりも、人の行き来が増え、他の種族間での交流が多くなった現在では、そっちの方が主流である。アオイが知っているドワーフ族も鉱山暮らしを辞め、地上で金属製品の加工や修理等をして生活していた。しかし、向かう先にいる彼らは保守的なようで、未だに伝統的な暮らしをしているようだった。


 後ろから聞こえて来る、エルフ族から見たドワーフ族の嫌な所百連発を聞き流しながらアオイが荷車を牽いていると、前方に、また先程の様な鉄柱が道端に設置されていた。しかし、今度のはかなり昔から設置されていたのか、錆で全体が覆われていた。その鉄柱の向こうには山肌があり、大きな暗い穴が口を開けている。


「あの中だね」


 穴の中へは、屈めるメンであれば入れるが、そうする事の出来ない荷車は入れそうに無かった。必要な物だけを持って入るしかなさそうだった。


 アオイが持っていく物は、今着ているポンチョを除けば相棒である弦楽器ぐらいであったが、テクトやメンは武器を携帯していくようだった。万が一があるかもしれないという事だろう。アオイはそれを見て僅かに緊張した。


 洞窟へは、松明をかざしたテクトが先頭に立って入って行く。アオイは真ん中、メンは後ろという隊形だった。非戦闘員であるアオイを守るための配慮だろう。


 また不甲斐なさを感じながら進んでいくと、すぐに壁にぶつかった。一瞬行き止まりかとアオイは思ったが、テクトが右の方を指した。その方向を見ると、壁沿いからでないと見えないように巧妙に道が隠されてあった。


「あいつらの、侵入者を阻む姑息な手さ」


 知らない者がここに来れば、アオイの様に行き止まりだったと勘違いして引き返していただろう。


 その先を進んでいくとまたすぐに壁に当たった。今度は分かりやすく右の方へと道が続いている。そして、また壁に当たり今度は左へ。更に壁に当たると左へ道が続いている。そこまで来ると、奥が明るいのか、行先の突き当りの角が鈍く光を反射しており、松明が無くとも進める程の明るさになっていた。


 テクトは不要になった松明の火を消し、奥へ進んでいった。アオイもそれに続く。光を鈍く反射している角を右に曲がると、急に開けた空間が出現した。採光と通気の為にか開いている天井にある無数の穴から、淡い光線が、公衆浴場の何十倍もの大きさがある空間に降り注いでいる。その空間の中心に、岩をくりぬいて作ったであろう、灰色で均一な形の建物が集まった町の様な物があった。


「これがドワーフ族の昔ながらの町並みなのね……」


 一見して違いの分からない建物が並んだ姿は、無機質とも取れるし、見る者によっては神秘的とも取れるだろう。


「面白みの無い造りだね」


 そう取るエルフ族もいた。


 街へと続く一本の道を進んでいく途中、アオイはある事に気づいた。道に凹凸が全くないのである。気になって足元を見たアオイの顔を、路面は澄んだ水面の様に照らし返していた。


「嫌だねぇ。道は工芸品じゃ無いっていうのに、鏡みたいに磨いちゃってさぁ」


 路面を見ているアオイに気づいたのか、テクトは忌々しげにそう言った。テクトに言わせれば、物の最上の美しさというのは、その性能のみを活かそうとした結果出来上がった形、所謂、機能美であり、このように使用するに不必要な見た目の綺麗さや華やかさは余分であり、寧ろ物本来の美しさを損ねるものらしかった。


 そんなテクトの哲学を聞きながら町へ入ると、外から見た時には分からなかったが、所々に、色は塗られてないが華美な造形の装飾がある事にアオイは気付いた。ここのドワーフ族は意外と派手好きなのかもしれない。そう思っていると前方に小さな人影が見えた。


 小さな身長に、分厚い胴体。太い手足に、男女関係なく生えて来る豊かな髭。まさしくドワーフ族だった。そのドワーフ族は明らかな余所者であるアオイ達に気づくと、訝しげな目でこちらを眺めてきた。歓迎とは決して言えない様子である。


 アオイは警戒心を解くため、先ずは笑顔を向けた。旅先の住人達と交流を深めていくのは吟遊詩人として一番基本的で大切な事である。誰かに教わったわけでは無く、アオイは経験としてそう実感していた。例え排他的なドワーフ族であろうと好意的に接すれば敵対関係にはならない。端からそのつもりでなければ。


 アオイはドワーフ族に敵愾心に近い感情を持つテクトに変わり、出会った町人に、この町の長がいる場所を尋ねた。町人は疑いの眼差しを向けたまま答えなかったが、メンが街道保安局局員の証を見せると合点がいったようで、街の中央の一番大きな屋敷にいると言い、道順まで教えてくれた。


 教えられたとおりに行くと、大きな屋敷が見えてきた。


「ここが……」


 色は他の建物同様、元となった岩そのものの灰色であったが、壁面には歴代の首長であろう顔が精巧に刻まれていた。


「……それじゃあ、後は僕だけで大人の話をしてくるから。二人はここで待っててね」


 大人の話ということは、山の向こう側に貫通している坑道があるという噂の真偽を確かめるだけでなく、これを機にこの町も統一連盟に加入させようというのだろう。そうしなくては、もし噂が本当だとしてもここまで街道を敷く事が出来なくなる。


「大丈夫ですかね……?」


 メンが小さくなっていくテクトの背中を見送りながらそう言った。


「流石に、公的な場でならエルフ族の血の疼きも抑えるでしょ」


 自分のその言葉が楽観的過ぎたと分かったのは、それから少しして、武装したドワーフ族達に囲まれた時だった。

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