第24話
「――それから『森に帰れ!』って言われたから『うるさいこの髭無し!』って言ったんだ。そしたらその棟梁とか呼ばれていた奴がその場から出て行って、その代わりに武装したドワーフが来て、ここに連れて来られたってわけ」
牢で再会したテクトから聞かされた経緯によれば、些細なトゲのある言い回しから始まった言い争いが、三人とも牢屋に押し込まれる原因となったようだった。ドワーフ族にとって髭は誇りである。生えてない者にとって、髭が無いのを言われるのは一番傷つく事だろう。
「……その……何というか……。……幼稚ね」
「どっちが?」
「……どっちもよ」
どちらか一方でも、その立場に応じた自制心があればこんな事態にはならなかったはずである。アオイは呆れた。
「これからどうします……?」
メンが不安そうに尋ねてきた。
「謝罪して出してもらうのが一番なんだけど……」
アオイはそう言いながらテクトの方をちらりと見たが、テクトは顔を背け、その考えに拒否の態度を示した。
「……ほんとに幼稚ね……」
対等の言い争いではあったようなので、向こう側から謝罪してもらうのを期待するしかなさそうだった。
暇つぶしに、格子付きの窓から見える洞窟内の代わり映えしない景色を十分すぎる程堪能していると、足音が廊下から聞こえて来た。案外早く謝罪の使者が来たと思ったがそうではないようだった。
「人間の女……ちゃう、デカい方やない。局員やない方の女や」
アオイが鉄格子のそばまで近寄ると、牢番のドワーフ族は牢の扉を開けた。
「局員や無いのに閉じ込めてすまんかった」
謝罪はされたが求めていたようなものでは無かった。牢番の言う所によれば、棟梁から下された命令は局員の逮捕であり、証を持っていないアオイはそれの対象外であったという。
「確かにー。たまたま一緒にいたただけでその人は無関係ですよー」
テクトがアオイを逃がす為か、そう嘘を吐いた。メンもテクトの意図を察したのかその言葉に激しく頷き同意している。
「ほな、あっちで没収した手荷物を返すわ」
牢番に別の部屋へ連れていかれる途中、アオイはテクトとメンの方を見た。絶対助け出すという意思を持って。二人は手を振ってアオイを見送っていた。
「とはいえ……どうすればいいのかしら……」
牢から出されたアオイは、見知らぬ土地で、ポンチョと中古の弦楽器そしてここに来るまでの旅で貯めた金の入っている財布しかない。
「直接棟梁とやらに会って説得するしか……でも、どうやって会おうかしら……?」
何か使える手は無いかとアオイは当てもなく町をぶらつく。しかし、どこまで歩いても同じ灰色が続くばかりだった。
歩きまわった末に見つけた、人気のない広場でアオイは途方に暮れた。
「……ん?」
少女のすすり泣く様な声がする。気のせいかと耳を澄まして聞いてみたがやっぱりしていた。そんな事をしている場合では無いと自分でも分かってはいつつも、アオイはその泣き声の主を放っておく事が出来なかった。
その声を辿って行くと出処がすぐに分かった。広場の端に設けられた柵を越えると、崖の少し下に岩棚があり、そこにドワーフの少女がいた。兜を被って顔は見えないが、声とドワーフ族にしては細い手足からして少女なのは間違いない。
見つけはしたがどう声を掛けようかアオイは迷った。排他的なドワーフ族の者が余所者に声を掛けられたからといって、泣いている理由を話すわけが無い。かといってこのままにするのは忍びないとアオイが思っていた時、その少女は人に聞かれないようにするためか、町とは反対の方向を向いて、歌を歌い始めた。
その歌はアオイも知っている。
歌詞の内容はこうだった。大昔に出会ったエルフ族の祖とドワーフ族の祖の二人が会うなり意気投合し、親友になった。日が暮れるまで遊び、夜が明けるまで語らい、若木が大樹になり、枯れて朽ちるまでの長い間その関係は続いた。しかし、ある夕暮れに自分達の産まれた場所、森か鉱山、どちらがより素晴らしいのかを決める事になった。最初は自分の産まれた場所の素晴らしさを交互に讃えていくだけだったが、次第に双方の産まれた場所を貶し合うようになっていった。貶し合いはやがて、お互いそのものを中傷するものとなった。永久に続くかと思われた友情は、夜が訪れる前に途絶えた。途絶えただけならまだ良かった。途絶えた友情は激しい憎悪に変わり、その憎悪は子孫であるエルフ族とドワーフ族に血と共に今でも受け継がれている。
というものであった。所詮根拠の無い伝説、とは今のアオイには言い難かった。
そんな悲しい歌を少女は歌っている。しかし、仲違いを始める節から歌詞に変更が加えられていた。
「――『そんなにお前が言うのなら そんなに貴方が言うのなら きっと素晴らしい場所なのだろう 今から行こう そうしよう』――」
歌い終わった少女はうずくまった。
アオイは背負っていた弦楽器の相棒を構えると、音楽の持つ力に頼る為、その歌の前奏から弾き始めた。
少女は、急に始まった演奏に驚いた様に、素早く立ち上がりながら振り向くと、いつでも攻撃を行える構えを取った。その姿勢のまま、自分がさっきまで歌っていた曲の演奏を、急に始めた不審な余所者を警戒するかのように、アオイを兜越しにじっと見つめている。
流石に無理矢理だったかとアオイは思ったが、少女は歌いだしが近くなると構えを解き、またさっき歌っていたように町と反対の方向を向いた。これはアオイに背を向ける事になる。アオイは警戒を解いた彼女を見て、自分のやっている事が正しいのだと分かり、ホッとした。
伴奏無しの独唱でも素晴らしかったが、アオイの演奏を伴うと、より聞きごたえのあるものになった。
歌い終わると少女はまたアオイの方を向いてきた。構えは取っていなかった。
「……あんた、何者や?」
「あたしはアオイ。吟遊詩人よ」
「……今日町に来た余所者の一人か」
「ええ、そうよ。……それよりさっき泣いているみたいだけど何かあったの?」
少女は無言になった。音楽によって多少心を通わせたとはいえ、それでもさっき会ったばかりの者に、泣いていた理由を話すのは恥ずかしいのだろう。しかし、他人同然だからこそ話しやすい事もあるはずである。
アオイはそう少女に伝えた。少女はその言葉に納得したのか、やや間をおいてから語り始めた。
少女の名前は『トルクル』というらしかった。トルクルがこの町の方言で話すに、今日、人と会い、酷い言い争いをしたらしい。トルクルは初対面の者が相手だとうまく話せないらしく、その上、今回会った者は苦手なタイプであったため、思わずそうなってしまったようだった。
「……本当は仲良くしたかったんやけどな……」
トルクルは消え入りそうな声でそう言った。変更された歌詞からして人と仲良くしたいとは常に思っているのだろう。巻き込まれたとはいえ、さっきまで言い争いが原因で牢に放り込まれていたアオイとしては、他人事のようには思えなかった。
アオイは頭の中でしばし考えをめぐらしてから話した。少女の今後の人生に関わる可能性がある為、真剣に。
「……今、あたしとなら普通に喋れてるじゃない?それはどうしてかしら?」
「……歌ったから?それとも泣いとるとこ見られたから?……よう分からんわ」
トルクルは答えを両方口にしたがそれに気づかなかった。
「どちらも正解よ。ようは心の中を一度さらけ出したからよ。……さっき酷い言い争いをしたって言ったでしょ?それって歌ったり、泣いたりしているところを見られるよりも、心をさらけ出していると思わない?」
だから次会った時は大丈夫とアオイはトルクルを勇気づけた。そんなアオイの励ましを噛み締めるようにトルクルは小さく復唱した。
「……次会ったら大丈夫……。……よし!」
彼女の中で踏ん切りがついたのか、トルクルは勢いよく崖を登るとアオイの横に立った。
「アオイ!うち、決めたで!あいつに謝る事にする!」
元気よくそう言い、トルクルは兜を脱いだ。中から白い肌の少女の顔が出てきた。
「うん。それが良いわ。もし気まずいようならあたしが一緒についていてあげる」
「ほんまか!?そんなら心強いわ!ほな、準備しとかなあかんから先に行っとくで!」
ドワーフ族にしては機敏な動きで、トルクルが去って行く。アオイが大声で尋ねて返ってきた声によれば、集合場所を町の中心にある一番大きな屋敷らしい。
「……そう言えばあの子、髭が無かったわね……」
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