2. Satz:今日も、音楽準備室へ
// SE チャイムの音
// SE ガララっと、引き戸を開く音
(あなたが第二音楽準備室に入ると、中にいた歌織が顔をぱあっと輝かせた)
「わあっ、本当にきてくれたんだ……! 嬉しいな、ありがとう……」// はにかみつつ
「あのねあのね、これ、キミ用のチェロ! この準備室にあった練習用のもの、先生に許可もらって、メンテナンスしておいたんだ。よかったら、これから使ってほしいな、なんて……」
「えへへ、喜んでもらえて嬉しいな。じゃあ今日は運弓法……弓の動かし方から始めて、音階までチャレンジしてみようか? あ、手は洗ってきた?」
「さっすが! それじゃあまず、弓を持ってみよう」
(歌織は明らかにウキウキとしている。その姿をみて、あなたの気分も弾んでくるようだ)
「じゃあ昨日みたいに、肩の力を抜いて、手をダラ~っとしてくれる? そうそう、上手! ほら、力を完全に抜くとね、意外と指先って丸くなってるでしょ? そのままの状態で、手の甲を上にして、右腕を身体の前まで上げてみて」
「そうそう、では弓を、指の間に入れるね」
// SE 指の間に、弓の持ち手がするりと滑り込んでくる
「ちょっと親指、動かすね。親指はくの字にして、ここのくぼみに指先を軽く立てるように……うん。んで、他の指は向こう側に自然に添えるかんじで……このへんかな。力で握るんじゃなくて、支点力点作用点ってかんじで、ポイントを押さえてバランスを取るの」
(歌織の細い指があなたの指に触れ、遠慮がちにつまみ、動かしてゆく)
「それじゃあ、支えを外すね」
(弓の重さに思わず半歩だけたたらを踏み、あなたは耐えた)
// SE トン、と軽い足踏み音
「ふふ、端っこを持つと、意外に重く感じるでしょ。バランスを取ることに慣れてくると、軽く持てるようになるよ。あ、そうだ、松脂塗らなきゃだった。ちょっと弓、貸してくれる?」
「この松脂を弓に塗るの。これ、新品だから、琥珀みたいで綺麗でしょ? これをね、毛のところに滑らせて……」
// SE シューっと松脂を弓に滑らせる音
「ね、やってみて?」
// SE シューっと松脂を弓に滑らせる音を、数回
「うん、そのぐらいかな。じゃあチェロを持って、イスに座ってくれる?」
// SE ギシッと、イスに座る音
「じゃあ昨日みたいに……ええと、後ろから手を添えても大丈夫かなぁ……?」
(どうやら歌織は、昨日のやりとりを思い出して照れているらしい。その姿にあなたも照れを感じつつ、大丈夫です、とうなずいた)
「うん、じゃあ失礼するね。この左から二本目の弦を鳴らしてみよう」
// SE 背中に布の擦れる気配
(あなたの右手に、歌織の右手が重なった。しっとりと握る手に導かれるように、あなたはゆっくり弓を引いた)
// SE 『レー』
「んっ、そうそう、上手だよ……」// 耳元で、ささやくように
「じゃあ手を離すから、ひとりでやってみて?」
// SE 『ギャリッ』
「ふふふ、ちょっと力んじゃってるね。もっと肩の力を抜いて、手首をゆるゆるにして、りらーっくす、してみて」
「そうそう、手首から先には力を入れずに、弓の重さだけで、腕をすーっと引いて……」
// SE 『レー』
「……うん、きれいな音」// うっとりと
「今の引く動きはね、『下げ弓』っていうの。次は反対に押す動きの『上げ弓』をやってみようか。じゃあまたちょっと、手を借りるね」
// SE あなたの右手に、再び歌織の手が触れる音
「弓を上げるときもね、やっぱり手に力を込めて押すんじゃなくて、ただ腕を動かすの。すると手首の関節が先行するように上がるから、弓自体は引っぱられるようなイメージになるかな」
// SE 『レー』
「こんな感じ。じゃあ、やってみて?」
// SE 『レー』
「そうそうじょうず! そのまま、下げて」
// SE 『レー』
「上げてー」
// SE 『レー』
「下げてー」
// SE 『レー』
「すごい、本当に初めてなの!?」
(あなたがうなずいてみせると、歌織は小さくため息をついた)
「そうなんだ。ああ、わたしちょびっとしかない自信まで、なくしちゃいそう……」
「ありがとう、キミ、やっぱり優しいね。それじゃあ気を取り直して、他の弦でも同じように弓を上げ下げしてみようか?」
// SE 『ラーラーラーラー』
// SE 『レーレー』
// SE 『ソーソー』
// SE 『ドードードードードー……』
「この左手を使わないよっつの音をね、開放弦っていうの。ふふっ、この四音だけでも、なんだか曲みたいに聞こえるね。それじゃあ早速、音階に進んでみよう」
(そこで指を置くところにガイド線も何もないことに気づいたあなたは、「こんなのでどこを押すか分かるのか!?」と、戦慄した)
「え、押す場所が分かる気がしない? それは心配しなくて大丈夫! 指を置く場所には、シールをはればいいから」
// SE ジジーっと、ファスナーを開ける音
// SE カバンをゴソゴソと探る音
(歌織はカバンの中から、細くてキラキラとしたテープを取り出した)
// SE ビーッ、プチッと、テープを引き出して切る音
(指板と弦の間にテープを差し込み、ペタペタと貼りつけてゆく)
「この四本のテープをね、指板の押さえるところに貼っておくから、身体が覚えるまではテープを目安に指をあてるといいよ。少し慣れてきたら、もっと目立たないシールもあるからね」
「さ、指板の下に親指を添えて、残りの四本の指をテープの上に置いてみてくれる? 親指は中指の下にくるイメージかなぁ」
「わぁ、キミ、中指と薬指の間が無理なく開くね! そういや、わたしけっこう手が大きい方だと思ってるんだけど……ちょっと手、合わせてみて」
// SE 手のひらが触れ合う音
「わわ、思ってたよりおっきい……。やっぱり男子だね、いいなぁ……」
(歌織はちょっぴり不満そうに自分の手をみると、小さくため息をついた)
「うーん、わたしももっと自然に指が開くように、お風呂でトレーニングしなきゃ」
「うん、お風呂であたためると手の筋が柔らかくなるから、そこで開く練習をするといいんだって。気休めかもしれないけど、気は心、かな」// 恥ずかしそうに笑いつつ
「よし、それじゃあ指を置いて音を鳴らしてみよっか。二本目の弦に、四本の指をぜんぶ置いてみて?」
「そうそう、その状態で、弓を引いて」
// SE 『ソー』
「じゃあ小指から一本ずつ指を上げながら、連続で上げ下げしてみて」
// SE 『ソー、ファ#-、ファー、ミー、レー』
「そうそう、次は逆にゼロから一本ずつ増やしていって」
// SE 『レー、ミー、ファ-、ファ#ー、ソー』
「はい、そこで指を全部上げて、一番左の弦へ!」
// SE 『ラー』
「こっちも、指を一本ずつ増やしていって」
// SE 『シー、ドー、ド#ー、レー』
「ほら、ニ長調で、いちオクターブぶんの音が揃った! これだけあれば色々な曲が弾けるよ」// 楽しげに
// SE チャイムの音
「あ、もうこんな時間! あっという間だったね。一緒に活動できて、楽しかったなぁ……」
「あの……また明日も、来てくれる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます