第15話
昼前。行われるはずだった結婚式は急遽葬式へ変更された。突然の事だったので結婚式の式場の飾りつけを葬式用へと変更してそのまま流用して行われた。
アオイ達も葬儀に参加している。ただ旅の道中の為喪服などは無い。そのため参列者の最後列ではあるが。
後方だと式場の全体の様子がよく分かる。村人は皆、彼の死を惜しみ、悼んでいた。そして結婚式前夜にしてその婚約者を亡くしたアマラをいたわった。
「せめて遺体があれば……そうすればアマラもちゃんと別れも告げられただろうに……」
村人の誰かが言った。その言葉に他の村人が反応する。
「無理だろ……ドラゴンに襲われたらしいぜ?骨すら残らねぇよ」
「ほんとに信じられねぇな……。この前だって村を襲った盗賊団を一人で撃退するような奴なのに……」
事実が大分大きな尾ひれを付けて、村人達の口から口へ泳ぎ回っているようだった。 そんな囁きを聞いていると、亡くなったジェベルは村人達に取って凄く大きい存在だったのだと感じた。
見た事も無い男の死を悼んでいると、アオイは後ろから声を掛けられた。
「失礼。お尋ねするが……もしかして誰か亡くなられたのか?」
アオイが振り返ると赤味がかった茶色の鱗に全身を覆われた者がいた。
人間のそれとは違う爬虫類的な顔つきを見て、アオイは今まで見る事が無かったが、これが噂に聞くリザード族なのだとすぐに分かった。
だがリザード族に初めて会えた喜びよりもこの死者を悼む気持ちの方が強い。アオイは粛々と答えた。
「……そうです」
「今日は私の結婚式の予定であったがそれならば致し方ない。暫く延期する事にするか……」
アオイは今のリザード族の言葉に何かを感じ引き留めた。近くにいたテクトとメンも、同じく何かを感じたようでこちらを見ている。
「その……。つかぬ事をお伺いしますが、あなたのお名前は?」
「ジェベルだ」
葬式場は再び結婚式場へと変更された。
怒涛の勢いで時間が過ぎ去り、気付けば夜になっていた。祝い事の賑わいは日が沈んでいくのに応じて高まっていき、その姿が見えなくなった頃には、主役の二人を差し置いての村人全体の饗宴となった。
アオイ達三人は、賑わいの中心から少し離れた位置にある椅子に座り、饗宴の余韻に浸っていた。
「まさかジェベルがリザード族だったとはね……。そうと分かっていたら魔物に襲われて死んだなんて絶対思わなかったよ」
テクトのその言葉にアオイとメンは頷いた。
リザード族は名前の通り爬虫類の様な魔人である。巨人族に次ぐ戦闘に適した種族と言われており、その理由は、産まれ持った強い膂力や高い再生力、そして最大の強みであり特徴でもある、頭から背中、つま先にかけて生えている非常に硬い鱗による。その鱗は剣で斬りつけても傷つく事が無い。魔物の小さな爪や牙でやられるはずが無かった。
「しかも、あの人『竜人化』してましたよね……?」
メンが聞き慣れない単語を口にした。
「『竜人化』って?」
アオイの問いに、メンは頭の中で情報を整理するためか少しの間やや上を見つめてから答えた。
リザード族の鱗は基本的に緑色である。しかし、リザード族の中には数年に一度の脱皮を繰り返し行っていると、段々鱗が、赤みがかっていく者がごく稀にいる。その者達が行きつく先が『竜人』であり、その過程が『竜人化』なのだという。
「竜人になると、ただでさえ強いリザード族が更に強くなるんですよ……!力は勿論、鱗も更に硬くなりますし、体も大きくなります……!何より炎も吹けるようになるらしいです……!」
光源が篝火しかない薄暗い中でも、メンの頬が紅潮していくのが分かる。子供の頃に親に連れていかれた闘技場で見た竜人に憧れて体を鍛えだしたのだとメンは語った。
「ご歓談中のところ済まない。ここにアオイさんという女性はいらっしゃるだろうか?」
噂をすれば、だった。
リザード族は夜目が効かない。日中の内にアオイとジェベルは顔見知りになるほど関わっている。それなのにそう尋ねたのは、暗闇で顔の判別が出来ないからであろう。そのリザード族唯一と言っていい弱点を、傍らにいる人間の女性が補う。
「アオイさんなら目の前にいますよ。あなた」
「……そうか。失礼した」
「……あの……今回は本当にすみませんでした」
昼間何度も謝ったが、それでも自然と謝罪の言葉が口から出てきた。いくら勘違いであったとはいえ許されない嘘を吐いたと思っている。
「……謝罪なら昼間にもう十分すぎる程聞きました。それに、元はと言えばこの人が、何も連絡をせずに魔物を追いかけまわしたのがいけないんですもの」
アマラの言葉に同意するようにジェベルは深く頷いた。
ジェベルは王都から村に向かう途中で、あの荷車が倒れた場所で魔物の群れに襲われた。そこまではアオイ達も想像がついていた。しかし、それから持ち前の戦闘能力の高さを生かして撃退。それどころか後の街道の安全の為に巣に逃げる魔物を追跡し、徹底的に殲滅していたとは誰も考えが及ばなかった。
「本当に済まない……」
ジェベルは謝罪した。アオイではなくアマラに向けて。その毅然とした態度が萎びた事から、余程叱られたのであろうとアオイは思った。
気を取り直し、毅然とした態度に戻ったジェベルは本題に入った。
「彼女が――妻が世話になったようなのでそのお礼がしたい。もし急ぎの旅路でないのであれば、出発を明後日に伸ばしてはいただけないだろうか?勿論その間の宿代は支払わせてもらう」
アオイは隣にいる雇い主の方を見た。もし、テクトが明日すぐ出発しなければならないと言ったのであればそれに従わなければならない。
「元から明後日に出発するつもりなんで別に構いませんよ」
テクトはそう言った。宿代の件も、元からそうするつもりだったからと丁重に断った。
「……それならば。積もる話もあるところだが今日の所はこれで失礼させてもらう」
「それでは皆さんおやすみなさい」
新婚夫婦はぴったりと寄り添いながら去っていった。その様子を見て、死が二人を別つまでもう離れ合う事はないだろうとアオイは思った。
「……良かったのかしら?予定を伸ばして」
まだまだ道のりは長いはずである。それなのにここで足止めしていても大丈夫なのだろうか。そんな事をテクトに尋ねると、
「急ぎの旅じゃないしね。どの日に着かなきゃいけないという予定も無いし。それに、ここ数日働き詰めだった上に、皆昨日は徹夜してるんだよねぇ」
と言った。確かに疲労もあるし、何より眠い。
「だから明日は一日休み。そろそろ宿に戻ろうか」
その言葉に従い、三人は席から立ち上がり宿に向かった。その途中アマラ達の家を見かけた。それを見てテクトは思いついたように言った。
「あの二人今夜は燃え上がるだろうね」
アオイはテクトの頭をはたいた。
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