第14話
その村へは夕方頃着いた。
村の中心にある広場では、何か行事が行われるのか壇が設置されており、その周囲では飾り付けが行われていた。
宿を取り、三人は近くにいた村人に差出人である『アマラ』という人物を尋ねた。村人はその人物を知っているようで快く教えてくれた。道順を教えてもらい、礼を言って別れようとすると、
「あんたら、確か王都から来たって言ってたよな?それなら途中で『ジェベル』という奴を見なかったか?」
と聞かれた。ジェベルとは手紙の受取人の名前だった。伝えづらい事実なので少し返答に間が開くと、村人が続けて話し始めた。
「知らねぇってんならしょうがねぇや。……ったく明日結婚式だっていうのにまだ花婿が来ねぇとはなぁ……」
衝撃の事実を言い残して、村人は去っていった。
アオイも、テクトも、メンも、最早本当の事を言い出す事が出来なくなった。三人は人気のないところに急いで移動し、これからどうするか相談を始めた。といっても、三人とも見て見ぬふりをする気などさらさらなく、誰が伝えづらい事実を、花嫁であろうアマラに伝えに行くかの相談だった。白熱した押し付け合いの末、自然と行われた最も民主的な方法によって、最終的にその役目はアオイが請け負う羽目になった。
アマラの家へは、無情にも心の準備が整う前に着いた。扉の前で、心を落ち着ける為、数度、深呼吸をする。すると、勝手に扉が勢いよく開いた。恐らく、玄関先に人気があるのを家主が感じたからであろう。
「遅いじゃない、ジェベル!……ごめんなさい。人違いでした」
褐色の大人びた人間の女性が中から出てきた。その温和な表情から、今が幸せの絶頂期にいるのであろう事が感じられる。しかし、その顔はアオイの姿を見て、当てが外れたからか、やや落胆したような表情になった。
アオイはその幸せそうな表情を見て、なかなか話を切り出せなかった。何も言えずにただ立ったままでいると、アマラは不審がるような眼でアオイを見てきた。
「……何か私に御用ですか?」
「……あの……その……。まず、これを……」
アオイは手にしていた袋を渡した。その袋には現場から持ってきた手紙や貴重品が入っている。アマラはその袋を受け取った。
「……これは何ですか?」
アオイは中身を見るように言った。回りくどい形になっているのは、辛い事実を伝えるのをなるべく先に延ばしたいからだった。
「……これは……私の書いた手紙……。どうしてあなたがこれを……?」
もう伝えるしかなかった。
「あなたの花婿のジェベルさんは……亡くなられました」
アオイは簡潔に伝えた。魔物の群れに一人で襲われれば戦闘訓練を受け、完全に武装した者でも生きて帰るのは難しい。古くから言われている常識であった。
その言葉を聞いてアマラは崩れ落ちた。手から滑り落ちた袋から手紙が散乱する。アオイはどうする事もなく、ただ、立ち尽くした。
アマラの気持ちがようやく落ち着き始めた頃には、日がすっかり沈んでいた。
「……初対面のあなたに頼むのもおかしいと思いますけど……。今晩泊って行ってくれませんか……?……一人だと怖くて……」
アマラは俯きながらそう言った。それはアオイにとって思いもよらない提案だった。
ショックを受けている状態のアマラを一人にすれば何をするか分からない。そう思い、アオイは近くで隠れて様子を伺っているテクト達に目配せをした。するとテクトは意図が伝わったのか一つ頷いた。
アオイは散乱している手紙を全て拾い上げ、こう言った。
「はい。喜んで」
アマラに手を差し出し、立ち上がらせると、アオイは待ち望まれた帰宅者の代わりに家へと入って行った。
「……お茶を入れますね」
アオイは案内されるままに席に座った。机の上に並べられた、買ったばかりであろう綺麗な二人分の皿と器が、冷たく光沢を放っている。アマラはその皿と器を片付け、来客用のそれと交換した。
「お腹すいてませんか?一人だと、食べきれなくて……」
アマラの顔に影が差した。アオイは元気づけようと普段よりも殊更に明るく振る舞った。
「いただきます!いやー丁度お腹すいてたんですよね!うれしいなぁ!最近保存食しか食べれてなかったから!」
そんなアオイの様子が面白かったのか、アマラはクスっと笑った。
「温め直すので少し待っててください」
アマラはかまどの火を起こし、鍋を温め始めた。
手持ち無沙汰になったアオイは、家の中を見回し始めた。中は至って普通だった。一般家庭の見本のようなものである。壁に掛けられた爬虫類のものらしき大きな抜け殻や、新婚の家に飾られるリースや、ベッドに二つ綺麗に並べられた枕を除けば。
「何もない家でしょう?」
アオイの目の前にスープの入った皿が置かれた。そこから立ち上った湯気が顔をくすぐる。
「どうぞ召し上がってください。お口に合うといいのですけど……」
スープは野菜を大まかに切って煮込む、よくある家庭料理だった。
「いただきます。……美味しい。すっごく美味しいです、これ!」
一度口に運んだだけで分かった。野菜の甘みも、旨味も、ほのかな苦みも全てスープに煮出されている。ここにいるのが、しょっぱいだけの保存食を数日間食べ続けたアオイでなく、王都にいて食べ歩きしていた時のアオイでも同じ反応をするだろう。ここまで野菜の味をスープに溶け込ますには相当の手間暇がかかる。恐らく毎日の夕飯の為に作られたのではなく、この日の為、愛する者が訪れた時の為に、長い間煮込み続けていたのであろうと思うと、その情景が呼び起こされアオイは胸が詰まってきた。
「……どうかしました?もしかして本当は美味しくなかったとか?」
何も辛い目にあっていないアオイが泣くわけにはいかない。そう思い、皿を持ち上げスープを飲み干し、誤魔化す。気のせいか最初に食べた時よりも、塩気が少し多いように感じられた。
アオイはその後、二杯、お代わりを貰った。
「……ごちそうさまでした。久しぶりに美味しい料理を食べる事が出来て本当に良かったです」
本心そのままだった。欲を言えばもっと食べたくはあったが。
「そんなに喜んでもらえると、作った身としては大変嬉しいです」
アオイが食器の片づけを申し出ると、客にそんな事をさせるわけにはいかないとアマラに断られてしまった。アオイは再度申し出ようとも思ったが、やめた。なぜなら、アマラは悲しみを紛らわすために、何かしらの作業をし続けたいのだと気づいたからであった。そう気づくと、次にアオイがするべきことは、彼女の悲しみを紛らわす為、話し相手になってあげることだと思った。
食器の片付けが終わり、アマラが席に戻ると、アオイは自分が吟遊詩人であるといった。
「吟遊詩人さんだったんですね」
「はい。ここに来たのは今から数日前、ここから離れた間道で飢え死にしかけている時に――」
アオイはここに来るきっかけとなったテクトとの出会い、それからのゴブリン族達との死闘を話し始めた。ところどころ誇張や冗談を交えつつ。それらの話が終わると神話や伝承、伝説や物語などを知っている限り語り始めた。恋愛にまつわる話、特に悲恋の話を除いて。一つ話が終わればそれに関連する話として別の話を始める。時には即興で考えた話もした。吟遊詩人として、一時食べていけた程度の実力は一応ある。目の前の一人の人間を一晩中楽しませ続ける事は可能であった。
部屋の灯りが消え、家の中に月明かりが差し込むと、月にまつわる話をし、アマラが灯りを灯せば火にまつわる話をし、水を飲めば水にまつわる話をする。目の前で起きた出来事をも話のきっかけにして、とめどなく話続けた。
そうして陽の光が差し込んだ時に太陽の話をし始めると、アマラが机に突っ伏した。気になって覗いてみると安らかな寝顔だった。
「もう寝た……?」
窓の外から囁き声が聞こえてきた。見ればテクトとメンがそこにいた。二人とも目が赤い。恐らく一晩中張り込んでいたのだろう。
アオイはアマラにそっと毛布を掛けると静かに外に出た。
「宿に戻ってれば良かったのに……」
肌寒い夜の中、ずっと外で待たせた事をアオイは気まずく思った。
「いや、僕とメンちゃんなら大丈夫だよ。慣れてるから。……それよりもなかなか面白かったよ。君の一夜千物語」
テクトの言葉に同意するようにメンは激しく頷いた。
「それはどうも。また聞きたかったら金貨一枚で受け付けるわよ」
「――それか凄く美味しいスープでね。いやあ美味しそうだったねあのスープ」
テクトはアオイの言葉を拾った。妬ましそうに。
「あんたも千話ぐらい話せるようになれば?そうすればあたしがスープなんていくらでも作ってあげるわ」
夜明けの日差しに当たる高揚感によってこの時忘れていたが、結局のところアオイがしたのは傷心状態のアマラを一晩無事に過ごさせただけであった。
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