第21話
敷設現場からそのまま街道を西へ進んでいくと、港町に着く。聞いてもいないのにテクトが自慢気に話すには、テクトの父がその港を作ったらしかった。しかし、その港の方へは今回は行かない。目的地であるドワーフ族の街へと行く為、途中で間道に折れ、北の方へと向かった。
前のように半ミイル標を打ち込みながら進んでいく為、その進みは非常に遅かった。通常であれば三日の道のりを五日かけて進んでいく。
五日目にその間道を折れ、更に脇道に入って行った。道と言ってもかつて荷車が往来していたであろう轍の形跡が僅かに残っていただけであったが。
開けた荒野を進んで行く。さっきからずっと坂道を進んでいた。
「なんだか……坂道多く……ないかしら……?」
「山に向かって行ってるからね。この先下りどころか平坦な道すらあまりないと思うよ」
街道から外れてから、暫くは平坦な道が続いていたが、途中から緩やかな坂道に遭遇するようになった。アオイにとって辛い事に、日を追うごとにその割合と角度は増していっている。
ドワーフ族の所に行き着く頃には、崖みたいな急角度の道を通らなければならないのではないかとアオイが思っていた時、坂の頂上に獣のような影があった。
「……魔物だね」
テクトは低くそう言った。アオイは咄嗟に荷車を止めた。魔物は暫くこちらの方を見ていたかと思うと、頂上の向こう側へと消えていった。
「仲間を呼ぶ気だね、きっと」
アオイはテクトに荷台の上に避難するように言われた。荷台を上ると続いてポンチョを被るように言われた。アオイは言われた通りにした。被ると、少し野菜の香りがした。
テクトは荷台から盾を取り出すと荷車から飛び降りて、同じく臨戦態勢になっているメンに指示を出した。
「狙いは撃退だけで。深追いしてこの荷車から離れないようにね。僕は前側、メンちゃんは後ろ側ね」
メンは頷くと荷台の後方へと向かった。当たり前と言えば当たり前だったが、アオイには何の指示も下されなかった。戦いでは足手まといにしかならない。幌の隙間からこれから始まるであろう戦いを観戦するしかなかった。
「来たよ!数は陸上型十七!」
頂上から走り寄って来るのは、所々触手の生えた、狼の様な姿をした魔物だった。魔王によって産み出された魔物はクレンの倒した飛翔型とこの陸上型の二種類しかいない。魔王からしてみれば、手駒には膨大な種類よりも、汎用の利く繁殖力の高い陸上型と、機動力に優れた飛翔型だけで充分だったのかもしれない。現に魔王は、この二種類のみで魔界の大半の部族を隷属させており、アルビオス山脈を越え人間界をも侵略しようというまでに勢力を広げていた。
十七匹の魔物は獣のような俊敏さで、散開しながら荷車の方へと向かって来た。
「そこから降りなかったら安全だからね。……多分」
テクトの言葉に若干の不安を感じたが、今のアオイには二人の強さをあてにするしかなかった。
魔物は向かってくる勢いのまま襲ってきたりはしなかった。これから襲う獲物の戦力を伺うように遠巻きに取り囲んでくる。
テクトは魔物の動きを確認するように周囲を見渡すと、盾から投げ矢を一つ取り出し、一番大きな個体に投げた。恐らく群れのリーダーらしき個体を狙ったのだろう。上手くいけばその一匹を倒すだけで撃退できるかもしれない。
投げ矢は標的の頭に突き刺さり、その命を奪った。しかし、魔物達は一瞬ひるんだように見えたがそれでも退こうとはしなかった。
「厄介だね」
もう一つテクトは投げ矢を取り出した。そして、近くにいた魔物目掛けて投げた。しかし、学習能力があるのか、それともその個体が類稀な反射神経を有しているからなのか分からないが、魔物はそれを避けた。
短く舌打ちをして、テクトがもう一つ取り出そうとした時、魔物は一斉に襲い掛かってきた。まるで、来ると分かっていた隙を狙ったようだった。
魔物はテクトの左右から同時に飛びかかった。それは訓練を積んだ兵士が行うような統率の取れた攻撃だった。テクトはその巧みな攻撃を、左方を盾で防ぎ、右方を剣で貫き、躱した。
残り十五匹。そう数えた時に後方から、魔物の悲鳴が二つ聞こえた。どうやら残り十三匹のようだった。
四分の一程の仲間がやられても魔物は一向に逃げようとはしなかった。それどころか、より敵意を増しているようにも見える。
テクトはじっとその場から動かなかった。さっきの様に投げ矢を取ろうとすればその隙を狙われる。テクトから動いても足の速さは魔物の方が早く、簡単に逃げられる。その為、向こう側の攻撃に反撃を加えていくしか攻撃手段が無いからであろう。
睨み合いは長時間続き、やがて魔物達が退くことによって終わった。彼らの影が坂の向こう消えると、アオイはほっと胸を撫で下ろした。
「安堵している所悪いけど、陽が落ちたらまた来るかもよ」
返り血のついたテクトは荷台に上りながらそう言った。
「どうしてわかるのかしら?」
「多分後ろかな?そこを見たらわかると思うよ」
テクトはタオルで顔に着いた血を拭い始めた。
アオイは荷車の後ろの方を見に行った。そこには頭部が潰された魔物が二匹と、同じく返り血を浴びたメンが立っていた。
「お疲れ様。怪我は無いかしら?」
「はい……!大丈夫です……!」
メンは僅かに興奮しているようだった。アオイはメンに返り血を拭いてもらう為、タオルを渡した。顔に着いた血と肉片はそれで拭えたが、服に飛び散ったのは洗うしかなかった。
「着替えた方がいいわね」
「いえ、まだいいです……」
そう言い、メンは後方の地平線の際を指差した。アオイがその先を見ると、さっきの群れの一匹であろう魔物がいた。
「いやぁ。改めて魔物の強さを思い知らされるね」
何時の間にか横にいたテクトがそう言った。
陸上型の武器というのは、鋭い牙でも鋭利なトゲの生えた触手でも無いとテクトは言う。彼らの本当の武器は、本能的に行われる高度な集団戦と、機動力にあるらしかった。
そして、今、見張りがついている事こそが、その両方の能力を証明するものだとテクトは言った。
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